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月下の魔剣~遭遇【エンカウント】~ > 6



「鎌田さん! 大丈夫ですか!?」
「ああ、僕は大丈夫。ちょっと服は破けちゃったけどね」

駆け寄ってきた晶に、破けた服の胸元を弄りながら鎌田は軽い調子で答える。そんな鎌田の様子に、晶はほっと安堵の息を吐いた。
その二人を横目に見ながら、直輝とクロスは小声で話す。

「ナオキ。事務所には行ったか?」
「ああ、これ見せたら一発だった。『機関』の影響力ってすげーのな」
「この程度は当然だ。ひとまずはこれで一安心か……さて」

クロスは直輝の渡した黒いカードを受け取り手早く胸元に納めると、つかつかと宙に浮かぶファングの下へ歩み寄る。
それに気付いた鎌田と晶は、緊張の面持ちでその動きを追う。クロスは腕を組んでファングをじっと眺めて…

「確か君はこいつの心が読めると言ったな。今のこいつは何を考えてるかわかるか?」

突然振り向き話しかけられて、晶は思わず肩をビクリと跳ね上げた。

「さ、さっきと変わってないです。何に対してってわけでもなく、ただ怒り一色で……」
「そうか…ふむ……」

少し考え込み、何か思い出した様子で顔を上げる。

「君は……っと、そういえば君の名前を聞いていなかったな」
「あー、僕は水野晶、ごく普通の中学生です」
「そうかアキラ。私はクロス、ある機関に所属するエージェンt」
「ってオイ! ちょっと待てオイイィ!!」

直輝は慌ててクロスを晶から引き離すと、背を向けて小声でまくしたてた。

「違うだろ!? 俺たち動物園の飼育員だろ!?」
「む? ナオキは飼育員だったのか。それは初耳だったな。だが少なくとも私は飼育員ではないぞ」 
「お前が言ったことだろうが! 檻から逃げ出した狼と飼育員って設定だったろ!?」
「その言い訳は無理があると、即座に否定されたものと記憶しているが?」
「ぐっ…! 否定ってそりゃしたけど…したけどなあ!」
「ここまで巻き込んでおいて、今さらそんな作り話で誤魔化しきれるものでもないだろう常識的に考えて」
「常識的とかその口で言うかこんにゃろぉ…」

反論の言葉を失い歯噛みする直輝をよそに、その様子をキョトン見ていた晶と鎌田にクロスは改めて自己紹介をする。

「私はコードネーム『クロス』、ある『機関』に所属するエージェントだ」
「俺の努力を返せよチクショー……」

直輝はげんなりとクロスに抗議を述べるのだった。


「は、はぁ……」

やはり、と言えばやはりか…?
言葉だけ聞くなら眉唾物。マンガやアニメ、あるいは彼らのよく知る厨二病患者の口から出てくるようなトンデモ話。
だが、クロスの言動や超人的な動きを目の当たりにしていた晶と鎌田は、割とあっさりその言葉を受け入れることができた。
あるんだろう、そういう世界も。少なくとも動物園の飼育員よりは信じられる話だった。

自分の向こう側を恐る恐る見る晶の視線に気付き、クロスは背後を振り返りつつ晶に教えてやる。

「安心していい。このケダモノ、ファングは私の能力でほぼ停止状態にある。外からの干渉がなければ一時間以上はこのままだ」
「それで…これからどうするんですか?」
「放っておく」
「え? それで大丈夫なんですか?」
「完全にそうは言えないが仕方あるまい。こいつはナイフで喉を貫いてもあっさり再生するような奴だ。今ある装備で倒すことは不可能だ。
 だったら今のうちにこの場から逃げ去るのが良策だろう。すでに規制はしいてある、この周辺に人は残っていない」
「はー、なるほど」

