自慢にならない自慢とは、誰しも1つくらいは持っているのでは無かろうか?
例えば俺の昆虫博士の称号なんかは特にそうだろう。
大体何々博士という言葉には妙な胡散臭さがあって、本当のDr.の称号を持っている人の場合は何々博士とは呼びはしない。
斯く云う俺には「昆虫博士」以外にも称号を持っており、それは「天体博士」という称号だ。
およそ何ともない称号で、一時は忘れ去りたい時があったが、いまはそれを懐かしく感じられる。
そんなどうでもいいエピソードを紹介しよう。
塾の帰りの時だった。
その日の俺は塾のテストでひどい間違いをしてしまい、塾の教師…この場合は講師だろうか?色々なパターンで皮肉と小言を拝領し、
少しは落ち込んだ気分で足早に自転車を押し、佐々木と二人してすっかり暗くなった夜道を歩いてた。
その日の佐々木は少し薄手のジャケットを羽織り、スリムなジーンズで冬らしからぬ軽やかさを演出してはいたが、少しその格好では
寒いだろうと話し掛けると、これでも充分に暖かさを感じるよと返してきた。
どうも男と女では体のつくりが違うようだ。
そんな会話をしつつ、両手を後ろに組んで歩く佐々木の姿を追いながら自転車を押して歩いていると、不意に視界の上から前方へと
またたく光りがすぅっと駆け抜けた。
・・・・今のは流星だな。
光量が変化するのは流星の元の物体がいびつな形をしていて回転しながら落下するからであり、光の色調が変化するのは花火と同じで
その中に含まれている元素が大気と反応して色めくせいだ。
「キョン、今の流れ星を見た?」
・・・・ああ、しっかりと見たよ。
「あんなに大きいのは僕も初めて見るが、君はあんな大きなのに出会った事があるかい?」
・・・・あんな大きなのは俺も初めて見るよ。
振り返った佐々木と俺はそんな事を話していたと思うが、実のところ内容はあまり覚えてはいなかった。
その時、俺の心は過去へ跳んでいた。
俺がまだまだ小さかった時だ、帰省した俺は祖母ちゃんの家でテレビを見ていた。
夜はテレビを見る為にあるような時間だと思っていた俺は、思いがけずに俺を呼び出したいとこの姉ちゃんにいったい何だと思った。
姉ちゃんは寒い夜空の下で俺の手を引き小高い丘に連れて行くと、こんな夜空を見た事あるかとを一杯に拡げた手の平で夜空を指し示
して今まで見た事がない大きな世界を垣間見せた。
それは大きく雄大さを心に刻むには充分な気配を持っており、ガキな俺はそんな世界に心を奪われた。
姉ちゃんは眩しく光る点を細く長い指で繋げてゆき、身に覚えのある色んな形象へ変えていった。
「キョン、キョンってば。何をぼんやりしているんだい?」
・・・すまないな、星を見ると感傷的になってしまうんだ。
「君は意外にロマンチストかも知れないよ」
・・・お前は流れ星に何か願いでもかけたのか?
「人並みの願いをかけたつもりだが、残念ながら君には教えられないよ。僕にもプライバシーがあるからね」
中学生だった姉ちゃんは天文部に所属しており、星や星座に関する事はとても詳しく、ガキの俺にも判るような面白げなエピソード
と共に俺に嬉しそうに語ってくれた。その時初めて知ったのだが星々にも春夏秋冬の流れがあって、季節によって違う表情を見せてく
れるそうだ。流れ星への願掛けや織姫と彦星が年に一度だけしか出会えない事もそんな遣り取りの中で憶えていった。
「流れ星を見ていると、少し寂しげに感じてしまうのは僕だけだろうか」
・・・どうした。なぜ寂しげな感じがするのか?
「流れ星の元は星の屑だと知ってるけど、誰にも知られずにずっとずっと孤独で誰にも顧みられぬ旅を続け、はじめてその存在が明ら
かになる時はその身がついえる時だ。そんな星を思うと寂しげな感じがするんだよ」
佐々木はとても明るい奴だ。
性格がアレだから人に誤解を受けやすい奴なのだが、あいつのいう言葉や態度の端々には前向きに物事を考える姿勢がありありと感じ
させ、そんな事に俺は元気を貰ったりしていたのは事実なのだが、今の言葉には佐々木らしからぬ後ろ向きの感じがして、俺は普段の
お返しをしなければいけないなと思い、何の役にも立たない知識を披露してその表情に明るさを取り戻そうと考えた。
・・・・最近の学説では流星が生命の元を運んだ可能性が指摘されているし、流星のエネルギーで大気の反応が促進されるという話もある。
そう考えると流星は命の世界での大きな可能性の1つとも考えられるぞ。
「そうか、そうなんだね。ありがとう、キョン」
俺が星々への絶望感を伝えた時、高校生になっていた姉ちゃんは悲しそうな顔をした。
星々の世界が実は絶望的にまで遠い世界にあって、見ている星の瞬きは実は何千・何万・何億年も前の姿だと知った時、何だか俺は裏
切られた様な気がしたからだ。俺の言葉に姉ちゃんは「そうね、確かにそうね」と言葉を返し、俺に背を向けずっとと遠くを見ていた。
気まずい時間が俺達二人を包み込み、気まずさに耐えきれなくなった俺は姉ちゃんの顔をのぞき込んだ。
頬を一筋の涙が流れていた。
―――そうか、こんな近くにも星があったんだ。もっと星を見たいと思った俺は姉ちゃんを抱き締めてた。
目の前には大きな瞳に星々をたたえた佐々木が居た。
もう手放したくないと思った俺は小さな体を抱き締めた。
―――俺は生涯で2度目となる体験をした。
最終更新:2007年12月23日 12:37