起こった事を端的に言い表すとあたしはキョンに見放された訳なのよ。
佐々木さんに負けたとはあたしは認めたくなかったし、負けるという言葉に反応してしまったのも理由の1つかもね。
負けたと思ったら自分がほんとうに惨めになるし、少しでも根性がねじ曲がっていたら逆恨みの原因にもなりかねないから。
あたしはこう考えたの。あたしに落ち度がいっぱいあって、それが原因にキョンに振られてしまい見放されてしまったのよ。
そう思うと胸の中のヤキモキはすっきりしてきた。あたしの胸に秘めていればアイツにも迷惑掛からないしさ。
今夜は一晩ず~っと泣いて泣いて過ごして、明日になったら一歩踏み出そう。
やがて学校を卒業して社会に飛び立つ日が来たけど、あたしはその群衆の中から"あの二人"が居ないように心に願った。
もっともこれはあたしの記憶違いだった様子で"あの二人"はあれから直ぐに学校を辞め、二人で事業を始めたらしかった。
その時はキャンパスでも噂になったねと、卒業の日に思い出話の1つとして語られたけどあたしには全然興味がない話だし聞きたくも
無かったから、耳をふさいでその場を立ち去った。
就職したのは地元の水産会社で家から近いと云うだけでなんの取り柄も無い会社だった。
あたしはここで頑張って輝いてみせるんだと思ったけど、これが意外に長続きしなかった。
切っ掛けはよくある話で上司や同僚とかと仕事で色々あったのよ。結局はみんな同じ方向に向かっているんだけど、その方法が回りく
どく非効率と感じたあたしは独断で改革してみようと思って行動した。
すると仕事の効率は上がったけど上司から独断は許さない、新入りのクセに生意気だと目を付けられた。
同僚の、あたしから見れば只のヒヨッ子連中は自分で物事を判断出来ないクセに上司へとなびいていった。
ここはあたしの居場所じゃないと思った時には辞表を出した後だった。2年ぐらいは働いたかな。
次に就職したのはまたも近所の惣菜製造の元締めをしている会社だった。ここは少し長かった。
商品企画グループに配属されたあたしにある程度の裁量が与えられ、惣菜物に関する独自の調査を行う事が出来て、自分自身の企画で
新製品を発表する事が出来た。小さな満足感は次の企画へのチャレンジ精神に変わり、次々へシリーズ化の展開を行って業界でも少し
名前が知られるようになったのはそれほど時間は掛からなかった。
でもある日、その会社の御曹司があたしに声を掛けてきた時からすっかり調子が出なくなった。色々と優しくはしてくれる人だった
し、悪い事は絶対考えもしない本当にいい人と思いはしたけれど、それだけでは社会に出られないと思った瞬間からその御曹司に冷酷
な対応を取ってしまう事になった。
もうこの会社では居られないと思ったあたしは思い立ったらと辞表を書いていた。3年ぐらいは働いたかな。
あたしの手元には昔からでは思いも付かないようなお金が残っていた。
大してお金が掛かるような事には使っていなかったし、そんな時間も無かったから手元に残っただけの話だった。
両親はそのお金を使って自分を磨いてそろそろ相手を見付けなさいと言ったけど、全然乗り気じゃなかったあたしは親の言う事も無視
して次の仕事を探していた。
色んな会社を受けてみたけれど、大きな会社では履歴書だけでハネられていた。人に言われて初めて気が付いたけど、自分の職歴に
書く内容の何と短い事。その上に実際に働いた年数も短かったから、あたしは根性無し新人類と見られているようだった。
そんな事があったから、発想の転換としてバイトから始めようと陳腐な行動をとったのも当然だと思う。
あたしは自分が出来そうな仕事は片っ端からやってみた。
色んな出来事があってそれなりの経験は積んだつもりだったけど、何故かいつもあたしはドロップダウンをしていた。
そんな事を繰り返してるうちに、自分が独りぼっちになっている事に気が付いた。
あたしは家に居る事が多くなった。
起きては何も考えずにぼ~っとする事が多くなり、睡眠時間は極端に長くなっていった。
何もない毎日を繰り返している間に、あたしが居なければすべて解決するんだと思い至った。
親に見付からないように身辺整理を始めていた。最初は仕事関連の資料とかを思い切って捨てた。
次は大学時代の物を捨て去った。ついでに詰まらなかった中学時代の遺物を捨て去り、何もかも思い切って全部捨ててやった。
もう残っている物はあたし自身しかなかった。
「じゃぁね。つまらなかったあたしの人生」
当然訪れるだろうその時をあたしはジッとして待っていたけれど、何も起きなかった。
・
・
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焦れったいわよね。早く来なさいよ!
「やれやれだな」
何よ、その言い様は!
「・・・・お困りの団長様を見捨てる俺じゃないぞ」
いきなりキョンのイメージが頭の中に拡がった。
何で、何でなのよ!いつもあんたはあたしの前に飛び出してきて勝手に去って行く。
あんたさえ居なければあたしの人生はもっと充実していたし、こんな思いはしなかったわよ!
