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この世の果てで恋を唄う少女YU-NO(上)

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この世の果てで恋を唄う少女YU-NO(上) ◆JvezCBil8U



《 Ayumu Narumi -神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの- 》


何もかもを冷たい白に染める冬の足音が、確かに近づいてきている。
一足早くに同色に染まる吐く息は、掌に当ててみれば確かな温かさをそこに感じる。

――俺がまだ生きてここにいる証。
けれど数秒も待てば熱は霧散し、ただ刺すような大気が身に凍みた。

この手を取るものは誰もいない。
俺は、一人でここに立っている。

高みを仰げば白亜の建物の頂きに、鷹のような男が鎮座している。
鋭い眼光はまるで獲物を狙うかのように俺を射抜いていた。

用意万端、これでこちらの準備は整った。
ポケットを叩き、そこにあるモノを確かめて、一息。

視線を更に上げ――、暗雲渦巻き始めた曇天を見据えた。
紫色にも似た、何とも言えない不吉な空だった。

「……寒いな」

利用し、利用されるだけの関係。
結局のところ俺はそんな関係の中にしか落ち着くところが無いらしい。
いや、分かっていて自らその中に飛び込んでいく。

……それさえも違うか。
俺は、自分が利用されるに足る価値を、何もないところから生み出すために立ち続けている。
誰かを利用するための通貨を、錬金術の様に捻り出す。
俺が一人で笑う限り、俺の論理は証明され続けるのだから。

だから俺は、誰からの手も振り払おう。
支えるものもなく、この先に続く足場が今すぐにでも、ふっ、と消えてしまいそうでも――、
それでも運命が変えられるのだと、足掻く事で示すんだ。

「くそ……」

だけどそれは、利害の一致のみの繋がりよりなお苦しい事だ。
使い道という言葉は、遍く人に逃げ道を残す。
依りかかるべき柱があれば、何もかもの重さをそこに押し付ける事が出来る。

左肩が軋んだ。
ここに来る前、グリフィスと名乗った男の言葉が伸しかかる。
前を見据えれば、未だ顔も知らない天野雪輝我妻由乃の影に呑み込まれそうになる。
ずきずきと痛み続ける傷に手をやれば、ぐちゅりという湿った音とともに赤い汁がこびりついた。

脆いな、と声に出さずに口の動きだけで呟く。
そう、人は簡単に死ぬ。
俺も兄貴も義姉さんも、結崎ひよのも誰も彼もが終わりは避けえない。
そしてその訪れはいつも突然だ。
ミズシロ・ヤイバが兄貴に殺された時も、彼は己の死を全く信じられなかったらしい。

今すぐにでも自分は消えてもおかしくない。
そんな、吐きそうになるほどの緊張感は、たとえどれだけ場数を踏もうと絶対に消える事はない。

……怖い。
そう、俺は死が怖いんだろう。
俺は決して超人なんかじゃない。
たまたま奇矯な構図に配置されただけの、何一つ持たない人間だ。
論理を頼りに蜘蛛の糸に飛び付いているだけの、どこにでもいる存在だ。
今までの事件と比べてもとびきりに異常なこの状況で、おかしくならないのが信じられないくらいなんだから。
生まれた世界の常識や物理法則の通じないこの異界は、論理に縋るしかない俺にはあまりに心細い。

死者の蘇生に、未来予知、バラバラの実。摩擦係数0の肌に、ひとりでに飛ぶ矢。
住み慣れた故郷ではありえない現象――未知という名の恐怖。

殺し殺され、奪い奪われ、犯し犯され。
交わす言葉は常に相手を出し抜こうとする謀りで、全てが生き延びるというお題目のもとに正当化されてしまう。
委ねられるのなら、狂ってしまった方が楽だと心から思う。

自分を取り囲む風景が、今にもおぞましい殺戮と肉欲の狂宴に変わってしまいそうな錯覚を抱く。
それこそ、取り乱して泣き喚いてしまいそうになるほどだ。

思えば、安藤と出会った事は不幸中の幸いだったのだろう。
誰かが俺に望む姿があるならば、俺は平然とした顔でやせ我慢する事が出来る。
だからこそ俺は、ここまで進むことが出来たんだ。

