サークル会館にいる人たちに片っ端から話を聞いたが大して情報が増えなかった井筒は、思いで手芸部を訪れようとしていたが、部室前で立ち往生していた。さっきから何度もドアノブに手をかけては引っ込めるを繰り返している。
(倉田がいるんだよなあ。さっきも部室に上がっていくのが見えたし、ていうか話したし。別に俺は嫌いじゃないのにあっちが妙に毛嫌いしているからなあ。でもさっき黒曜先輩に言われた通り女性の気持ちをくみ取れるようにしなければなあ)
でもなあ、とうだうだしているうちにドアが勢い良く開いた。外向きに開くので必然的に井筒の顔面をドアが強打した。
井筒が痛みに悶え苦しみ声も出せない状態でいると、加害者の倉田薫は「え、あ、ごめんなさい」と素直に謝った。しっかりと誠意もこもっている。そんな悪気のない態度に井筒も毒気を抜かれ「うう、くく、でぃじょうぶ」と精一杯の見栄を張った。男として張るしかなかった。
(倉田がいるんだよなあ。さっきも部室に上がっていくのが見えたし、ていうか話したし。別に俺は嫌いじゃないのにあっちが妙に毛嫌いしているからなあ。でもさっき黒曜先輩に言われた通り女性の気持ちをくみ取れるようにしなければなあ)
でもなあ、とうだうだしているうちにドアが勢い良く開いた。外向きに開くので必然的に井筒の顔面をドアが強打した。
井筒が痛みに悶え苦しみ声も出せない状態でいると、加害者の倉田薫は「え、あ、ごめんなさい」と素直に謝った。しっかりと誠意もこもっている。そんな悪気のない態度に井筒も毒気を抜かれ「うう、くく、でぃじょうぶ」と精一杯の見栄を張った。男として張るしかなかった。
そんないざこざがあって今は手芸部の部室において井筒と倉田は向かい合って座っている。至極当然、そこは気まずい空気が流れている。元より性格が全く正反対と言ってもいい二人。井筒は交友関係が広くアウトドアでアクティブな方だが、倉田は交友関係が狭く部屋で一人でいる方が楽なタイプである。部活に入った当初から何かと意見がぶつかることが多かったが、さらに井筒が何かと人の助けをかってでていたため、手芸部の部室に依頼する人が来るようになってからは、より一層倉田の機嫌が悪くなっていったのだ。ただ井筒も何もしなかった訳ではない。自分のパーソナルスペースが太平洋並みに広い倉田を慮って依頼人が直接部室に来る事の無いよう、部室の前に依頼ボックスを設置したりもしている。
それはさておき今現在、その水と油の二人の火蓋が切って落とされた。
「お前の知っている事を話してくれないか」
「意味がわからないから口を閉じて」
「この一週間のうちに起ったことなんだが」
「意味がわからないから呼吸しないで」
「多分猫除けのペットボトルの事件と関係があると思うんだよ」
「意味がわからないから首を吊って」
「何でもいいんだ。小さなことでもいいから」
「意味がわからないから目の前からジェノサイドして」
全くもって成り立たない会話。恐らく傍目からみれば、あれ日本語が通じてないのかなと疑問に思うほどだ。いや成り立たせてないというべきか。
「倉田。お願いだ。話してくれないか。今度何かおごるから」
「現金希望」
「変わり身はえええええええええええええ。金貰えるなら何してもいいのかよ」
「二千円でいい」
「……いやに現実的で嫌だな、この俗物」
「払わないなら話さない。さっさと出て行って」
「わかったよ。後で払うから教えてくれ」
いかにもしぶしぶといった表情で、井筒が呆れて溜息をつきながら了承すると、ずいっと目の前から腕が伸び出してきた。そしてその手首がくいくいっと曲がり始めるのを視認すると、頬を引き攣らせながら井筒は正反対に微笑んでいる倉田に確認した。
