22-681「佐々木さん、精神の病、或いはとても遠回りな告白の巻」

佐々木さん、精神の病、或いはとても遠回りな告白の巻

フラクラさんサイド

「恋愛は精神病の一種」
ハルヒが好んで撒き散らした言葉は、実は俺にとって、結構馴染みのある言葉だった。
無論、そう珍しいフレーズというわけじゃない。さだまさしだって「恋愛症候群」で歌ってたじゃないか。
え? 知らない? 「恋は一種のアレルギーと考えてよい♪」って歌なんだが。
そうか。まあ親父がよく聞いてた歌みたいだから、今の流行じゃないな。
それはともかく。

中学時代、佐々木もよく似たような事を言っていた。
塾の行き帰り、あるいは昼休み、佐々木は色々な知識を披露してくれた。
俺の知らないド偉い物理学者の学説や、中国の古典のヘンテコな逸話まで、どこから調べてきたのか知らんが、
あいつは好奇心の赴くまま、縦横に様々な事柄を頭に入れていた。
時々、受験に全く関係ないラテン語のなんとかいうどでかい本まで大学図書館から借りてきて、
一体何でそんなもんを、とさすがにあきれて突っ込んだことも一再ではない。
佐々木は俺の突っ込みに、
「ヨーロッパの言語の源流の一つだから、これを覚えればずいぶんと楽になるのだよ。
 おまけに、存外卑近なことで役に立つかもしれないと思ってね。くっくっ」
などと答えて微笑んでいた。本当によくやるよ。

だがまあ、俺達も健全な中学生で、しかも受験を控えてストレスもたまっていたのだ。
時々はバカな話で息抜きすることだって、当然あった。
特にクラスの誰かが付き合ってるらしい、なんて事実が発覚したときには、
俺達も人並みにそんな話題でああでもないこうでもないと盛り上がったものである。
佐々木は他の女子が恋愛することには別に否定的でも肯定的でもなかったが、
こと自分の恋愛に関しては、
「キョン、恋愛とはね、一種の精神病に過ぎないのだよ。理性的に考えれば、
 それ以外の解はないと思わないかね」
という恋愛感を示すことしかしなかった。
あいつも高校に入って、少しは丸くなっていればいいのだが。
外見は、あれで長髪にポニーテールにでもしたら、俺でも一発でまいるほどには整っているし、
変な知識はともかく、頭の回転はハルヒと同等以上なんだから、その気になれば引く手あまただろうに。

そういえば、今になって思い出すのもアレなのだが、
恋愛は精神病だ、というたびに、佐々木は変な呪文のようなものを唱えていた。
「オムニアウィンキトアモル」とか「アモーリスウルヌスイーデムサーナトクィーファキト」
とか言っていた。邪気眼か。
意味を問うと、必ず佐々木は微笑んで、
「『アモルマギステルエストオプティムス』だよ、自分で調べてみたまえ、キョン。くっくっ」
必ず同じセリフで煙に巻いてくれやがったものだ。

邪気眼さんサイド

「厨2病」という言葉を知っているだろうか。ネット上のジャーゴンというか、ある種のスラングだ。
中学生の頃というのは、背伸びをしたいさかりで、色々と身の丈にあわない大望を持ったり、
自分が特別だと思い込んで、周りからすれば、いや、自分でもちょっと冷静に見返せば、
「あイタたた……」とこめかみをおさえたくなる衝動に駆られる振る舞いをすることがある。
この言葉は、そういった振る舞いを冷笑的に指したもので、実際の年齢にかかわりなく、
そうした自我の肥大した行為全般に対して呼称されるものらしい。

僕にもそうした、思い返すと赤面を禁じえない行為の記憶が、特に中学時代の最後にいくつかある。
無論、今現在とて高校生であるからにはまだまだ未熟であり、成人してみれば、これからの行動も
気恥ずかしく思い返すだろうことは疑い得ないが、何しろあの中学最後の一年間、僕はずいぶんとはしゃいでいたように思う。
何といっても、僕がキョンと同じクラスになったのは、あの一年間だけだったのだから。
おかげで、かけがえのない経験ができたし、自分自身の殻に閉じこもりがちだった自分から、
ずいぶん成長できたことは間違いない。
ただその分、興奮しすぎて、今になって思い返すとずいぶんと気恥ずかしいこともあった。
特に、書棚の隅に置いてある、父譲りの岩波の「ギリシァ・ラテン引用語辞典」を見るたびに、
ちょっと独り身悶えせずにはおられない気分に駆られてしまう。
もし、タイムトラベルが実際に使えるなら、あの時の自分に
「そんなに背伸びして、もってまわった言い方をするのはやめなさい。
 後で冷静になったら、きっと穴があったら入りたい気分になるわよ」
と忠告してあげたいくらいだ。
言った中身そのものは別に恥ずかしくない。僕の思いはあの時からゆるぎないもので、
それをキョンに告げたこと自体、後悔するものではない。
ただ、それを直接言えずに、精一杯背伸びしたあの頃の自分が、どうしようもなく気恥ずかしい。
面と向かって直接言っても、あのキョンのことだもの、まず間違いなくスルーか誤解されていただろうにね。

