26-578「佐々木さんのsilent voiceの巻」

 佐々木がたちの悪い風邪を引き込んだらしい。
 ここ数日は臥せっていて、ようやく快方に向かいつつあるようだが、
見舞いの一つも行かないのは何事か、とは、橘京子が夜半に俺の携帯にかけてきた第一声であった。
というかお前、いつ俺の電話番号を知った。
それはそれとして気がかりではあるので佐々木にメールをしてみると
『大分マシにはなったよ。大丈夫。ただちょっと喉をやられて声はでないけどね』
というメールがしばらくして帰ってきた。
ううむ、これはいかんな。明日はSOS団の活動休んで見舞いに行こう。
「明日は佐々木さんのご両親がどうしてもはずせない用件で外出してしまっているのです!
 ここでお見舞いに行かないのは友人として男としてダメダメのダメなのです!
 私も一緒に行きますから高級なお見舞いを持っていくのです!」
いいから何度も電話かけてきて、しかも叫ぶなダディアーナ。

 翌日、俺はハルヒに素直に事情を話して佐々木の見舞いに行った。
ハルヒのヤツは大概横暴で聞き分けの悪いやつだが、こういう時までごちゃごちゃ言うやつじゃない。
「パジャマ姿で抜け駆けはなしよ、って言っといて」
という訳の分からん伝言と、団長からの見舞いの品を買えと千円冊を2枚渡して送り出してくれた。
駅前で白桃の缶詰を買う。うん、風邪の見舞いは白桃か台湾バナナだ。
喉を痛めたらしいから桃の方がよかろう。
「あなたいつの時代の人ですか」
いやだからナズェ見てるんです橘さん。ところでお前今佐々木の家の方向から走ってこなかったか。
待ち合わせは佐々木の家の近くじゃなかったっけ。
「佐々木さんがご両親の助けもなく独りで病魔に苦しんでいるのですよ。
 学校なんか行ってる場合じゃありません。今日はずっと看病していたのです。
 あなたが遅いから迎えに来たのですよ、まったく」
へいへい。それは悪うござんした。で、あいつの様子はどうなんだ。
「熱は下がったようですし、風邪はほぼ抜けたようですよ。
 ただ、体力を消耗してるのと、咳で声があんまり出ないみたいで」
そりゃ結構大変だったんだな。お前みたいに煩いのがいたら却って消耗したんじゃないか、佐々木?
「な、なんて失礼なことを言うんですか!? 
 そりゃまあ、佐々木さんが何を言いたがってるのかわからずにちょっと最初のうち、
 ドタバタしなくはなかったですけど……」
橘の声がだんだん小さくなって口ごもる。何やらかしたんだお前。
そうこうしているうちに、久しぶりの佐々木の家についた。
自分の家でもないのに自慢げに扉を開ける橘の案内で玄関にお邪魔する。
……ってかお前、外出する時鍵かけずに家出たのか。
「……あ」
誰かこのバカ、クワガタと一緒に崖から叩き落せ。
幸い佐々木宅への闖入者はいなかったようで、何事もなく佐々木の部屋の扉をあけると、
ベッドにパジャマ姿で横たわる佐々木の姿があった。
「………ゃぁキョン。すまないねわざわざ」
掠れた声で数語しゃべると、つらそうに咳き込む佐々木。
表情は、やや頬が上気している以外は、そんなに具合悪そうでもないが、
喉は本格的に痛めちまったみたいだな。
あんまり無理してしゃべるなよ、今日は見舞いに来ただけだから、いいから横になってろ。
「……」
そんなにすまながるなよ。今までお前に世話になった分に比べれば何ほどのものかよ。
「じゃあ私は暖かいものでも入れてくるのです」
「……」
佐々木は冷たいものの方がいいってよ。あとお前、佐々木の家の台所と相性悪いみたいだから、
あんまりバタバタ動くな。
「何でわかったんですか!?」
いや、今佐々木そう言ったじゃん。
「頭大丈夫ですか? あ、そういえばお見舞い持ってきたのだから早く出すのです!」
へいへい。佐々木、ちょっと台所借りるぞ。
「……」
ああ、分かってる。何回か使ったことあるから。一緒に麦茶でも入れてくるよ。
「何独りで会話を進めてるんですか?」
いや、しぐさとか口の動きで普通わかるだろこれくらい。
「……ストーカーですか?」
黙れバナ。

その後、見舞いの白桃を開けて、飲み物と一緒に佐々木に水分と栄養を補給させ、
国木田など、中学の同級生だったヤツの近況を少し話した。
佐々木は時々うなずいたり軽く口元を動かして、いつもと同じように合いの手を入れて、
面白そうに話に聞き入っていた。まあ、この様子だと風邪がぶり返すようなことはないだろう。
あまり長居をして疲れさせても何なので、適当な所で切り上げたが、
橘よ、なんでお前は俺と佐々木が喋ってる間、ずっと東京ドームでダイビングキャッチをする
パンダを眺めるような驚愕した顔で、俺と佐々木を見つめていたのだ。なんかの病気の発作か?
「何で佐々木さんは一言も喋らなかったのに、会話が続けられるんですか?
 あなたも佐々木さんも、まるで当たり前みたいに」
いや、別に普通の他愛ない話だし、佐々木だって相槌うったりしてただけだろ。
禅問答してるわけじゃないんだから、佐々木の言いたそうなことだって限られるだろう。
いつもの薀蓄はあいつだって言わなかったし。
「……なんか何十年も連れ添った夫婦みたいなことするんですね。
 いつもは完全スルーのくせに。正面から言ってもスルーのくせに」
いやだからそんな大したもんじゃないから、恨みがましい目でこっち睨むな橘。
お前に「空気読む」という能力が絶望的に欠如しているだけだ。

数日後、本復したらしい佐々木と橘の二人連れに駅前で出くわした。
「やあキョン。お見舞いありがとう。ようやく元通りという所だよ」
そいつは何よりだ佐々木……って、何橘に耳打ちされてるんだオイ。
「ところでキョン、この前は殆ど喋れなかったのに、僕の言いたいことを
ことごとく当てていたね。まあ、前もそんな感じで、喋らなくとも
大体理解してくれていたことがあったけど」
まあ、一年間つるんでたからなあ、なんとなく分かるもんだろ?
あの状況だと想定される言葉なんてそんなにないし。
「じゃあ、僕が今何を考えてるかわかるかい?」
そう言って佐々木は目を閉じた。
病み上がりのせいか、わずかに上向いた頬は、まだわずかに上気しているが、
そこにはイタズラっぽい微笑みが浮かんでいる。
まーた何をいきなり。
……。
……き、
「「き!?」」
はもるな。飛び跳ねてまで驚くなバナ。

今日は体力が戻ってきていい気分だ、とかそんなところか?

何故そこで腹を抱えて笑う橘。
その古泉ばりの「やれやれ」のポーズはなんだ佐々木。
くそ、二人して人をからかいやがって。
「ね、これが我らがキョンという人物の人となりなのだよ」
「す、凄いです佐々木さん、大当たりです。
さすがキョンさんを完璧に理解しているのです!」
キミタチ、なんか凄い失礼なことやってませんか、ねえ。
まったく。やれやれ。
                    おしまい

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最終更新:2007年12月29日 00:09
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