「これは何かな?」
「ま え ば ら い❤」
後に井筒はこの時の出来事をこう語る。それはさながら天使を連想させる笑顔であったと。
それはさておき今現在、その水と油の二人の火蓋が切って落とされた。
「お前の知っている事を話してくれないか」
「意味がわからないから口を閉じて」
「この一週間のうちに起ったことなんだが」
「意味がわからないから呼吸しないで」
「多分猫除けのペットボトルの事件と関係があると思うんだよ」
「意味がわからないから首を吊って」
「何でもいいんだ。小さなことでもいいから」
「意味がわからないから目の前からジェノサイドして」
全くもって成り立たない会話。恐らく傍目からみれば、あれ日本語が通じてないのかなと疑問に思うほどだ。いや成り立たせてないというべきか。
「倉田。お願いだ。話してくれないか。今度何かおごるから」
「現金希望」
「変わり身はえええええええええええええ。金貰えるなら何してもいいのかよ」
「二千円でいい」
「……いやに現実的で嫌だな、この俗物」
「払わないなら話さない。さっさと出て行って」
「わかったよ。後で払うから教えてくれ」
いかにもしぶしぶといった表情で、井筒が呆れて溜息をつきながら了承すると、ずいっと目の前から腕が伸び出してきた。そしてその手首がくいくいっと曲がり始めるのを視認すると、頬を引き攣らせながら井筒は正反対に微笑んでいる倉田に確認した。
「これは何かな?」
「ま え ば ら い❤」
後に井筒はこの時の出来事をこう語る。それはさながら天使を連想させる笑顔であったと。
井筒の財布が寂しくなると、お約束のように倉田は何も話さず部室から出ていこうとしたので井筒が必死に引き止めた。元から本気で出るつもりは無かったらしく、抵抗はなかったが。
「バカップルが消えたのと猫除けのペットボトルが一週間前くらいから毎日置かれていることくらいかな」
突然脈絡なく倉田が話し始めたので、不意を突かれた形になった井筒は思考が追い付かなかったが、今の内容に聞き覚えのなかったものをオウム返しに聞き返した。
「バカップル?」
「バカみたいにいちゃいちゃするカップルに対する蔑称よ」
「いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃねえよ!!」
反射的に激昂してしまった井筒に対して倉田は冷めた目つきをしながら「冗談よ」とけろりと言ってのけた。
「(冗談も通じないのね、だからモテないのよ)」
「喋っちゃってる。喋っちゃってるよ。倉田さーん。本音がオブラートからはみ出ちゃってるよ」
「厚生食堂の裏口の段差になってるところあるでしょ」
「え! ああそうだな、あるな」
さっき俺が考え事をしていたところか、と井筒は心の中で考える。
「あそこで今まで何だか知らないけど、バカップルが毎日のようにたむろしてたのよ。男の方が膝に猫を乗せて女の方がそれを見て楽しそうにしていたわ」
勘違いだろうか。嫉妬丸出しの倉田の言葉の中にどこか寂寥とした思いが含まれていると感じるのは。
「だけれど、ちょうど一週間前かな。突然姿を見せなくなったわ。正確には二週間前から男の方が来なくなって、女はその間ちょくちょく様子は見に来ていたみたいだけど、一週間前からぱたりと来なくなったわね」
「一週間前……」
符号が揃いすぎていて逆に不気味なくらいだな、と井筒は倉田に聞こえないよう毒づいた。
「そいつらの名前わかるか?」
「知るわけないでしょ。バカ? あんた。見ず知らずのカップルに名前を聞き出すって不審者極まりないじゃない」
「ん、それもそうか。すまん」
