71-498『言葉なき恋唄』

押し流され通り抜ける、水。水。水。大迷惑な水害。
「人口比率に直せば、中東より降雨量は低いはずなのだが。」
「統計学に対する侮辱をやめたまえ、親友。」
濡れ鼠になった俺は、駅構内に駆け込み、なんとか雨を凌ごうとしたんだが……駅には佐々木がいた。
聞けば、佐々木も雨宿りらしい。中学以来、久々の佐々木との雨宿りとなるわけだ。
どこかの雷神様が雲の上で、雨の蛇口を落としたとしか思えぬこの豪雨。
「全く、迷惑極まりない。」
空を見上げるも止む気配なし。俺は佐々木を見た。
「くっくっ。」
「どうした?」
佐々木は空を見ながら笑う。
「いや、なに……サマーセーターというものは、何気に便利なものだと思ってね。」
「中学の時の話か?……ったく古い証文を。」
佐々木は少しこっちを見ると、また空に視線を戻す。
「いや、冷えなくて済む。」
「そうかい。そりゃ失礼。」
雨宿りに使うのは、駅の構内。雨の匂いが充満した構内は、それだけで不快指数が高くなるような気がする。
外に出ていても、雨の匂いはするが……人と混じらないだけ、幾分かはマシだ。
「濡れ鼠。これを飲むかい?」
佐々木がバッグからレモネードを出す。
「気が利くな。さっきから寒くて仕方ねぇ。」
雨に濡れ、構内はクーラーで冷やされては致し方ない。こんな時は暖かい飲み物を自販機で売っていないこの時期が憎い。
「僕の飲みかけ……あ。」
佐々木からレモネードを奪い、レモネードを飲んで一息つく。佐々木にレモネードのペットボトルを渡すと、佐々木は不興そうに俺を見る。
「……やれやれ。キミって奴は。」
佐々木はペットボトルを見るとため息をつき、残ったレモネードを飲み干した。
「足りなかったか?なら、コンビニで新しいのを……」
「いや、いい。充分だ。元々僕には多すぎたものだ。」
そう言い、佐々木は微笑みながらペットボトルの口に口唇を寄せた。
「……やっぱり足りてねぇじゃねえのか?」
「充分だよ。」
雨の音が弱まる。そろそろ雨足が弱まったのだろう。コンビニに向かい、大きめの傘を買い、二人で入る。
佐々木の自宅まで送り、佐々木が家に入る間際。佐々木が呟くように言った。

「都に雨の降るごとく
わが心にも涙ふる。
心の底ににじみいる
この侘しさは何ならむ。」

俺が、この詩を知るのはもう少し後の話である。

END

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最終更新:2013年08月04日 17:22
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