原罪のレクイエム

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原罪のレクイエム ◆JvezCBil8U



*****


ジャック・クリスピン曰く。

隙間を探せ。


*****


高町亮子、聞仲、エドワード・エルリックの3人は花狐貂から下りた後、人目につかない森の中でしばらく待機をすることにした。
花狐貂に乗り続けてどこか遠くまで向かう、と言う選択肢もあり、エドが興奮してそれをプッシュしたものの結論は却下。
こんな目立つものに乗っていては対空砲火のいい的だし、聞仲の体力もどれほど保つか制限下では不明確。
何より当のエドワード本人の疲労を鑑みて、少しは落ち着く必要がありそうだったからだ。

亮子と聞仲の交代制で見張りながら、エドワードの回復を待つ。
当初は完全に回復するまで動くつもりもなく、しかし場合によってはすぐ動けるよう体制を整える。
もちろんその間に簡単な情報交換も終わらせていた。

三者三様の世界の在り方に困惑し、頭を悩ませ、時には脳をショートさせながらも、
とりあえず自分たちの知らない不思議パワーのある世界と言うことで納得した。することにした。
特に亮子には訳の分からない事ばかりだったものの、エドの錬金術や聞仲の宝貝という能力が実在することははや疑えないのだから。

だから、重視するのは今のところはそれ以外。
人間関係や技術的要素。地理的知識といった物だった。
特に聞仲の言動は、“神”の手の一人である申公豹に関することもあり、一句一字足りとて聞き逃すことは出来はしない。

そして、2時間弱といった所か。

疲労回復とまではいかないものの、エドワードも戦闘に協力できる程度――流石に矢面に立てるほどではないが――には回復した頃。
周囲の警戒をするために斥候を行うことにして、その最初の偵察でのことだった。

大怪我を負った少女を亮子は遠目に見つけたのだ。
いや、それだけではない。
そのすぐ傍で、見知らぬ男二人と一人の少年が何か言葉を交わしていた。

声は届かず、様子を伺ってから協力できるなら歩み出よう、と、そう思ったのだが――、
応酬の最中、男の一人が突然ナイフでもう一人の男に襲い掛かった。

しかし、瞬きするほどの間に全ては決着していた。
ナイフの男の攻撃は、もう一人の男に届かない。
なんともう一人の男は、死に掛けの少女を身代わりにした。
そして彼はナイフの男に鞭の様な何かを叩きつけ――、それで終わりだった。

亮子には、どうしてそうなったのかは分からない。
ただ、どっちの男も危険だと思えて仕方なかった。
機先を制して奇襲を仕掛けた男も、平気で女の子を盾にする男も、傍から見てればどっちもヤバい。

だから気付かれないうちすぐにそこを離脱して、聞仲とエドと、より人目につかない場所へ向かう心積もりだったのだ。
……最初だけは。
一瞬の戦場から離れれば離れるほど、盾になった女の子と、そして呆然とした男の子の表情がチラついて仕方ない。
そして一度気になり始めたらもう、我慢できなかった。
高町亮子のブレード・チルドレンとしての異端さにして信念が、彼らを放っておくことを許さなかった。
だから聞仲たちと合流するとすぐ、彼らに加勢に行く旨を告げて彼らを強引に引っ張り出す。

意外な事に、聞仲はあっさりと乗ってくれた。
どうしてか元々覇気がなくて虚無感すら漂わせている彼のこと、ただ漠然と亮子の勢いにつられたのかもと彼女自身も考え、
その不安定さ故の賛同なら別についてこなくともよい、と告げたのだが。
実の所、彼には彼なりに亮子の話に興味を示す所があったらしい。

それは、迎撃した男の使った鞭について、だった。

その鞭は聞仲の思う通りのものならば、本来は彼の使うべき道具らしい。
……名を、禁鞭。

彼はその武器の特性と威力を、余す所なく亮子たちに語って聞かせた。
そんな重要な、戦力を丸裸にするような――、
軍事機密にも匹敵するようなことを話してしまっていいのかと問えば、彼は苦笑してこう答える。

