13-8「肝試し」

 暑い、蚊が多い、なんだってわざわざこんなうっそうとした場所に来なきゃならんのだ。
 「開放的で健康的な場所で肝試しなんてしても意味が無いだろう。」
 肝試しのパートナーから容赦の無い突込みが入る。
 「それはわかってはいるが、もっとましな涼み方というものがあるだろうに。」
 と、腕に止まった蚊を叩き殺しながら、俺はぼやいていた。

 ただいま中学校の夏の学校とやらで、その手の合宿施設に来ている。
 当然季節は夏であるからして、この手のありきたりのイベントがあるわけだ。
 適当にとってつけたような怪談話を聞いた後、施設の近くの茂みの中にある池を一周してくるというものである。
 ちなみに、俺はそういった類の話は殆ど信じないほうで、怪談話の間も旅行疲れにより居眠りをしているという体たらくであった。
 そして、隣の佐々木に起こされて気が付けば肝試しスタートと相成ったわけである。

 「俺らの班の出発はそろそろか?」
 周りの同級生たちは妙にテンションが高く、キャー、怖い、などという声が聞こえてくるが、まったく恐怖におびえているようには聞こえない。
 「そうだね。前の班が出発して5分後の出発だからそろそろだね。」
 佐々木はちらりとデジタルの腕時計に目をやる。
 ちなみにこの肝試しってやつは男女ペアーでとり行われるようだ。
 まぁ、ありきたりのイベントってやつだ。
 俺の相方は白いTシャツに黒い短パンというラフな格好の同級生だ。
 そういえばペアーはどうやって決められたんだろう?
 俺は寝ていたから記憶に無いな。
 起きたら佐々木とのペアになっていた。
 まぁ、大方面白がっているクラスの連中が決めたんだろう。
 「首を傾げてどうかしたのかね、キョン。まさか、キミは例の怪談話に怖気づいているわけではあるまいね。」
 寝ながら聞いた話でビビるかよ。
 「違う。俺は寝ていたから怪談の記憶は無い。それよりも、このペアリングはどうやって決められたんだ?」
 一瞬佐々木はたじろぐような表情を見せた。
 「え、いや、えーっと、それはだね・・・」
 「?」
 「おっと、いけない、時間だよ、キョン。」
 「え、あぁ。」
 うまく質問をはぐらかされてしまった気がするが、まぁいいだろう。

 「それじゃあ、コースはこの道をまっすぐ進んでいって、そこにある池の周りを一周して帰ってくること。いいね?」
 どうやら世話係らしい岡本が簡単にコースの説明をしてくれる。
 「あぁ、わかったよ。」
 「一応5分後に次のグループが出発するから、それを忘れないようにね。」
 そう言ってにやっ、と笑う岡本。
 どういう意味だ、まったく。
 「じゃあ、がんばってね。」
 ただ単に池の周りを歩いて帰ってくるのに、どうかんばればいいのか教えてくれ。
 じゃあ、行ってくるよ、と佐々木は岡本に片手を挙げて、俺たちは肝試しへと向かった。

