夏休みも中盤に突入したある日、我が家にもケーブルテレビが導入された。そんなものを
我が家にもたらしたのはいつものように我らが団長様だ。要は、自分の家に導入する際に
『新規加入者を紹介したら紹介者共々入会金・工事費無料』のキャンペーンに目をつけ、
主に俺の妹をアニメ番組の多さで釣って巻き込んだわけだが、見始めるとこれがなかなか
面白い。
誰が買うのかと首をひねるような商品を延々紹介する通販番組やスポーツ中継、カラオケ
ビデオを流しっぱなしのチャンネルなんてのもあってなかなか飽きないが、その中でも
やはりついつい見てしまうのはアニメチャンネルだ。
先日は『半ズボン姿の少年が巨大ロボットを操り敵組織と戦う』と言うストーリーの長編
アニメを全話一挙放送していて、思わず徹夜で見ちまったくらいだからな。
そしてどうやらそれはハルヒも同じだったらしく、今日久々にSOS団の活動でいつもの
喫茶店に集合するなりこう言いやがった。
「あんたたち、誰か超能力使えないの?」
その瞬間、古泉の微笑がちょっとだけ強張ったのを俺は見逃さなかった。おまえは誰にも
気づかれてないと思ってるんだろうが長門の表情を見分けられる俺の目はごまかせないぜ。
あ、長門の表情を見分けるのは立派な超能力かも知れんな。
あと朝比奈さん、ハルヒが超能力って言った途端古泉の顔を凝視するのはやめてください。
何に気づくかわかったもんじゃないですから。
そんな俺達の心理などお構いなしにハルヒは不満そうに言った。
「なによ。誰も手から衝撃波を出したり指パッチンでなんでも真っ二つにできたりしない
わけ?つまらないわねえ」
そんな事をできる奴がそうそういるわけねーだろ。
と、その時は思ったさ。その発言をしたのが涼宮ハルヒだって事に気づかなかったからな。
その後、夏休み中の活動予定、要は花火だのプールだのだが、を話し合っていたのだが、
ふと向かいの席を見るとハルヒがうたた寝をしていた。
「珍しいこともあるものですね。お疲れだったんでしょうか」
古泉が言った。たしかにこいつが団活動中に寝ちまうなんて珍しいな。しかしまあこうして
寝てる分にはこいつも普通の美少女なんだよな。ん?なんだ古泉、その目は。
「いえ、あなたが今考えていることを涼宮さんの前で口にして頂けたら僕のアルバイトも
もう少し楽になるんですがね」
余計なお世話だ。そんな事を考えているとハルヒが寝言で
「キョン・・・」
と俺の名を呼んだ。
「あんた、やればできるんじゃない。衝撃波に指パッチン」
おい、一体どんな夢を見てるんだよ。そう思いつつ腕時計を見る。あ、もうこんな時間か。
「スマン。ちょっと人と会う約束をしてるんで先に帰る。ハルヒには上手いこと言っといて
くれ」
そう言って店を出ようとすると古泉がついて来て耳元で囁いた。
「佐々木さんですか?」
どうでもいいトコで勘が鋭いな、おまえ。
「簡単な推理ですよ。国木田さんや谷口さんと会うのならはっきりとそう言うでしょう。
わざわざ『人と会う』と言う言い方に留め、涼宮さんに上手いこと言っとけと言うような
お相手と言えば彼女が最有力ですからね」
古泉はそう言った後、
「お気をつけください。以前、涼宮さんや佐々木さんの力を巡る各勢力の争いについては
お話しましたが、最近はほぼ収束に向かっています。ただ、その分『窮鼠猫を噛む』と
言った感じで過激な行動に走る可能性のある組織が残っていますので。『機関』や橘京子の
組織でも目を光らせてはいますが念のため。」
と言いながら俺の携帯に短縮ダイヤルを登録し、
「緊急時はそれをコールして頂けばすぐに我々が駆けつけます」
と言い残して店内に戻っていった。まあ気をつけたところで俺に何かができるとも思わんが
忠告には感謝しておくぜ。
喫茶店を後に駅の反対側の入り口に着いた時、佐々木はもう俺を待っていた。
「やあ、遅かったね。と言うよりも僕が早く着き過ぎたと言うべきかな。久しぶりに君と
逢えると思ったらつい気が急いてしまってね」
そう言って笑う佐々木と二人で、とりあえず商店街に向かった。
別になにか用がある訳ではなく、こないだ意外な形で再会したのをきっかけにこれも何かの
縁だしで時々は会って無駄話でもしようじゃないかと言うことになって今日がその第一回
と言うわけだ。
ブラブラと店先を冷やかしつつたわいもない話をして笑いあう。それはSOS団の活動とは
また違った楽しい時間だった。
夏の陽もすっかり沈み、俺と佐々木は家のほうへのんびりと歩いていた。
人影もないバイパス道路の交差点、信号待ちをする俺達の方にゆっくり近づいてくる一台の
ワゴン車がいた。あれ?なんか覚えがあるシチュエーションだな。
そう思った次の瞬間、目の前でワゴン車のスライドドアが開き、次の瞬間には俺の隣にいた
佐々木の姿が消えていた。これは・・・!