もはや自分に戦力を口外してはならない理由などないのだ、と。
その言葉の奥に踏み込むことは、亮子にもエドワードにも出来はしなかった。
少なくとも、今の彼らには。

……そして、たとえ武器の能力が知られていようとそうでなかろうと、禁鞭という武器の前には大差ない、と、そうも告げられた。
シンプルで強大なその力は、分かっていてもどうしようもないほどに圧倒的なのだ、と。

だがそれ以上に不気味なのは、件の男が禁鞭を使えるというその事実だった。
その事実が皮膚のすぐ上でぶよぶよと蠢くような、そんな不快感を伴って皆に圧し掛かる。

何故ならば、禁鞭とはあまりにも強力で気位が高い宝貝が故に、生半な力量では扱うどころか持っただけで衰弱死するような代物なのだから。
封神フィールドを張り続けた状態とはいえ、崑崙の主たる元始天尊ですらそれは変わらない。

「もし支給品として与えられただけにもかかわらず、そこまで禁鞭を使えているのならば。
 ……その男は、間違いなく天才だ。
 たとえ制限がかけられたとしても、主足るに見合う才がなければあの禁鞭が認めるはずはない。
 ――警戒して損はないな」

ごく、と、聞仲の言葉に誰ともなく唾を飲み込んだ。


ちなみに、エドワードは文句を言いながらも何だかんだで積極的に彼らに関わる意志を見せている。
良くも悪くも、根っこの所ではお人好しなのだろう。
何となく自分と通じる所があるような気がして、亮子は少しばかり気が安らいだ。
そういえば、病院に彼が訪れたのも自分に警告をするためだった。
少なくともこういう人間が自分以外にいると分かっただけで、希望のようなものが幽かながら浮かんでいる気になれる。

「……なあ、あたし達仲間だよな?」

「この殺し合いぶっ潰す心意気が本物ならな」

ぶっきらぼうなエドの物言いに苦笑するも、それが今は頼もしい。

そして先ほどの死地に飛び込み、場を支配するために咆哮をあげる。

「……ッなに、殺し合いなんか乗ってんだよあんたらぁ……っ!」


―――― 一喝。


さて、次に来るのは何か。
左右の二人のどちらが殺し合いに乗っているのか、はたまた二人ともがそうなのか。
どちらにせよ攻撃が来るのを覚悟し、三者三様に身構える。
亮子はパニッシャーを盾のように構え、エドは即座に土壁を作れるよう両手を合わせ、聞仲は花狐貂を繰り出さんと。


されどそれは、無為と化す。

「わああ待った待った、誤解だ誤解!」

人の良さそうな飄々とした立ち振る舞いの男が、いかにも困ったと言わんばかりに慌ててみせていたのだから。


「……は?」

訝しげな顔をみせて観察すれど、男の風体からは何一つ読み取れない。
特に、腕の中の少女がそのあやふやな印象を際立たせている。
誰が見ても分かる大怪我を負っており、自分で動くことなど出来そうもない。
人質にも思えるが、助けるために抱えているようにも見えるのだ。

「あたしは高町亮子。こっちはエドワードと聞仲。……あんたは?」

構えた武器を下ろすことも出来ず、さりとてこちらから仕掛けることも出来ず。
一見敵意はないように思えるが、どうしたものかと思案にくれる余裕もない。
気を抜いたら奇襲されるかもしれない状態ではとにかく主導権を握って会話をし続ける必要がある。
だから、とりあえず名乗るのだ。
もしこの男が本当に殺し合うつもりがないのなら、余計な事で関係をこじらせたくなどないのだから。
そしてこの男が殺しあうつもりなら、人質であろう少女の身が危ないのだから。

「オレか? オレは……秋葉流っつってよ、そこの蒼月潮の、まあ、保護者っつーか、時々面倒見てるような感じだな」

流、と名乗った男は遊びに誘うかのような気楽さで膝をついたままの少年に振り向き、なあ? と確認を促した。
それはまさしくよく知った間柄でしかない所作であり、嘘を吐いている印象は全く感じられない。

「え? あ、う、うん……。間違っちゃいねぇけど、よぉ……」

うしおと呼ばれた少年は、僅かに沈黙したあと力なさげに、何かを堪えるようにそう答える。
その目線は、流という男と、もう一人――、
やはり瀕死で転がっている青年の間を交互に行き来して、そして縋るような瞳で亮子たちへと顔を向けた。

