13-729「佐々木さんある意味至福のときの巻」

佐々木さんある意味至福のとき の巻

「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目を覚ますと、自分がベッド
で巨大な虫に変わっていることに気づいた」というのは、冒頭だけ有名な不条理小説だが、
ハルヒが珍しくこない平和なSOS団の活動で、穏やかな午睡を楽しんでいたはずが、
目覚めるといつもの駅に停車中の電車の中で、自分が佐々木になっていたというのは、
負けず劣らず驚愕の体験と言っていいだろう。
涼宮ハルヒという巨大な不条理の塊の至近にいて、世の不条理さというものには
慣れたつもりでいたんだが。はっきり言おう。俺はまだ世の中をなめていた。
なんて不条理なんだ。

 ひらひらするスカートに悪戦苦闘し、ママチャリがないのでかなり時間をかけて、
俺は自分の家までたどりついた。
 最初は長門の所へ行こうと思ったのだが、この体で長門の所へ行くことは、
なぜか俺の生存本能が激しい警鐘を鳴らしたため、まず自分の家にしたのだ。
 第一、俺が佐々木の中に入っているのなら、その時俺の中に入っているのは誰だ?
ハルヒがとちくるって、人格の壮大なシャッフルをやらかしていないとは誰にも断言できないが、
ここは佐々木である可能性が一番高いというものだ。
 何? こういう事態の割りにやけに冷静? 任せろ。数々の経験が俺を鍛えあげたのだ。
なんて嘘だ。冷静なふりをして色々考えてないと、非常に大変なことになってしまいそうな気がするだけの話さ。。
 何しろ今俺は佐々木の体だ。なんか甘酸っぱい香りがするし、頬にあたる髪がやけにさらさらしている。
男の俺ほどではないが敏捷に動く手足も、なんか色白でやけに細い。
 これが朝比奈さんの体で、走るたびに胸部の白糖がぽよんぽよんとはねたりしたら、
さすがの俺の強靭な理性も、その凶悪な誘惑にひざを屈していたことは疑い得ない。
そうなれば、もう後先考えずに公衆便所にとびこんで、18歳未満お断りの
あれやこれやを情熱の赴くままに実地検分する地獄のパラダイスに浸ってしまっただろうが、
幸いなことに、中性的な佐々木の体は、そうした雑念をおこさずにすんでくれた。
とはいっても佐々木とて十分に魅力的な外見をしているのだ。いつなにが引き金になるか自分でも自信はない。

自分の家の呼び鈴をならし、「はーい」とやけに元気な声で玄関を開けた妹に、「キョン君はいるかな?」
と問いかけるのは我ながら変な気分ではあったが、疑うことを知らない妹はすぐに「帰ってるよー」
と返答して、俺を勝手知ったる玄関に導きいれた。妹よ。素直なのはいいが、ドアフォンがあるんだから、
自分で玄関を開ける前に相手を確認しなさい。お兄ちゃんはお前がちょっと心配だよ。

 妹の案内を断って自分の部屋の前まで行くと、しかしそこにはA4のノートを破って書いた、
「現在多忙の為立ち入りを禁ず。とりわけ佐々木さんの立ち入りは後悔の血涙を流しながらも禁止する」
丁寧なメモがはってあった。
 おいこら佐々木、そこにいるのは佐々木なんだろう。
「やあ、意外と早かったねキョン。僕の体を色々と楽しむのに1時間はかかるとふんでいたのだが、
 もう飽きてしまったのかい。それは残念だ」
 間違いない。この部屋には俺の体があり、中にいるのは佐々木だ。それにしても、
自分の声を他人の耳で聞くのは非常に気持ちが悪い。俺の声はこんなのだったのか。
「おい佐々木、状況は分かっているだろう。互いに元の体に戻るために色々相談したいんだが、
 まずはこの部屋の扉を開けろ」
「残念だがそれはおことわりする。今色々と確かめるのに忙しいんだ」
確かめるって何をだオイ。
「驚異の小宇宙 人体 というのはNHKの番組だったが、まさにキョン、君の肉体は僕にとって驚異の小宇宙だよ。
 僕の体はどうだった。もちろん君のために貞節を守ってきたわけだが、なにせ相手は君であるし、実行するのが
 僕の肉体ということであれば、色々ためしているうちにちょっと血が出てしまったくらいなら怒らないよ。
 まあなんというか、退職金の事前給与払いみたいなものではあるし」
 何を言っているんだ佐々木、ちょっと落ち着け。
「男性の生理機能というものがこれほどのものだったとは、キョンすばらしいよ。この肉体が僕に将来蹂躙の限りを尽くすというわけだね!」
まてまてまてまて。おまえ、お嫁にいけなくなるようなことをするんじゃありません。
「何を言っているんだい。こんな空前の機会を見逃すわけにはいかないよ。第一お嫁にいけなくなるような行為をするのは
 君の肉体であって、僕の場合は「お婿にいけなくなるような行為」と言うべきだ」
さーさーきー!


 なんだかんだで長門と九曜の助けを借りて、結局元に戻ることができたのだが、
 つい我を忘れて大声で扉をはさんでやりあっていたせいで、しっかりと妹に会話を聞かれ、
後で親に壮絶に怒られたり、佐々木の
「いいんです、僕、キョンくんだったら」などと下手なフォローのせいで余計事態がこじれたりしたが、
それはまあ思い出したくもない黒歴史である。
 あのとき、佐々木が俺の体を使って何をしていたかは気にかかるのだが、さすがに怖くて聞き出せない。

 もうひとつ、これはちょっとしたショックなのだが、あの入れ替わりの間、
佐々木の体に変なイタズラをしなかった、と誠心誠意力説したのだが、
それを聞いて佐々木が妙に怒っていたことだ。
 俺はそれほど信用がなかったのか。アホの谷口みたいな下半身男だと思われていたんだろうか。
 ちょっと色々反省せねばならんなと思う今日この頃である。


佐々木「……キョンの馬鹿」

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最終更新:2007年07月19日 21:23
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