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土砂降り子猫Track-2 - (2007/06/02 (土) 14:48:26) のソース
いくらも経たない内に、雨が屋根を打つ音が聞こえ始めた。 「…止むかなぁ」 「…どうだろうな」 通り雨と言うには降り方が疎らだし、季節的にもまだ早い。 かと言って、傘一本で外に出るにはちと辛そうだ。 …思えば一年程前にも、こんな半端な降り方をしていたっけか。 にゃー共がウチに来た時が、ちょうどこんな日だった。 --- 外から雨音が響く中、俺は浩子サンと向かい合って座っていた。 浩子サンは困った顔で、俺は不機嫌な顔。 二人の間には小さな段ボール箱がある。 この箱が、目下30分近く続いている口論の原因だ。 「…ねぇ、い い で しょ ?」 「だ め だ」 何度繰り返したか判らない問答。 その度に箱からガサガサと音がする。 口の開いたその箱の中身を、俺は努めて見ないようにしていた。 ……俺には解る。見たら確実に負ける。 「なんでよっ!」 流石にキリがないと判断したか攻勢に出る浩子サン。 箱の中身の音が止まる。 「この雨の中にいたのよ!?可哀想じゃない!」 「雨ん中に限らずいっっつもほいほい拾ってくるじゃねぇか!!」 俺も負けじと言い返す。 「ひ、拾って来てるのは慎くんだって同じじゃない!」 …かえって痛いところを突かれてしまった。 確かに。現在までにウチにいる、約半数の「居候」は俺が拾ってきた。それは認めよう。 「だけどな。その世話やらなんやらは、結局俺がやってんだぞ。 浩子サン拾ってくるばっかりじゃねぇか。」 言うと唇を尖らせて、ぷいとそっぽを向く浩子サン。 「ウチ狭いモン。慎くんトコみたく広くないモン。」 いい歳して子供みたいな拗ね方はやめなさい。 「いいじゃない。今更ちょっとくらい増えたって。ねー?」 箱の中身に同意を求めるな。 ………どうしたものだか。このまま平行線で話し続けるのも… 「るっせーな。いつまでグダグダ堂々巡りしてんだ。」 隣の部屋から襖を開けて、真っ赤な髪の小さなサムライが入ってきた。 「今さら一人や二人増えたっていいだろ別に。」 「…ジュリ。いやでもな。」 「でももヘチマもあるかボケ。 どーせ手前ぇの言う世話ってなぁ、人数分のクレードル増やす以外するこたねぇだろうがよ。」 …それがバカになんねぇっつのが判ってんのかコイツは。 まぁコイツの言うように一匹二匹ならどうとでもなるだろうが… 「流石に電気代がなぁ…」 「っかー…なんだいケツ穴の小っさい野郎だねぇ!」 「全くですね!」 「ジュリ姐がいいっつってんだからいいじゃないスか!」 ジュリに続いて隣の部屋からわらわらと沸いてくる、色とりどりの小さな人形たち。 全て我が家の居候…いや、下宿人と言うべきなんだろうか。 「なんだ。また独演会でもしてたのかお前。」 「そんなんじゃねぇ。…ちょっと野良としての心得説いてただけだ。」 ぼそぼそと言い訳がましくジュリが言う。 「ンなことより大家サン。実際にあたしらの面倒見てくれてるのはジュリ姐です。 そのジュリ姐が言ってんのにダメだっつんですかい!?」 自称『ジュリの一番弟子』を名乗る、兎型のファニーが凄んで見せた。 後ろに居並ぶ元・野良の神姫たちも、そうだそうだと囃し立てる。 「…随分と慕われたもんだな」 「………うっせ」 ガラにもなく照れてんなコイツ。 …まぁなんだかんだで面倒見のいいヤツだからなぁ。 と、ふと視線を上げると、先程とは打って変わって勝ち誇る浩子サンと… その手に抱かれた、三体の猫型神姫。 やっべ。目が合った。 「さぁどうするの慎くん?これで皆わたしの味方よ?」 「……くっ…!」 俺は不敵な笑顔で鼻を鳴らす幼馴染よりも、むしろその手の中の神姫達の、上目遣いな目線に怯んでいた。 …畜生。また負けるのか俺は。 「さぁ!」 「ぐっ」 「さぁ!」 「ぬぐっ」 「さぁさぁさぁ!」 「ふぬぐっっ」 そして数分後。 隅っこで膝を抱える俺と、後ろで万歳三唱している浩子サン(+我が家の下宿人ども)がいた。 「……大丈夫。私は慎之介の味方だから。いいこいいこ。」 俺を慰めてくれているのは、浩子サンの神姫、ゾンビ型のモモコだけだった。 今はその優しさが痛い…… --- 「…あー、さて、ウチに置く以上、とりあえずハッキリさせとかにゃならん事がある。」 今、目の前には箱から出されて正座してる三体の猫型神姫と、同じく正座している浩子サン。 ジュリ及び他の神姫達は、隣の部屋へと戻っていった。 「俺はこの家の所有者の都竹慎之介だ。 ここじゃ一番偉い…ことになっている……ハズだ………多分」 先程の出来事で著しく自信を無くしたけどな。 「で、お前さん達、名前はあるか?」 大概にして捨てられていた神姫達は、その時点で人に対する信頼を無くしているので、名前を捨てちまったってヤツは結構多い。 …実際、ウチにいる連中の大半はそのパターンだったりする。 ところが、猫どもは三人で目配せし合って何も言わない。 …うぅむ。やはり信用されてないか。 と、代表なのか内一人が立ち上がって、口を開いた。 「………ガ……ザザ…ザ」 ………何? 今、何か言ったのか? その代表格は、壊れたスピーカーのような声だか音だかを発した後、再び口を閉じて座った。 俺が助けを求めるように浩子サンを見ると、眉毛を八の字にしていた。 俺も恐らく似たような表情だったと思う。 「この子達ね、喋れないみたいなの。 わたしが何度聞いても、さっきみたいな感じでね。」 …参った。 色々と困った連中はいたが、こいつはまた珍しいというか初めてのケースだ。 「これじゃ捨てられたのか単に迷子なのか判らんなぁ……」 「ジュリちゃんの時にお世話になったって言う、高校の時のお友達とかはダメなの?」 縁遠か…あまり頼りたくはないんだけどなぁ…… 「…この際、手段は選べないか。 もしかしたら、何かしら判るかもしれないしな。」 --- その夜、浩子サンが帰宅し、何故だか俺の傍を離れようとしない猫どもを傍に置いて寝た。 視界の隅にいる、一つのクレードルに身を寄せ合って眠る三体の猫型神姫たち。 まだ降っている外の雨音が、先程聞いた彼女らの声になんとなく被って聞こえた。 いやに人懐っこいから野良ではないのだろうか、などと益体も無い事を考えつつ、俺の意識は徐々に遠のいていった。 [[Track-3へ>土砂降り子猫Track-3]]