 「虫の鳴き声がうるさいな。」
 どうやら、俺たちの歩いている道は昼間は散歩コースとして使われているようで、足元はきれいに舗装されている。
 もらった懐中電灯で足元を照らしながら、歩いて行く。
 大方どこかで、しょうもない仕掛けがあるんだろうな、まったく。
 さっさと周って、さっさと帰ろう。
 ん?
 「おい、佐々木?」
 「え、ん、なんだい、キョン。」
 気配を感じさせないくらいに佐々木がおとなしい。
 「いや、なんかお前がおとなしいなと思って。」
 「な、何を言っているんだい。無理にはしゃいだらまるで怖がっているみたいじゃないか。」
 誰も無理にはしゃいでくれとは言っていないんだが…
 「暗いから下を見てゆっくり歩かないと転倒の危険があるだろう。」
 いや、この道はよく整備された遊歩道なんだかが…
 「そんなに転ぶのが不安なら俺につかまって歩くか?」
 佐々木のほうへ手を伸ばす。
 「いや、お気遣いなく。僕はだいじょ―」
 カサ、と物音がして茂みから何かが飛び出した。
 「きゃ!」
 「わだっ!」
 甲高い声を上げて、佐々木が俺に飛びついてきた悲鳴。
 そして、それに驚いた俺の悲鳴。
 「い、今何かが…」
 佐々木は不安そうな目で俺を見てくる。
 音のしたほうを見ると、光る二つの目がこちらを観察するように見ている。
 懐中電灯を当ててやると、そいつは迷惑そうに走り去って行った。
 「いたち、か。」
 田舎にはいるもんだね。
 「なんだ、びっくりした。」
 佐々木は大きく息をついた。
 「急にお前がしがみついてきたほうが俺はびっくりしたけどな。」
 そう指摘すると、佐々木は慌てて俺から離れた。
 「あ、いや、すまない。ちょっと驚いてバランスを崩してだね…」
 それから、えーと、えーと、と繰り返している。
 「佐々木、怖いんなら別に無理しなくてもいいぞ。別に俺は笑ったりしないし。」
 佐々木は少し唇を悔しそうに結んだ後
 「すまないね。どうも人間というのは闇や幽霊のように見えないものに恐怖を感じるものだから。」
 と上目遣いに俺を見た。
 「まぁ、確かに暗闇は怖いわな。」
 「で、キョン。」
 「ん、なんだ?」

 「…手をつないでもらってもいいかな?」

 というわけで、俺は佐々木と手をつないで肝試しをすることとなった。
 相変わらず、言葉数は少ないが、俺の手をえらく強く握っている。
 「これが池、だな。」
 昼間にみたらどうってことはないのだろうが、夜に見る池はこんな俺でも何か出てくるのではないかと思わせるものがある。
 「ほんじゃ池の周りを一周するぞ。」
 「え?ああ、そうしようか。」
 佐々木、お前今目を瞑っていなかったか。
 「いや、そんなことはないよ。」
 「そうか。」
 池の周りを半周ほど歩いてみる。
 ここら辺は足場も悪いので注意深く歩く。
 「なんか、じっと眺めていると本当に何かがいそうだな。」
 懐中電灯で池の上を照らしてみる。
 「なんでも、この池に投身自殺をした髪の長い女の人の幽霊が出るらしいよ。」
 いつの間にか俺の後ろで肩にしがみついている佐々木が小声でささやく。
 なるほど、そんな怪談をしていたのか。
 「まぁ、大丈夫だって。そんなのそうそう出るわけが無い。第一そんなのは作り話だ。」
 「そ、そうだね。作り話だよね…」
 「なぁ、ところで佐々木。」
 「な、なんだいキョン。」
 「その、悪いんだが…こう体を密着させられると歩きにくいんだが。」
 佐々木の表情が一気にあわてたものに変わる。
 「わ、すまない、キョン。」
 ばっ、と後ろに飛び跳ねるように下がったのはいいものの
 「ちょ、お前、足場悪いんだから、気をつけ…」
 「きゃ」
 と、見事に転んだ。
 「佐々木大丈夫か?怪我は無いか?」
 いたた、と体をさすりながら佐々木は立ち上がると
 「大丈夫。すこし地面がやわらかくなっていたおかげで、大事には至らなかったようだ。しかし―」
 「しかし?」
 「白いシャツに泥汚れは目立つね。」
 まぁ、泥だらけになるだけで済んでよかったさ。
 「散々だな。もうさっさと戻ろう。」
 「その意見には賛成だね。」
 どたばたしたおかげで不思議と恐怖感は薄れていた。