その様子から、何となく事情を亮子は察する。
確かに嘘はついておらず、保護者のような存在ではあるはずだ。
うしおの肯定の言葉からも、流という男を信じたくてしょうがない、そんな願いが感じられる。
だが、転がっている男をその様な状態にしたのも、間違いなくこの男だ。

「あんた……っ」

ぎり、と歯の根を噛み合わせて詰め寄れば、少女を抱きかかえる様にして後ずさる。
その様は確かに善良な兄貴分そのもので、

「だ、だから言ってるだろ。誤解だよ誤解。
 殺し合いなんざ乗ってねえって、確かにそこの男を返り討ちにはしちまったけどさ」

本気なのか、嘘なのか。
泥水を入れた風呂の底が覗けないように、何一つ見通すことは能わなかった。

ぼりぼりと頭を掻きながら、参ったとばかりに流は嘆息する。

「そこの男がな、企んでたんだよ。
 集団に入り込んで、隙を見せたら一網打尽――ってシナリオをな」

「……そ、んな。ほんと、なのか? 蝉兄ちゃんが……?」

力ない声で、認めたくなくて、だけども流の言葉を信じたくて。
そんな矛盾した想いがうしおの口から漏れ出てくる。

そんなうしおの方に向き直り、流はすまないとばかりに頭を下げる。
戻した頭には、申し訳なさと少しばかりの悔しさを絶妙に入り混じらせた表情が匠の業で彩られていた。

「うしお、俺があんなことするわきゃねえだろ?
 ……お前ならいくら騙されててもぜってえその男を庇うだろうからな、俺が悪役になるしかなかったのさ。
 まあ、確かにちょっとノリノリになっちまって酷い事言っちまったけどよ」

――そこで、はじめて少しだけ頬を綻ばせる。
この仕草と表情が計算と演出によるものなら、流は役者としても充分やっていけるだろう。

「俺は悲しいぜ、演技だって見破ってくれなくてよ。
 ……自分の体を見てみてくれよ。証拠にお前には怪我一つ負わせちゃいねえじゃねえか」

「あ……」

はっとして、思わずうしおは体を抱きしめる。
だけど一度折れた心は流を疑ってしまい、うしおにはそれが物凄い哀しかった。
流を信じたくとも信じきれず、信じたところでそれは蝉を疑うことになる。

苦しくてこころが痛くてしょうがないけど、それでも流が許してくれるのなら、それはまさしく感動の場面。
真相が明らかになり、悪役を買って出たそのいじましい想いも報われ一件落着、めでたしめでたし。

それをコンプリートする為に流が口を開こうとした、その瞬間。

「百歩譲ってそれが本当だとしてもだ。
 何故、お前にそこの男が計略を企てていると分かった?」


ぴくり、と、流がその動きの全てを止める。

言葉の主は、聞仲。
かつて、殷の太師と呼ばれた男だった。

沈黙。

沈黙。

沈黙を三度重ね、ごう、と風が吹き抜けた。
木の葉が擦れる音が空気を満たし、重く苦しい威圧が地面から滲み出す。

「あァ、それはなぁ……、」

苦笑し、流が肩を竦める。

余りにも空虚なその苦笑に、禁鞭での一撃に警戒を警戒を重ねたその瞬間。


「――――!!?」


聞仲の目の前に、胸にナイフの刺さった、白眼を剥いて血反吐を吐き散らす少女があった。

「な、」

思わず両手を突き出し受け止めようとすると、その瞬間少女が加速。

背骨の折れる、ごき、という嫌な音とともに、“少女ごと”殴り飛ばされた。
自分には脇腹への一発という、オマケつきで。

「か……!」

吹ッ飛ばされるその瞬間、エドワードの叫びが届く。

「バカ、下がれ……ッ!」

やけに長く感じられる浮揚の間隙にそちらを伺ってみれば。

――流は既に、禁鞭をふりかぶっている。
高町亮子がパニッシャーを慌てて流に向けようとするも、自分と少女の存在を気にして撃てず。
そんな亮子を守るために、エドワードが必死になって防壁を作り上げているところだった。

