「ねここの飼い方・その絆 ~九章~」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
ねここの飼い方・その絆 ~九章~ - (2008/11/06 (木) 02:05:33) のソース
雲ひとつなく晴れ渡る青空。何処までも続く草原の中を、若草の香りを帯びた風が飄々と駆け抜ける。 風に揺られる草木の揺らぎと、木の葉や草の靡く音だけが、本来は生き物のいないこの静寂の世界に動をもたらしている。 そこは、絶対に人が手の触れることの出来ない、電子の中にのみ存在する世界。 だが、その架空の世界に降立ち、存在し、其処にこそ存在価値の一部、あるいは全てを見出す者たちがいる。 深緑の緑が支配する世界の中、2つの影がその身を太陽の下に晒している。彼女たちは、華奢な身体にはキラかに不釣合いな、禍々しくも華麗な装備にその身を包み込み、その視線を熱く交差させている。 彼女たちは待っている。始まりの時、戦いの鐘が鳴り響く刻を…… 主の為、己の為に武装し、戦う彼女たちを、人は『武装神姫』と呼ぶ。 *** ねここの飼い方・その絆 ~九章~ 「フン、また同じトコかいな。代わり映えしないトコで退屈やわぁ」 以前と戦った時と同じフィールドを見渡し、軽いボヤきを入れる疾風ちゃん。 彼女は今回、寅型の最大の特徴であるリアパーツを背負っておらず、代わりに朱天を担ぎ上げ、寅型と丑型の武装を組み合わせ完成する高速走行用モジュール・ファストオーガに搭乗している。ただ画面で見る限り色々とパーツが追加・変更されていて、かなり独自の改良を施した機体のようだ。 それからやや離れたところに佇むねここ。 その背中には疾風ちゃんが戻ってくるまでに調整を行った新武装・レッドミラージュを背負っている。 本体である筈のねここ以上のインパクトとボリュームのあるユニットだけど、店長さんの軽量化改造とアイドリングモードのホバー機能のお陰で過重に感じてはいないようだ。ぱっとの見た目は、機体中央上面に装備していた2連装砲をツガルのHEML(ハイパー・エレクトロ・マグネティック・ランチャー)を後ろ向きに折り畳んだ物に換装した分、全体的にややスッキリとした印象になっている。 先程のボヤキ対しては何も言わない。眼を閉じ呼吸を整え、集中しているようで。 今回は選択してこのフィールドを選んだ。わざわざ言う必要もないとは思うけれど、同じだからこその意味もあるし、ね。 『ねここ、準備はOK?』 そして私は、何時ものようにねここに問いかける。 「うんっ☆」 そのつぶらで愛らしい瞳を大きく輝かせ、向日葵のように明るく、それでいてキリリとした笑顔で応えるねここ。 同時にアイドリング状態だったレッドミラージュが本稼動状態に移行し、エンジンが猛獣の雄叫びのような唸りを上げる。 「その音……東杜田やな。うっしゃ、相手にとって不足は無い!」 その音に呼応して、一気にファストオーガのエンジンを吹かす疾風ちゃん。 それまでは風が全ての音を支配していた空間。其処に突如響き渡る、お互いの戦意を示すような大音響。 『試合・開始』 ジャッジAIの人工音声が、開始の合図を下す。 「ねここは……逃げないッ!」 「先ずは、仕掛けるッ!」 スタート合図と全く同じタイミングで、短距離ランナーのような瞬発的ダッシュを掛ける2人。 お互い真っ直ぐに突っ込んだため、一呼吸で接敵。甲高い金属音を響かせながら、一瞬のうちに擦れ違う。 そのままスピードを緩めることなく突き進み、スピードを殺さないように大きな円運動を行いつつ旋回、再び激突する。 更にスピードを上げ、何度も文字通り火花を散らしながらぶつかり合う、両雄。 丸い円に近かった走行軌道もどんどん楕円のような軌道、更に変則的な8の字軌道へと変化してゆく。擦れ違う瞬間、ねここの研爪と疾風の朱天……互いの必殺の牙が閃光をあげるものの、どちらも装甲に浅い引っかき傷を残す程度で、殆どダメージを与えられてはいない。 