概要
人類マニア【人マニア】【人類史】【替え歌】【世界史替え歌】【世界史】【歴史】【人類の歴史】 とは人類の歴史を題材としたパッチワークEによる替え歌である。原曲は原口沙輔氏の「人マニア」。パッチワークEによる初投稿。
歌詞
止まらず来た!!!!!!
アフリカ♭
アトヒャクハチジュウマンネン♭
よかったら#←のコメントで埋めて欲しい
ありがとう
概要覧
初投稿という事で、人類誕生から現生人類の拡散と文明の発生までをテーマに原口沙輔様の「人マニア」で世界史替え歌を作ってみました。
関係者によるコメント
@パッチワークE
こういうストーリーのもと制作しました。
700~600万年前に生息していた最古の直立二足歩行生物サヘラントロプス·チャデンシス(Sahelanthropus thedenses)が生まれる。生息地は水辺の疎林。臼歯は大きく、犬歯は小さいことも特徴である。エナメル質は厚い。ただし人の仲間と見るには化石が乏しく、断定はしにくい。610~580万年前のオロリン·トゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)が直立二足歩行をしていたのはほぼ確実である。580~520万年前の地層からアルディピテクス·カダバ(Ardipithecus kadabba)が見つかった。多くの研究者が人の直系祖先と考えているのは450~430万年前のアルディピテクス·ラミダス(Ardipithecus ramidus)。ただ、長距離を安定して歩ける程ではなく、ほとんど樹上で暮らす方が適していた。地上を移動するのに直立二足步行は有利とは言えなかったが、乾燥化で森が縮小していく中で腕で雄が雌に食物を持ち帰れるのが有利だった。初期人類の犬歯が小さいのは、オス同士の闘争や、メスへの暴力が減ったためと考えられる。その流れの中で一夫一妻制を確立した。他にも、遠くを見る、威嚇する、日光を受ける面積を減らし、体温調節をする、子供を連搬するなどの理由があった。420~390万年アウストラロピテクス·アナメンシス(Australopithecus anamensis)。370~300万年前のアウストラロピテクス·アファレンシス(Australopithecus afarensis)はルーシーやセラムで有名。足が人の特徴が多く、現代人と変わらない歩き方をしていた。乾燥化で森が縮小したために本格的に草原に進出し、硬い食物を噛み砕くために臼歯が大きくなり、エナメル質が厚くなった。昆虫や動物の死肉などを食べるようになり雑食の傾向が強くなった。そして犬歯はより小さくなった。大人二人と子供一人の足跡が発見されている。大勢の固まった化石が発掘され、大規模な家族集団があった。男女の体格差は再び大きくなった。石器を使ったかのような狼跡が残されている。360万年前アウストラロピテクス·バーレルガザリ(Australopithecus bahrelghazali)。アウストラロピテクス·アフリカヌス(Australopithecus africanus)は290万年前で、タウングチャイルドが有名。195万年前のアウストラロピテクス·セティバ(Australopithecus sediba)。アウストラロピテクスの中では脳が大きい。260万年前の更新世に入ると地球規模の寒冷化によりより乾燥化し、ホモ属と頑丈型に分かれた。頑丈型である230万年前のパラントロプス·ロブストゥス(Paranthropus robustus)、260万年前のパラントロプス·ボイセイ(Paranthropus boisei)、パラントロプス·エチオピクス(Paranthropus aethiopicus)は臼歯が非常に巨大で現代人の10倍。顎の骨や筋肉も極めて大きい。頑丈な口で硬い植物や木の実を食べていた。これらをアウストラロピテクスに含める意見もある。これらは環境の変化やホモ·エレクトスを含む他の生き物と食料を奪い合ったっために130年前に絶滅した。240~160万年前にホモ·ハピリス(Homo habilis)はポイセイと共存しており、親指が発達した手で道具を使って狩りや肉の処理を効率化し、脳のエネルギーを維持した。本格的に石器を使用し始めた種である。動物の死骸を食べようとするときや地下茎の食物を得るときに始まったと考えられ、石の破片をそのまま利用したものだった。