「ん?佐々木か?」
谷口が教室のドアを開くと、うつ向きながら立っている佐々木の姿があった。
「……んっ」
谷口の言葉を聴いて佐々木は瞳に貯まった涙を手の甲で拭き取った。それを見た谷口は慌てて口を開いた。
「い、いや忘れ物をしちまってさ」
「そっ…そう」
沈黙。
谷口は肩を少し上げて、普段のどこか間の抜けた顔を浮かべると教室から出ようとしたがが、その時後ろから佐々木の声が聴こえた。
「ねぇ谷口くん…。これ似合ってないかな」
佐々木の格好はメイド姿だった。橘京子が佐々木団として活動してるときの格好を今日は佐々木がしていた。
「いやそんなことないぜ!橘とは違う魅力があるしな」
「本当?」
今まで表情を暗くしていた佐々木は谷口の言葉で大輪の花が咲いたように笑顔を輝かせる。
普段の佐々木の静かな笑みとは違い、谷口は自身の顔が赤くなるのを感じた。
佐々木は席から立ち上がり教室から出て行こうとしていた谷口へと駆け寄る。
「…自分で言うのもなんだけど、結構似合ってると思ったんだ」
「ああ似合ってる!俺の知ってるメイドの中じゃ最高だぜ!」
と言っても知り合いにメイドなんていないんだけどなー、とは言えない。
「ありがとう、谷口くん。でも…キョンは…」
佐々木が谷口のブレザーの袖口を握りながら、ぽつりと語り始めた。
佐々木がメイドの格好でキョンにお茶を出した事。
誉めてはくれたものの、そういえば橘は、橘はこうだった、橘なら……。
ついカッとなってキョンの顔面に平手打ちをしてしまったこと。
「……やっぱり僕ではキョンのメイドにはなれないんだね。気恥ずかしさもあってついキョンに手をあげてしまったんだ」
「勿体ないやつだな。俺なんて今の佐々木のその姿を秘蔵のコレクションに永久保存したいくらいだぜ!」
「えっ?」
谷口は自分の胸ポケットを弄って定期入れを取り出すと、そこから何枚かの写真を佐々木に渡した。それは様々な顔をした佐々木の姿だった。
「先に謝っておく。スマン」
「谷口くん…」
「多少隠し撮りじみたものもあるし、その…」
「…さない」
谷口は言い訳じみた自己擁護を佐々木に構わず語ろうとした。だが、
「こんなの許さない」
佐々木は谷口の顔を見据えてハッキリとした口調で言った。
「僕の許可なく写真を撮るなんてヒドいじゃないか」
「……あぁ、スマン。悪いとは思ってる。こんな言い訳にもならないが、俺はお前のことが、」
「なら『わたし』にキスをして」
固まる谷口に顔を真っ赤に染めて言い放つ佐々木。半ばやけに言い放つ。谷口なら冗談として受けてくれると思っていた。だが、さっき谷口の言いかけた言葉も気になっていた。もちろん続く言葉は分かっている。
「……分かった。いいか、俺はマジだぜ」
そう言って谷口は少し距離を取っていた佐々木を抱き寄せて、身体を震わせ瞳を力一杯瞑る佐々木を抱きしめた。
そして形の良い唇に谷口の唇が重なる。
はじめは重ねるだけの稚拙な愛撫だったが谷口は段々と唇を舐めまわし、舌で刺激し、ついに口の中の佐々木の舌と絡ませていく。
「あ、んっ……うぅん…」
佐々木と谷口の初めてのキス。お互いの唇が離れると、佐々木は谷口の背中に腕を回す。
「僕の事、好きかい?」
「好きでもないやつとこんなことするかよ」
佐々木は谷口の胸に顔を埋めながら、
「僕と…付き合う?」
「そうだな。女言葉で話してくれるならな」
「もう、バカ」
「わりぃ。でもやっぱり、な」
教室が夕陽の明かりで紅く染まっていき、そこに二つの影が寄り添うのを映し出していた。
(バカップル編に続いたらいいね)
最終更新:2008年01月26日 10:47