確かにそう考えると知る由は無いな、と井筒が反省していると倉田が何気なく呟いた。
「まあ女の方は知ってるけどね」
「知ってんのかよ! 教えてくれよ」
「いやよ、あんたに教えたらストーカーしそうじゃない」
「どんだけ、俺は変態キャラなんだよ! しねえよそんなこと!」
「この前言ってたじゃない『寝取るという行為は大変崇高なものであり一抹の性的興奮を覚えるのも無理はないのである』って」
「ぜっっったい、俺じゃないだろ。力説し過ぎててキモすぎるわそいつ! 口調も吐き気を覚えるわ!」
「ちょっと熱くならないでよ。キモ男さん」
「キモ男っていうなああああああ!!!!!!!!!!!!!」
謂れのない言葉の暴力に思わずパイプ椅子から立ち上がってしまった井筒に、倉田は能面のような無表情を保ちながら「佐々木紘華」と応えた。
「え?」
「佐々木紘華よ。教育学部の」
「そうなのか……ありがとう」
「礼はいいわ。お金貰ったし」
何で知っているのか訝しんだが、「助かったありがとな」と井筒は言及することなくその場を立ち去った。
「バカップルが消えたのと猫除けのペットボトルが一週間前くらいから毎日置かれていることくらいかな」
突然脈絡なく倉田が話し始めたので、不意を突かれた形になった井筒は思考が追い付かなかったが、今の内容に聞き覚えのなかったものをオウム返しに聞き返した。
「バカップル?」
「バカみたいにいちゃいちゃするカップルに対する蔑称よ」
「いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃねえよ!!」
反射的に激昂してしまった井筒に対して倉田は冷めた目つきをしながら「冗談よ」とけろりと言ってのけた。
「(冗談も通じないのね、だからモテないのよ)」
「喋っちゃってる。喋っちゃってるよ。倉田さーん。本音がオブラートからはみ出ちゃってるよ」
「厚生食堂の裏口の段差になってるところあるでしょ」
「え! ああそうだな、あるな」
さっき俺が考え事をしていたところか、と井筒は心の中で考える。
「あそこで今まで何だか知らないけど、バカップルが毎日のようにたむろしてたのよ。男の方が膝に猫を乗せて女の方がそれを見て楽しそうにしていたわ」
勘違いだろうか。嫉妬丸出しの倉田の言葉の中にどこか寂寥とした思いが含まれていると感じるのは。
「だけれど、ちょうど一週間前かな。突然姿を見せなくなったわ。正確には二週間前から男の方が来なくなって、女はその間ちょくちょく様子は見に来ていたみたいだけど、一週間前からぱたりと来なくなったわね」
「一週間前……」
符号が揃いすぎていて逆に不気味なくらいだな、と井筒は倉田に聞こえないよう毒づいた。
「そいつらの名前わかるか?」
「知るわけないでしょ。バカ? あんた。見ず知らずのカップルに名前を聞き出すって不審者極まりないじゃない」
「ん、それもそうか。すまん」
確かにそう考えると知る由は無いな、と井筒が反省していると倉田が何気なく呟いた。
「まあ女の方は知ってるけどね」
「知ってんのかよ! 教えてくれよ」
「いやよ、あんたに教えたらストーカーしそうじゃない」
「どんだけ、俺は変態キャラなんだよ! しねえよそんなこと!」
「この前言ってたじゃない『寝取るという行為は大変崇高なものであり一抹の性的興奮を覚えるのも無理はないのである』って」
「ぜっっったい、俺じゃないだろ。力説し過ぎててキモすぎるわそいつ! 口調も吐き気を覚えるわ!」
「ちょっと熱くならないでよ。キモ男さん」
「キモ男っていうなああああああ!!!!!!!!!!!!!」
謂れのない言葉の暴力に思わずパイプ椅子から立ち上がってしまった井筒に、倉田は能面のような無表情を保ちながら「佐々木紘華」と応えた。
