ササッキーと二人で。
* *
ハルヒのスパルタトレーニングと、佐々木の科学的だか論理的だかわからんトレーニングにより、
一時は高校卒業ですら絶望的かと…これは流石に言いすぎか。
とにかく悪い成績だった俺も、無事にそこそこの大学に合格することが出来た。
しかし良くわからんのがハルヒと佐々木だ。
あいつらの学力を持ってすれば、いわゆるAランクの大学だって余裕だろうに、
わざわざ志望校のランクを落として俺と同じ大学に入ってきた。
いや、約一名についてはむしろ、『入ってきやがった』と言うべきだろう。
そのせいもあって、お目付け役の古泉はもとより、高校の頃より15%は人間じみてきた長門も
同じ大学を選ばざるを得ず、他の学校に逃れたはずの朝比奈さんまで巻き込んで、
大学でもSOS団は絶賛営業中だ。
…神よ、わが神、どうして俺をお見捨てになったのですか?
古泉理論によれば、ハルヒが神なのでハルヒに愚痴ってもしょうがないがな。
と、言うわけで、俺の安らぎの時間はハルヒとバッティングしない時間で、
中学以来の旧友たる佐々木と机を並べた語らいがある、ハルヒが取っていない講義の時間と昼食だけだ。
ちなみにハルヒが取っておらず、俺が取った科目は不思議なことに全て佐々木と被っていた。
全く持って不思議な話だが、ノートを取る手間が省けて多分に助かっていい。
「…やれやれ。」
「また出たね、君のやれやれが。そんなに旧友と机を並べて学業に励むことが不服なのかい?」
くくく、とこれまた中学から変わらない笑い声で、佐々木は溜息をついた俺に話しかけてきた。
「そんなんじゃねえよ」
むしろハルヒに比べて格段に休まる分、俺が団でどんだけ大変な目にあっているか、
それと引き比べた結果、今安堵の溜息をついている所だ。
「それは光栄だ。是非今後も僕を君のオアシスとして使ってくれてかまわないよ。
人間、誰にとってもも安らぎは重要な課題だ。常に緊張を張り続けることなど出来るわけがない。
そうだな、いつも落下しているジェットコースターなんて、流石の僕でも乗りたいとは思わないようなものだ」
ああ、そうさせてもらう。つーことで俺は安らぎのため寝るので、ノート等をよろしく頼む。
「くっくっく、本来は君がそれを僕のためにやってくれるくらいの甲斐性が欲しいところだがね、
こう見えて僕は尽くすタイプの女性なんだ。全力を持って君が優を取れるノートを作成しよう」
…ったくノート一つで大げさな。俺は寝るからな。
「…本当に君は…」
そして俺はそのまま、佐々木の溜息交じりの、そしてどこか嬉しそうな声とともにひと時の睡眠に入った。
講義が終わり、かつては福音の鐘のように聞こえた終了を告げる鐘が、今は目覚まし時計となって
俺の耳に鳴り響き、幾分回復した俺は目を覚ました。
「おはよう、キョン。おや、随分顔が良くなったじゃないか。
それを言うなら『顔色』だろ。顔が良くなったり悪くなったりするもんか。んでノートは大丈夫か?
「くっくっく、ノートはこの通り、きっちり取ってあるよ。教授の講義は正確だが、余剰性が無くて分かりにくい。
その点このノートには自信がある。しっかりこのノートでもって、学生の本分たる学業に励むといい。
そうだね、そのときは僕も解説に付き合おうじゃないか」
ああ、そうだな、テスト前にでも是非頼む。
「心得た。楽しみにしてるよ。
…しかし、君は最近寝すぎじゃないか?この間僕が月刊サイエンスで、一日7時間以上の睡眠は、
より短い睡眠時間並みに寿命を縮める、との実験結果を読んだ覚えがある。
君には長生きしてもらいたいものなのんだけどね」
「夜寝てないからトントンだろ。引越しで忙しくて寝てねーよ」
そう、俺は最近一人暮らしにと引っ越した。
理由は…と言うと妹が目出度く高校受験の勉強に入ったため、勉強部屋を分け与えようとする兄としての愛情の結果だ。
…スマン、これは真っ赤な嘘だ。本当は大学のために早起きするのがつらいのと、
ハルヒor佐々木が家にやってくるたびに、家族より生暖かく向けられる好奇の視線に耐えられなくなったためだ。
最近では隣近所までも評判になってきたため、流石の俺でも耐え切れん。
バイトでこつこつ貯めたお金で、俺はほうほうの体で家から逃げ出した、これが正解だ。
「そうだったな、そう言えば、君の家にはまだ荷物はあまり置いていないんだったんじゃないか?
なんだったらいくつかじゅうたんや家具を進呈するため、持参してもいいが」
いや、気持ちはありがたいが、あまり家に家具は置きたくないんだ。
佐々木にそんな手を煩わせるまでも無い。
「…ほう、それはどういうわけだい?」
家具なんて精々、ちゃぶ台と冷暖房機、冷蔵庫とレンジがあれば十分だろ?
