投げたナイフを追うように急速に
ファングとの距離を詰める
クロス。新たに取り出す、先端に返しのついた特殊形状ナイフ2本。
最初に投げた顔面狙いが右腕の一振りで払われた直後、時間差で飛来したナイフが反射的に出た左手に刺さる。
ファングの視界が自らの手に覆われるその一瞬を逃さず、間合いまで踏み込んで肩に突き刺すは特殊ナイフ。
反撃の横薙ぎを頭を下げて回避、同時に太腿にもう1本を突き立て、直後に飛んでくる蹴りをバク転で回避しながら距離を取る。
肩と太腿に刺さった2本の特殊ナイフからは細いコードが伸びて、クロスの腕の金具に繋がっていた。
「グガッ!? ガッガガガアガガガッガガガアッ」
瞬間、奇妙な声を上げ激しく痙攣を始めるファング。電気の迸る音が響き、肉の焦げ付く臭いが漂い始める。
一歩引いて見ていた鎌田は驚きの声を上げた。
「これっ…電撃っ!?」
「まだ触れるなよカマタ、常人なら5秒で死に到る威力がある。奴の動きを数秒止める程度ならできるはずだ。あと6秒でバッテリーが切れる」
「6……わかりました」
鎌田は痙攣を続けるファングに決意の目を向けると、両手の鎌を広げて構えた。クロスは静かにカウントを始める。
「3…2…1…今だ!」
「はあぁっ!」
クロスがナイフを引き抜くと同時に、鎌田は痙攣して動かないファングの懐に踏み込む。上がっていた右腕を左の鎌で引き寄せて掴み、
右手は下から上腕部を掴み、獣毛に覆われた胸に硬い背中を密着させる。可能な限り深く踏み込んだ一本背負いの体勢。
掴んだ右腕を思いっきり引き、同時に腰を跳ね上げると、ファングの足が浮き上がる。
このまま一番高い場所で放して投げ飛ばす。かなり重いが予想の範疇、いける! そう思った。
「ふんっぐっ!?」
次の瞬間鎌田は驚愕する。掴んでいる右腕の肘が曲がり、自分の服を掴んだのだ。あれだけの電撃を受けてもう動くというのか!?
ここから行動を変えるのは不可能。強引に投げ飛ばそうとするが、鋭い爪は生地に食い込んで離れず。
あえなくファングの体は半円を描いて地面に落ちる。硬い地面に背中を叩きつけられてなお、ファングの右手は胸元を掴んで離さない。
直後、失敗に落胆する暇もなく、自由な左の剛腕が鎌田に襲い掛かった。
反射的に出した両腕のガードがギリギリ間に合ったが、巨大な衝撃が腕の外骨格を、全身を軋ませる。
同時に限界を迎えた服が千切れ、鎌田は横に大きく弾き飛ばされた。
「がっ!!」
「カマタっ!?」
横に転がること二回、三回、仰向けに止まる。思考はぼやけて全身が痺れ、腕の感覚はほとんどない。
「カマタっ! 大丈夫か!?」
「っく……だ……大丈夫です」
走り寄ってきたクロスの呼びかけで、鎌田の思考はクリアになる。身体も痺れてはいるが動く、腕の感覚も少しずつ戻ってきた。
思ったよりダメージは少ないようだ。自身の頑丈な身体に感謝しながら、鎌田はふらつく身体に活を入れ立ち上がった。
臨戦態勢を取るクロスの向こうで、ファングは仰向けのまま小さく痙攣を続けている。電撃の影響がまだ残っているようだ。
「すいませんクロスさん、せっかく作ってもらったチャンスを……」
「いや、カマタはよくやってくれた。奴の耐久力を読み違えた私のミスだ」
振り返らぬままにクロスは続ける。
「動けるか、カマタ」
「まだいけますよ。幸い頑丈にできてるので」
「それはよかった。ならば今すぐ彼女を連れて逃げてほしい。やはりこれは私の問題だ」
「逃げませんよ。ヒーローは逃げないんです」
鎌田はクロスの隣に立って構えを取り、大きく息を吐いて倒すべき敵を見据える。クロスは小さく息を吐いた。
「カマタ。残念ながら、この現実世界にヒーローなど存在しない」
「いますよ、ヒーローは。人を守る心があるならば、誰だってヒーローになれるんだ。そう、あなただってヒーローだ」
鎌田の言葉にクロスは少しだけ驚いた顔を見せると、ふっ、と微かに微笑んだ。
「私はそんな大それた人間じゃあないさ」
「僕だってまだまだ、道を求めている途中ですから」
そんなクロスを見て鎌田も小さく微笑み、それに、と続ける。
「撤退するにしても、やれることを全てやってからでも遅くない、でしょ?」
「何か作戦があると?」
「ひとつだけ、提案があります」
そうして鎌田はクロスに作戦を提案する。ファングの完全復活は時間の問題。要点だけを手短に話した。
「どうですか? 信用できないと言われても仕方ないですけど……」
「なるほど……」
少し考え込むクロスを、鎌田は不安げな目で見つめる。クロスはすぐに顔を上げた。
「信じようカマタ。その作戦で行く。他に手もないしな」
「あ、ありがとうございます!」
虫の顔で、無表情なはずの鎌田がパッと明るい表情をしたのがわかって、クロスはふっと微笑む。
そして空の左手を腰の後ろに廻し、小さく舌打ちをした。