三人と流とのそれぞれの間に、無数の壁が屹立する。

が、がが、が、と、ものの数発で岩の群が打ち砕かれるのを確認した所で、砂煙を立てて地面に墜落した。


秒の時間すら、保たなかった。

*****


簡単に説明するならば、流は禁鞭が警戒されているのを逆手に取った。

肉の盾にしていた愛沢咲夜を、ブン投げたのだ。
それが人一人分の重さを持っているとは信じられないくらいの剛速球。
恐るべきはその身体能力だ。
その踏み込みは投げた肉の盾に追いつき、一撃叩き込む事すら可能とする。

自分が危険人物として警戒されてるのなら、都合のいい人質を最大限に利用するのは非常に理に適っている。
そしてそれが相手が思いも寄らない形なら、対応が遅れるのもまた道理。
特に命を粗末に、ぞんざいに扱う場合なら尚更である。

人質をとって、脅すのではなく。
ただのモノとして、投擲する。

相手が思わず助けようということを一瞬でも考えてしまったならば、充分すぎる隙が作り出せる。
肉の盾を一番厄介そうな男に投擲したらその背後に隠れて接近し、それごと先制の一撃をブチ込んでやればいい。

女とガキは大した手間じゃない、あえて言うなら女の得物に撃たれれば厄介ではあるが。
女の細腕では即座にあのデカい得物を振り回すのは不可能だし、ガキの方は全くの無手。
どちらにせよ、禁鞭を叩き込む方がよほど早い。

要するに、蝉の時と全く同じ展開だった。

亮子たちは主導権を握っているつもりで、その実いつの間にか流のペースに乗っていた。乗らされていた。
聞仲が流に切り込んだとて、それも充分想定されていたこと。

そして、蒼月潮。

少年は、悔しかった。
なのに、何も出来なかった。

何故、彼は動かない?
どうしても流に攻撃できないから?
流一人と殺しあいたくないから、みすみす他の人間を危険に曝したのか?

いやいや、そんな事はない。
うしおは本当に真っ直ぐで、だからこそ純粋すぎるきらいがあるけれど。
やっぱり、誰一人傷ついて欲しくないという思いを強く強く持っていて、その為なら自分を盾にすることも厭わない。

だから、流と戦いたくないという理由以上に、彼の行動を阻むものが一つ。
それは動かないのではなくて――、

「う、ごけねぇよ……! 流兄ちゃん、オレに、何したんだよォ……」

「今更気付きやがるなんて鈍いにも程があるぜ?
 さっき何の為にぺちゃくちゃクソつまんねえお喋りに付き合ってやったと思うのよ。
 テメエを結界でグルグル巻きにして、ちょっとやそっとで動くことが出来ねえよう仕込むために決まってるだろが」

それは独鈷などの基点となる武法具がない為に広域に張れはしないものの、ヒトを束縛するのには充分な多重結界。
獣の槍を持たない今のうしおを押さえ込むなど、造作もない代物だった。

加えて人質と、禁鞭と、話術。そしてタイミングと呼吸。

使えるものを徹底して使い機先を得続けることで、自分自身への被害を避けて一方的に攻撃する。
なるほど、実にシンプルかつ合理的。かつ、大胆。

まさしく秋葉流は、天才だった。


唯一誤算があったとすれば――、

「へぇ……、面白い技使うじゃねえか、チビジャリ」

「誰が豆粒どチ……! ……ッ、これでも、修羅場は相当くぐってきてるんでな。
 あんたみてえな卑怯な事する奴だってそれなりに出会ってきてるのさ」


エドワード・エルリック。

彼の用いる錬金術の防壁さえなければ、3人ともミンチに変えられていたものを。
小ささを揶揄するあからさまな挑発にブチ切れそうになるのを押さえながら、エドワードは冷や汗をかく。

