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原罪のレクイエム(後編)

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原罪のレクイエム(後編) ◆JvezCBil8U



ああ、もう終わりか、と、流は奇妙な喪失感を覚える。
本気を出してみたい、と、流は虚しい寂寥感を感じる。

この心に吹く風を止められるのは、やはり“あいつ”しかいないのか、と。
その“あいつ”を思い出そうとした瞬間、目の端に何かが映るのを確認した。

そちらを見て流は、ほんの少しばかり目を見開く。

ありえない筈の人影が、静かにこちらに歩み寄ってきていた。

禁鞭で以って、打ち倒さんとする。
いざ、薙ぎ払わんとする。

*****


蝉は、自分のアパートの台所にいることを自覚した。

窓の外は夕方だ。
車が排気ガスを撒き散らす音、部屋の中にいても聞こえてくるおばちゃんの話し声、
季節外れの石焼き芋屋の拡声器、子供たちが野球か何かを仕出かしている騒ぎ、
遠くから聞こえてくる何かの鳥が鳴く響き、そして、ほんとうに小さな泡の弾ける音。

目の前にはしじみを入れたボウルがあって、ぷかりぷかりと二酸化炭素を吐き出していた。
しじみの砂抜きだ。

蝉は、この光景を眺めているのがとても好きだった。
落ち着くのだ。穏やかな気分になる、と言い換えてもいい。
呼吸という現象が目に見えるだけで、命というのが確かにあることを実感できる。

「ああ、ずっとこうしていてえなあ」

「残念だけどな、そりゃ叶わねえ相談だ」

いい気分が、一瞬で消え失せてしまう。

「岩西」

――気がつけばそこは自分のアパートではなく、見知った岩西の事務所に切り替わっていた。
当然のこととしてそれを受け止め、蝉は不機嫌に憮然と告げる。

「依頼か?」

西日が射す部屋の中で、疑問に対する応答は予想外のものだった。

「知らねえよ。俺はただ忠告に来ただけだ。
 ジャック・クリスピンも言ってるだろうが、人生から逃げる奴はビルから飛んじまえ、ってな」

「は?」

何が言いてえ、と、困惑よりも不快感を表して眉根を詰める。

「取ったんだろ? 依頼。俺のいねえところでよ」

「ああ……」

そんなこともあったなあ、とようやくその事に思い当たる。
あの医者からの依頼は、結局どうしたんだったか。
途中で投げ出したのかもしれないし、あるいは失敗したのかもしれない。
いずれにせよ依頼を遂げることは出来なかった、それだけは確かだ。

「依頼を受けたんならちゃんと最期までこなせよ。
 そうすりゃ、少しは俺の自慢になる」

ふざけるな、と、蝉は思う。
依頼の完遂がもう出来ないのは分かりきっている。
どうしてかは知らないが、それだけは分かるのだ。
それに、いちいち岩西の言動は癇に障ってしょうがない。

「なんでてめえの為に俺が動かなきゃならねぇんだ、俺は人形じゃねえよ」

最期までなんて表現など、まるで自分が死ぬその時まで依頼をこなし続けろと強要しているようだ。

「馬鹿野郎、そうじゃねえ。俺が勝手に自慢に思うだけだ。
 そもそもおまえは、ずっと前から自由だろうが」

散々こき使ってきてそれかよと、蝉は憤慨。
だけど、顔に出すだけで何も言いはしなかった。
岩西に背を向け、入り口へ方向転換。

「見せてくれよ。俺がいなくてもお前が依頼を一人で受けて、最期までこなそうとするその姿をよ」

決めるのは蝉自身だ。
岩西は、ただそれだけを告げていた。
決断という行為は、人形には出来ないのだ。

「ち……」

一歩、歩みだす。
行き先は決まっている。面倒にも程があるが、しょうがない。

「なあ蝉」

岩西に言われたから向かうんじゃない。

「なんだ?」

これは、自分で決めたことなのだから。


「負けんなよ」


*****


「殺すな、殺すなよォ! 命はひとつしかねえんだぞ! 殺すなよ、もう戻ってこねえんだよ!
 やめろよォ……! 流兄ちゃんもそっちの人たちも、殺し合いなんてやめてくれよォ!
 死にたがるような真似なんて、しちゃあいけねえんだよ!
 殺すなよぉ、殺すな、殺すなぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!
 なんで誰かが死んじゃったら、その誰かも周りも悲しいだけなんだってわかんねぇんだよぉぉぉ!
 馬ッ鹿野郎ぉぉぉぉぉおぉぉぉ!」


