食物連鎖

「イライラするんだよっ!」
 森の中、叫び、暴れる男がいた。手にした金棒で木々を薙ぎ払う。
 男は傷だらけだった。右腕には火傷、身体には無数の青痣、布に包まれた左眼は赤く充血し、もう光を見ていない。
 蛇革のジャケットは所々が破れ、もう服の役割を果たしているとは言い難かった。
 頭髪は紫外線を浴び続けたためか、脱色されており、枯れた草木のような茶色をしている。
 食事も満足にとっていないのだろう、頬はこけ、左右の脇腹からは脂肪が抜け落ちていた。
 その姿は端から見れば、満身創痍。生ける屍と言ってもいいかも知れない。
 だが、彼に残された右眼は死んでなどいない。それどころか、凶悪な光を放ってさえいた。 
 鬼気迫る表情をしながら、金棒を振るう様はまさに鬼のようだった。しかし、彼は鬼ではない。
 彼は蛇。獲物にしのび寄り、いつの間にか獲物の身体を締め付け、頭から丸呑みしてしまう蛇。
 彼にとって、この世界はイライラすることばかりだ。
 戦う爪を、牙を持ちながら、誰も戦おうとしない。誰も傷つけようとしない。
 だが、彼は違う。爪を牙を持っているから、いや、例え爪や牙を持たなくとも、戦い、傷つけ、そして、狩る。
「誰か俺と戦えぇぇぇ!」
 咆哮を上げる男。彼にとっては既に名前など意味は持たない。だが、一応、彼の名前を記しておく。

『浅倉 威』

 それが彼に付けられた固有名詞だった。


 浅倉は因縁の相手である北岡を探し、彷徨っていた。
 いや、少し語弊がある。確かに彼にとって北岡は特別な存在だが、イライラを解消できれば、誰が相手でも構わない。
 彼はイライラを解消する方法をひとつしか知らない。獲物と戦うことだ。
 その獲物は強ければ強いほどいい。彼の最も歯ごたえがある獲物が北岡だというだけ。ただ、それだけだ。
「どこだぁぁぁ!」
 また、金棒を使い、木をなぎ倒す。しかし、今度は倒すだけでは治まらない。倒れ伏した木を叩いて、叩いて、粉々にする。
「うぉぉぉぉぉっ!」
 樹海に木霊する絶叫。その叫びが浅倉自身の記憶を引き出す鍵となった。
「丘だ。丘にいけば、また誰か来るはずだ」
 園田真理が戦いの停止を訴えた丘。
 そこに行けば、北岡と会えたように、また別の獲物と出会えるかも知れない。
 園田真理の訴えは浅倉をイライラさせたが、今、浅倉はわずかに感謝した。
 自分のイライラを治める獲物を引き寄せてくれることを。


 丘へと向かう途中、放送が行われた。
 特に浅倉の気を引く内容ではなかった。キックホッパーが死亡者に含まれていたことをわずかに残念だとは感じたが、死んだ奴に興味はない。
 浅倉が興味をもつのは自分と戦う獲物だけだ。
 浅倉のイライラは丘に近づくに連れて、緩和されていた。それというのも先程から聞こえる破壊音のせいだ。
 いるのだ。丘に自分の獲物となる存在が。
 浅倉がその姿を視認したと同時にその声が届いた。
「俺は生きる!人間として、ファイズとしてッ!!」
「ファイズだと……」
 浅倉の見つめる先には黒のスーツに銀の装甲。そして、血のような赤いラインを身体中に行き渡らせた仮面ライダーの姿があった。
「あれがファイズか」
 どことなく自分がもつデルタに似たそのデザインに浅倉は心惹かれた。
(あいつのベルトとV3から奪った支給品、ファイズブラスターを使えば、もっと戦いが楽しくなるな)
 ファイズに眼を奪われる最中、鳴り響く笛の音。その音に浅倉は聞き覚えがあった。
「この音は」
 左眼が疼く。見ると案の定、自分の左眼を傷つけた真紅の鷹が飛んでいた。
 そして、その真紅の鷹を操るのは見覚えのある女。
「サンキュー、あきら!」
(あきら!あいつがあきらか!!)
 あまりの偶然に浅倉の心は歓喜に包まれる。
 自分を傷つけ、逃げた憎い女が、自分の興味を引いたあきらだったのだ。
 そいつをこれから引き裂けると思うとゾクゾクしてくる。
 浅倉の眼の前にはふたつのメインディッシュ。だが、まだ早い。メインディッシュの前にはオードブルが必要だ。
「何!?グアアアアーッ!!」
「メインディッシュは後だ。まずは……腹ごしらえだ」
 彼の眼には背中から火花を散らせ、逃走していくトカゲの姿が見えた。


