28-351「バレンタイン」

まだ少し肌寒い昼休みの教室、高校入試も無事終わり、残り少ない中学生活に特にこれといった未練を感じることも無く、
俺はいつもの様に佐々木と弁当を食べ終え、他愛も無い事を話していた。
「 キョン、良かったじゃないか。無事に合格できて。他人事ながら、親友として結構冷や冷やしていたよ」
ああ、お前には感謝してるよ。
お前の入試が私立ゆえに早く終わってくれたおかげで、俺はお前に勉強を手伝ってもらえたんだからな。
「 礼には及ばないよ、キョン。どうせ他にやることも無かったし、それに、何より親友の為だからね」
佐々木は小学生の様な微笑みを浮かべた。
しかしあれだな。もう入試も終わっちまったから、お前と一緒に塾に行くことも無いんだな。
「 そうだね。僕としては君と話をしながら塾へ向かうあの時間は、結構楽しみだったのだが」
まぁ、俺も少し寂しい気はするな。
こんな風に思えるのも、入試が無事終了した余裕というものなのだろうか。
「 はは、そうかもしれないね。受験直前の君は、とても冗談なんて言えない様な雰囲気だった。
本当に病院へ連れて行った方がいいかと思ったくらいだよ」
そうか、それは心配かけたな。でももう大丈夫だ。
俺は今なら、弁当の中にシュールストレミングが入っていたとしても、笑っていられる自信がある。
「 ああ、あの猛烈に臭いというスウェーデンの缶詰だね。僕も一度お目にかかりたいと思っていてね」
佐々木はくっくっと小さい笑い声を上げると、窓の外に視線を向けた。
「 はぁ…。いい天気だね」
そうだな。気分が晴れている分、受験前よりも数段いい天気に見える。
「 ねぇ、キョン。屋上に行ってみないかい?」
佐々木は俺の方に向き直り、そう言った。
屋上か、たまにはいいかもな。
俺の通う中学は生徒が自由に屋上に出れる様になっている。
俺も何回か行った事はあったが、ここの所色々と忙しかったので暫く行って無かったな。
まぁ、久しぶりに屋上ってのもいいかもしれないな。
「 そうだろう?天気もいいことだし、きっと気持ちがいいよ」
そういう訳で、俺と佐々木は屋上へ向かった。
「 うわっと!」
屋上への扉に手をかけた佐々木が、小さく声を上げる。
どうかしたのか?
「 いや、ちょっと静電気がね。なんでもないよ」
佐々木はそう言うと、扉を開き、俺に手招きした。

「 はぁ、やっぱり気持ちいいね」
そうだな。地上とは数十メートルしか離れていないはずなのに、不思議と空気が澄んでいる気がする。
「 この学校とも、あと一ヶ月程でお別れか…」
珍しく佐々木が哀愁を漂わせている。
「 君は寂しくないのかい?今まで過ごした場所を離れて、知らない人の大勢いる新しい所へ行く事が」
いや………まぁ、住んでる家が変わるわけじゃないし、友達とだって会おうと思えばいつでも会えるしな。
「 はは、君らしいね。……本当に……君らしい……」
佐々木は目をつぶって壁にもたれている。
そしてそのまま数秒間、まるで眠ってしまったかの様にじっとしていた。
まさか本当に寝ちまったのかと、俺が風に揺れる佐々木の前髪を見ていると、
「 そうだキョン、君に渡したいものがある」
急に俺の方を向いて、佐々木はそう言った。
渡したいもの?なんだろう。
「 プレゼントだよ。受験勉強を頑張ったご褒美だ」
そう言うと、佐々木はどこからか小さな箱を取り出した。
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薄いピンク色の包装紙の上に、リボンが巻いてある。
何が入ってるんだ?
「 あててみてくれ。ヒントを言おうか?」
ああ、頼む。
「 分かった。ヒントは…今日の日付だよ」
今日の日付…。えーと、今日は何日だったかな。
いかんいかん、入試が終わってからというもの、どうも日付の感覚が曖昧になってきている。
確か一昨日がリンカーンの誕生日だった筈だから今日は……2月14日か。
あ、そうか、思い出した。
「 分かったかい?これでまだ分からないと言うのなら、いくらなんでも鈍いと言わざるを得ないね」
分かってるさ、チョコレートだろ?
「 そうだよ。まぁ、僕も一応生物学上は女性にあたる訳だから、別におかしな事でも無いだろう?」
ああ。でも少し意外だな。ひょっとして手作りなのか?
「 ああ。料理はあまり得意ではないんだが……他ならぬ君のためだ。頑張って作ったよ。
味の保障は出来ないけどね」
佐々木はくっくっと笑った。
俺がそれを受け取ると、佐々木は暫く俺の顔を見つめ、そしてその後遠くの空に視線を向けた。
「 …キョン。僕は、君に会えて本当に良かった。この一年は今までで一番楽しかったと自分でも思う。君は最高の友達だった」
佐々木は、ぽつぽつと喋りだした。
どうしたんだ、急に。別に今生の別れって訳でもあるまいし。
「 そうだね…。でも僕にとっては、君と違う新しい高校に通うという事が、あまり想像出来ない。
正直、かなり不安だ」
お前なら、勉強についていけないことも無いだろうし、大丈夫だよ。
「 ありがとう。そう思える君のその性格を見習わないとね」
まぁ、楽観的なのが俺のとりえだからな。
「 ふふ、やっぱり君にはかなわないな」
佐々木は、いつもとは少し違う笑いを浮かべた。
「 頭では分かっていても…、やはりこの不安な気持ちは簡単には拭い去れないね…」
佐々木は下を向く。
「 だから…」
そして、俺の方に向き直り、
「 だからキョン。約束して欲しい。
高校に行っても、大学にいっても、社会人になっても…。
たとえ会う事が無かったとしても……。
決して、僕の事を忘れないって」
そう言って、俺の目を見つめた。
俺は、あまりの佐々木らしからぬ発言に少し動揺したが、すぐに平常心を取り戻した。
忘れないさ。忘れるものか。
俺だって、お前はこれ以上無いくらいの親友だと思ってる。
きっと忘れたくたって忘れられないさ。
だから佐々木、お前も俺の事忘れないでくれよな。
「 もちろんだよ、キョン。絶対に忘れない。絶対に…」
佐々木は俺の手を握り、そう言った。
「 ありがとう、キョン。おかげで少し気が楽になった」
佐々木は、柔らかい笑みを浮かべた。
その時、予鈴の音が響いた。おっと、そろそろ教室に戻らなくちゃな。
俺が屋上の扉へ向かおうとすると、
「 待って、キョン」
佐々木が俺の袖を掴んだ。
「 その…、さっき渡したチョコ……上手に作れたか分からなくて……だから……その……」
もじもじしている佐々木を見て、俺はおもむろに先程の箱を開けた。
中にはシンプルな四角いチョコが何個か入っていた。
俺はその一つを口に放り込む。
「 どう…かな?」
佐々木は不安げに俺を見上げている。
正直、正確な味は分からなかった。
だが、たとえ変な味だったとしても、今、この状況で、そんな事を堂々と面と向かって言える程、俺は無神経ではない。
美味いさ。最高に美味い。
俺の言葉に、佐々木はえへへ、と笑い、
「 さ、教室に戻ろう、キョン!」
そう言って、扉へ向かって走り出した。
俺は、ちょっぴり苦い味を舌に感じながら、その後姿を見つめていた。

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最終更新:2013年03月03日 01:30
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