蒼月潮が、何かに向かって泣き喚いていた。

蝉が起き上がるその前から、ずっとずっと誰にも聞かれない訴えを繰り返し続けている。
正確には蝉一人がしっかり聞いていたのだけど。

こいつはよく分かっているな、と、蝉は素直に感心する。
ただ、殺しちゃいけないって所には仕事柄賛同は出来ないけど。
だけど、その意見の根っこにあるものには、大いに共感できるのだ。

ああ、そうだ。
命は誰にも一つしかなくて、失ったら二度と戻ってこない。
男だろうが女だろうが、年寄りだろうが子供だろうが。
例えば、そんな理由で特定のカテゴリの人間だけは殺さない、なんて言ったら差別になるんじゃないだろうか。
たった一つの命は誰とだって対等なのだ。平等ではないかもしれないが。
この程度の当たり前のことを今の時代、こんなご時勢、実感すらせず無意味に生きている連中が多すぎる。
流されながら考えることを放棄して、誰かの言うなりに動くだけで。

そんな連中は、ほんとうに生きているのだろうか。


頭の中がいやにすっきりしすぎていて、何か大切なものがどんどん削げ落ちているのだろう、と見当をつけた。
目に映るもの全てが静止画のようで現実味がなく、その分どんな微細な変化でもはっきりと捉えられる。

一時期話題になったスカイフィッシュというのがあったが、その正体はハエやカとかの羽虫の残像が写真に入り込んだだけらしい。
今の蝉には目に映る全てがそんな残像を残してゆっくりと動くように感じられる。

「うしお、自分を信じて対決していけ」

音もなく近寄って、それだけを告げた。
ぷっ、と口の中に溜まった血を吐き出せば、砕けた内臓の欠片が思ったより大量に零れてくる。

「……蝉、兄ちゃん? 生きて……」

その先の言葉を聞く事無く、蝉はその通り名に相応しい、飛翔する速度で暴風の中に突っ込んだ。


5秒。


秋葉流が目端にこちらを捉える。
躊躇わず鞭を振るい、五月雨のよりなお多く間断なく、何十何百もの鉄槌が降り注ぐ。

流しそうめんみてえだな、と、蝉は思った。


6秒。


その流しそうめんの、全てを掻い潜る。
流を挟んだ反対側では、信じられないといった面持ちでこちらを眺めている誰かの姿が見えた。
どうしてそんな顔をしているんだろうなあ、と蝉は疑問を持つ。
こんなものよりドッジボールを避ける方がよっぽど難しいのに。
少なくとも今の自分にはそう感じられる。

7秒。


どうやら向こうの連中よりもこちらに興味が湧いたらしい。
薄笑いを浮かべた秋葉流が真面目な表情となり、そして鬼の形相となって、3人へ回していた分まで流しそうめんをこちらに打ち付けてくる。
対岸は、完全に手透きになったようだ。