それでもそろそろ、泣き言が漏れてしまう頃合いかもしれない。

土屋キリエは死んだ。
竹内理緒も死んだ公算が高い。

彼女たちと共に過ごす時間が二度と戻らないという喪失感。
もう怒った顔も、悲しそうな顔も、笑った顔も、まだ見た事のない表情も闇に葬られた。
他愛ない会話さえ、新たに交わすことは出来はしない。
彼女たちが剥落した後に残る空洞は、他の何で埋めることも不可能だ。

それが――死。
己の死は自らに永劫の無をもたらし、他者の死は周りの人から故人との未来を奪っていく。
それは人が毎日を一生懸命に生きる理由でありながら、後悔と悲しみ、そして孤独を運命づける。
遺されたものは、想い出だけで自分を慰める事しか許されない。

できるなら俺は、今すぐにでも短くも濃密だった彼女たちとの時間を振り返りたかった。

なにより――、ミズシロ・火澄の死。
あれは、ことのほか俺の精神を軋ませていたらしい。

何故なら俺は、確かにあいつに共感を――それ以上の繋がりを感じていたんだから。
臭い言葉で言うならば、多分それは友情というものだったんだろう。

加えて、どうやら俺は馬鹿げたファンタジーを少なからず頼りにしていたようだ。
自分と火澄は誰にも殺されないという幻想を砕かれた時の動揺は、正直言語化するのは難しいだろう。
あまりにあっけない火澄の死は、数えるのも嫌なほどに脳内で繰り返されている。
いつしかそれは、登場人物が俺に挿げ替えられた映像になっていた。

具体的すぎるにも程がある俺の死が、そこにあった。

……もちろん俺は、自分が絶対に死なないなんて慢心は一度も抱えていたつもりはない。
自分がファンタジーのごとき構図の下に配置されていると知らされる前、俺は常に自分の命を張ってブレード・チルドレンと相対していたんだから。

けれど世界という概念が土台から崩れた今、俺はそんな構図に縋ってすらしまいそうになっている。

まったく、無様で笑える話だ。
……また怯えで体が震える。

まだまだ俺は甘い。
この場所では、構図というルールすらも本来は疑わなきゃならない。
なのに今そこに固執するのは、ただの現実逃避だ。

分かっていても、分かっているからこそ、ひたすらに心細い。

一人の少女の姿を思い浮かべる。
俺は、無性にあいつに――、


パン、と頬を打つ。

俺は元々、あいつを手放した上で独り生き続けなければいけないんだ。
頼りにならない幻に今から寄り掛かっても、示せるものは何もない。

策はいくつかあるし、実際に手も打った。
この取引だって、横槍でも入らない限りはまず無事に終えられるはずだ。
天野たちからは少し気になる情報が入ったが、あれから連絡がない事を見ると恐らく問題はクリアできたのだろう。
連中が何か企んでいる可能性もあるが、それらについても秋瀬との検討の上で対応済みだ。

ここを乗り切ればひと段落といったところだろう。
……だから、かもしれない。

「この一件が終わったら、あいつに連絡でもしてみるか……」

これは先を見据えた連絡網の強化の為。
確かなメリットを不自然なほどに意識しても、心の奥底に押し込めきれないものがあった。
少しでも俺なりのいつも通りを取り戻そうと、抱いてはならないはずの甘えを自覚する。

らしくない。
鳴海さんは私がいなければ何も出来ないんですね、と、そんな声を聞きたいなんて、実に不覚だ。
まったく、頭が痛いにも程がある。
……そして、そんな頭の痛さに少しだけ落ち着きを取り戻している自分が、余計に悔しい。

