71-712「恋愛苦手な君と僕~放課後恋愛サークルSOS 想い重ねて その5~」

 いよいよ夏本番で、猛烈な暑さと強い日差しが照りつける中、あたしは買い物に出かけていた。
 自分の買い物ではなく、父親の友人にお中元で送るお酒を注文してくるよう、母親に頼まれたのだ。
 ”でもついでだし、雑貨屋に寄ってこうかな”
 最近駅中にオ-プンした、北欧系の雑貨を中心に揃えるお店は、目下のところあたしのお気に入りで、
ついこの間も橘さんと一緒に放課後に寄り道したのだ。
 ”まずは先に家の用事を済ませないといけないのよね”
 この辺で一番品揃えが良く、県下でも有数の酒屋さん。近所の人や飲食店の利用も多いお店。
 『橘酒屋』の看板が見えてきた。

 「いらっしゃいま・・・あれ、阪中さん?」
 お店のレジにいたのは橘さんだった。休みの日は(全部じゃないけど)、橘さんはお店の手伝いをしている
ことが多い。配達もしているそうだ。
 「お使い?」
 「そうなの。母親に頼まれて。白鷹と浜福鶴、小鼓の純米酒とか言うお酒はある?4合瓶で、とか言ってたけ
ど」
 「その三本だったら、ちょうどあるわよ。少し待っていて」
 そう言うと、橘さんは店の奥に行き、すぐにあたしが母親に頼まれたお酒を持ってきた。
 「お中元?」
 「うん。父親の友達に贈るんだって。ここで発送とか出来るよね?」
 「できるわよ。住所の控え、ある?」
 スマートフォンの画面に、母親が入力した送り先の住所を表示する。それを見て、橘さんがお店のパソコンに
情報を入力していく。
 「今日中に発送するから、明日には届くと思うけど」
 「ありがとう。ゴメンネ、いろいろ手間かけさせて」
 「とんでもない。ご利用、ありがとうございま~す」
 橘さんの口調が少しおかしくて私は思わず笑ってしまった。

 「すいません」
 次のお客さんが来たようだ。私は邪魔にならないように、レジから離れた。
 「このお店に、『マルスモルテージ 3プラス25 28年』というウイスキ―はあります・・・・・・おや?」
 そのお客の声と顔を見て、あたしは驚いてしまった。
 それは、橘さんも、そして相手も同じだったに違いない。

 「古泉さん?」
 「橘京子さん、でしたね。それと阪中佳実さん」
 古泉さんとは、あの合コン以来、会ってはいない。そういえば、(谷口君が不思議がっていたけど)あれ以来
サ-クルSOSによる合コンは、一度も開かれていないそうだ。
 「覚えていてくれていたんですか?」
 「ええ。お二人共、印象に残っていましたので」
 爽やかな微笑みを浮かべながら、古泉さんはそう言った。



 「『マルスモルテージ 3プラス25 28年』 ですか?調べますので、少し待っていただけますか?」
 「ええ。お願いします」
 橘さんは店の奥に入って行き、奥の方で誰かと(おそらく、橘さんのお母さんだろう)話しているようだったが、
しばらくして、一本のお酒を持って出てきた。
 「これですね。在庫がこの一本しかありませんでした」
 「いや、一本で十分です。どこに行っても売り切れか、仕入れてはいなかったという返事でしたから」
 「うちでも、父が三本だけしか仕入れられなくて、有名なバーがその日のうちに、二本買って行ったそうです。
来られるのが遅かったら、古泉さんにお売りすることはできなかったでしょうね」
 「どうやら、僕は幸運だったようですね。ならば、もう一つ。モルテージ駒ヶ岳 ピュアモルトウイスキー10年
はありますか?もしあるならば、贈答用として、それをセットにしていただきたいのですが」
 「わかりました。少々お待ちください」
 さすが、県内一の酒屋さんの娘さんだけの事はある。あたしにはお酒のことはさっぱりだけど、橘さんは古泉さんが
言ったお酒のことがわかるらしい。

 贈答用に包装されたウイスキー(橘さんに教えてもらった)を見て、古泉さんは満足気な表情を浮かべていた。
 「合計して、20370円になります」
 古泉さんは財布からお金を取り出し、橘さんはそれを受け取り、計算するとお釣りを渡した。
 「いや、実にいい買い物が出来ました。素晴らしい酒屋さんですね」
 お世辞ではなく、本当にそう思っている口調だった。
 「お中元用ですか?」
 「ええ、親しくさせていただいているお店への、まあ日頃のお礼といったところですね。お世話になっているところ
には、最大限の感謝の気持ちを込めたいので。それにはどうしてもこれが欲しかったのですよ」

