1-733「佐々木の悪戯」

 遡るも遡らないも中学三年生の頃の話になる。
本当ならこんな思い出話なんぞしたくないしきっと皆様も聞きたくないだろうがまぁそこはご容赦願いたい。
ここで話を聞く羽目になった貴方とも何かのご縁。古泉に頼めばその辺胡散臭く納得させてもらえるぞ。
 さて、本題に入ろう。えーと、中三の頃とまで話したのか。
その頃佐々木という奴と仲良くしていたことはおそらくご存じだろう。ご存じない?
それなら今すぐ本屋で「涼宮ハルヒの分裂」をご購入いただくよう強くお勧めする。
売り切れていようが何だろうが三日三晩走り回ればきっと買えると団長様が仰ってたぞ。ホントに買えるかは知らんがな。
 おっと、また脱線か。申し訳ない。
その頃は中三なので当然塾とやらに通っていて、その行きは佐々木を自転車の後ろに乗せ、帰りは話しながら並んで帰ったものだったが、その絡みのお話だ。
 ある雨の木曜のことである。雨とは言っても天気予報は無責任にお天気マークを輝かせていて、事実朝も昼も太陽はさんさんと照っていた。
そんな日だから俺は傘を持たずに自転車を家から出し、窓から覗くお袋の楽しそうな視線をカッタウェイして後ろに佐々木を乗せて塾へと行った。
最初のうちは他人を後ろに乗せて自転車をこぐのが怖かったがもうすっかり慣れていた。周りの視線にも。
すれ違う人にいちいち俺と佐々木の間柄について説明していては塾に間に合わないことを悟ったお陰でもあるがな。
とにかく俺は自転車の前かごでカラカラぶつかったり絡んだりする二つのカバンのストラップを見ながら信号に悪態をつき、塾の始業時間の10分前には見事到着した。
少し時間があるなと言ったのはどちらともなく、じゃあ、と自習室の空席二つに並んで陣取ったのもどちらともない。
椅子に座るといつものようにちょっとした疲労を感じて伸びをする。やっぱり二人乗りは一人より重たい分結構疲れるからな、座れるありがたみを感じるよ。
「ずいぶんな言いようだね。そんなに重いつもりじゃないんだけれど」
 言い方が悪かった。別におまえが重いとか軽いとかいう次元じゃなくて人間一般論だ。
「それは変だね。キョンが疲れた原因として問題になるのは一般論として二人乗りが重いかどうかではなくキョンの後ろに座った僕が重かったかどうかであって、
たとえばその理由は僕が護身用に持ち歩いている鉄アレイなのかもしれないわけだ。
その鉄アレイは一般論の二人乗りが包含しない要素であっても君にとっては疲労の大きなファクターだろう」
 ポロッと物騒なことを言うな。そんなもん持ってる奴を後ろに乗せたくないぞ。佐々木は喉で笑って返した。
「例えばの話だよ。
ともあれ、要するに君の発言を総合すると君はいつも僕を後ろに乗せることで重い思いをしていて体中に乳酸が貯まっていくことに不平を言いたいのではないのかい?」
 相変わらずまどろっこしい言い方をする。そのくらいの疲労、おまえの無駄に頭を使う話が俺の脳内に乳酸をまき散らす分に比べたら些細なものだ。
だいいち……と抗議の続きをしようとしたところで佐々木は不意に立ち上がった。
「そろそろ時間だよ」
 タイミングの悪い。教室に動き出す人に紛れてせっかく展開しようとしていた俺の反論はすっかり霧散してしまった。まったく。
それにしてもその理屈ばった喋り方、女子の前ではそう話さないんだろう?どういうわけでだ。歩きながら訊く。
「これかい?一応僕なりに訳があるんだけれど、出来ることなら言わずに済ませておいてもらえないかな」
 どんな訳だ。気にはなったが無理言って聞き出すには時間がなさ過ぎた。それはまた今度だな。
とにかくそのインテリ優男みたいな話し方な固執すると変人に見られるぞ。
「ごあいにく様。既に変人の称号は十二分に頂いたよ」
 俺は何か言うべきだったのかもしれないが、妙な誤解をし続けてる隣の席の奴の冷やかしにうるさいと叫んで気がつくと授業は始まっていた。

 塾が終わると外はザーザー言う雨音が完全に支配していた。
横で佐々木はごく普通に紺色の折り畳み傘を取り出していたが俺はそんなに用意周到な人間ではないしその上自転車のことを思うと完全にメランコリーに覆われていた。
とりあえず佐々木、傘二本持ってないか。持ってないだろうな。俺は佐々木の方を向いた。

 佐々木は何かイタズラを思いついたような顔をしていた。

 大方相合い傘しようとでも言い出すんじゃないか。そう先読みしようとしたが残念なことに佐々木の思考回路は俺の斜め上を行っていた。
「ごめん、今日私一本しか持ってないの。キョン君、一緒に入っていかない?」
 俺は開いた口がふさがらなかった!どうした、何か悪いものでも食ったか?
「ひどい言い方ね」
 口では言いながらも顔は笑っている。始業前の話を気にしてたのかこいつは。
確かに事情を知らない人が見れば平均以上には可愛らしい少女がごく普通に少女的言葉使いで話しているだけに見えるだろう。
だが俺は違和感でどうにかなってしまいそうだった。皆さんにもこの違和感をもっと実感を伴ってお伝えしたいものだが文章というのは不便だ。
誰かにマンガかアニメあたりでこの状況を表してもらいたいものだね。
「どうしたの、キョン君?」
 佐々木は俺の顔を覗き込んだ。彼女の顔には愉快さを堪えられない笑みが貼り付いている。
何やってるんだとでも言いながら睨みつけてやりたかったところだが、
佐々木のその笑みはいつも俺の前で見せるクククではなく女子の前で見せるウフフの微笑なんだから目を合わせにくいこと著しい。
もっとも佐々木にそのことは筒抜けにお見通されていて、今度は声に出さずに顔だけでクスクスと笑った。さっきからいろいろ笑ってばっかりで楽しそうだな、おい。
「キョン君の反応が面白くて。あ、いつもみたいにキョン、って呼んだ方がいい?」
 わざわざそんな女の子らしいイントネーションをつけんでもいい!その口調で呼ばれるとむずかゆい!
「理屈っぽくない口調っていうとこんな感じじゃない?たまになら面白いね」
 佐々木は微笑んだまま余裕綽々に言う。完全にイニシアチブは佐々木だ。わかったよ、俺の負けだ。俺は白旗を鮮やかに揚げた。
 それにしても雨足はさっぱり止まない。どうしたもんかと佐々木を見ると佐々木は傘を掲げてどうすると首を傾げた。
既に授業が終わって結構経ってしまったのであまり人影は少なかった。別にやましい訳じゃないが無用な噂が増えるのはごめんだしな。うん、大丈夫だろう。
まぁいいだろう。背に腹は変えられん。自転車は明日回収しよう。俺は正当な事実確認をすると佐々木に頷いた。佐々木がそう大きくはない傘を広げる。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年11月15日 09:59
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。