「え?」
「佐々木紘華よ。教育学部の」
「そうなのか……ありがとう」
「礼はいいわ。お金貰ったし」
何で知っているのか訝しんだが、「助かったありがとな」と井筒は言及することなくその場を立ち去った。
「知り合いだったのか? うーん。わからん」
それにしても黒曜先輩に教えてもらった情報といま教えてもらった情報が合致しそうだな、と井筒は思案を巡らす。
彼氏に会えなくなった事情。そしてその所為で動物に対しての凶行。さらに彼氏が大事にしていた猫に対して猫除けの水。
「ピースが揃ってきた。あとはビルの幽霊騒ぎ、か」
どうやらエンディングが近そうだ。外はもう夕暮れになってしまい僅かにセンチメタルな気分を掻きたたせられるが構うことなく井筒は、携帯で教育学部の一年生に連絡を取った。
それにしても黒曜先輩に教えてもらった情報といま教えてもらった情報が合致しそうだな、と井筒は思案を巡らす。
彼氏に会えなくなった事情。そしてその所為で動物に対しての凶行。さらに彼氏が大事にしていた猫に対して猫除けの水。
「ピースが揃ってきた。あとはビルの幽霊騒ぎ、か」
どうやらエンディングが近そうだ。外はもう夕暮れになってしまい僅かにセンチメタルな気分を掻きたたせられるが構うことなく井筒は、携帯で教育学部の一年生に連絡を取った。
「あれで良かったんですか、黒曜さん?」
「ええ、ありがとうございます。わざわざ名前を知ってるふりをさせてしまって」
「別にいいです。気にしないで下さい。先輩には色々お世話になってますし。でもあいつは私の交友関係の狭さを知っています。絶対怪しんでますよ」
「それはそれで面白いですよ。大丈夫あなたに危害は決して及びませんから」
「その点は黒曜先輩を信頼してますんで。でもあまりあいつを舐めない方がいいですよ」
それでは、と倉田は電話を切った。黒曜先輩が何をしようとしてるのか、そして井筒が何に関わってるのか、毛ほど興味もなかった倉田は無心でぬいぐるみ制作に勤しむことにした。
「ええ、ありがとうございます。わざわざ名前を知ってるふりをさせてしまって」
「別にいいです。気にしないで下さい。先輩には色々お世話になってますし。でもあいつは私の交友関係の狭さを知っています。絶対怪しんでますよ」
「それはそれで面白いですよ。大丈夫あなたに危害は決して及びませんから」
「その点は黒曜先輩を信頼してますんで。でもあまりあいつを舐めない方がいいですよ」
それでは、と倉田は電話を切った。黒曜先輩が何をしようとしてるのか、そして井筒が何に関わってるのか、毛ほど興味もなかった倉田は無心でぬいぐるみ制作に勤しむことにした。
*
はあはあ。知らず知らずのうちに息が荒くなる。体が熱い。まるで自分の体じゃないみたいだ。やった、やってやったのだ。前からあの犬は嫌いだった。そしてその畜生を見て和んでいる奴も嫌いだった。
だからこれは制裁なのだ。犬や猫は人間を害する存在。むしろあたしは褒められるべきかもしれない。汚らわしい獣共に脅かされなくて済むのだから。
あたしは正しい。私は正しい。正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しいんだ!!!!!!!!!!!!!!!!
だからこれは制裁なのだ。犬や猫は人間を害する存在。むしろあたしは褒められるべきかもしれない。汚らわしい獣共に脅かされなくて済むのだから。
あたしは正しい。私は正しい。正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しい正しいんだ!!!!!!!!!!!!!!!!