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 今の古泉さんは、いままで私が見た、どんな表情の古泉さんとも違っていた。
 合コンの時の、女性に見せていた、爽やかで柔らかい微笑み。多丸さんのお店で、森さんと一緒にいたときに見せて
いた、大人びた、でも硬い表情。
 今の古泉さんの表情は、年齢相応といった感じがする。
 子供が欲しかったものを手に入れた時の喜びに近い表情、そして礼節を身につけた大人の表情。
 その二つが同居している――そう、今の私たちの立ち位置のように、大人と子供の狭間で揺れながら、それでも成長
していく私達と同じ表情。

 仮面(ペルソナ)という言葉が、ふと私の頭の中に浮かぶ。
 古泉さんの本当の姿は、今私の目の前にいる姿なのかもしれない。

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 お使いを終えたあと、あたしは、古泉さんと一緒に橘さんのお店を出た。
 道をゆく女性達が、古泉さんの方へ視線を向ける。そして、並んで歩く形になっているあたしにも、その視線は飛ん
できた
 「古泉さん、これからどこか行かれるんですか?」
 「とりあえずの用事は終わりましたが、これから雑貨屋とかを回ろうと考えていたところです。部屋の飾りが欲しい
と思っていましたので」

 ”これはチャンスだよね”
 心の中で、あたしは手を握り締める。

 「古泉さん、良かったら、一緒に雑貨屋巡りをしませんか?私がよく行く店に、いいものがあるんですよ」


 「犬を飼っておられるのですか?」
 「ええ。ウエストハイランドホワイトテリアなんですけど」
 「確か、白い毛糸の塊みたいな毛で、瞳は黒色の、尾が短い種類の犬でしたかね?」
 「その通りです。古泉さん、詳しいんですね」
 あたしは、古泉さんと雑貨屋で、犬の雑貨をいくつも見ていた。
 あたしが犬の絵がついた雑貨を買い物かごに入れていたので、古泉さんはそう聞いてきたのだ。
 「ルソ-て、言うんですけど、あたしにとっては家族同然みたいなものです」
 「ルソーて、あのジャン・ジャック・ルソーから名前を?」
 「そうなんです。お父さんは――父親は――う~ん、やっぱり父親とか言いにくいですね。最近ちょっと呼び方
変えてみようかなと思っていたんですけど、急には無理なんですね。お兄ちゃんとかずっとそう呼んできたんです
けど、何か、子供ぽっく思えたんで、全部変えてみようと思ったんですけど」
 「いいんじゃないんですか?お父さん。お母さん、お兄ちゃんで。無理して変える必要はないと思いますよ」
 「そうですよね。で、お父さんはルソーじゃなくて、ジャン・ジャック、て呼ぶんですよ」
 「違った呼び方をして、反応するんですか?」
 「そう呼んでも、一応お父さんのところには行くんですよ」

 三軒ほど雑貨屋を周り、その後、値下げ中の夏服を見るためにいくつかお店をまわったのだけど、古泉さんはそこ
まで付き合ってくれた。
 雑貨屋で、古泉さんはいくつか置物を買い、三軒目のお店にあった輸入ものの海外ゲ-ム盤を購入していた。聞けば、
古泉さんはこういうゲ-ム類が好きらしい。
 「うちの学校にはなかなか対戦相手がいないのですけどね」
 また、夏物の洋服を古泉さんにいくつか選んでもらったけど、古泉さんはかなりセンスが良くて、店員がしきりに褒
めていた(よくわかっておられる彼氏さんですね、とか言われた)。
 行く先々で女性の視線を集め、その横にいる形の私を見て、なにか羨ましそうな表情を浮かべている女性たちを見ると
、ちょっと落ち着かない気持ちになり、少しだけ嬉しいような気持ちにもなる。