ただしサビエンスの直系祖先とは考えられていない。180~5万年前のホモ·エレクトス(Homo erectus)は直系の祖先である。腕が短く足が長い。上半身が小さく、下半身が大きくなった。積極的に狩りを行って肉を多く食べていた。体毛を減らし、汗腺を増やすことで長距離を走れるようになり、獲物が疲れて熱中症になるまで追い回した。石器の種類を増やし、火を扱い始めた。性的魅力である唇が現れた。互いにコミュニケーションがよく取れるように白目がよく見えるようになった。言語によるコミュニケーションが発達し始めた。ホモ·エレクトスは長期間·広範囲に生息していたため単一の種ではないとする見方もある。アフリカに住むものはホモ·エルガステル(Homo ergaster)と呼ばれることがある。ジョージアのドマニシ原人はホモ·ゲオルギクス(Homo georgicus)と呼ぱれることがあり、歯を失った老人が介護されていた。エルガステルはヨーロッパに向かったものとアジアに向かったものがいた。アジアに向かったものは、ジャワ原人(Homo erectus erectus)や北京原人(Homo erectus pekinensis)になった。60万年前のホモ·ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)はホモ·エレクトスから進化し、ヨーロッパへ向かった。体格は原人に近かったが脳容量は現代人と変わらなかった。高績度で肌を白くすることで弱い日差しからでもビタミンDを生成できるようになった。他には建築や投げやりをするようになった。ホモ·サピエンスとホモ·ネアンデルターレンシスの共通の祖先である。ホモ·フローレシエンシス(Homo floresiensis)は島嶼化現象によって小型化した。30~4万年前のホモ·ネアンデルターレンシス(Homo neanderthalensis ホモ・サピエンスの亜種と考える場合はHomo sapiens neanderthalensis)は寒冷な気候に適応して、一部がホモ·サピエンスと共存していた。彼らは赤毛で、白い肌をしていたものがいて、胴長短足だががっしりとした体つきだった。十分に喋る機能があったと見られている。ムスティエ文化を担い、色々な石器を作った。その原石を打ち欠いて作った石器は、ホモ·サピエンスのものより使い勝手良かった。骨製のフルートや、貝殻のネックレス、顔料兼燃料を制作していた。ホモ·ネアンデルターレンシスは埋葬の習慣があったと言われ、屈葬か神葬、男性が多い、副葬品らしき石器、顔の上に石板、赤鉄鉱で赤く染まっている物がある、周囲に大量の薬草の花粉がある物があるなどの特徴があるが異論もある。彼らにも障がい者に対して福祉の概念があった。ホモ·ネアンデルターレンシスが作ったストーンサークルが発掘されている。ホモ·ネアンデルターレンシスとホモ·サピエンスの雑種のように見える骨格が発見されている。現代人にはホモ·ネアンデルターレンシスの遺伝子が2%受け継がれている。絶滅の原因にはホモ·サピエンスが男はアトラトルで安全に狩りをし、女は植物を採集して効率的に分業をしていたがホモ·ネアンデルターレンシスは総出で接近戦で狩りをしていたため生存競争に敗れたとか、気候変動に耐えきれなかったとか、火山の噴火で環境が変わったとか、ホモ·サピエンスとの間で戦争があったとか、これらの要因の上に集団の小ささがあったからとか言われる。ジブラルタル沿岸のサファイラ洞窟内部が最も新しいホモ·ネアンデルターレンシスの生息地で、そこでは研究者からハッシュタグと呼ばれる石を削った跡がある。20万年前に生まれたホモ·サピエンス(Homo sapiens sapiens)は頭とは対象的に顎が退化した。誕生した直後の氷期でアフリカが乾燥化し、アフリカ南端で魚介類を食べて生き残ったもの以外ほとんど消滅してしまい、遺伝的多様性が小さくなった。こういった現象はチーター(Acinonyx jubatus)などにも見られ、ボトルネック効果と呼ばれる。石から剥片を剥ぎ取ることで石器を作るようになった。アフリカにいた頃から彫刻を制作していた。ヨーロッパの壁画や彫刻からは宗教観が芽生えていたことが読み取れる。ヨーロッパでは数百人規模の集団が暮らしていた。
こういうストーリーのもと制作しました。