とっくの昔に捨て去ったと思ったら、女々しくもあたしの心の中で巣くっていたとはお天道様もビックリだわ。
悪魔のとおりは黒装束だけど、あたしの場合は赤の方がいいかしら?今から迎えに行ってあげるから、首を洗って待ってなさい。
あたしは夜の街へ当て処もなく車を走らせる事にした。
キョンの居場所は判らないけれど、どこかへ走ればきっと出会えるに違いない。あの夜空をもう一度二人で見たかったし、あの光景の
中で二人で逝けるならきっとキョンも満足するに違いない。そう思うと居ても立っても居られなかった。
あたしの愛車は冷凍車。
初めて買った大きな買い物。
あの人が乗っていた、小さな小さな頼れる奴。
ごみ捨て場に捨て置かれた、今のあたしの相棒よ。
あたしは必死に磨き上げ、今宵も夜空を眺めてる。
戻って欲しいと思うほど、想う程に離れて行く。
キョンを見付け出すのにそれほどの時間は掛からなかった。
今すぐ頸根っこを押さえてやろうかと思ったけれど、あいつが今何をしているのかが気になった。
出来れば今のあたしと同じに不幸のどん底で喘いでいれば嬉しかったし、艱難辛苦のど真ん中に居て欲しかったから、キョンの様子を
少し眺めてみる事にした。
あいつは疲れ切っている様子だった。
港と街の往復で半時たりとも同じ場所には居なかった。休みを取る時はホンの数分で、寝ている時は身動きひとつしなかった。
それはとても嬉しいけれど、なんであいつは動くのか。
人と会えば笑顔を絶やさず、おばちゃん達の輪の中にも、おみやげ片手に乗り込んでいた。
あいつはいつも微笑んで、人の中へ融け込んでいた。
キョンを見ている自分が無様に思えたから、あたしは街へ戻る事にした。
その原動力を、その根本と向き合う事が必要だと思ったから。
あたしは迷う事無く佐々木さんの会社を訪れていた。
キョンはもう何ヶ月も会社へは戻っていないのは確認してるから、ドアを開けるのにためらう事はなかった。
そこはベージュを基調としたシンプルな作りだけど、ほんのりと暖かさを持った空間だった。
「いらっしゃい、涼宮さん」
植木の向こうから澄んだ声が響いてきて、あたしの足は自然とその方向へと向かった。
なによ、なによこの女。
人がせっかく来てあげているのに、椅子から立つ気は無いらしい。あたしの方がずっと礼儀正しくできるわよ。
そう思ったあたしは手近な椅子をたぐり寄せ、どかりと座って相手の瞳を見ようとした。
「そろそろ涼宮さんが来ると思って、私はずっと待ってたの」
・・・・あなたが待っていたのはあたしじゃなくてキョンじゃなかったの。
「そうね、そうかも知れないけれど、待てどもキョンは帰って来なかった」
・・・・いい気味じゃない。
「そうだね、まったく涼宮さんの言う通りだわ」
・・・・いい夢見れたんじゃないの?
「分不相応な夢は見れたけど、いつの間にかお互い違う夢を見るようになっていた。
待つのには慣れた積もりではいたけれど、私もそろそろ限界が迫ってきたみたい」
佐々木さんは立ち上がろうとしてよろめいた。
よろめいた彼女は机を支えにして何とか立ち上がると、お腹に手をあてて苦渋の表情であたしにこう言った。
「わたしはキョンを止める事が出来なかった。繋ぎ止める事は出来なかったの。
今の彼を引き留める事はわたしには出来ないから、お願いだから涼宮さん。キョンの事をお願いします」
・・・・ちょっといきなり何なのよ!?それに佐々木さん、その体はどうしたのよ。
佐々木さんはあたしの問いかけに応じる事無く床へ静かに倒れ込んだ。
その時のあたしが何を思って行動していたか、きっと思い出さない方がいい。
気が付くとあたしはハサミを、新聞のスクラッチに使うような大きなハサミを握りしめて佐々木さんの横でぼ~っとしてた。
何をやっているのよ、あ・た・し!!
でもこんなのひどくは無い?なんであたしがこんな事をしなきゃいけないのよ。これもかれもみんなキョンのせいなの。
不承不服な思いを感じつつ、今のあたしに出来る最善の施しを佐々木さんにおこない、ふたたびキョンを探しに出た。
あたしは小さな相棒と、ふたり一緒に夜の道。
二人して暗闇を、走っているとまた逢える。
そんな気がした夜の道。
待っていてよね、あたしのキョン。
あいつを見付け出したのは暗い夜道のサービスエリアだった。
既に誰の物とも判らなくなった憤りをキョンにぶつけると、大人しくあたしについてきた。
懐かしいあの軽トラに引き合わせると泣き出した。泣き出すのはまだまだ早いわ。
あんたに引き合わせたいのはこの子だけじゃないんだからね。あたしはキョンを連れて道を戻った。
あなたを想っている人は、必ずあなたを待ってます。
だからあなたは大丈夫。きっとあなたは大丈夫。
~俺の愛車は軽トラだ~ 番外編 おわり
最終更新:2007年12月23日 12:24