「孤独:佐々木視点」
その時、私には「親友」がいた。そして、孤独ではなかった。今と違って
それは、中3の冬の始め。枯葉の舞う、寒い寒い、今にも雪が降りそうな冷たい冷たい夕闇の中だった。
学習塾を同じくするクラスメートとの彼とはすぐに無二の親友となり、いっしょに学習塾に行く関係になった。その日は自転車が故障したので2人でバスに乗ることとなった。
彼には最近、不良にからまれた女子生徒を助ける、というイベントが何度か発生した。そして、助けた女子生徒達から「お礼」に食事をおごってもらうことがあった。
この人生最大のモテ期、が到来したのを気付いていないふりをしていると思われる彼は「彼女達とは誰とも深い関係にならなかったし、向こうもそれを望んでないのじゃないか?」と言っていたが、その度に私の機嫌は悪くなっていた。
とっくに日の暮れたバス停のそばで親友を待っていると。彼は女子生徒と肩を組んで歩いてきた。仲良良さそうな話し声が聞こえる。
「ねえ、彼女達とどうなった?」
「彼女達って、助けた女子生徒のことか?」
「当たり前じゃないの。デートしたり恋人になったりしなかったの?」
「お礼に2,3度おごってもらって。それだけだな」
「嘘つき!!嘘つき!!大嘘吐き!!」
「何を根拠にそんな失礼なことを言うんだよ」
「嘘つきと思ったから」
「あのなー」
その時の彼女は本当に彼が嘘をついていると思ったようだ。私もそうだが
「ところで、あんたどこの高校に行くの? あのねー、もし良かったら」
その時会話が途切れていなければ彼女は何を言っていたのだろうか。「同じ高校に行こう」、「友達になろう」それとも「彼女にしてくれ」? あんな女たらしに対して?
「遅かったな」
私は言った。怒っているのは彼にも判ったらしい。
「すまん。待たせた」
「それは良いのだが。もしかしてお邪魔だったかな?」
「そうじゃないのだが」
「私が不良にからまれている所を彼が助けてくれたのです。それで怪我をしたから私が肩を貸して」
「そうか」
私は言った。「またか」といったうんざりするような様子で
「ありがとう。もう腰は大丈夫だ」
彼と肩を組む女子生徒。制服から近所の中学の女生徒とわかる。私達とは違う中学の。近くで見ると彼女が美人ということが嫌というほど判る。
背は私と同じくらい。髪は長い。元気で明るく、付き合って飽きない感じの。スレンダーなのに胸は大きく。私が勝っているのは家庭的な感じだけか
彼と肩を組んだ彼女は悔しいくらいにお似合いで、、、
「今日はありがとう。それじゃ、さよなら」
と言って彼女は走り出した。
「おい、ちょと待て」
立ち止まる彼女。彼は言った。中途半端な優しさを持った言葉を
「帰りは気をつけて。また会えたら良いな」
アカンベーをして立ち去る彼女。走り去る彼女はまるで泣いているように思えた。
「感じの良い子じゃないか。彼女になってくれとは言わなかったのか?」
「馬鹿言え、そんなこと言うか。この傷も彼女がつけたものなんだぞ」
「君が何か彼女の気に障ることをしたのじゃないのかな」
「何が悪かったんだろうかなー」
その時は自覚していなかったが、彼女と同じように私も彼には怒っていた。今ならその原因もわかる
「しかし、彼女の方もまんざらじゃないように見えたが」
「彼女は喧嘩も強いし、不良から助けてくれたことを何とも思ってないらしい。お前の勘違いだよ」
「そうかね」
結局彼は彼女の名前も聞かなかったらしい。
『いつか彼女に彼を取られる』という予感は、今思い出すからこそ存在したかのように感じるのだろうか
その後、彼女を見たことが何度もあった。彼女の方は私には気付かなかった。彼女の方は私を覚えていないと思われた。私の方も彼女が有名な変人であることを知らなかったが。
次の年の5月までは、彼女はあの日の笑顔が嘘のようにいつも不機嫌そうだった。しかし、6月以降に見た彼女は真夏の太陽のように明るかった。あの日の何倍も。無邪気に笑う彼女はこの世の全ての男性を恋に落とすような魔力を持っていた、かもしれない
彼女がこれほど急激に変化したその理由が私には判らなかった。もしかしたら、判っていて気付かないふりをしていたかったのかもしれない。彼女の高校の制服姿は何度か見たので、それだけで理由が想像できてもおかしくはなかったのに。
彼との残りの中学生活は楽しかった。一度は2人きりで旅行に行った。日帰りだったが
しかし、時の流れは否応なく現実を運んでくる―――我々は、卒業式を迎えた。
「これでお別れだね、キョン。でも、たまには僕のことを思い出してくれよ。 忘れ去られてしまっては、いくら僕でも寂しくなるというものだ。覚えておいてくれ」
また連絡してくれ、とは言わなかった。
彼と同じ高校に行けばその後も「親友」の関係を続けることができる可能性は高かったと思う。また、彼に(その時は私自身も自覚していなかった)自分の思いを伝えることができれば「親友」以上の関係になれたのかもしれない。
しかし、私はどちらもしなかった。それは、私が臆病だったからであろうか。親に「あんな馬鹿者と付き合うな」と言われていたためであろうか、それともあの日のことを拗ねていたからであろうか?