700~600万年前に生息していた最古の直立二足歩行生物サヘラントロプス·チャデンシス(Sahelanthropus thedenses)が生まれる。生息地は水辺の疎林。臼歯は大きく、犬歯は小さいことも特徴である。エナメル質は厚い。ただし人の仲間と見るには化石が乏しく、断定はしにくい。610~580万年前のオロリン·トゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)が直立二足歩行をしていたのはほぼ確実である。580~520万年前の地層からアルディピテクス·カダバ(Ardipithecus kadabba)が見つかった。多くの研究者が人の直系祖先と考えているのは450~430万年前のアルディピテクス·ラミダス(Ardipithecus ramidus)。ただ、長距離を安定して歩ける程ではなく、ほとんど樹上で暮らす方が適していた。地上を移動するのに直立二足步行は有利とは言えなかったが、乾燥化で森が縮小していく中で腕で雄が雌に食物を持ち帰れるのが有利だった。初期人類の犬歯が小さいのは、オス同士の闘争や、メスへの暴力が減ったためと考えられる。その流れの中で一夫一妻制を確立した。他にも、遠くを見る、威嚇する、日光を受ける面積を減らし、体温調節をする、子供を連搬するなどの理由があった。420~390万年アウストラロピテクス·アナメンシス(Australopithecus anamensis)。370~300万年前のアウストラロピテクス·アファレンシス(Australopithecus afarensis)はルーシーやセラムで有名。足が人の特徴が多く、現代人と変わらない歩き方をしていた。乾燥化で森が縮小したために本格的に草原に進出し、硬い食物を噛み砕くために臼歯が大きくなり、エナメル質が厚くなった。昆虫や動物の死肉などを食べるようになり雑食の傾向が強くなった。そして犬歯はより小さくなった。大人二人と子供一人の足跡が発見されている。大勢の固まった化石が発掘され、大規模な家族集団があった。男女の体格差は再び大きくなった。石器を使ったかのような狼跡が残されている。360万年前アウストラロピテクス·バーレルガザリ(Australopithecus bahrelghazali)。アウストラロピテクス·アフリカヌス(Australopithecus africanus)は290万年前で、タウングチャイルドが有名。195万年前のアウストラロピテクス·セティバ(Australopithecus sediba)。アウストラロピテクスの中では脳が大きい。260万年前の更新世に入ると地球規模の寒冷化によりより乾燥化し、ホモ属と頑丈型に分かれた。頑丈型である230万年前のパラントロプス·ロブストゥス(Paranthropus robustus)、260万年前のパラントロプス·ボイセイ(Paranthropus boisei)、パラントロプス·エチオピクス(Paranthropus aethiopicus)は臼歯が非常に巨大で現代人の10倍。顎の骨や筋肉も極めて大きい。頑丈な口で硬い植物や木の実を食べていた。これらをアウストラロピテクスに含める意見もある。これらは環境の変化やホモ·エレクトスを含む他の生き物と食料を奪い合ったっために130年前に絶滅した。240~160万年前にホモ·ハピリス(Homo habilis)はポイセイと共存しており、親指が発達した手で道具を使って狩りや肉の処理を効率化し、脳のエネルギーを維持した。本格的に石器を使用し始めた種である。動物の死骸を食べようとするときや地下茎の食物を得るときに始まったと考えられ、石の破片をそのまま利用したものだった。ただしサビエンスの直系祖先とは考えられていない。180~5万年前のホモ·エレクトス(Homo erectus)は直系の祖先である。腕が短く足が長い。上半身が小さく、下半身が大きくなった。積極的に狩りを行って肉を多く食べていた。体毛を減らし、汗腺を増やすことで長距離を走れるようになり、獲物が疲れて熱中症になるまで追い回した。石器の種類を増やし、火を扱い始めた。性的魅力である唇が現れた。互いにコミュニケーションがよく取れるように白目がよく見えるようになった。言語によるコミュニケーションが発達し始めた。ホモ·エレクトスは長期間·広範囲に生息していたため単一の種ではないとする見方もある。