「あまり放置プレイが過ぎればうるさいだろうしな。放送が終わった後にでも……、な」

たとえ死が二人を別とうと、誰にも奪われないものはある。
けれど、それは別として――、

……あいつが死んでなければいい。そんな事を想った。

そして俺は、足を踏み出す。
学校という名の狩り場へと。




《 Yukiteru Amano -Novus Deus Pater- 》


僕の背後から飛んできた声は、頼もしいながらも正直あまり心臓によくないものだった。

「そこで止まれ。ユッキーに近づく前に、一つしてもらわなきゃいけない事があるわ」

雲行きが怪しくなり始めた空の下、だだっ広い校庭のど真ん中。
そこに立つ僕を挟んで、背中には由乃、視線の先には茶色い髪の少年が立っている。
校門で立ち止まった僕より少し年上の彼が、きっと鳴海歩さんだろう。
彼は僕に目を向けてから、すまんな、と口にして視線を僕の更に後ろに向けた。

「……その物騒なものはしまってほしいんだけどな。
 まあ、言っても聞きそうにないか」

……由乃がどんな顔で彼を迎えているか想像がつくだけに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
僕としても頼りになる人がもっと欲しいのに、どうして由乃は、ほんとにもう……。

「ご、ごめんなさい……」

「ユッキーは謝らなくていいよ。だって、これは当然の自衛なんだから。
 銃じゃなくて剣を持ってるのが最大の譲歩。
 銃に怯えたあんたに無差別日記を持ち逃げされても困るしね」

由乃の言っている剣とは、僕が自分の支給品から渡したものだ。
由乃は銃より刀剣の方が使い慣れているし、あんな物騒なものを由乃に持たせたら交渉が成り立たなそうだったんだ。
いざという時の為に銃は僕が預かったけど、剣を僕からの贈り物だって喜んでくれた由乃にはちょっとだけ複雑。
……今度何か贈り物をするときは、もっといいものをプレゼントしたい。

「……OK、とりあえず話してみてくれ。
 それと順番が逆になったな。あらためて自己紹介をしておくよ。
 鳴海歩だ、よろしくな」

鳴海さんは頭を掻きながら礼儀正しく名乗ってくれる。
由乃に睨まれてるのに実に堂々としていてすごいと思う。
こう言うのもなんだけど、流石由乃が警戒するだけはある。
こんな人が力になってくれたら確かに心強いはずだ。
だから僕もどうにか笑みを作って、頭を下げた。上手く笑えてるといいんだけど……。

「え、えっと……天野雪輝です。よろしく……」

「よろしくする必要なんてない。
 でしょ、カノン・ヒルベルト?」

いちいち言動が挑発的な由乃に胃がキリキリする。顔も引き攣ってるかもしれない。
……さっきの取引時間の変更といい、由乃は何を考えているんだろう。
最終的には殺し合いになるにしても、協力関係を築いている間はメリットの方が大きいって来須さんや9thの事で知っているはずなのに。
もちろん裏切られた時はツラいけど、その時に由乃を信用できるからこそ僕は仲間を求めてるんだ。

……そう、僕は由乃を信じると決めた。背中を任せたんだ。
だったら今は、目の前の事に集中しよう。

「まったく……、意地が悪いな。
 素直に身元は明かしたんだし、容赦してほしいよ。
 俺だって想定外だったんだ、死んだはずのカノンがここにいるなんてな」

はあ……、と、心なしに付いた溜息が思ったより大きくて自分でも驚く。
鳴海さんが大人で助かった、っていうのもある。
だけどそれ以上に、きっと彼の語った内容に安心したんだ。
ムルムル達から話には聞いていたけど――、

「誰かを生き返らせる事は、やっぱり可能なんだ……」

――さっきまで寝ていた時、僕は夢を見ていた。
由乃にも話していないけど、多分その夢はきっといいものじゃなかったんだと思う。
思いだそうとすると良く分からない恐怖が湧き起こる。
その度に記憶の詮索をやめてしまう、あのイメージは何なんだろう。