「エド……、ごめん」

「……死んでなきゃそれでいい。それより今は切り抜ける方法をフル回転で考えろ!」

亮子の謝罪は、助けられたことへ向けたもの。
もしあの時少しでも流の方に踏み込んでいたならば、エドの練成した岩ごと無残な有様になっていただろう。

「禁鞭、か。くそ、さっきのヤローといいこいつといい、ホムンクルス以上の化け物ばっかりかよここは!」

本気で、マズい。
もし少女を投げつけられたのが自分だったのなら、まず間違いなく練成が間に合わなかった。
しかも、岩を盾にしてもあまりにあっさりと砕かれる。
聞きしに勝る恐ろしさの源は、実際に相対して身に染みた。

「……だが、付け入る隙はある」

「聞仲……、平気なのか?」

無言で頷き、少女をそっと横たえて立ち上がるのは禁鞭の本来の主。
金鰲島最強と歌われた実力者は、核融合を超える自爆や千倍の重力でようやく有功打を与えられる程の猛者。
肉の投擲と拳の一撃でくたばるほどに弱くはない。

「やはり私ほど使いこなせている訳ではない。
 使っても数秒……十秒未満で、暴れ始めるているな?」

「……よく見てやがるじゃねえか。なるほど、こいつはお前さんの武器ってことだな。
 道理でそこのチビガキの対策が周到すぎる訳だぜ」

「テメ……!」

それは如何ともしがたい経験の差。
聞仲が全面的に信頼を置く腹心、張奎ですら禁鞭をまともに使うことは出来ないのだ。
つまりは、使い始めてからの約9秒さえ耐え切れば、再始動するまで付け入る隙が生まれてくる。

――だが、その9秒が果てしなく、長い。
本来スーパー宝具の威力は、僅か数秒で焦土を作り出すことすら出来るのだから。

「あんたはきっと、この鞭をすげえ苦労して使いこなせるようになったんだろ?
 それがどうだよ、オレはちょっと触っただけでもうこんなんだぜ」

げてげてげて。
嘲笑が嫌に耳に障る。

「オレは、何でもできちまうのさ」

心外だが、聞仲は認めざるを得ない。
自分の三百年以上に渡る研鑽の日々。
肉が腐るほどに修行を積んだ過去。

「あんたなら、もしかして分かるんじゃねえか……?」

それら一足飛びに超える速度で禁鞭に認められつつあるこの男の脅威を。
そしてこの男が、自分とどこか似ている匂いを漂わせていることを。

「これ程僅かな時間で武器として実用できている。
 ……大した才覚だ、天才と言ってもいいかもしれんな」

だが、その賞賛ですらある言葉を聴いたとたん、流の顔からニヤニヤ笑いが消え失せた。
凄まじい鬼の形相をほんの一瞬だけ浮かばせ、吐き捨てる。

「オレは天才なんかじゃねえ」

ゾッ……、と、その圧だけで亮子は鳥肌が立つのを実感してしまう。
だから、声を振り上げる。

虚勢を張って、張り上げて、そしてその勢いをホンモノにする為に。

「こいつは……、この男は、野放しにできないよ。
 聞仲、禁鞭ってのを取り返せばあんたなら使いこなせるんだろ!?」

「そうだな」

「……上等! どうせ逃がしてくれるつもりはなさそうだし、逃げられる気もしないし。
 取り返すんだ、殺し合いに乗った連中の戦力が減ってこっちの戦力は増えて一石二鳥!
 幸いこっちは3人いる、どうにかしてやろうじゃない」

「ったく、しょうがねぇ。その賭けに乗るしかねえか」

ガシガシと頭を掻きながらも腰を低くし、準備を整えるエドに苦笑してパニッシャーを構える。
その銃口は、しっかと流の体へと向かう。

「口では何とでも言えるよなァ、嬢ちゃん。
 いいぜェ、やってみろよ。やれるんならな」

ごく、と余裕綽々の流に息を飲む。
頼りの戦術は突入前に聞仲が立案した作戦。
本来の持ち主である彼だからこそ見つけ出せた突破口。
こういう状況を想定し、禁鞭の脅威を取り去るために備えておいたものだ。

だが、それでも足が震えそうになるのは変わらない。
なにせ一撃でも当たれば死は確定。
ブレード・チルドレンとはいえ、足が速い以外はなんら特殊な能力も持っていない亮子は間違いなくこの中で最弱だ。