アフリカに住むものはホモ·エルガステル(Homo ergaster)と呼ばれることがある。ジョージアのドマニシ原人はホモ·ゲオルギクス(Homo georgicus)と呼ぱれることがあり、歯を失った老人が介護されていた。エルガステルはヨーロッパに向かったものとアジアに向かったものがいた。アジアに向かったものは、ジャワ原人(Homo erectus erectus)や北京原人(Homo erectus pekinensis)になった。60万年前のホモ·ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)はホモ·エレクトスから進化し、ヨーロッパへ向かった。体格は原人に近かったが脳容量は現代人と変わらなかった。高績度で肌を白くすることで弱い日差しからでもビタミンDを生成できるようになった。他には建築や投げやりをするようになった。ホモ·サピエンスとホモ·ネアンデルターレンシスの共通の祖先である。ホモ·フローレシエンシス(Homo floresiensis)は島嶼化現象によって小型化した。30~4万年前のホモ·ネアンデルターレンシス(Homo neanderthalensis ホモ・サピエンスの亜種と考える場合はHomo sapiens neanderthalensis)は寒冷な気候に適応して、一部がホモ·サピエンスと共存していた。彼らは赤毛で、白い肌をしていたものがいて、胴長短足だががっしりとした体つきだった。十分に喋る機能があったと見られている。ムスティエ文化を担い、色々な石器を作った。その原石を打ち欠いて作った石器は、ホモ·サピエンスのものより使い勝手良かった。骨製のフルートや、貝殻のネックレス、顔料兼燃料を制作していた。ホモ·ネアンデルターレンシスは埋葬の習慣があったと言われ、屈葬か神葬、男性が多い、副葬品らしき石器、顔の上に石板、赤鉄鉱で赤く染まっている物がある、周囲に大量の薬草の花粉がある物があるなどの特徴があるが異論もある。彼らにも障がい者に対して福祉の概念があった。ホモ·ネアンデルターレンシスが作ったストーンサークルが発掘されている。ホモ·ネアンデルターレンシスとホモ·サピエンスの雑種のように見える骨格が発見されている。現代人にはホモ·ネアンデルターレンシスの遺伝子が2%受け継がれている。絶滅の原因にはホモ·サピエンスが男はアトラトルで安全に狩りをし、女は植物を採集して効率的に分業をしていたがホモ·ネアンデルターレンシスは総出で接近戦で狩りをしていたため生存競争に敗れたとか、気候変動に耐えきれなかったとか、火山の噴火で環境が変わったとか、ホモ·サピエンスとの間で戦争があったとか、これらの要因の上に集団の小ささがあったからとか言われる。ジブラルタル沿岸のサファイラ洞窟内部が最も新しいホモ·ネアンデルターレンシスの生息地で、そこでは研究者からハッシュタグと呼ばれる石を削った跡がある。20万年前に生まれたホモ·サピエンス(Homo sapiens sapiens)は頭とは対象的に顎が退化した。誕生した直後の氷期でアフリカが乾燥化し、アフリカ南端で魚介類を食べて生き残ったもの以外ほとんど消滅してしまい、遺伝的多様性が小さくなった。こういった現象はチーター(Acinonyx jubatus)などにも見られ、ボトルネック効果と呼ばれる。石から剥片を剥ぎ取ることで石器を作るようになった。アフリカにいた頃から彫刻を制作していた。ヨーロッパの壁画や彫刻からは宗教観が芽生えていたことが読み取れる。ヨーロッパでは数百人規模の集団が暮らしていた。
もすこゔぃボール
後半に詰め込まれたようにどんどん発展してくの「数千年は人類史のちょびっとくらいでしかない」みたいな感じ好き
返信
@パッチワークE
感想ありがとうございます。「どーんとでっかくいこうぜ‼」と考えて作りました。
後半に詰め込まれたようにどんどん発展してくの「数千年は人類史のちょびっとくらいでしかない」みたいな感じ好き
返信
@パッチワークE
感想ありがとうございます。「どーんとでっかくいこうぜ‼」と考えて作りました。
世界史替え歌界隈ってpixivにもあったんや…
世界史(人類史)
@パッチワークE
も、文字資料はないけど世界史の授業で習う事なので…
@パッチワークE
も、文字資料はないけど世界史の授業で習う事なので…