崩れ落ちるタワーと、シーツの掛けられた担架。
ぽつんと乗せられた、母さんの眼鏡。

ズキン、と脳の奥の奥が痛んだ。

そして――神社。神社だ。
そこで僕は穴を掘って、望遠鏡を、包丁、質屋、柄杓の水、約束……。

駄目だ、と無理に蓋をする。
正確に思い出してしまっては――いけない。
神社に行ってはいけない。
行ってしまったら僕はきっと、今の僕じゃなくなってしまう。

「耳を貸したら駄目ユッキー、情報提供する事でユッキーを取り込もうとしているよそいつ。
 ……そんな無駄話はどうでもいいの。さっさと無差別日記を置いてこの場を退きなさい。
 その為にも――、」

……きびきびとした声なのに、由乃の声はとてもあったかく僕の心に沁み入っていく。
だから僕はすぐに、ここに立ち戻ることが出来るんだ。
眼を見開けば、遠くの鳴海さんが肩をすくめて由乃の話を聞いている。

「あんたの持ってるもう一台の携帯電話。
 それを、校門の上に置きなさい。私たちに見えるようにね」

……ここまでは、予定通り。
由乃と僕がもう一台の携帯電話の存在を聞いて真っ先に警戒したのは、ある可能性についてだった。
つまり、その携帯電話が新たな未来日記の可能性がある――ということ。

疑いすぎかもしれないとは思う。僕だって、仲間になってくれるかもしれない人にこんなことはしたくない。
けれど、それが未知の未来日記だとしたら、能力が分かるまでは放置しておく訳にもいかなかっだ。
そもそも携帯電話があるというだけで危険だって由乃は主張する。
今の携帯電話はボタン一つで連絡を取れるから、土壇場で仲間を呼ばれても厄介だって。
もちろん三台目の携帯電話を所有している可能性もあるけど、それは大した問題じゃないという。
肝心なのは、相手がそれを手放すかどうかを見極めること――こちらの意思をどれだけ飲み込むのか、という話らしかった。

「了解だ。これでいいか?」

その言葉が来てすぐに、鳴海さんはポケットから見覚えのない携帯電話を取り出す。
……まるでこの展開をあらかじめ知っていたみたいだ。
彼は内心、どう思っているんだろう。
顔には何も出てなくても、もしかしたらすごく焦ってるのかもしれない。
だってどう考えても携帯電話の存在は知られない方がいいんだから。
どちらにせよ、動揺のあまりに由乃を暴走させかねない言動が飛び出ない事を祈る。

「時間がないわ。さっさと交換を終わらせましょう。
 その為に時間を早めたんだしね」

わざわざこっちの指示にしたがってくれたのに、一向に険の取れない由乃の声が耳に痛い。
淡々と作業をするかのような口調は、僕でさえ何を考えているのか読み取ることが出来なかった。
――さっきみたいに。



ここに至る前、電話で最後の交渉を行った時の事を思い出す。
あの時はこちらから連絡を取ったんだけど、それは雪輝日記にこんな予知が表示されていたからだった――。



11:50
校庭でユッキーと鳴海が出会った瞬間に変な男が乱入してきたよ。
いきなりユッキーたちが動けなくなって、無差別日記が変な男の手に渡っちゃったよ。
どうしようユッキー。


12:00
ゆ、ユッキーが突然消えちゃった……。
ウソでしょ、ユッキー。日記があんなのに破壊されちゃうなんて。
ねえ、出てきてよ、ユッキー。
笑ってよ、ユッキー。
ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー、
ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー、
ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー、ユッキー……。

 】

由乃がじっと文面を眺めていたのが、やけに強く印象に残っている。
何を考えているんだろう――。
自分の死の表示に取り乱すこともなくそんな事を考えられるくらいには、僕も場数を踏んでいた。
けれど、いきなり由乃がすごい勢いでどこかに電話をかけた挙句、

『取引場所への第三者の襲撃のせいで、“12:00”にユッキーが死んじゃうって予知が出ているの。
 だから取引開始時刻を10分早めたいんだけど。
 あんたの言った放送に近い時間ってメリットも多少は享受できるし、問題はないでしょ』