「ああ」

だが遅い。
すでに自分は、流の首根っこを掴める位置にいる。


8秒。


そして、急激に目の前に黒ペンキがぶち撒けられた。
体がいきなり、動かなくなった。
口の中にとうとう、鉄臭い味が広がった。
全くもって、唐突な限界だった。

「しじみに生まれ変わりてえな」

言い終えた直後。
ぱん、と、軽快な音とともに蝉の頭蓋、鼻から上が弾け飛んだ。

脳ミソとか、眼球の水晶体とか、真っ白な骨とか、リンパとか、脂肪とか、表皮とか、髪の毛とか、
たくさんのいろんなものが咲いた。

ぱくぱくと、しじみのように何度か口を開けては閉じ、蝉だったものは前のめりに倒れ込む。
それきり、ぴくりとも動かなかった。



――――9秒。



【蝉@魔王 JUVENILE REMIX 死亡】




「蝉兄ちゃぁぁああああぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁん!!」


うしおの叫び……、いや、嘆きと時を同じくして。
禁鞭が異常な動きでぶるぶると震え、流の手からすっぽ抜けた。

*****


「……くぅ、」

顔を僅かに流はしかめ、そしてほぼ同時に察知する。

「好機――――!」

バックステップで禁鞭直撃のダメージを軽減した聞仲と、疲労しつつも一撃も食らってはいないエド。
まだ動ける二人による挟撃だ、両者とも既に攻撃態勢に入っている。

亮子から弾き飛ばされたパニッシャーを空中で強引に掴み取り、砲口を向けて引き鉄に手をかける聞仲。
そして大地より無数の岩の手を創造せしめ、こちらを叩き潰さんとするエドワード。

禁鞭を失った時点で両者の織り成す完璧なる連携、必中必滅の斉射を許せばいくら流でも対処は出来はしない。
たとえどちらを潰そうと最早、この場における命運は確定してしまうのだ。

「おおおぉおおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉおぉぉ……!」
「らぁぁあああぁぁぁああああああぁあぁぁ……!」

聞仲とエドの烈覇の雄叫びが重奏し、命運を確定させるその時を招き寄せる。
先んじるはエドワード・エルリック
岩の手の群で包み込み逃げ場を完全に奪う初手。
直後の聞仲のパニッシャーで詰みだ。

両手を地面に捺して願えば、土の色の森林が屹立し――、


「土は黄、黄は中なり、節なり人なり。木剋土、木気を以って土を剋す。方角北西より東南へ」


――いくら努力しようとも、いくら偶然に恵まれようとも、なお天才による蹂躙という命運は、覆されることはない。
希望を込めた斉射が日の目を見る事すらなく、圧倒的な奸智と暴力に踏み躙られるという命運は。


「は?」 

エドワードの練成した岩の群が、流を華麗にスルーした。
傍らを通り過ぎては知らぬ所で存在を確定させ、多くは木々や草本に突き刺さって静止した。
そのうち一つが聞仲への直撃コースを取り、聞仲は慌てず回避するも銃口の狙いをブレさせる。


「光覇明宗単独滅殺封印」


そして、聞仲の耳に流の紡ぐ呪言が突き刺さった。


「弧月――――」


数え切れない三日月が、聞仲とエドワードにどす、どすと杭打っていく。



三日月にぶち当たるごとに、脳を揺さぶられる衝撃が体を走る。
そして三日月は接触した場所に固定され、動きを完全に束縛するのだ。

秋葉流の法力行使は陰陽五行思想に基づくもの。
故に五行に精通する流には、五行のいずれかの属性を強く備えた攻撃は通用しない。
全て逸らされ、撥ね返されるのみだ。
例えばつい今しがたなどは、土の気を持つエドワードの攻撃に対し、周りの木々そのものである木気にて軌道を変えたのだ。

そして、弧月。
それは打撃と封印拘束を周囲全体に対し行う、光覇明宗の法力僧でも天性の才あるものにしか使えぬ術。


禁鞭も策も言動も結界もなにもかも、なにもかもがこの為の布石。
拾った道具に頼ったとて吹く風が止むことなどない。
最初っから秋葉流にとって、己の力を出す事以外の目的にして手段などありはしない。
最初っから複数同時に攻め込んでくるそのタイミングに弧月を叩き込む、それだけが狙い。

聞仲がくの字に体を曲げて沈黙している。
エドが仰向けに空を向いて動かない。
亮子はただただ静かに横たわるのみ。
うしおは顔面を涙でぐちゃぐちゃにして、殺すなと叫ぶだけ。
咲夜は虫の息で、もう目覚めることがあるのかすら不明確。
蝉は何も語ることなく死んでいる。