だが、それでも、譲れないものがある。

ツンツン髪の生意気な少年の顔を思い浮かべ、呼吸を整える。

大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、さん、にぃ、いち、と声に出さずに数えた。
流に仕掛けるタイミングを読ませないためだ。

On Your Mark,

Get Set,

Ready――


「GO!」


亮子の掛け声とともに、時を同じくして3名が一列に並び走り始めた。

先頭を行くのは聞仲。次いで亮子、エドの順番だ。
だが、第一陣を仕掛けるのは先頭の聞仲ではなく、最後尾のエドワード。

ぱん、と両手を合わせ、練成するのは無数の針山。
一部が崩れると用を成さなくなる壁ではなく、硬度を練り高めた針を無数に向かわせることで、
防御力の上昇と攻撃を同時に行うのだ。
ネーミングは当然というか、微妙なものだったが。

「貫け、ハリセンボン!」

だが、既に流は涼しい顔で禁鞭を振り終えている。
ただの一撃で針の殆どはあっさり砕け散った。
木の根や土塊が舞い散り、泥の粉が鼻に入ってくしゃみをしたい衝動に駆られる。

「温ぃなあ」

「……まだだあっ!」

汗を迸らせ、疲弊の苦痛を押し殺してエドワードが剣山を強化。
僅かに残った針の一部が、禁鞭を挟むように急激に肥大。
砕け散った針の残骸を全て飲み込んで、悪趣味な彫刻の施された2列のレイラインが檻の様に取り囲む。
休憩で得た僅かな体力など、台風の中のビニル傘よりあっさりとどこかへ行ってしまった。

「だからどーしたよ」

禁鞭の先端がブレると柱全てがひび割れ、一瞬で粉微塵に。
勢いを僅かに弱まらせただけだ。
稼いだ時間はそれぞれコンマ秒単位でしかなく、前後合わせても精々が2秒弱、いや、それにすら満たない。

「……クソ、後は頼んだぜ」

だが、次に繋げる事は出来た。
ただでさえレガート戦の疲労が残っているが故に、エドワードはそこで膝をつく。
吐き気を堪え、苦しさの涙で滲む視界で以って、それでも流を見据えることを止めはしない。
最後の力でこちらに向かう禁鞭と自分たちとの間に、未開の民族の呪術に用いられるような巨大な像を作り出し、蹲った。

「邪魔臭、ぇ……?」

風船が弾ける速度で像の四肢を砕き、脳天から股間までを断ち割る。
そこまでは全て未来予想図の通り。
だが像の向こうにはひとつ、流の予想だにしない光景があった。


「花狐貂……!」

――二番手、聞仲。

像を砕いてすぐ彼の脳漿を撒き散らそうと思っていた流には、本当に伏兵としか表現しようがなかった。
エドワードの時間稼ぎの間に10mもの大きさに伸張し終えた鯨のオブジェから、なにかがひしゃげる無数の激突音が、が、がが、が、と響き始める。
刹那の間だけ何十何百に重なって聞こえた音は、即座に滝の落ちるような連続した一音に変化した。

その裏、流からは目の届かぬ領域で、高町亮子が加速する。

疾走。

疾走!

(……っし、あたしが行くまで耐えてくれよ……!)

――亮子からの報告を聞いたそもそもから、聞仲は件の男が禁鞭を制御できる時間は殆どない、と想定していた。
仙人界ですらまともに使えるものは殆どいないスーパー宝貝。
ここに招かれいきなりそんな物を手渡されたとて、たとえ三大仙人であろうと認められるには時間が到底足りない。
むしろ、数秒もの間制御できる流が異常すぎるのだ。

しかしそんな異常な事態にすら思考が及ぶのが殷の太師としての聞仲だ。
剛性と弾性を兼ね備え、熱兵器や光学兵器すら弾く頑丈さを持つ花狐貂の装甲。
だから数秒を、無理矢理耐え切る。制限された禁鞭ならば一発や二発なら耐え切れない筈はない。
それができずとも、花狐貂に隠れ、回り込み、至近の死角からパニッシャーの銃撃を食らわせる。