「フン、前よりはやるやないか。それでこそ叩き潰し甲斐があるってもんやで!」 「もう、最低なんて言わせないんだからッ」 ねここは前回以上の猛スピードを出しながらも激突するが、揺らぐ様子は殆どない。 これは2連装タンデム配置の計4基が装備された炎装殻が過剰なまでの出力と推力を生み出し、モーターユニット“バンチョーmk3”へとチャージングチューブを経由して、ダイレクトにエネルギーが注入される結果、推進ユニットの桁違いの推力に呼応可能な程のタイヤの回転数を維持・運用する事が可能になっているからと言える。下半身への爆弾を抱えているねここにとって、最低限の足捌きの動作だけで高速性を発揮できる、非常に有難いシステムとなっている。 『(それにしても……。店長が組み込んだ制御ウェア、ちょっと異常じゃない……?)』 それはねここに負担を掛ける事のない滑らかな制御。疾風ちゃんが来るまでの間に、多少の磨り合わせをしただけなのにここまで馴染むなんて……ねここの特性と、高機動戦の最適解を知っているかのような動き。 ほんの補助程度のつもりで組み込んだのに、今のねここの能力以上のモノを引き出しているような気さえするほど。 その正体はRMの中央上部、HEMLの基部に取り付けられたシロにゃんがその制御ウェアのコアなのだけれど、彼は無言のまま黙々と演算処理を行っているだけで何も語らない……そんな暇もないからだろうけれど。 「…………今や!」 そんな激しくも、鍔迫り合いが若干単調に近くなりかけた瞬間だった。 疾風は擦れ違った直後に、急激な空中ドリフトを一発で決め、無防備なねここの後姿へと特攻を掛ける。 気づいたねここもターンを行おうとしたが、振り向きかけた時には既に遅く、朱天を斜め様に構え、今正にねここを一刀両断せんと唸る疾風の姿が目前に迫っていた。 「死ねやぁぁぁぁぁ!!!」 そして、激突。 金属の塊が真正面からぶつかり合ったような、重く響く衝撃のような音が響く。 「……セーフ、なのッ」 「なっ!?」 疾風の一撃を受け止めたのは、ねここの鎧ではなく、疾風と同じ、漆黒の重剣。 レッドミラージュの左右に吹流しのように装備されていた筈の朱天が、疾風の朱天を挟み込むようにして、その穂先を広げ受け止め、強烈な必殺の一撃を受け流していた。 「チ、この手にもひっかからんとはなぁ。ホンマに……」 「今度は、ねここの番なのっ!」 何処か嬉しそうな声と共に、朱天を引き抜いて一旦下がろうとした疾風だったが、今度はねここの方が早かった。 疾風が朱天を引き抜く前に、タイヤとスラスターをフルに使ったターンを行い正対するのみならず、そのスピードとパワーのまま研爪を疾風の朱天に叩きつける! メキョリと鈍い音がした瞬間、分厚く重金属で作られた筈の朱天は飴細工の如く捻じ曲がり、次の瞬間、鈍い破砕音と共に真っ二つに折れ砕ける。 だけど朱天が犠牲になったお陰で、疾風本人はファストオーガをダッシュさせ、零距離状態からの離脱に成功する。 「フ……ふふふ。よくもウチの愛刀を圧し折ってくれはったなぁ。本気、みせたるわ……!」 リハビリ戦も兼ねていると言う事を完全に忘れ去ってるようで、完全に目の攣りあがった鬼の形相でねここを睨みあげる疾風。 「チェーンジ・カイザー……クロォースッ!」 疾風のかなり古臭い叫びと同時に、ファストオーガがブロック状にバラバラになっていったかと思うと、今度は疾風の周囲に集い始め、歪なヒトガタを構成し始める。 やがてそれらが再構成を終え再び合体した時、疾風の姿は異形のメカニックへと変貌を遂げていた。 真鬼王をベースとしながらも、肩に炎装殻を追加搭載し、更に背中から雄々しく突き出す2門のインフェルノキャノンを中核として全身に重火器を搭載したその姿は要塞……いや、一昔前の特機……所謂スーパーロボットを連想させる。 