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第九話 過去からの使者ですわ - (2009/11/04 (水) 13:00:38) のソース
ハロウィンパーティーの翌日、シュバルツバルト 晶が扉を開けるとチリンと鈴の音が鳴った。それに気付いたクロエがカウンター越しに挨拶をする。 「いらっしゃい」 「こんにちは」 店に入ると普通の神姫ショップにはない珈琲の香りが鼻腔をくすぐる。 神姫ショップと喫茶店を併合した神姫カフェシュバルツバルト、ここがクロエの城だ。決して流行っているわけではないが失礼ではあるが人があまりいない静かな雰囲気が晶は気に入っている。晶がいつもの定位置であるカウンター前に腰掛ける。 「今日もいつもの?あれ?サイファは来てないのかい?」 「いつものでお願いします。昨日は激しかったからセンターで精密検査中です。エリアーデもですか?」 「ん?あぁ、エリアーデなら…」 「ここにいますわ」 カウンターの中からエリアーデが顔を出した。 「また貴方ですのね。今日も珈琲だけですの?たまにはもうちょっと単価の高いものでも頼んだらいかが?」 エリアーデの棘のある言葉に晶が微笑んだ。いつもならここでむきになる所だが今日はバイトの給料日という事もあり財布にだいぶ余裕がある。 「なんですの?その笑みは」 「ふふ、今日はついでに何か頼もうかしら?」 エリアーデは少し驚いたが、ある考えが浮かび笑みを浮かべた。それはもう普段見たこともない飛びきりの接客用の笑顔だ。 「それではこちらの私のおススメはいかがでしょう?」 メニューを開き指を指したのはエリアーデおススメメニューであるロブスターを使用したクラブハウスサンド、その値段は時価と書いてある。晶の笑顔が引き攣った。 「え?まさか…でも材料がないんじゃ作れないですよね?クロエさん」 精一杯のSOSしかしクロエはそういう所は鈍い。 「材料はあるよ。食べたければ作るけど?」 「ちなみにおいくら?」 「えっと…八千円くらい?」 「高い!」 「仕入れたのが冷凍物でも天然物だからね。冷凍技術っていうのは偉大だよね。解凍しても冷凍前と遜色ないんだから、どうする?」 クロエとエリアーデの笑顔がまぶしい、しかし八千円は高過ぎる。 「卵サンドでお願いします」 「卵一つですわ」 「はい毎度」 晶に敗北感が襲う。まさか時価のメニューがあるとは恐るべしシュバルツバルト、そしてそれを笑顔で進めるエリアーデ、なんて恐ろしい子。晶の前に珈琲が出される。一口飲むと適度な苦みが美味しかった。 「昨日はおめでとう」 「いえいえ、でもエリアーデがあんなに強いなんてびっくりしました。特にあのイージスなんて、いつの間にあんなの作っていたんですか?」 「まぁ当然ですわね」 「あぁ、あれは古い友人から送られてきてね。作ったからテストしてくれと。自分ですればいいのにね?」 「でも凄いです。あれって元々軍用のものですよね?商品化するんですか?」 「そう、軍用のイージスを縮小して神姫用の武装化したものなんだけど、使う前から分かっていたけどとても実戦向きとは言えないよ」 「何でですか?」 「エネルギーの消費が激しすぎてね。昨日はエリアーデに常に電力供給されている状況だから使えたけど、普通に使ったら神姫の安全装置が働いて強制停止状態に入る。これじゃ一般に出回る事は無いよ」 「でもパワーダウンして」 「そうしたら今出回っているものと遜色ないからね。テストは失敗だよ」 「そうなんですか、惜しいですね。昨日ので結構目を付けていた人いたみたいですけど」 「残念だけど失敗作だからね」 クロエと晶が話し込んでいるとカランと扉の鈴が鳴った。 「いらっしゃいま…せ…」 そこにはリオラが立っていた。肩にはネメシスがいる。 「こんにちは、ニイサン」 「え!?ウソ!ワールドキングのリオラ=アジフ!なんでここに!?それにニイサンって!?」 一人興奮し軽いパニックになる晶、普段の恰好良さの欠片もない。 「隣良いかしら?」 「はい!どうぞ!」 「ありがとう」 晶の隣の椅子に腰掛けるリオラ。 「どうしてここに?」 クロエがメニューを眺めているリオラに問いかける。 「あら?お客さんが店に入る理由はひとつでしょ?用事があるから来たの、私は珈琲、ネメシスは?」 「私は店主オリジナルジェリカンを」 「それをお願い」 「ありがとうございます」 平坦にクロエが機械の様に答える。