「大丈夫? こっちに来なよ。猫たちも待ってるよ」
無意識のうちにいつもの場所に出てきてしまっていた。だけれど彼はそこにはいない。聞こえてくるのは残響のみ。目に映るのは幻想のみ。
彼と過ごした日々は僅かだったけど、それでも確かにあったんだ。楽しかった、ただ楽しかった。だけれどあたしは涙を流すことさえ許されない。なぜならあたしは堕ちてしまったから。
彼と過ごした日々は僅かだったけど、それでも確かにあったんだ。楽しかった、ただ楽しかった。だけれどあたしは涙を流すことさえ許されない。なぜならあたしは堕ちてしまったから。
だれかだれか、あたしをとめて…………。
*
佐々木紘華には付き合っている彼氏がいたらしい。正確には仲が良かった程度かもしれないが、重要なことはそこじゃない。大事なのは仲の良かった異性の友達がいたという事実のみ。それさえ分かればビルの幽霊騒ぎも大体想像がつく。だがどうする? 決め手が足りない。直接相手と対峙できる手段が見つからない。
そう井筒が攻めあぐねている状態で図書館前のベンチに腰かけていると、携帯の呼び出し音が鳴った。ディスプレイには綾瀬結と表示されている。
「先輩! 大丈夫ですか? 体調の方は」
「うんもう平気だよ。ごめんね心配かけちゃって」
「良かった。変な男に何かされたのかと思って冷や冷やしちゃいましたよ」
「うん~。よく覚えてないんだけどその人にもめいわくかけちゃったなあ」
「まあ気にしないでいいと思いますよ。見事に証拠を隠滅してくれやがりましたし」
「いんめつ? まあいいや。今日のきょーくんは知らない人の後を追っちゃダメってことだね。だから今日一緒に帰らない? 綾坂くんもいっしょだよ」
脈絡のみの字も感じさせない話の流れだったが、それよりも引っかかることがあった。
「知らない人の後を追う? どういうことです?」
「あの……ばしょはね、もともと女の子が先に見てたんだよ。それでなんだか気になっちゃって見たんだ。それじゃあ一緒に帰ろう?」
「……もしかしてその子って身長155cmくらいで栗色ミディアムロングヘアじゃありませんでしたか?」
「にゅ~~~~。無視しないでよ~。そんなこといわれてもよくおぼえてないよ~。でもあの後ろすがたはあの子に似てたなあ。多分井筒君は知らないだろうけど」
なぜか勝ち誇ったように言う先輩(?)を無視して井筒は自分の予測していた人物の名前を言う。
「それって……」
そう井筒が攻めあぐねている状態で図書館前のベンチに腰かけていると、携帯の呼び出し音が鳴った。ディスプレイには綾瀬結と表示されている。
「先輩! 大丈夫ですか? 体調の方は」
「うんもう平気だよ。ごめんね心配かけちゃって」
「良かった。変な男に何かされたのかと思って冷や冷やしちゃいましたよ」
「うん~。よく覚えてないんだけどその人にもめいわくかけちゃったなあ」
「まあ気にしないでいいと思いますよ。見事に証拠を隠滅してくれやがりましたし」
「いんめつ? まあいいや。今日のきょーくんは知らない人の後を追っちゃダメってことだね。だから今日一緒に帰らない? 綾坂くんもいっしょだよ」
脈絡のみの字も感じさせない話の流れだったが、それよりも引っかかることがあった。
「知らない人の後を追う? どういうことです?」
「あの……ばしょはね、もともと女の子が先に見てたんだよ。それでなんだか気になっちゃって見たんだ。それじゃあ一緒に帰ろう?」
「……もしかしてその子って身長155cmくらいで栗色ミディアムロングヘアじゃありませんでしたか?」
「にゅ~~~~。無視しないでよ~。そんなこといわれてもよくおぼえてないよ~。でもあの後ろすがたはあの子に似てたなあ。多分井筒君は知らないだろうけど」
なぜか勝ち誇ったように言う先輩(?)を無視して井筒は自分の予測していた人物の名前を言う。
「それって……」
答えを聞いたとき井筒は頭の中の霧が晴れたかのようにクリアになっていくのを感じた。つながった。やはりあの事件には意味があったのだ。今バラバラだったすべてのピースが一つの糸になり結ばれていく。だったら次に何をすべきかは明白だ。
綾瀬との電話を一方的に切った後、さすがに申し訳なくなった井筒はメールで綾瀬と綾坂に謝罪のメールを送っておいた。そして幽鬼のごとくふらりと立ち上がった井筒は