「許さん、許さんぞ、あいつら……霞のジョーも、鯨と狼の怪人も、あの女も。
 皇帝陛下の直属の俺を、最強怪人である俺を、コケにしおって!
 みんな殺してやる!この俺が!このグランザイラスが!!」
 トカゲが何事か喚いていた。背中に穴を開けている割には生きが良さそうだ。
 浅倉はにやりと残酷な笑みを浮かべる。
「よう、お前」
 浅倉の呼びかけにトカゲは歩みを止め、振り返る。
「なんだ、貴様は」
 ドスの効いた声だ。普通の人間ならその声を聞いただけで震え上がることだろう。だが、浅倉は人間ではない。
 震え上がるどころか、ますます顔を愉悦に染める。
「俺と……遊ぼうぜ」
 浅倉はディパックから金棒を取り出すと、トカゲに叩き付けた。
 だが、それを予期してたかのように、トカゲは素早くかわすと、右腕の電磁ハンマーを逆に叩き付けた。
 ガンと鈍い音が鳴り、浅倉の頭から血がたらりと流れる。
「どの程度かと思えば、その程度の腕で俺に挑むつもりか!」
「……ふふふっ、ははっ、あーはっはっはっ。楽しいな。やはり戦いはこうでないとな」
「狂ったか!」
 笑い出す浅倉に本能的な恐怖を抱いたトカゲは、もう一度、右腕を振り上げる。
 だが、浅倉はもう受ける気はなかった。
 自分の痛みは味わった。今度はこいつの痛みを味わう。
 浅倉は振り上げられた右腕の上腕二頭筋に噛み付いた。
「ウグワァァッ」
 装甲に覆われながらもわずかに残された生身の部分。
 そこを思いっきり噛み付かれたトカゲは、あまりの痛さに悶絶し、必死に振りほどこうと腕を動かす。
 だが、浅倉の歯はがっちりとくい込み、振りほどこうとしても微動だにしない。
 左手で浅倉の髪を引っ張っても同じことだった。
「ウギィ!!ヒギャァァ!!!フグワァァ!!!!」
 無様な悲鳴を上げ続けるしかないトカゲから、浅倉はようやく離れる。
 しかし、それはトカゲの抵抗に屈したからではない。食うものがなくなったからだ。
 トカゲの腕の肉は浅倉の歯型を残し、かじりとられていた。
「な、な、な、何なんだお前は!?」
 あまりのことに、先程のドスの効いた低い声からは想像も出来ない程の高い声をトカゲは上げる。
 浅倉はその様子を見て、笑みを一層深くすると、トカゲを押し倒し、今度は右手の指をトカゲの左眼に差し込んだ。
「ウガァッッ……ッ……ッ」
「お前の肉、中々美味いな。その目玉も美味そうだ。俺にくれよ」
 浅倉は差し込んだ指を、その眼の枠に沿って、グルグルと廻した。
 グルグル、グルグル、グルグル、グルグル、グルグル、グルグル、
 グルグル、グルグル、グルグル、グルグル、グルグル、グルグル、
 グルグル、グルグル、グルグル、グルグル、グルグル、グルグル。
「ッ……ッ……ッ……」
 最早、トカゲは悲鳴さえ紡げない。ただ、その身体を痛さにあわせて、バタバタと動かすだけだ。
 その様子はまるで出来の悪い操り人形のようだ。
「ちっ、イライラするな」
 トカゲの不運はまだ終わらない。サイボーグのため、どんなに痛くても意識は落ちず、なまじ頑丈なだけにその眼はいつまで経っても取れなかった。
 しかし、浅倉の辞書に『諦め』という言葉はない。いつまで経っても取れない現状にイライラするだけ。
 そのイライラが思わぬ効果を引き出す。
「ッ!!!!!」
 突如、トカゲの身体に電流が走った。
 それはデルタギアの装着者に与えられる効果。変身しなくても、スタンガン並みの電流を発生させることができる。
 トカゲにとっては最悪のタイミングでそれは発動した。
 外装はいくら丈夫にしても、その分、内部は弱い。眼に指を突っ込まれ、かき回されることなど、誰が想定する。
 眼から身体中に流れる電流に、トカゲは生物的なもがきから、生理的な痙攣へとその動きを変化させていく。
 やがて、ようやく目玉がトカゲの身体から離れる。
 トカゲにとっては目玉を取られた悲しみよりも、拷問が終わった嬉しさの方が大きかった。
 浅倉はその目玉を口に入れる。
 ガリガリと硬質的な音が響く。
「……こっちも中々だ」
 ペッと吐き出される目玉は、全体的にひしゃげ、所々が欠けていた。
 その様子を残った右眼で見たトカゲは、仰向けの身体をうつ伏せに変えると匍匐前進を始めた。
 トカゲらしく、前足と後足を使い、懸命に前へと進む。
 逃げる気なのだ。
 絶対的な捕食者を前にしては、被食者は逃げるしかない。
 だが、既に一部を胃袋に収められたトカゲの速度は絶望的に遅かった。
 トカゲの後ろで金属音が鳴る。
 後ろは振り向けない。後ろでどんなことが行われようとしているのか。見てしまっては、逃げられないと理解してしまう。
 例え、既に身体の半分が蛇に呑み込まれていようとも。

