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月下の魔剣~遭遇【エンカウント】~ > 2


「………」
「うん。じゃあまたね、ハナ!」

数十分ほど話して、ようやく晶は老象、ハナとの会話を切り上げた。仲間の象の元に歩いていくその後ろ姿を見送って、
満足げに隣に目を向ける。しかし……

「ごめん待たせた、陽……」

隣にいたはずの背の低い少年は、忽然とその場から姿を消していた。
残っていたのは、手すりの上にちょこんと乗ったカマキリが一匹。カマキリは晶に小さな顔を向けると、その翅を大きく広げて……

「ヤあ」

喋った。

「あっれ!? 鎌田さんだけ!? 陽太どこ行ったんですか!?」
「ようたくンはその……ぼクにまかせてかえっちゃっタ」
「えええっ!?」

カマキリは翅を小刻みに震わせて、不思議な響きの言葉を発生させる。
その鎌で後頭部をカリカリと擦るその行動は、人間が困ったときにするそれと同じだった。

このカマキリ、その名を鎌田之博という。無論ただのカマキリではなく、これは昼の能力で変身した姿だ。
だが変身を解除すれば人間に戻るのかというと、それも違う。彼は蟷螂人。カマキリと人間の中間というべき姿を持った、異世界の住人である。
長くなるので割愛するが、彼はとある事情により、獣人が一般的に存在する異世界からこのチェンジリング・デイの世界に飛ばされてきてしまったのだ。
現在は縁あって、今はこの場から消えてしまった岬陽太の家に居候させてもらっていた。

「あ…あんの厨二ぃ…!」
「まあまアその、さ。あんマリおこらないデやってよ。あきらクんひとりおいてけぼリニしたわけじゃないんダしさ」
「そうは言っても……」

晶はその場でくるりと周囲を見回し、周辺に人影がないことを確認して、ふぅ…と息を吐いた。

「まあ人に見られてないなら平気っちゃ平気ですけど…」
「あとのコとはつかいまニマかせるってサ」
「つかい…使い魔って……」

鎌田の翅から出た聞き慣れない単語に、晶は思わず顔をしかめる。

「鎌田さん、陽太のことあんまり甘やかしちゃダメですよ。あいつってばもー、ほっとくとすぐ調子乗っちゃうんだから」
「まぁソうはいってモ、ようタくんにはスごくおせわニなってるシね。つかいま、えメラるどまんてぃす。コレくらいしかたナイさ」

そんな鎌田は、仕方ないなんて言葉とは裏腹にどこか楽しげで。

「…あの鎌田さん、使い魔呼ばれるのちゃっかり気に入ってません?」
「エ!? イ、イヤアソンナコトナイサァ!」
「………」

鎌田は異世界の住人で人外の存在。とはいえ、いたってまともな年輩者だ。ヒーロー好きではあるが、厨二的な要素はあまりない現実主義者だ。
そんな鎌田と行動を共にすることで陽太の厨二病も少しはましになるんじゃないかと、晶は密かに期待していたのだ。
だが、このひともこのひとで油断ならない。そう認識を改める晶だった。

「へー、やっぱりぼくのせかいトあんまりかわらなイね」
「え? そうなんですか?」

晶にとっては見慣れた場所で主な用事も済んだので、すぐに帰ってもよかったのだが、鎌田にとっては初めての場所。
せっかくなので客の少ない動物園を見て回る。小さな鎌田の定位置は晶の肩の上である。

「鎌田さんの世界って一般人が獣人…ケモノさんなんですよね?」
「それはそうダけどふつうのどうブつはいるし。けいばだってアる。どうぶつエンだってあるさ」

この翅発音、疲労する上にだんだんと発音が怪しくなるのが欠点だが、小さく音を出す分にはほとんど問題ないらしい。

「っひゃっ!」
「どうしタのあきらくん?」
「…なんでもないです」

ただし極耳元で翅が揺れるため、たまに触れてゾクッとくるのが欠点である。

晶にとって見慣れた動物園より、鎌田の話がとても興味深いものだった。

「あの…例えば檻の中に猪がいて、外には猪のケモノさんがいるんですよね。そういうのって心情的にどうなんですか?」
「うーん、そうだナ……あきらくん、あのさるやマのさるたちヲみて、きみはどウおもう?」
「どう、って……普通に猿だなあとしか……」
「そう。ソれとおなじ」
「えっ…?」

数秒、ポカンとしていた晶だが、やがてハッと気付く。鎌田は小さな頭で頷き、言葉を続けた。

「イノシシかラしんかしタのがイノシシじん。さるカラしんかしたのが、きみタチにんげんダ。
 にんげんって、いうなれバさるじゅうじんナんだ。ぼくたちケモノよりほんのいっぽ、さキにしんかしタだけの、ね。
 ヒトとケモノ、しゅぞくのちがイはあっても、そのたちばハそうかわりはしないってコト」
「そっか…そういうことなんだ」
「かつて、ケモノがさべつされるカナしいじたいモあった。いまはもうはるかムかしのはなしダ」
「はー…」