 「意外とたいしたこと無かったな。」
 無事池を一周し終えた。
 「そうだね。こうも間抜けな姿をさらしてしまうと、恐怖心がしらけてしまったよ。」
 佐々木は自分のシャツを指差しながら苦笑いする。
 「着替えはあるのか?」
 「それは大丈夫だ。心配をかけて申し訳ない。」
 そんな話をしながら来た道を引き返す。
 一度歩いた道だから特に怖いという意識もなく、佐々木も俺も普段どおりだ。
 「しかし、佐々木が幽霊を怖がるとはな。」
 佐々木は、む、っと唇を突き出すと
 「いや、今回はたまたまだよ。ちょっとナーバスになっていただけだ。」
 「そうかい?なら、俺がもう先へ行っても問題ないよな。」
 佐々木は応える代わりにジトッとした視線を俺に向ける。
 5秒ほど間をおいた後、
 「悪い、冗談だよ。」
 「キミは幽霊より性質が悪いかもしれないね。」
 そして、佐々木は遠慮がちに俺のTシャツのすそを掴んだ。

 「もうそろそろ、スタート地点だな。」
 この肝試しももう終盤に差し掛かっていた。
 「そうだね。」
 しかし、たかが肝試しと思っていたが、色々あるもんだ、やれやれ。
 でも、なにか忘れているような…
 「まぁ、キョン、今夜の出来事は忘れてくれたまえ。」
 佐々木は殆どいつもの調子に戻っている。
 あれ、なにかを忘れているな。
 こう、お約束のやつ―
 そう考えていると、茂みのほうからガサっという音がした。

 「わーーーーー!」

 そして、いかにも幽霊です、というような格好をした人物が飛び出してきた。
 あぁ、なるほど、肝試しというからにはその手の仕込が―

 「きゃーーーーー!」

 隣の佐々木が大声で悲鳴を上げた。
 むしろ俺はこちらのほうが驚いた。
 「ちょ、佐々木、落ち着け―」
 軽いパニックになった佐々木は涙目で手を振り回している。
 「え、いや。」
 驚く幽霊。
 ミイラ取りがミイラになったお前の気持ちはよくわかる。
 幽霊が佐々木をなだめようと近づくと余計パニックになった。
 そして涙目で振り回される佐々木のコブシ。
 力強くジャストミート。
 俺の顔面に。

 「ごめん、キョン。大丈夫かい?」
 ようやく落ち着きを取り戻した佐々木が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
 「あぁ、大丈夫だ、と思う。」
 暗がりでよくわからないが、たぶん腫れているな。
 「すまん、キョン。そんなつもりではなかったのだ。」
 幽霊役の中河が謝ってくれた。
 まぁ、お前の巨体なら幽霊の格好していなくても熊と勘違いされるよ。
 「仕方ない。事故だ、事故。」
 本当に俺呪われてるんじゃないか。
 「今後の人生の教訓として、お前とは遊園地とかいっても絶対にお化け屋敷には入らないようにするよ。」
 佐々木は少し寂しそうな顔をした。
 「いや、お前と一緒にいたくないとかそういう意味じゃないから。ただの例えみたいなもんだ。」
 「本当に今回の一件は申し訳ない。」
 「本気で怒っているわけじゃないから気にするな。」
 「そう言ってもらえるとありがたいよ。」
 ここでやっと佐々木は笑ってくれた。
 こいつの笑顔にここまで安心させられる日が来るとはね。

 しかし、本当に大変だったのはそれからだった。
 服が泥まみれの佐々木と、派手に頬を腫らした俺。
 「キョンくん、まさか、そんな信じていたのに…」
 岡本が口を押さえて犯罪現場の第一発見者みたいな表情をしたのは勘弁してほしかった。
 佐々木は耳まで顔を真っ赤にして黙っているわ。
 俺は一瞬わけがわからず立ち尽くすわ。
 それからしばらく、俺が佐々木を襲って殴られたという噂がクラス中に広まった。
 中河のおかげで、すぐに誤解はとけたのが不幸中の幸いか。
 まったく、本当に俺は呪われていたんじゃないか。
 やれやれ。

 『肝試し』

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最終更新:2007年07月19日 11:06
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