「…まさか奴相手にここまで消費することになるとはな」
膝を屈し、左のブーツから大型ナイフを抜き出す。両手に構えたナイフの奥で、ゆっくりと立ち上がるファングを睨みつけた。
「5秒。恐らくそこが限界だ」
「十分です。やってみせます、今度こそ」
「よし。では行くぞ!」
「はい!」
合図と同時にクロスが地を蹴って突撃。ファングの始動前に一気に距離を詰め、あろうことかあと一歩の距離で立ち止まった。
そこはファングの全ての攻撃が直撃する危険地帯。そんな場所でクロスは地面を踏みしめてファングを挑発する。
「さあファング、決着をつけようじゃないか。私は逃げも隠れもしない!」
「ガアアアアァァァッ!!」
本能のままにファングは爪を振りかざす。
首を跳ね飛ばす威力の横薙ぎを、クロスは身体を反らして躱す。胸を貫く突きを、横から斬りつけ方向を変えて捌く。
頭を砕く振り下ろしを、両手のナイフで無理矢理受け止める。手を跳ねのけると同時に斬りつけて反撃する。
躱し、捌き、捌き、躱し、受け止め、反撃。その間約1秒。
ファングとクロスの間およそ1.5メートル四方の空間で、高密度に爪と刃の嵐が吹き荒れる。常人の目には影しか映らないであろう
超高速の攻防。絶え間なく続く当たれば大怪我、あるいは死が確定するような攻撃を、クロスは一歩も引かず受け続けていた。
2秒。千切れた銀髪の一筋が宙を舞う。
3秒。中指の爪が白い頬に真っ赤な線を刻む。
4秒。五回目の爪の直撃を受けたナイフがミシリと軋む。
次の攻撃を捌いた瞬間、遂に限界を迎えたナイフがバキンと根元から折れた。
尚続く攻撃をクロスは大きく屈んで回避し、曲げた膝に力を溜めて一気に解放、後方に跳ぶ。
距離を取った相手を逃がすまいとファングが地を蹴った、その瞬間。
足元に突然、屈んだ状態の鎌田が現れた。
「ライダー…!」
両手を地面に、両足を天に。逆立ちのような体勢で、渾身の力を込めて蹴りこむ。狙うは重心の中心部。
「反転キイィック!」
「ガフゥ!?」
無防備な鳩尾に両足がめり込む。ファングはそこでようやく鎌田の存在に気付くがもう遅い。
勢いをそのままに、ファングの身体ごと天に向けて伸びていく両足。
「はああああああぁぁぁぁ!!」
全てはこの一瞬のために。
外骨格が軋む、筋繊維が歪む。構うものか。全身が砕けたって構わない。全ての力をこの一瞬に集中する。
どこかの誰かを守るために。見ず知らずの自分を信じて、決死の攻撃を仕掛けてくれたクロスに報いるために。
「ああああっ!!!!」
鎌田の全身が伸びきり、足を離れたファングの身体が空中に浮き上がる。
踏み込みの横ベクトルと蹴り上げの上ベクトルが合わさり、斜め上に高く上昇していく。
目前に飛来するファングに、クロスは右手の平を突き出す。
「slow!」
その瞬間、ファングは身体をくの字に曲げた体勢のまま、空中に縫いつけられるかのようにピタリと動きを停止した。
鎌田の提案した作戦は、そう複雑なものではない。
直立した重量級の相手を打ち上げるのは難しい、かと言って向かってくる所を狙うのも、あの速度相手には自殺行為だ。
だから加速が付く前の初動狙い。逃げた相手に身体と思考が向いたその瞬間、完全な不意打ちを仕掛けた。
足元に突然現れたのは、何を隠そう鎌田の昼能力――通常サイズのカマキリへの変身――を使ったのだ。
作戦の概要はこうだ。クロスはファングが動き出すより先に接近し、足を止めての接近戦に持ち込む。
その隙に鎌田は小さな虫に変身して移動、ファングに気付かれぬまま足元にスタンバイ。
クロスが距離を取りファングが踏み出した瞬間元の姿に戻り、空中に蹴り上げる。そこをクロスの能力で無力化して作戦完了。
足止めは言うまでもなく死と隣り合わせだ。
そしてクロスが足止めに失敗すれば、小さな鎌田は踏み潰される危険性もあった。
互いが互いの力を信じなければ成立しない、綱渡りのような作戦だった。だが、二人は見事にやってのけたのだ。
「立てるか、カマタ」
大の字に倒れたまま荒い呼吸をする鎌田に、クロスの手が差し出される。
「……ああ、ありがとうございます」
その手をとって立ち上がる鎌田。空中で動かないファングを見て、心の底から安堵の息を吐いた。
「感謝するのはこちらのほうだ。私一人ではどうにもならなかった。協力に心から感謝する」
「いえいえ、困った時に助け合うのは当然のことですから」
「カマタ。君は立派なヒーローだと私は思う」
「いっ、いやぁクロスさんに比べたら僕なんかまだまだ」
満更でもないように鎌田はハハハと笑い、そんな鎌田を見てクロスもクスリと笑う。
駆け寄ってくる晶と直輝を、鎌田は大きく手を振って迎えたのだった。
<続く>
登場キャラクター
最終更新:2010年12月26日 20:18