思わぬところで考えさせられた。「差別」について。
人種、国籍、地域、男女。この世界では、ほんの些細な違いから差別は容易く発生する。
「種族」という大きな違いを克服することができた鎌田の世界は、やはり素晴らしい世界なんだと晶は思う。

「なんとしても、元の世界に帰らなきゃ、ですね」
「ン? うん、そうだネ。かならズぶじにかえってみせルさ」

ひょんなことから、帰還の意思を再確認する鎌田と晶だった。

「……って、はなしズれてるヨね」
「……ああ、僕もそう思ってました」
「トもかく、しせつモひとのかんガエかたも、ぼくのせかいトなんらかわらないっテこと。
 ぼくもこンナなりはしてるけド、ふつうのかまきりにたいシテとくべつナかんじょうはいだかナイ。わリとむしずきだとはオモうけドね」
「なるほどー」

少女とカマキリの不思議な組み合わせは、その姿の違いをまるで感じさせない親しい談笑を交わしながら歩いていくのだった。

園内を一通り見回った後、ふたりは木陰のベンチで一休み。近くの柵の奥の池から、カバが耳と鼻先だけを覗かせている。
晶はペットボトルのお茶を、鎌田はボトルの蓋に注いだお茶を、その鎌で器用に抱えて飲んでいた。
普通サイズの飲み物を買うだけで浴びるほど飲める、というのはなかなか羨ましい能力だと晶は思う。

不意に、思い出したように鎌田が翅を震わせる。

「そウいえばさ、あきらくんはノウりょくでどうぶつのこころガみえるんだヨね。どうぶつえんトカ、ふつうのひとよリたのしめるんじゃない?」
「いやぁ…そうでもないです。ハナみたいに賢い動物なんてそうそういないし、ぼんやりと意思を感じるくらいで。
 あと基本的に見たまんまのことしか考えてないんですよね。今なんて時期が時期だから……」
「あー……なるほド、みんなけがわもってるカラねえ。なつはあツくてたいへんだっていうノハよくしっテる。がっこうノたいはんはソうだし……」
「あ、そっか。ケモノさんたちも普通に毛皮持ってるんでしたね」
「ソうなんだよ。たとえバぼくノくらスにいぬがみヒカルっていヌじんがいるんだケドさ、こんなあツイひでモふさふさもっさもさシテてもうね…」
「あはは、そりゃ大変だ」

夕刻が近づき、暑さも幾分か和らいだ午後の動物園。平穏な時間がゆったりと流れていく。

晶はふと思い立って立ち上がり、手すりに触れてカバと向き合ってみる。池の中はなんとも涼しそうだったので、その心に触れてみたくて。
目の前の動物だけに意識を集中。常に感じていた、ざわざわとした意識の喧騒が消えていく。そして残った感情は……

怒り。

大きく、激しく燃え上がる怒り。そして…

殺意。

正面ではなく、突然背後から叩きつけられた巨大な感情。晶は本能的に迫る危険を察知し、反射的に地を蹴り真横に跳ぶ。
同時に鎌田も変身を解除、晶を突き飛ばそうと蟷螂人の腕を伸ばし、その手は見事に空を切る。晶は既にその場から飛びのいていたので。
直後に飛び込む黒い塊。最初は晶がいた、今は鎌田のいる空間にまっすぐ突っ込んで…

「危なっ!?ぶふぅっ!!!?」

直撃。交通事故のような音で斜め上に吹っ飛ばされる鎌田。

勢いのまま黒い塊がぶつかり派手な音を出してひしゃげる手すり。

「あああああああぁぁぁぁれえええぇぇぇぇ……」

盛大な水音と共に、カバの隣に落下、着水する鎌田。

「かっ鎌田さーーーんっ!?」

晶は叫び、直後に気付いてギクリとする。ひしゃげた手すりに挟まりじっとしていた塊がごそりと動き出している。
それは、黒い毛に覆われた何か。グルルルと低い唸り声を出す何か。
塊から太い腕が現れ、手すりを掴む。鉄の手すりは軋みながら容易く広がり、そこから獣の頭部が現れる。

「っひっ!」

思わず喉から声が漏れた。
晶へと振り向いたそれは、凶暴な牙をむき出し怒りの眼光を湛え、立ち上がればゆうに2メートルを超えるであろう、巨大な体躯を持つ狼だった。


<続く>

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最終更新:2010年10月03日 19:08
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