「どうやぁ。これがウチの本気、シンキカイザーやで!!!」 まるで王者の様に、堂々と仁王立ちで名乗りを上げる疾風。 『ダサ……』 『ダサいですね』 「ダサいの」 三者の声がピッタリとハモる。 しかも、対戦相手にだけならともかく、自分のマスターにまで…… 「ううう……みんなして勝手な事言いくさってぇ。ウチがカッコいいと思うたら正義なんやぁー!」 最早涙目になりつつ、主砲のインフェルノキャノンを発射する疾風。 「そんな攻撃、当たらないのっ」 ねここが居た地点を正確に射抜く、荷電粒子の束。 直撃すれば一撃必殺の威力だが、愚直に狙っただけでは命中する訳もなく、ねここにいとも簡単に回避される。 「まだまだいくでぇッ」 尚もインフェルノキャノンを連射する疾風。 ねここはそれをローラーダッシュの回転数とスラスターの変則噴射によって、まるで演舞のように回避してゆく。 『(そんな甘い攻撃をするものなのかしら……でも)』 疑問と不安を持ちつつも、飛び込んでみなければ解らない事もある。 『ねここ、ブレード展開ッ』 「りょーかいなのー☆」 先程疾風の朱天を受け止めた後、再び吹流し状に戻っていた自らの朱天が、漆黒の翼のように左右に羽ばたく。 「ブースト展開っ!」 そのまま最大ブーストで一気に肉薄を掛けるねここ。 「掛かった!!!」 カウンターとばかりに、インフェルノキャノンを最大出力で発射する疾風。ただし、迫り来るねここに対してではなく、その左右の空間に向かって。ねここは、自身に直接向けられた攻撃でなかった事が災いし、一瞬判断が遅れる。 「カイザァーバァースト!」 次の瞬間、疾風は全身に装備された火器を一斉に、しかも真正面にのみ向かって乱射! 両サイドを荷電粒子の破壊の壁に挟まれ、逃げ場のないねここに向かい、砲撃が吸い込まれるように集約してゆく。 「くっ!? ・・・とぅうにゃあぁぁぁァァァァァァァァ!?!?!?!」 命中の瞬間、突然高速スピンを始めるねここ。しかもご丁寧に搭載火砲の全てが乱射を始める。 命中しようとした弾は高速回転する朱天に切り刻まれ、ねここのノーコンな弾に撃ち落され、またスラスターの高熱と推力に耐え切れず本体に到達することなく爆発してゆく。 無理矢理に回避運動を行おうとした瞬間、焦りが伝達ミスを生んだのか、何故かスラスターとローラーダッシュが共に制御不能状態に陥り、結果的にバレリーナ以上の高速スピン運動を生み出した。しかも最高速で突進していたため、慣性と惰性のまま疾風へ向かって突進していく形となった。 「チョッ!?」 そのまま見事に大激突。 破砕音と共に右のインフェルノキャノンの砲身がバッサリと切断され、小火器の幾つかも削り取られてしまう。 『相変わらずご都合主義な動きするわね。笑っちゃうわよ』 ちょっと既に声が笑ってるかもしれないけれど、気にしない。 「うにぁ~……勝手になっちゃっただけなのぉ」 まだ眼を回してフラフラしているねここ。 それにしても、絶体絶命の状況であんな無茶な技を繰り出す強運さは、素直に凄いと思う。 『まぁ、運も実力のうちってね。さぁいくよっ』 「いっくのー☆……って、アレ……れ……」 ねここが踏み出そうとしたその一歩が、止まる。 それまではあんなに滑らかに動いていたのに、急に油の切れた機械のような鈍重な動きになってしまっている。 『ねここどうしたの!? まさか足が!』 「足じゃないけど……あッ」 ねここが何か違和感に気づいたのか、頭だけで後ろを振り向く。 そこには、弾の破片の直撃を食らったらしい、白いボディに痛々しい傷が刻まれた、シロにゃんの姿が…… 「夢の時間は終わりのようやな。次はずっとウチのターン!もぅ逃がさしまへんでッ」 砲を失っても尚、強大な戦闘力を残した疾風ちゃんが、ゆっくりとした歩みでねここに迫る。 「ねここは……もぅ……」 ぐっと疾風を見つめ、ねここは……