14-569「ある車内風景」

『プアァァァァァン』
列車の前の方で警笛が聞こえる。次の瞬間に列車はトンネルから抜け出し、小さな川を鉄橋で渡る。
なぜ俺がこんなローカル線に乗っているのか、それは一ヶ月前に遡る。
昼休み、谷口達とメシを食いつつ前日の失敗をぼやいていた。毎年恒例の、妹を連れての祖父の家への
小旅行のための特急の指定席券の発売日、派手に寝坊した上に帰省シーズンとあってJRの駅に着いた
時には既にその方面への全列車が満席になっていた。俺一人なら自由席で数時間立ちんぼでもいいが、
妹がそれを我慢できそうにはないし、自由席の座席を確保するために蒸し暑いホームに延々並ぶ羽目に
なりそうだ、と言ってたら隣のグループから声がかかった。
「なんだ、キョン。どっか行くのか?」
そう聞いてきたクラスメイトの顔を見て、ああ、コイツは旅行とか鉄道とか詳しかったなと思い事情を
話すと、机の脇のカバンから時刻表‐なんでそんなもん持ち歩いてるんだ?‐を取り出し、ほんの数分
ページをめくっただけで一枚のメモを俺によこした。
「そのルートならちょっと遠回りだけど多分空いてるぜ」
どうせ急ぐ旅でもない、空いてて座れるならと礼を言うと、自分の旅行に使う切符を買いに行くから、
ついでに指定席券とか買っといてやろうかと言われた。JRの駅まで出るのは面倒だと思っていたので
ありがたくその申し出に甘えさせてもらった結果、この名前も知らなかった路線に乗っているわけだ。

俺の隣では、山が見える街が見えるとはしゃいでいた妹がようやく疲れてくれたのか寝息を立てていた。
それはいいが、なんでおまえが俺の向かいの席に座ってるんだ?
「旅は道連れ、と言うじゃないか。それとも僕では不満かい?それならしばらく辛抱してくれ。終点で
僕は君とは逆の方向へ行く列車にのりかえることになっているから」
佐々木はそう言って、喉の奥でくっくっと笑った。いや、不満とかじゃなく、地元の私鉄ならまだしも
こんなローカル線で知り合いと偶然に乗り合わせるなんてことは確率論から言ってもありえないだろ。
いや、確率論なんか無視できる奴も知ってるけどな。席替えのたびに俺の後ろになる奴とか。
「ふむ、偶然か。偶然と言えば偶然なんだが、それは今日、君とこの列車に乗り合わせたこと自体では
ないんだよ」
怪訝そうな顔をしてるであろう俺に佐々木は言う。一ヶ月前、母方の実家に行くための指定券を買いに
駅に行った時に偶然中学時代のクラスメイト、そう、俺にこの列車を薦めた奴だ、に会ったこと。その
クラスメイトは佐々木の話を聞いて、佐々木が乗る予定にしていた列車は満席だろうからとこの列車を
やけに熱心に薦めたこと。
「彼が中学時代から日本中を旅行してたのは知ってるしね。その彼のアドバイスだしこの列車に乗って
みることにしたんだよ。まあ、彼が薦めてくれた理由は今日になってわかったんだがね」
確かに、景色もいいしたまにはこういう旅もいいよな。そう言うと佐々木は小さく溜息をついてから、
「駅の窓口は混んでいてね。並んでる間に随分といろんな話を聞かせてもらったよ。君も充実した高校
生活を送れているようでなによりだ」
そう言った後、付け加えるかのように、
「ただ、彼が面白おかしく話してくれた君の高校生活のエピソードの多くに涼み・・・SOS団の名が
ついてくるのが・・・」
佐々木はなぜかそこで口をつぐむと、急に思い出したかのように俺に菓子を薦めてきた。なんだろうね。
まあ、SOS団の評判はもはや近隣の全校に広まっているだろうし、主に団長様が引き起こす数多くの
エピソードを知ってれば俺を親友と呼んでくれる佐々木が心配するのも無理はないか。
大丈夫さ、SOS団って言うか、ハルヒの暴走なら最近はなんとなくブレーキをかけるコツがつかめて
きたし。そう言うと佐々木はなんとも複雑な顔をしたがそれも一瞬、すぐにいつもの顔に戻ると、
「で、彼が指定席券を渡しながらこの列車の終点まで2時間半かかると教えてくれた後、別れ際にもう
一言『ま、頑張れよ』って言ったんだよ。さて、何を頑張れと言ったんだろうね」
頑張れ、か。おまえが行ってる学校がウチと違って結構厳しい進学校なのは知ってるだろうし、2年の
うちから成績別にクラス分けされたり大変だろうけど頑張れよってエールだろ。むしろ、俺と競い合う
成績のあいつこそ頑張れって気もするがな。
「・・・実に君らしい解釈だね」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年07月19日 21:47
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。