亮子は誰かを殺す覚悟なんて持ち合わせてない。
それでも、被害が広まらぬよう立ち向かう覚悟はある。
だから、至近距離から流に致命傷を与えない角度で、流の手か禁鞭本体を撃ち抜く。
そうすれば流石に禁鞭を手放さずにいられまい。
近づかなければいけないのは、中遠距離からの銃弾やロケットランチャーは、禁鞭で叩き落される可能性があるからだ。

――範囲全体に満遍なく襲い掛かってくるようでいて、禁鞭の攻撃は目に見える大部分が目眩まし。
だから、ほんのわずかな間ならば、それを掻い潜って近寄ることは出来るはず。

だが、それでもあまりに危険すぎる。
聞仲は、最初は禁鞭の男を仕留める様指示したのだ。
わざわざ相手を生かすなどと高い難度の選択肢を選ぶより、殺した方が安全を確保できる。
それにパニッシャーの殺傷力は充分すぎて、むしろ殺さない方が難しい。
だが亮子は頑なにそれを拒み、どんな殺人鬼であっても生かす事を曲げなかった。

彼女がこの戦術の仕上げを志願したのは、だから当然なのだ。

それがブレード・チルドレンという呪われた運命に反逆するものとしての、彼女の在り方だったのだから。

「――通る!」

目標はちょうど花狐貂の目の前にいるはず。
だから花狐貂の外周から少し離れた円周コースが、流の死角になっているはずだ。

ざぁ、と五月雨の打ちつけるような音とともに、花狐貂がボロボロと崩れていく。
破片が手榴弾のように高速で飛散し、亮子の右肩に浅い切り傷を作った。
さしもの巨体すら上下左右に揺さ振られるその有様は、人間など掠っただけで死を免れない事を否応にも想起させる。

怖い。
亮子は、その感情を正直に顔に出さざるを得なかった。

それでも薄暗い森の中、木の根を踏みしめ石を蹴飛ばし腐葉土を撥ねさせ走る。
翔けて、駈けて、駆けて、そして――、

「ただの時間稼ぎかよ、つまらねェ」

想定していたより遥かに早く。
半壊してもなおそびえ立っていたはずの花狐貂の巨体が、あっさりと空に放り出された。

ふわり、と、まるで紙風船で遊ぶように跳ねて、あっという間もなく小さな小さな元の大きさへ。
音もなく、静かに転がった。

「え?」

まだ、道程の半分も達していない。
一気に開いた間隙に、見つかってはならない男の姿があった。
手には未だに禁鞭が健在。

流と亮子の目と目が、合う。

ぐにゃあ、と、その目を見た瞬間、亮子の世界は捻じ曲がる。

この時、亮子の号令からは僅かに4秒強。

パニッシャーが打ち据えられ、白い破片が鳳仙花のように割れ散った。
亮子ははじめて己の身一つで空を飛ぶ。


*****


それは、花狐貂を操っている時に突然起きた。
聞仲の体が突然、がくりと沈んだのだ。

「な、」

先ほど拳を食らった脇腹が全身の動きを一瞬掌握。
力が入らず、聞仲ほどの仙道であろうと1/100秒単位だけ花狐貂の制御を失った。
それだけで禁鞭が花狐貂を打倒するには充分すぎる時間だった。
下から上へ、花狐貂が天に跳ね飛ばされる。

その向こうに見えた流は、蕩けるほどに破顔していた。


――不動金剛力。

法力のこもった流の拳を一度でも受ければ、力はどんどん漏れ出て行くのだ。

理解。
秋葉流は、間違いなく天才だ。

黄飛虎が、人間を超えた力を持つものだとするならなら。
レガート・ブルーサマーズが、人間の力を限界を超えて無理矢理引き出すものだとするなら。
秋葉流は自分と同じ、人間の限界そのものを遥かな高みに更新し続けるものなのだ。

「くぅ、」

聞仲の目の前には招かれざる客、幾十にも分身して見える禁鞭の先端が迫っていた。
着弾。
あまりにも禍々しいその威容に、自分が撃破してきたもの達はこんな代物に立ち向かってきたのかと奇妙な敬意と感動すら覚える。



視界が白く、染まった。



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