 浅倉は金棒を振り上げると、力を込めて振り下ろした。


 グランザイラスは生きていた。
 右腕の半分を食われ、左眼を失い、背部を金棒で何十回も殴られようとも、グランザイラスは生きていた。
 今のグランザイラスには皇帝直属の怪人という誇りも、最強怪人という自負も、参加者に対する殺意もなかった。
 ただ、生きていることが素直に嬉しかった。
 浅倉は何十回とグランザイラスを殴った後、その場を立ち去っていた。
 だが、いつ浅倉が追ってくるとも限らない。少しでも遠くに逃げないと。

――ピピピピピピピピ!!

 どこからか電子音が鳴る。

――ピピピピピピピピピピピピピピピピー!!

 そして、その電子音の刻む音はどんどん早くなっているようだ。

――ピーーーーーーッ!! !!

 この音はどこかで聞いた。どこだったか。そうだ、あれはさっき戦っているときに……

――ボン!!

 グランザイラスの首輪は爆発した。
 グランザイラスには何が起こったのか、一瞬、わからなかった。
 しかし、身体が内側から爆ぜる様を見て、理解した。
 ああっ、俺は死んだのだと。


 突然の爆発音に浅倉は音がした方向を見る。
「なんだぁ?」
 グランザイラスの体内に設置されたメガトン爆弾が爆発した音だ。
 しばらくして、今度は地面に何か落ちたような音がする。
 浅倉が空を見上げると、天から降り注ぐのはグランザイラスの破片。
 浅倉はその破片のひとつを拾い上げ、ディパックに入れた。
「生で食っても美味かったが、焼くともっと美味いかも知れんな」
 浅倉は人間ではない。モンスターだ。そんな浅倉にとっては、グランザイラスも所詮『トカゲ』でしかなかった。
「次は奴らだ」
 浅倉の瞳に映る二人。既に次の獲物を蛇は捕らえていた。

【グランザイラス 死亡】
残り34人
【浅倉 威@仮面ライダー龍騎】
【1日目 現時刻:日中】
【現在地:樹海C-6】
[時間軸]:本編終盤辺り。
[状態]:左目負傷、全身に中程度の負傷(打撲、火傷など)、中程度の疲労。腹は満腹。
[装備]:デルタフォン、デルタドライバー。音撃金棒・烈凍。
[道具]:ファイズブラスター。三人分のデイバック(風見、北崎、浅倉)。グランザイラスの破片。
[思考・状況]
1:あきらを殺す。
2:ファイズを奪う。
3:北岡を探して殺す。

天美あきら@仮面ライダー響鬼】
【1日目 現時刻:日中】
【現在地:樹海C-6】
【時間軸】中盤くらい
【状態】全身のダメージ大、腹部と片手の甲に深い裂傷。
【装備】破れたインナー、鬼笛、音撃弦・閻魔
【道具】変身鬼弦(裁鬼)
【思考・状況】
1:巧を信じる。
2:天道さんと合流する。
3:どんな姿でも巧は人間だ。

【乾巧@仮面ライダー555】
【1日目 現時刻:日中】
【現在地:樹海C-6】
【時間軸】中盤くらい
【状態】肉体的大ダメージ。特に顎、右腕、背中。
【装備】ファイズドライバー、ファイズフォン
【道具】ミネラルウォーター×2(一本は半分消費) カレーの缶詰 乾パンの缶詰 アイロンを掛けた白いシャツ。
【思考・状況】
1:新たなる決意。
2:この場を離れる。
3:あきらを守る。
4:神崎をぶっ飛ばす。
5:天道と合流する。
6:草加とも出来れば合流したい。
※次回変身時には面割れは直っています。

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最終更新:2018年11月29日 17:32