 時間はアッというまに過ぎ、時計の針は夕方に近づいていた。
 なんと古泉さんがあたしに夕御飯をご馳走してくれるというので、驚いて一度は断ったのだけど、買い物に付き合ってく
れたお礼だと言われ、その言葉に甘えることにした(内心は飛び上がりたいほど嬉しかった)。
 古泉さんが連れてきてくれたのは、最近話題のフレンチ・ビストロのお店で、料理の質が高い割には値段が安く、学生でも
少し頑張れば利用できるということで、橘さんと行ってみたいな、と話していた店だった。
 時間が少し早く入店したせいか、まだお客さんは多くはない。あたしたちは、店の少し奥の席に通された。
 ここでも、やはり古泉さんは、女性の視線を集めていた。

 本日のおすすめメニュ-は軍鶏のフリカッセ ビネガ―風味、グラタン添えをメインとするコ-ス。ということで、あたしは
それを、古泉さんは、あか牛モモ肉ステーキ岩塩胡椒風味、 ポムフリッツ添え、を選んだ。
 ”それにしても・・・・・・”
 あたしは家族とこういう店に何度か来たことはあるけど、少し緊張する。ビストロとは言うけど、格式みたいなものが感
じられるのだ。
 古泉さんは見ていて気づいたのだけど、こういう店になれているような感じがする。自然体で振舞っているのだ。
 ”一体、古泉さんて何者なんだろう?”

 「この店にするのか?」
 聞き覚えがある声に、あたしの思考は中断された。
 「いいじゃないか、キョン。学生とはいえ、たまにはいいかもしれないよ。ファ-ストフ-ドばかりじゃ、味覚は進歩しない
と思うのだが」
 「佐々木さんの言うとおりよ。キョン、あんた男でしょ。覚悟決めなさいよ」
 店内に入ってきたのは、北高の同級生、キョン君と長門さん。そして、この前合コンの時に見かけた、古泉さんと同じ光陽の
生徒で、美人ぞろいの中でも人目を引いた、涼宮さんと佐々木さんだった。


俺の右側には、長門が腰掛け、左側には佐々木が座っていた。
 そして、正面には光陽の爽やかハンサム、古泉一樹。その左側には涼宮ハルヒ、右側には阪中。
 祭りに四人で出かけ、夕食を食べようという話になり、ハルヒが選んだ店がここだったわけであるが、何故かそこ
に、俺のクラスメ-トの阪中が古泉といたわけである。

 古泉がいることに気づいたハルヒが、古泉に話しかけていると、気を利かせた店員が(気を利かせたと言って良い
のだろうか)、俺たちを、6人席のファミリ-ル-ムに案内してくれたのである。
 「皆さんと食事できるのはうれしいですね」
 爽やかに古泉はそう言ったのだが、本心でそう言っているのかね。阪中は少し膨れづらである。
 ”それにしても・・・・・・”
 あの合コンの日、古泉と喋っていたのは橘だったはずだが、いつの間に阪中と親しくなったんだ?
 女にモテることは100%間違いないが、ただ、手が早いようには、俺には見えなかった。
 女性に対して親切で、礼儀正しく接しているが、古泉は”壁”を持っているように感じたのだ。

 「しかし古泉君も、相変わらず女の子には優しいよね。まあ、それが人気の本なんだろうけど。キョン、あんたも
多いに見習って、あたしたちに優しくしなさいよ」
 古泉が阪中と一緒にいた訳を聞き出した後、ハルヒが何故か俺に説教して来た。
 「キョン君はとても優しいよ。いつも私を手伝ってくれるし」
 それを聞いて、長門が援護射撃をしてくれた。
 「確かにキョンは色々と気が利くよ。実に自然に、気負うわけでもなく、当たり前にね。どうやってそういう接し方
ができるのか、多いに興味があるのだがね」
 佐々木もそう言ってくれて、少しだけどうだ!という気持ちになったが、ハルヒはそれを聞いて、ペリカンのように
口をひん曲げた。
 まあ、しかし俺が古泉のように、女性にモテるなんざ、土台無理な話である。谷口の言じゃないが、古泉は二物三物
どころか、モテる要素をいくつも兼ね備えた男だ。
 昔の俺だったら、おそらく”男の敵だ!”とか言っていただろう。だけど、少しは成長して、物事がわかるようにな
れば、そんな言葉が単なる負け惜しみにしかならないこともわかる。モテる奴は、モテる奴なりに色々努力しているの
だ。他人を羨む暇があれば、努力して自分を磨いたほうが、よほど生産的である。