「俺の貴重な一日を無駄にしやがった罪、償ってもらうぜ。佐々木紘華ああああ」
猛ダッシュで決戦の地へと向かっていった。
綾瀬との電話を一方的に切った後、さすがに申し訳なくなった井筒はメールで綾瀬と綾坂に謝罪のメールを送っておいた。そして幽鬼のごとくふらりと立ち上がった井筒は
「俺の貴重な一日を無駄にしやがった罪、償ってもらうぜ。佐々木紘華ああああ」
猛ダッシュで決戦の地へと向かっていった。
*
あたしの目の前で猫が死んでいる。猫がねこがねこがねこがしんでいる。あたしがやったのか。あたしが壊したのか。かれとのつながりを。あたしが地に堕ちたあたしが。あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
簡単なことじゃないか。生きているものの命を奪うなんて。大丈夫あたしはわるくない。あたしはこわれてない。だからきょうこそとびおりよう。かれもきっとそれをのぞんでる。ちにおちたあたしがほんとうのいみでおちるのを。
さあ、幕を引こう。物語の終焉はもう間近だ。誰も救いになど来やしない。
あたし一人がこの世からいなくなるだけの物語。
簡単なことじゃないか。生きているものの命を奪うなんて。大丈夫あたしはわるくない。あたしはこわれてない。だからきょうこそとびおりよう。かれもきっとそれをのぞんでる。ちにおちたあたしがほんとうのいみでおちるのを。
さあ、幕を引こう。物語の終焉はもう間近だ。誰も救いになど来やしない。
あたし一人がこの世からいなくなるだけの物語。
*
井筒隆幸は必死に走りながら考えていた。今までの一連の流れを。
まず佐々木紘華という女の子がいた。その子はある先輩に恋をした。だが何らかの理由でその恋は実ることは無かった、その精神的なショックで犬を傷つけたり、猫を遠ざけたりした。そして今日恐らく何者かから呼び出しを受けてその場所に行ってみると、猫の死体を発見したのだ。精神的に不安定になっていた佐々木は自分がやったものだと思い込まされ、廃ビルで投身自殺を試みようとしているはず。今までの廃ビルの幽霊騒ぎは佐々木が自殺しようとして引き起こしたものである可能性が濃厚なためだ。
「杞憂であればいい」
喘ぐように声を絞り出した。せめて頭だけは落ち着かせようと試みる。
また井筒は自分の考えに問題があることも承知している。
①たかが恋愛で精神的に不安定になりすぎではないか。
②呼び出しを受けたと考えると誰が一体呼び出したのか。
③そもそも彼氏は一体今何をしているのか。
という3点が特に気にかかる。1つ目は黒曜先輩に怒られそうだが、どうも不自然な感じがする。話に聞いたところ、別に佐々木は初めての恋という訳でもない。そんな女性がこうも精神を病ますだろうか。百歩譲って心を病んだとしよう。それにしても大学を休んでいるわけではないどころか毎日来ているのは、些か気になる点である。何よりも気になるのは2つ目。この事件は何か第3者の介入が入ってる気がしてならない。
「うく……はあはあ。つ、着いた。廃ビルのまえか」
そして……最後の3つ目に関してはもう手は打ってある。
全力で走りながら電話するのは思いのほか体力を奪われることを身をもって実感した。
「頼みますよ。羽住先輩」
そう言い残し井筒は立ち入り禁止となっている廃ビルに足を踏み入れた。目の前にはさながら地獄を連想させるほどの暗闇が続いている。まるで迷い子を誘うかのような演出に、しかし井筒は不敵に言ってのけた。
「おあつらえむきだぜ。世界ごと焼き焦がしてやるよ」
獰猛に笑いながら井筒は地獄の階段を上り始めた。天国へと登ろうとする咎人のように…………。
「間に合わなかったら恨むぜ。神様」
まず佐々木紘華という女の子がいた。その子はある先輩に恋をした。だが何らかの理由でその恋は実ることは無かった、その精神的なショックで犬を傷つけたり、猫を遠ざけたりした。そして今日恐らく何者かから呼び出しを受けてその場所に行ってみると、猫の死体を発見したのだ。精神的に不安定になっていた佐々木は自分がやったものだと思い込まされ、廃ビルで投身自殺を試みようとしているはず。今までの廃ビルの幽霊騒ぎは佐々木が自殺しようとして引き起こしたものである可能性が濃厚なためだ。