フラクラさんサイド

いつものSOS団の活動中、オセロで盤面を一色に染めるのも飽きたので、本棚の本を眺めてみた。
「そういや流石にラテン語辞書とかはないのな」
「……ない」
佐々木も大学図書館から借りてたもんなあ。
などと中学時代を思い出して、ふと思いついた言葉があった。
長門なら、もしかして知ってるだろうか。
「なあ長門、つまんない雑談なんだが、「アモルマギステルなんとかかんとか」って、なんかことわざみたいな
 ヤツ、もしかして知らないか。何語かもわからない、昔聞いたことがある言葉なんだが」
ほんの軽い気持ちで聞いたのだが、長門はえらくマジメに考え込んでる。まあこれだけじゃいくら長門でもわからんよな」
「ああ、長門、別に知らなきゃいいんだ。俺の記憶も全然正確じゃな……」
「……Amor magister est optimus ラテン語の格言。意味は、『愛は最良の教師』」
おお、流石長門。
「じゃあ、オムニアウィンキなんとかってのと、アモーリスウルヌスイーデってのは分かるか?」
今度も長門はえらくマジメに考え込んでる。というより、あれは長門にしてみれば
しかめ面に近いものではなかろうか。何故か吹雪の洋館で、長門の話をしたハルヒの顔を思い出した。
「……直球。想像以上に積極的。警戒レベルの上昇を強く推奨」
ん、流石にわからんか。
「……Omnia vincit Amor. 意味は『愛はすべてに打ち勝つ。』
 Amoris vulnus idem sanat, qui facit.意味は 『自分に恋の傷を負わせた相手でないと、その傷は癒すことはで きない』
ではないかと推測される」
すごいぞ長門。
感動のあまり、思わず長門の頭を軽く撫でてしまった。怒られるかと思ったが、本人は結構嬉しそうだ。
ただ、何故かハルヒが物凄い目つきでこちらを睨んできて、逆に古泉は泣きそうな目でこっちを見る。
俺が何をしたというんだ。

佐々木さんサイド

「そういや佐々木、昔「恋愛は精神病だ」とか言ってたな」
「ああ、その持論は今も別に変わりはないがね」
学校からの帰りにキョンとばったり出会い、久しぶりに一緒に帰宅するという僥倖に恵まれた。
ここ最近、直接会うことは稀だったので、何気ない会話すら嬉しい。
「あれに続けて、なんか訳分からん呪文みたいなこと言ってただろ。あれ、ラテン語だったんだな。
 最近ようやく意味が分かったぜ」
きゃあああああああああああああ。
な、何故今頃そんなものを。僕自身すら忘れたい過去だと言うのに。
そもそも、あの当時ラテン語を全く分からない君が、何故その文言を正確に覚えているのだねうあああ。
「そ、そうだったかな。僕もよく覚えてないんだが、何と言ったっけね」
「ちゃんと長門に聞いて、メモも取ってきたんだ。えーと」
取らないでえええええ。
「Omnia vincit Amor. が『愛はすべてに打ち勝つ。』
 Amoris vulnus idem sanat, qui facit.が 『自分に恋の傷を負わせた相手でないと、その傷は癒すことはで きない』
で、Amor magister est optimus が、『愛は最良の教師』だったっけ」
「そ、そんな意味だったっけ。あははは」
「あれだろ、恋愛は精神病ってのにつなげて、
 恋愛は、一度かかっちまうと誰も彼もそれに勝てなくて、癒えない傷を負ってのたうちまわる、って感じか。
 でも、その苦い経験で人は成長するかもしれない、ってところか。
 そんなに難しい言葉でお前の恋愛観示されてもわからないだろ、格好つけやがって」
「あは、あはははは。ち、ちょっとスノビズムにも程があったかね。あははははは」
その後、帰宅までとりとめのない会話を交わしたようだが、一切記憶がない。

キョン、「愛は全てに勝つ」を、「愛は全てに勝る」ではなく、「誰も愛には勝てない」と訳したのは正しい。
あれはあまり肯定的な言葉ではないらしいんだ。
なんでこういう時だけ正しく訳すのだね。
せめて、「精神病といって置きながら、愛は全て勝つなんて、お前本音は後者だろう」
とでも誤解してくれた方がまだマシだよ。
なんだい君のペシミスティック溢れる解釈は。
僕は、
「恋愛とは精神病なのかもしれないが、一度それがやってきてしまえば、誰も理性などでは止められない。
 そして僕に取り付いた恋という病を治せるのは、それをなした張本人である、君だけだよ。
 もし僕に恋愛感情を抱いてくれたなら、こんな遠回りな告白も、ラテン語の壁も、
 恋する者の熱情で、きっと読み解いてくれますように」
と言いたかったのであってああなんて恥ずかしい台詞なんだ中学時代の僕よ……。
おまけに、やっぱりまったくさっぱり理解してもらえなかったじゃないか。
まあ想定の範囲内ではあるけれど。
ああもう、閉鎖空間にさらに穴を掘って独り閉じこもりたい。
とりあえず、「ギリシァ・ラテン引用語辞典」は、目に付かない本棚の奥にしまいこむことにしよう。

                              なんとなくおしまい

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最終更新:2007年10月10日 08:31
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