26-683「モノローグ(佐々木)」

ねぇ、キョン。縁とは時に大きなうねりと意思を持って人に
まとわりつくようだ。こうしてまた君と深い関わりを持つこと
になるとは思わなかったよ。だってそうだろ? 進路をたがえた
んだ。違う学び舎を選んだ上、今まで共通の都合だった塾には
行かなくなった。疎遠になるには十分じゃないか。
……君は僕が当時から例の精神病を患っていたのを知らない。そして今も。

だから最終進路決定をする十二月、僕がどんなに悩んだかも知ら
ないだろう。そして僕が下した決断に込められた意味を。…そ
う、僕は君じゃなく僕の将来を選び取ったのさ。どうしても君
だけに生涯を捧げると言う決断は出来なかった。精神病が慢性
だったことも知らずにね。だからそれに気付いた三月の「仰げ
ば尊し」は僕の胸をどうにかしてしまいそうなほど締め付けた
ものだよ。
もうどうしようもない。あの背中も、この気持ちも。そんな思
いが僕を後ろから貫いて前の方に重く長く垂れ込んだ。きっと
僕は君の影を求め続けるんだという確信めいた将来と、そして
それは決して終わらないという諦めにも似た考察が寂莫と重な
って僕の視界を揺らしていたのさ。

新しい学校での生活は楽しかった。中にはこんな僕を真摯に好
きだと言ってくれた人もいたんだよ。一度、確証を持ちたくて
付き合ってみた事もあった。ああ、確証と言うのは僕の精神病
の慢性かどうかということだ。すぐに分かったさ。いや、そ
んなの三月に分かっていたんだ。気を紛らわせたかった。つい
でにその人をキョン以上に好きになれたら……そんな身勝手な
期待を抱いていたんだ。
それからしてすぐに別れた。どうせ相手を傷つけるだけだった
からね。僕が君の想いの先に立っていないと想いを伝えるのが
我慢できなかったのだから、彼の気持ちは分かる。……彼には
本当に悪い事をした。今でも時々自己嫌悪に陥る時があるくら
いにね。

そして本物の代用物は本物への執着をたぎらせる。ますます君が
恋しくなった。

夏も秋も冬も、君に連絡しようと思った。タイミングも考えた。
でも駄目だった。その度目の前に広がった黒い床が這い出てき
て恨み言を言うんだ。
「貴女は『僕』を殺して『私』になったのでしょう」
それがトレモロする。そのせいで知りきった住所と電話番号に
アクセスすることが、どうしてもできなかった。
そうして時間は過ぎていき、いつしか風の噂で君のSOS団で
の活躍を聞いた。そこに僕はいなかった。
「私」だけがここに、君の隣町にいた。

それから春のある日、新入生が眩しそうに入学してきた頃だ。何
と言うことだろう。僕は君に再び邂逅したんだ。心底驚いた反面、
驚くほど落ち着き払って君に呼びかけている僕がいた。

そんな僕を昨日別れた友人のように、忘れた時間割を聞くように、君は
返事を返してくれた。

一体何だったのだろう。その瞬間、僕の目の前の黒い何かが再び
僕の中に溶け込んでまばゆく光りだすのを感じたんだ。涙と共に
君の胸元に飛び込みたい衝動に駆られたけど、それは『僕』が許
さないだろうし、キョンに迷惑がかかると言う分別は残っていた
から何とか収まった。

でもね、その時決めたんだ。僕は沈めた『僕』を救い上げて、再び
君に向かっていこうと。確かに僕は、既にとんでもない過ちを犯し
ている。君を秤にかけて掲げあげたというね。それでも、それさえ
もこの邂逅の為だったのではないかと思ってしまったのだよ。キョ
ン、もう躊躇わないよ。
進路のせいにしないさ。僕は僕の道を歩みながら、君と交われる事
を知ってしまったんだ。

長門さんにも、朝比奈さんにも、涼宮さんにも、誰にも負けない。
僕は僕が歩く道の上に君がいる事を信じている。いや、確信してい
る。くっくっ。


また、連絡するよ、キョン。

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最終更新:2007年12月29日 00:47
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