 「ところで、どうですかね、暑くなってきましたし、このメンバーで、近いうちに泳ぎにでも行きませんか」
 食事をしながら喋っているうちに、古泉とも打ち解け、阪中もハルヒと話があったようで、すっかり和やかな雰囲気に
なっていた。
 「泳ぎか。海にでも行くのか?」
 「僕の知り合いにホテルの経営者がいましてね。家族と一緒にでも来い、と言われているのですが、いかんせんうちの両
親は忙しくてですね。行く暇などないんですよ。それだったら、気の合う仲間と行ったほうがいいわけで」
 「俺らが行っていいのか?」
 「ええ。それに、そのホテルにはプ-ルもありまして、海でもそちらでも思いっきり泳げますよ」
 「夏休みももうすぐだしな」
 なかなか楽しそうである。

 「いい話を持って来てくれたわね、古泉君。是非皆で行きたいわね」
 ハルヒの目が輝いている。かなり古泉の話に食いついて来たようだ。
 「あ、でも、佐々木さんは塾に行っているから、これにはいけないかしら?」
 「陽日によりけりね。塾は水、土だから、それ以外だったら行けるわよ」
 一瞬、佐々木とハルヒの間に、火花が飛び散ったように思えたのは、気のせいだろうか?
 「日、月の日程であれば、ホテルもそこまで混んでいないと聞いています。この日程でどうでしょう?」
 「それだったら、僕も行けるね。ありがとう、古泉君」
 「いいえ、どういたしまして」
 何故か、古泉が面白いとでも言いたげな表情を見せて微笑っていた。


 その日、珍しく僕は自分の家に戻った。
 最近は森さんのマンションにいることが多く、あちらが僕の家であるような感じにすらなっている。
 誰もいない家。通いの家政婦はとうの昔に帰っている。
 いつもであれば、少しばかり不愉快を感じさせる我が家の光景ではあるが、今日は不思議とそんな感覚はない。
 ある場所へ連絡を入れ、その後、ニ階の自分の部屋に入り、ベットに身を投げ出して、横になる。
 口元がほころんでいるのが、自分でもわかる。

 彼は不思議な男だ。見た目は凡庸だが、何故か彼の前では、僕は彼と同じ、普通の男子校生でいられるようだ。
 気のあった友人達と海水浴へ行く、なんてことをこの僕が提案するとは。
 おかしさがこみ上げたあと、何故か悲しい気分になる。
 ”いつからこんなふうになった”

 平凡な彼。おかしなあだ名を持つ彼に、涼宮さんは惹かれている。
 僕の心を正常に保たせてくれる、僕の憧れの存在。
 あの日の合コンで、彼を見出した涼宮さん、そして佐々木さん。
 駆け引きや、手練手管とか、そんなのには全く無縁そうな彼が、二人の――いやもう一人、北高の生徒、確か長門さんと
言ったか――女性の心を掴んでいるのは、彼のもつ雰囲気に関係がありそうだ。
 彼の前では僕は普通の男子高校生でいられる。余計な装飾がいらない。そういう自分でいられることに、涼宮さんも佐々
木さんも惹かれたのではないか。

 ”彼とは損得抜きの友人関係が出来そうだ”
 体を起こし、窓の外へ視線を向けると、夜空には白い月が出ている。
 電気を消してみると、暗くなった部屋の中に、月の光が入ってきた。

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 今日、古泉さんと出かけた。偶然鉢合わせして、それから一緒に買い物に行った。
 洋服を選んでもらい、夕食を二人で(途中で邪魔が入って、六人になったけど)、憧れていた人と出かけられるなんて、
何て今日はラッキーな、一日だったのだろう。おまけに、古泉さんのツテで、泊まりがけで泳ぎに行く話まで出た。
 ”いい感じになってきたのよね。この調子で距離を近づけて行かないと”
 そんなことを思っていたのだが、ふと私の頭の中に、何故か橘さんの顔が浮かんだ。

 ”私のことは気にしなくていいから”
 あの日、橘さんはそう言った。合コンの日、橘さんは古泉さんに一目惚れしていたみたいだけど、その後で「私にはちょっ
と無理かな」とか言っていた。
 橘さんはかなり可愛い。私から見ても美人だと思う。けして古泉さんと釣り合わないことはない。
 今日、古泉さんとお店で会話しているとき、橘さんはとても楽しそうな感じだった。
 ”本当のところ、橘さんは古泉さんのことを、どう思っているのだろう”

 そんなことを思いながら、部屋の窓の外に目をやると、白い大きな月が、夏の夜空を照らしているのが見えた。

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最終更新:2013年09月04日 23:38
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