朝比奈さんが誘拐されかけた時の記憶、そしてさっきの古泉の忠告が頭をよぎった。
ちくしょう!おれは咄嗟に足元の石を掴むとワゴン車の方へ投げつけた。当然届くはずも
なく数メートル下に落ちた石ころ。
しかし、俺の目はそれには向いていなかった。
石を投げた瞬間、俺の手の先から何かが飛び出した。実体のある何かではなく、空気の層を
歪ませるように飛んでいく何かが。
それは瞬く間にワゴン車に追いつくと、その後輪の辺りを大きくへこませた。後輪が歪んだ
ワゴン車はたちまちハンドルを取られ、すぐ先の空き地に突っ込むように止まった。
しめた!指先で携帯を操作し、古泉に緊急通報を送りながら俺は空き地へと駆け出した。
運転席と助手席から二人の男が、そして後部座席からはぐったりとした佐々木を抱えている
もう一人の男が飛び出してきた。男の一人が空き地に落ちていた角材を掴むと俺に向かい
殴りかかろうと接近してきた。こっちは素手だ、どうする、俺!?
その瞬間、さっき自分が出した『なにか』のことに気がついた。あれは、こないだテレビで
見たアニメの・・・!
そんな非現実的な話もないだろうとは思うが、もうそんな事を考えている余裕はなかった。
アニメのシーンを思い出し、手のひらを突き出す。
次の瞬間、男は吹っ飛ばされ、ワゴン車にぶち当たって失神したのか動かなくなった。
返す刀とばかりにもう一人の男にも衝撃波をぶち当てる。残るは一人だ。
目の前で何が起きているのか理解できない様子の男は、佐々木を抱えたまま俺の方にナイフの
先を向けてきた。都合がいい。佐々木に突きつけられてるより対処しやすいからな。
とは言え、衝撃波で飛ばしたナイフが佐々木のほうへ向かうのもまずい。どうするか。
そう思っていると、さっきのハルヒの寝言が頭の中で再生された。
「あんた、やればできるんじゃない。衝撃波に指パッチン」
俺は右手の親指と中指の腹を重ね合わせ、前に突き出した。
『パチン』
小気味いい音とともにナイフはちょうど柄の付け根で真っ二つになり、刃の部分は音を立てて
地面に落ちた。ナイフを見つめたまま、唖然として固まった男。今だ!
男に飛び蹴りを食らわせ、崩れ落ちそうになる佐々木の体を抱きとめる。
ふと見ると、意識を取り戻したらしい男が武器でも取り出そうと言うのかワゴン車の歪んだ
ドアを懸命に開けようとしていた。腕の中の佐々木の気絶した顔を見ていた俺は言いようのない
怒りにとらわれ、男に声を掛けた。
「おい」
真っ青な顔の男がこっちを振り返る。脅してやらなければ気がすまなかった。たしかあの場面の
台詞はこうだったな。指を突き出し、男に問いかける。
「手伝ってやろうか?ただし・・・真っ二つだぞ」
男は腰が抜けたのかその場に座り込むとあとは震えるだけだった。
その時、空き地の前に二台の車が急停車した。しまった、援軍を呼ばれたか!?