言われてみればその通りだ。何と言っても相手は異常な再生能力を持つ化け物なのだ。
倒せない、言葉も通じないとなれば、結局今は逃げるしかないのだろう。

「しかし、かと言ってこのまま何もせず放置しておくのも癪だし……」
「おいおい、またやんのかよ」

言いながら周囲を見やるクロスに、呆れたように声をかける直輝。その手には、なぜか大型スコップ。

「……乗り気じゃないかナオキ」
「あー…いや、そこに落ちててな…」
「よくわかってるじゃないか。よしやれ」
「へいへい、わかったよ」

面倒くさそうな言葉の割に直輝はどこか楽しげで。顔に疑問を浮かべる晶と鎌田の前で、
手にしたスコップを空中のファングに向けて放り投げると、スコップはその尻にピタリと張り付いた。

「これは…?」
「まあ、地面に触れない限りは、こいつにぶつかった物も同じ状況になるってこと。実際は止まってんじゃなくて超スローになってるんだよ」

説明の間、クロスはどこからか壊れかけた一輪車を転がしてきていた。
言葉を交わすことなく直輝も協力して持ち上げると、躊躇なくファングへ投げつける。その顔面に被さって張り付く一輪車。
それからもクロスと直輝はそこら辺にある物を手に取り、ファングへ適当に投げつけていく。
中身の残った飼料袋、金ダライ、デッキブラシ、折り畳み椅子、古タイヤ、折れた看板、何故か落ちてたダルマ……


「良し、これで充分だな」
「ふむ。ナオキもなかなかやるじゃないか」
「これはひどい」
「どうしてこうなった」

数分後、満足げに頷くクロスと直輝の前で、ファングは空中に浮かぶ奇妙なオブジェと化していた。
最後に投げつけた掲示板の広告スペースにあった、鳥を模したロゴマークの『 PXA 』なる会社の広告が印象的である。
空中のオブジェはさながら前衛的な企業広告だ。それがどんな会社か知らないが、なんだか気の毒だと鎌田は思うのだった。

「さて、今のうちにとっとと逃げるとしよう。カマタとアキラにはまだいくつか話しておきたいことがある。
 もう少し我々と付き合ってもらうぞ。何、悪いようにはしない」
「おいそれ恩人に向ける態度じゃねーだろ!」

憮然とした態度で言うクロスを横に押しのけて、直輝は礼儀正しく頭を下げる。

「クロスが礼儀知らずですまん。君たち二人には大変な迷惑をかけたし、協力には本当に感謝してるんだ。
 改めてお礼をしたい。話したいこともある。無理にとは言えないんだが、最後にもう少しだけ付き合ってもらえないだろうか」

直輝の丁寧な頼みを受けて二人は顔を見合わせ、晶が小さく頷く。向き直って答えるのは鎌田。

「わかりました。お付き合いしますよ」
「おお、ありがとう」
「よし決まりだな。ではさっさと行くぞ」

言うなりすたすたと歩き出すクロスの背中に、おい! と文句を言いながら続く直輝。
鎌田は慌てて小さなカマキリに変身すると、地面近くへ差し出された晶の手にピョンと飛び乗る。
晶は最後に少しだけ、背後の空中オブジェの変わっていない様子を確認すると、先を行く二人を小走りで追いかけていった。


「あれ? 鎌田さんは?」
「ときにカマタ」

空中オブジェも見えなくなり、人っ子一人、職員の姿さえ見えない動物園の正門を抜ける頃。
鎌田の姿がないことに気付いた直輝の疑問に答えるかわりに、クロスは少し後ろを歩く晶の、その肩に乗ったカマキリに声をかけた。
そのカマキリ――虫状態の鎌田――は広げた翅を震わせて不思議な響きの言葉を発生させる。

「なんでスか?」
「ってええええええっ!!?」

驚きの声を上げたのは直輝だ。それはそうだ、彼が鎌田のこの姿を見たのはこれが初めてなので。

「え!? え!? 鎌田さんなの!?」
「ア、そっかえんどうさんはハじめてだっタね」
「それなんだがカマタ、君は何故その姿をとっている? 変身の解除はしないのか?」
「ン…えっとそレハですネ……」