明らかな不機嫌それを隠そうとしないクロエを見るのは晶は初めてだった。エリアーデも不機嫌だがそれいつもの事だ。いつもニコニコしているクロエをここまで不機嫌にするリオラに興味が湧くがそれを正直に聞くほど晶は図太い根性を持ってはいない。重い空気が流れる沈黙した店内は非常に居心地の悪いもので今すぐにでも逃げ出したいがそのきっかけが掴めない。 沈黙の中、注文した珈琲を口にするリオラ 「…美味しい」 「美味しいですマイマスター」 「それはどうも」 短い会話ののち再び訪れる沈黙。リオラは珈琲を飲み、クロエは傍らに置いてあった新聞を広げる。そして晶は居心地悪そうに下を向きぬるくなった珈琲を飲む。 そんな沈黙を破ったのはリオラだった。 「本当に変わったんですね。ニイサン、昔は珈琲1つ淹れられないほど生活力が無かったのに、ほんの数年でここまで変わってしまうなんて」 新聞を広げたままクロエが答える。 「良くも悪くも人は変わるモノだよ、月日は関係なく。リオラだって日本語が上手くなった。それとニイサンと呼ぶのはやめてくれ」 「え?日本ではこういうのが流行っているのでは?それにあながち間違っていませんよ?」 「リオラ、情報が古すぎる。それに結局そうはならなかった」 「そうでしたね。姉さんは亡くなりましたからね」 「リオラ!」 クロエがリオラを睨み、声を荒げた。静まり返る店内 「すみません」 「いや、こっちこそ悪かった。昔話をしにわざわざ来たのかい?」 「そうでしたね。昨日の話の答えを聞きに来たんでした」 「昨日も言ったように僕の答えは変わらない」 「どうして!?『オルデン』のみんなだってクロエが帰ってくるのを望んでいるわ!それに貴方はこんな所で燻っているべき人じゃない、昨日のイベント見たけどあれは何?遊びにも程が…」 「もういい」 「もういい?何がもういいんです?クロエがネメシスとまた組んだらあんなの…」 「もういいって言っただろう!」 クロエが読んでいた新聞をクシャクシャに右手で握りつぶし、その握り拳でテーブルを叩いた。それでもリオラは止まらない。 「あの程度の神姫など一分で叩き潰せたはず」 リオラの失礼過ぎる言動に晶がキレた。 「さっきから何なんですか!世界一位だか何だか知らないけど失礼にも程があるでしょう!」 「あぁそう言えば貴方昨日のエウクランテ型の神姫のオーナーだったわね」 「そうですけど何か?」 リオラが薄く笑った。とても悪意に満ちた笑みだ。 「あの程度のスピードが最速?まさかねぇ?カタツムリみたいに遅かったわ。そんなのだからエリアーデとか言うノロマな神姫に捕まりそうになるのよ」 「な!」 晶はもうハラワタがマグマのように煮え返り過ぎてもう相手に言う言葉が口から出てこなかった。だがエリアーデはそうではなかった。 「ノロマですって!クロエの過去を知っている程度で調子に乗らないでちょうだい!」 「エリアーデ!……リオラ、ケンカしに来たのなら帰ってくれお代は結構だ」 「あっちの方から絡んできたのよ?それに貴方には『オルデン』に帰ってきてもらわないと、何をしてでも」 「ならばどうする?」 「幸いにもお互い神姫のオーナー同士、バトルロンドで勝負をしましょう。負けた方が勝った方の言う事を聞く。と言うのはどうでしょう?」 「それは…」 「まさか、自分の神姫を信じられないなんてことはないでしょう?」 クロエは何も言わない。何も言えない。ネメシスの性能を知り過ぎているから勝負の結果は火を見るより明らかだ。 「受けますわ!」 何も言わないクロエの代わりにエリアーデが挑戦を受けた。 「ふふ、それでは勝負は明日にしましょう。詳しい時間は今夜にでも、それではクロエ失礼します。あぁそれと、どれだけ時間が経とうとも人は変わりません。そして過去からは逃れられない、特に因縁となった事から逃げた人には」 リオラの帰った後にはエリアーデの怒りが残った。 「クロエ!どうして即座に勝負すると言わなかったんですの!?」 「それは…」 「それは?」 「ネメシスの元オーナーだったからだよ」 「まさか、昔の女だから戦いたくないなんて腑抜けた事言いませんわよね?」 「違う。ネメシスの全てを知っているからこそ戦いたくないんだ。彼女はあまりにも強過ぎる」 「クロエさん?」 「あなた何を言っているんですの?」 「ネメシスは…僕とリオラの姉、メティスがある計画の為に一緒に作った最高の神姫なんだ」