立っているのは、流だけだ。
たったひとりで6人相手を、傷一つつくことなく圧倒した。


「言っただろ?」 

何度でも言おう。
秋葉流は、天才なのだ。


「俺にできねえことは、ねえのさ」


「流……兄ちゃぁぁん……」

うしおの声に頬を緩めながら、流は脳ミソがくっついたままの蝉の頭蓋の欠片に足を乗せ、ぐりぐりと踏み躙って嘲った。
そのままゆらりと、流は三日月に囚われ動けぬ聞仲の前に立つ。

「なあ」

呼びかけに聞仲は無言を返す。
それに全く気を害す事無く、独り言のような調子で淡々と静かに、どこか遠くを見ながら流が語る。

「さっき……言ったけどよ。お前にゃオレと同じ匂いがするんだわ。
 空っぽになって、何もできることがなくて、心の中に吹く風を止められねぇ……。
 有り余る力も存在意義も、全部が全部無駄に思えて道に迷ってやがる」

返す言葉も、何もなかった。
聞仲はこの時はじめて秋葉流という男を確認する。

自分達をうちのめした筈のその姿は、禍々しい薄笑いを浮かべているのにあまりにも哀しげに感じられた。
どこを見ているか、という事にようやく気付く。

あらぬ方向を向きながら、流の目だけはしっかと蒼月潮に向いていた。

「……お前、ホントはすげえ強ェんだろ? だったら、手ェ抜くなよ。
 オレをあっさりブチ殺すくらいしてみせろよ。惨めじゃねえのか!?
 こんな最ッ低の卑怯者にコテンパンにされてよォ!
 本当は……、自分の力を信じたくてしょうがねえんだろが。
 なりたかった理想の何かがあるんだろうがよ……!」

聞仲が思い浮かべるのは若い風。
理想と聞いて思い浮かべたのは、かつての殷と敵の長。

ああ、そうなのか。
聞仲は理解した。

この男は、その眩しさに耐え切れなかったのだ、と。
夢幻のかつての殷に、自分が歪んでしまったように。

「……あァ、残念だぜ。
 お前が本気で立ち向かってくれてたら、オレは……」

ふ、と息を吐き、そこで言葉を切ると続きを告げることはない。
そして、一拍。


「んじゃ、殺すわ」


まったく唐突に、流の拳が聞仲の顔面にめり込んだ。


「……!」

引き抜くと同時、ぶ、と聞仲が鼻血を噴き出す。

「ひゃ……、ひゃひゃひゃ、」

殴った。
殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。殴った。

肩を、顔を、腹を、足を、脚を、腕を、掌を、首を、肘を、胸を。
その剛力で、人体の考えうる全ての場所を殴り抜いた。

殴るたびに聞仲の体が震え、弧月の拘束すら流自身の手でひしゃげさせられていく。


「ァアひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ひゃひゃ!
 ひゃぁぁひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!
 ひゃァはははははははははははははははははははははは、
 ははは は  はは    は は    はは は
    は  は  は はは    は  はは   
 はは  は     は     は   は
  は     は    は  は   は  は
 は  は は  は は    は   は   は
   は    は    は    は   は
 は    は       は はは      は
  は   は  はは は      はは  は
         は   は は        は
 は  は   は  は    は  は  は  
   は  は     は は   は  はは  
 ははは は は は は  は      は は 
 は   は      は はは はは   は は
   は  は   はは      は  は  は
 は  は   は   は   は  はは は は
   は  は      は   は  は  は 
 は     は   は  は  は     は 
 は   は   は   は は  は は    
   は  は   は はは   は   は  は
 は  は は  は   は  は   は  はは
   は    は    は  は は はは   
 は  は はは  は   は  は  は  はは
    は   は   は  は  はは は   
 は  はは  は は   は  は  はは はは」

哄笑が次第に狂笑へと変じ、は、の一音ごとに拳が突き刺さる。
拳の壁、突きのラッシュ。
誰かの奇妙な冒険でよくある光景が、再現されていた。




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