「杞憂であればいい」
喘ぐように声を絞り出した。せめて頭だけは落ち着かせようと試みる。
また井筒は自分の考えに問題があることも承知している。
①たかが恋愛で精神的に不安定になりすぎではないか。
②呼び出しを受けたと考えると誰が一体呼び出したのか。
③そもそも彼氏は一体今何をしているのか。
という3点が特に気にかかる。1つ目は黒曜先輩に怒られそうだが、どうも不自然な感じがする。話に聞いたところ、別に佐々木は初めての恋という訳でもない。そんな女性がこうも精神を病ますだろうか。百歩譲って心を病んだとしよう。それにしても大学を休んでいるわけではないどころか毎日来ているのは、些か気になる点である。何よりも気になるのは2つ目。この事件は何か第3者の介入が入ってる気がしてならない。
「うく……はあはあ。つ、着いた。廃ビルのまえか」
そして……最後の3つ目に関してはもう手は打ってある。
全力で走りながら電話するのは思いのほか体力を奪われることを身をもって実感した。
「頼みますよ。羽住先輩」
そう言い残し井筒は立ち入り禁止となっている廃ビルに足を踏み入れた。目の前にはさながら地獄を連想させるほどの暗闇が続いている。まるで迷い子を誘うかのような演出に、しかし井筒は不敵に言ってのけた。
「おあつらえむきだぜ。世界ごと焼き焦がしてやるよ」
獰猛に笑いながら井筒は地獄の階段を上り始めた。天国へと登ろうとする咎人のように…………。
「間に合わなかったら恨むぜ。神様」
*
もう死ぬしかない。元より生きる価値などなかったあたしの存在。悲しむ人などいない。大丈夫さんざん予行練習はしてきた。誰も止める人などいなかった。彼もいない。これでいい。あいつも言っていたじゃないか。
あいつって誰だろう。もうわからない。もうあたしには知る術もない。あたしを動かしているこの激情すら、どこから来ているのかわからない。
廃ビルに着いた。ゆっくりゆっくり登っていこう。地獄に堕ちるために、天国へと続くこの階段を。
さあ後はこの柵を乗り越えるだけ。足の震えが止まらない。やはり肉体が本能的に察知しているのだろう。死にたくないと、死んではならないと。
そんな往生際の悪いあたしの体に優しく語りかける。「大丈夫だよ」と。「一緒に飛び降りよう」と。
最後にもう一度後ろを振り返る。それは無意識下の行動だった。なぜそうしたのかは自分でもわからない。そのとき確かに聞こえた。誰かが登ってくる音。しまった、と判断したはずなのに体は動かない。どうしてだろうか。今自分は安堵している。今すぐにでも飛び降りなければならないのに。
バタン、と屋上の扉が開いた。飛び出してきた誰かが言った。
「佐々木紘華だな」
あたしは何も答えない。何も答えれなかった。月明かりが照らし出す彼の姿は救世主とは程遠い、まるで悪魔のようだったからだ。
悪魔は続けて言う。
「話してもらうぞ。何もかも。お前の意思とは無関係に、な」
あいつって誰だろう。もうわからない。もうあたしには知る術もない。あたしを動かしているこの激情すら、どこから来ているのかわからない。
廃ビルに着いた。ゆっくりゆっくり登っていこう。地獄に堕ちるために、天国へと続くこの階段を。
さあ後はこの柵を乗り越えるだけ。足の震えが止まらない。やはり肉体が本能的に察知しているのだろう。死にたくないと、死んではならないと。
そんな往生際の悪いあたしの体に優しく語りかける。「大丈夫だよ」と。「一緒に飛び降りよう」と。
最後にもう一度後ろを振り返る。それは無意識下の行動だった。なぜそうしたのかは自分でもわからない。そのとき確かに聞こえた。誰かが登ってくる音。しまった、と判断したはずなのに体は動かない。どうしてだろうか。今自分は安堵している。今すぐにでも飛び降りなければならないのに。
バタン、と屋上の扉が開いた。飛び出してきた誰かが言った。
「佐々木紘華だな」
あたしは何も答えない。何も答えれなかった。月明かりが照らし出す彼の姿は救世主とは程遠い、まるで悪魔のようだったからだ。
悪魔は続けて言う。
「話してもらうぞ。何もかも。お前の意思とは無関係に、な」