言い淀む鎌田を見て、晶が代わって答える。

「あ、鎌田さんは一度変身しちゃうと、昼のうちは人間に戻れないんです」
「アああ、ソうなんですヨ」
「ほう、なるほどな。あのファングの奴と同じような制約があるわけか」
「……え?」

意外な一言に目を丸くする晶。

「ファングって…さっきの…? あれってキメラってやつの一種だったんじゃ…?」
「む、キメラを知っているのか? 一般人にはあまり知りえない情報のはずだが……。
 …まあいい。あのファングどう見てもケダモノだがキメラとは違う。奴は我々の敵対組織に所属する変身能力者だ」
「動物じゃないんですか!?」
「あんなナリだが人間だぞ、一応はな。言葉だって前までは通じていた。今回の奴は異常だった」
「そんな…え…だって僕の能力は…」
「読心能力では?」
「動物限定のです。人間の心は読めないはずなんですけど…」
「ふむ…それは……」

クロスは口元に手を当てて少し考え、答える。

「奴は何らかの理由で正気を失っていた。その影響で思考も動物に近いものとなっていたんだろう。
 故に君の能力が適用された。そう考えるのが妥当だろうな」
「そう…なんですかね…?」
「まあ、私も専門家ではないからな。これ以上は何とも言えん」
「うーん……」
「それよりもついたぞ。ここだ」

そう言ってクロスが立ち止まった場所は、動物園から歩いて数分の喫茶店だった。


予想外の到着場所に驚く晶たちの前で、クロスは慣れた様子でドアを開ける。コロロンと控えめな音を奏でるドアチャイム。
程良く冷房の効いた店内に客はおらず、コップを磨く初老の店主が一人。目線だけで来客をチラリと確認すると、再びコップに目を落とす。
クロスは迷わずカウンター隣の扉を開け奥へと入っていく。少し戸惑う様子で直輝が続き、晶もそれに続くと、ほんの短い廊下の先にまた扉。
その先にあったのは、テーブルが一つ、椅子が四つ、小さな食器棚と戸棚が並ぶ窓の無い小部屋だった。部屋に入りクロスに促されて扉を閉めた瞬間、
僅かに聞こえていた蝉の声と店内音楽が消え去り、そこは完全に無音の空間となった。

店に入ってから何か声を出すのが憚られるようでずっと黙っていた晶だが、ここにきて口を開く。

「クロスさん、ここは…」
「我々機関の息のかかった施設の一つ。この部屋は今、外部と完全に隔離状態にある。ここは安全だ。ひとまず座ってくれ」

それを聞いて、晶は遠慮がちに手前の椅子に腰かける。鎌田は晶の肩から飛び降りて虫人の姿に戻り、その隣の椅子についた。
直輝はそんな鎌田を見て、おぉ、と小さく感嘆の言葉を漏らし、二人と反対側の椅子に座る。
コーヒーでいいか? というクロスの問いかけに晶と鎌田は、はいと答えた。

クロスは食器棚からティースプーンとソーサーと湯のみ茶碗を取り出して盆に並べ、戸棚からティーパックを取り出して……フリーズ。
手元に並んだものを見つめながら小さく首を傾げる。頭上に浮かぶクエスチョンマークが目に見えるよう。

「っだああもうお前も座ってていいから!」
「む……」

見かねた直輝が立ち上がり、クロスに代わってコーヒーの準備を始める。てきぱき動く直輝を隣でじぃっと見つめるクロス。

「いや座ってろって」
「私のことは気にするな」
「気になるっつの」
「では茶菓子でも出しておくか」
「それ乾パンな。それは普通茶菓子にしないから。こっちだから」

そんな二人の様子を見て、晶はふふっと微笑む。

「ミルクも必要だな? 出しておくぞ」
「それお茶っ葉な。ミルクはこれだから」
「砂糖も必要だな」
「それ爪楊枝! もーいいから座ってろって」
「むぅ……」

この二人の関係はわからない。わからないが、お似合いの二人だ。そんな風に思う晶だった。


<続く>

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最終更新:2011年01月09日 16:40
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