私は彼と別れて県内でも有数の進学校に入った。
新しい友達に囲まれたが、心には虚無感がただよっていた。
桜が散り、梅雨が明けた。彼からの連絡は来ていない。風の噂では彼は県内でも有名な変人と同好会を作ったらしい。
進学校は短い夏休みに入る。私が電話した時、彼は旅行に行っていた。
夏休みの終わり。連絡は無い。街で見かけた彼は学友達とうれしそうに遊んでいた。
残暑が終わり、木の葉が色付く頃。まだ連絡は来ていない。彼は映画を作ったらしい。
そして、彼女と会ってちょうど一年。冷たい雨が枯葉を濡らしていたあの日。
私はいつものように市内の進学塾に向かっていた。彼に連絡入れようかと考えていた時。ある光景が目に入った。
彼と、あの時の彼女がひとつの傘に収まって歩いて行った。明るく活発な彼女、一年前のあの時のように、いや、あれ以上に楽しげに。
彼と彼女がいっしょにいるのを見たのはこれで2回目だった。
ここで、一年前と同じように彼に話しかけることができれば、未来は変わったかもしれない。だが、できなかった。
ふたりが私に気付くことはなかった。彼らが去って、私はしばらく呆然と立ち尽くした後――― 私は何事もなかったかのように歩き始めた。歩幅を乱して。
私の脳裏に、教室での会話、夕焼けの自転車、星空のバス停、陽だまりの校庭、炎天下のプールといった光景が断片的にフラッシュバックし、現れては消えていった。
冷たい氷雨が肌を刺す。あれ、傘はどうしたんだっけ? …よく分からない。
その晩、私は自室で号泣した。彼にとって今や彼女はかけがえの無い「恋人」で、今の私などどうでも良いことがわかったから。
私は一人が寂しかった。
私は風邪をこじらせ肺炎を合併して入院した。彼は見舞いに来なかった。その後彼が入院したと聞いた時も、私は見舞いに行かなかった。
何故?行っても無駄だと思ったから?
でも、本当に無駄だったのか?
もっと早くに勇気を出せば彼を失わずにすんだのかもしれない。いや、今でも可能性はゼロではないのかも。
一年前のあの冬の日、いや、あの一年間。私には「親友」がいた。
今は違う。今は「親友」と呼べる友も「恋人」と呼べる男性もいない。
今でも表面的な付き合いの友人、知人は数多くいるが、「親友」と呼べるものは中学時代の彼が最後だ。
孤独にふるえる夜、私は時々思う。
今後彼のような「親友」に巡り会えることがあるのだろうか。
それとも、勇気を出せば、彼女から彼を取り返すことができるだろうか。
(完)
「しかし、別々に書いたはずなのに題名も同じなら中身も同じ。構成まで同じ。2人のどちらかが嘘をついていたり記憶違いをしている形跡もない」
「同じ人を好きになるなんて双子の姉妹みたい」
「そして能力も同じで鍵も同じ」
「えー、長門さん。そうなのですか?涼宮さんと同じ能力なのですか?」
「能力については不確定」
俺が部室に入ると、超能力者が深刻な顔で宇宙人と未来人相手に討論会のようなものをしていた。
「どうした古泉。深刻な顔をして」
「中学時代の国木田さんの友人。あなたの友人でもある方が国木田さんを通して会誌の原稿を送ってきたのですが」
「会誌はもう製本するので、悪いけど完全に手遅れだ」
「それでは、印刷して付録として会誌に挟むのはどうですか」
「よせ面倒だ。それでなくてもいっぱいいっぱいなのに」
「でもせっかく書いてくれたのですから」
「来年に回せば良いと思うが。先方には間に合わなかったことを断って、会誌の一つでも送っておけば良いと思う。」
「しかし、原稿の中身が非常に興味深いので、あなたも読むべきだと思いますが」
「もう原稿はうんざりだ。それより仕事があるから行ってくる」
「キョン君ひどいですね。元恋人なのにあんな扱いして。私が彼女なら殴っているところですよ」
「僕だってそうですよ」
「私も」
「長門さんもですか。とにかく、この原稿は来年まで涼宮さんの目の届かない所に置いておきましょう」
(終わり)
後日談:
「キョン、殴って良いか?」
「何だ谷口どうしたんだよ急に」
「この原稿見てからずっとこうなんだよ。僕もキョンは一度殴られた方が良いと思うよ」
国木田まで、どうしたんだよー
最終更新:2007年08月04日 09:06