しかし、その車から飛び降りてきたのは古泉と田丸兄弟、そしてもう一台からは橘京子だった。
「危ない!」
橘の悲鳴に振り返ると、柄だけになったナイフを振りかざした男がこっちに向かってくるところ
だった。咄嗟に佐々木を背後にかばい、指先を突き出す。レーザーのような衝撃波が飛び出て
男を吹っ飛ばした。
走り寄ってきた田丸兄弟が手際よく三人の男を取り押さえ、遅れて到着したワゴン車に乗せる。
その様子を見ているうちに、佐々木が意識を取り戻したようだ。まだ少しぼうっとした様子の
佐々木に声を掛ける。
「おい佐々木!大丈夫か?怪我はないか?」
「ん・・・、キョ・・・ン?ええと、僕はたしか急に車に連れ込まれて・・・」
そう言った佐々木は周囲を見回すと古泉や橘がいることに気がついて
「君たちが助けてくれたのかい?」
と聞いてきた。
「キョンさんが一人でやったんですよー。でもキョンさん凄いんです。指先から衝げ・・・ムグッ」
橘が余計なことまで言いかけたところで古泉が口を塞ぐようにして
「ちょっと橘さんと今後についての打ち合わせがありますので」
と言って橘を車の陰に引っ張って行った。
「キョン・・・。君が助けてくれたのかい」
まあな。返事に困ってそっぽを向く俺に佐々木は言った。
「ありがとう。でも、君まで危険な目に遭うような無茶はやめておいてくれ。君に何かあったら
僕は・・・」
いいじゃないか。こうしてお互い無事だったんだから。
その後、俺は古泉たちの車に便乗して佐々木を家に送っていくことにした。橘たちも送っていくと
言ったのだが、佐々木がまだ怯えているのか俺のシャツの裾を握って離そうとしなかったからな。
車の中で、ようやく緊張から解き放たれたのか佐々木は俺の肩に頭を乗せて寝息を立てている。
俺は佐々木を起こさないよう小声で前の席に座る古泉に問いかけた。
「どう言う事か説明してもらおうか」
「あれは先程お話した、壊滅寸前に追い込まれた組織の残党のようです。我々も気をつけては
いたのですがあなたに助けられましたよ」
それはいい。そうじゃなくて、おまえは以前言ったよな。俺は保証つきの一般人だと。
「ええ、それは間違いありません」
最近の一般人は衝撃波が出せるのか。俺がそう言うと古泉は笑い声をかみ殺して言った。
「まだお気づきになっていらっしゃいませんか」
正直に言おう。とっくに気づいてるさ。認めたくないだけでな。
「そうですか。ご想像通り、涼宮さんの力ですよ。先程喫茶店で涼宮さんが言っていた寝言を
覚えていますよね。普段の涼宮さんは常識を持っていますから、超能力云々などと口にしても
そんなものが実際にあるわけはないと思っています。ところが夢の中の世界であなたが見事な
超能力を披露したのでしょう。夢の中の涼宮さんにとってはそれは『現実』です。そしてその
『現実』を褒める発言をあなたにしたことによってあなたに本当に能力がついたのでしょう」
「やれやれ」
俺は溜息とともにそう呟いた。じゃあなにか。ハルヒが妙な夢を見て寝言を言うたびに俺は
一般人から逸脱していくってわけか。
「そうかもしれませんね。なんでしたら『機関』でスカウトしましょうか?」
遠慮させてもらうよ。ところで、この能力はいつまで続くんだ。
「涼宮さんに『衝撃波だのなんだのなんて実際に出るわけないじゃない』とでも言って頂けば
すぐになくなりますよ。あの映画の時と同じことです」
そうか、じゃあもう一つ。おまえらの組織同士の戦いはまだ続くのか?
「時間の問題でしょうね。そう長くはないと思います」
それを聞いた俺は一つの決心をしていた。
「なあ古泉。ハルヒが超能力がどうのと口にしないようになにか他の事に関心を向けるように
できないか?」
「大丈夫だと思いますよ。なにか別のイベントでも用意してそちらに集中して頂きましょう。
でも、何故ですか?」
そう問いかける古泉に俺は答えた。
「ハルヒが何も言わなきゃ俺はこの能力を持ったままでいられるんだろ?」
俺の発言がよほど意外だったのか唖然として振り返った古泉に俺は言葉を続けた。
「こんなゴタゴタに巻き込まれたくはないけど、時間の問題だって言うんならその間だけは
インチキ超能力者でいてやるさ」
「・・・そうですか」
そこから先は口にはしなかった。俺は佐々木の肩にそっと手を掛けて抱き寄せると心の中で
呟いた。
そうすれば、おまえを守っててやれるだろ。なあ佐々木よ。
最終更新:2007年08月10日 00:10