「まあそうだが、出来れば加えて掃除機や洗濯機も欲しいところだな」
ああ、掃除機はあるのを忘れてた。
ま、洗濯機は近くにランドリーがあるからそこで出来るしやってる。
「それはまた随分な無欲っぷりだね。
それは何かい?『起きて半畳、寝て一畳』流の、君の生活スタイルかい?」
そんなご大層なもんじゃねーよ。単に俺に金が無いのと、家具があると掃除が面倒なだけだ。
「なるほどね、とすると、掃除嫌いな君はいったい週何回掃除機をかけるんだい?」
週一で十分だろ。常識的に考えて。ゴミ捨てはしっかりやってるしな。
すると佐々木は、眉をひそめてこちらに向き直った。
「そんなことでいいのかい?
毎日掃除機をかけろ、とは言わないが、せめて二日に一回はかけるべきじゃないか?」
だからー、結構掃除機って体力使うんだよ。終わった後は汗だくだしな。
大学で疲労した挙句、そんなことでも疲労するなんてやってられん。
それを聞いた佐々木は。
「ふーむ、と、いうことはだ」
夏の日中の長話で日に当たりすぎたのか、やや顔を赤くしてこうのたまわった。
「君に真に必要なのは、家具ではなくて、掃除をする妻だな」
しかし俺は手を上に広げてこう返した。
「今は遠慮するよ。掃除好きの女の子ってのは、普通に綺麗好きだから、
ハルヒがひっちゃかめっちゃかにしたキッチンなんて特に耐えられないだろうからな」
と、最後の言葉を聞くや否や、佐々木を纏う空気が一変し、背景にピシッと言う音が立った。
…ような気がした。
とにかく佐々木はそれを聞くや否や、目を一瞬で三角に尖らせると俺に詰め寄った。
「君、今何と言った?」
「いや、だから、綺麗好きの女の子は…」
「違う!もっと後のセリフだ!」
「ハルヒか?ああ、二日に一回はうちに来て、『団活』と称してうちのキッチンを荒らして帰るぞ。
上手い飯が食えるからまあ文句も無いがな」
全くハルヒの料理好きには呆れるね。人の家のキッチンまで来て新レシピを試すんだから。
お陰でうちのキッチンだけは他に比べてやたら豪華だ。
良くわからん東南アジアの調味料まであるぞ。
今度は熱射病を通り越して疲れたのか、気持ち青ざめた佐々木は、やや暗い顔で呟いた。
「何てことだ…ここでも先を越されるなんて…」
「ん?なんのことだ?」
先を越されるも何も、俺たちの午後の講義までは余裕があり、
いくらこの食堂から講義棟まで距離があるとはいえゆっくり歩いても十分なんだが。
佐々木は首を振ると、俺のほうをまっすぐ見て早口でまくし立てた。
いや、顔近いから。両手で手も握らなくていいから。
「いいか、キョン。健全な精神は健全な部屋にこそ宿ると言うではないか。
風水的にも綺麗にしている部屋は素晴らしいと言われるし、
またアレルギーや花粉症などの自己免疫系疾患は汚い部屋ではリスクが高まる。
何より君の新居がゴミ屋敷として近所で評判になったらどうするんだ?!」
…いや、そこまでは汚くしていないんだが。最初の格言も間違ってる気がするし、俺は健康体で大した病気も持っていない。
そもそもゴミはハルヒが始末してくれるし。…いや、始末『させられる』のかな?ゴミの日を指示されるだけだし。
「…………だーーーーーーーーーーー!!
いいか!故にだ!僕が明日!いやむしろ今日だ!君の家に行って掃除をする!いいな!?」
いや、そんな鼻息を荒くされても困るんだが。
「いいのか、キョン。僕に掃除をさせなければ…」
させなければ?
「君のために取った、この講義のノートは金輪際見せない。たとえ試験前であろうとね。
一人寂しく追試を受けるといいさ…」
…やれやれ、分かったよ。
とりあえずチャイムが鳴ったし出ないか。
いくら午後の講義の哲学の先生がいつも遅れてくるとは言え、流石にもう出ないと間に合わないぞ。
「いいか、絶対、断じて僕は今日行くからな!」
幾分肩を怒らせて、佐々木はスタスタと講義棟へと向かった。
…さて、ここまでならまあハッピーエンドなんだろうが、問題が一つだけある。
今日はハルヒもうちに来て料理をする日だ。今さっき団活で聞いたから間違いない。
そこで何が起こるか…なんて正直想像もしたくないね。
きっと第二次世界大戦で、ドイツとソ連に挟まれたポーランドってのはこんな気分だったんだろう。
* *
終
最終更新:2007年08月25日 16:00