コール音が終わった直後に一気にそんな事をまくしたてた。
早口で一気に用件を伝えていたのは、多分相手にペースを握らせないためだったんだろう。
それに気づいて僕が電話相手を把握した直後、その予想を裏付ける声が受話器から漏れてきた。

『……やれやれ、いきなり無遠慮だな。
 第三者の介入の有無が分かるなら、もっと早い時間でもいいんじゃないか?』

鳴海さんは絶対に呆れてたけど、その言葉は即座に交渉モードに切り替わっていた。
内容も的確で、僕も疑問に思っていた事だ。

『下手に予知を書き変えるより、できる限り既定の未来に沿った方が安全なの。
 あんたはどうなの? 同意する?』

『……了解だ。その案に乗るよ』

成程、と僕も納得。
と、同時。
ジジッと恒例のノイズ音がして未来が書き変わった。

スムーズに交渉も終わり、僕もほっと一息ついた所で――、

『何を企んでいる? 取引を10分前にする事でのあんたの利点は?』

由乃はむしろ、鳴海さんの素直さを疑っていた。
どうしてこうなんだろう、本当に。
僕たちは由乃に振り回されてばかりだ。

『そっちから話題を振ってきたってのに、疑り深いんだな。
 もっと余裕を持たせても大して変わらないだろ?
 むしろ、あんまり早くにされても備えを膨らませる事ができなくなるしな』

眉を詰めて渋い表情をする由乃だけど、上手い反論が思い付かなかったらしい。
それから二言三言交わして電話を切ると、再度二人で雪輝日記を覗き込んだ。


書き変わった未来は、確かに僕の生存を証明していた。
けれど、もうひとつ大事な――、


『私を信じて、ユッキー』

より一層浮き彫りになった不安を拭うように、僕の手を握った由乃。

『ユッキーの無事は保証されてる。だから大丈夫、ユッキーは生き延びるよ。
 でも、ごめんね。ほんとうにごめんね。
 ユッキーには苦しい思いをさせちゃうかもしれない……』

言葉も僕を安心させるようなもので、傍から見れば勇気づけられているのは僕にしか見えないはずだ。
けれどあの由乃が、いつも我が道を行く由乃が、珍しく頼りなげな顔を見せていた。
……多分それは、書き変わった予知内容が原因だったんだろう。
僕は、こんな由乃の表情を見ていたくなかった。
だから僕の手でそれを消し去ってあげたくて、思うままに言葉を紡いたんだ。

『……なにか考えがあって、こうしたんだよね?』

『うん……』

『だったらいいよ。うん、平気だ。僕は、由乃を信じてるから』

にこりと微笑むと、由乃の頬が可愛らしいピンク色に染まった。

『ユッキー……』

えへへ、とはにかむように微笑み返すと、由乃は確かにこう言ってくれた。

『ありがとうユッキー、絶対に……ユッキーは“私が”守るからね』

……この笑顔の為なら、ちょっとくらいの痛みは我慢できる。
今思い出してみても、そう思う。



「そうだな。襲撃が分かっている以上、こんな所から早く撤退したいのはこっちも同じだ。
 ま、それなら場所を変えても良かったとは思うけどな」

「下調べした地の利を手放すほど愚かじゃないの。
 それに、あんたこそそれを思いついたなら無差別日記をどこか別の場所に置いて、私を取りに行かせるとかも出来たはずでしょ。
 そっちの方がずっと安全なのに、どうしてそうしなかったの」

――気がつくと、僕を放置したまま由乃と鳴海さんの舌戦はどんどんエキサイトしていた。

「それは思い付かなかったな。あんたのその発想力、是非仲間に引き入れたいよ」

鳴海さんが気を使って少しでも場の雰囲気を良くしようとしているのに、

「ふざけないで。あんたがそれを思いつかないはずがない。
 時間のことといい、交換手段といい。
 ……いちいちユッキーに媚びる意思が見えて反吐が出るわ」

由乃は全く聞く耳を持ってくれない。
打算に満ちたギスギスした雰囲気が、辺りを包む。

「正解だけど、酷い言い様だな……。
 余計な事をさせて心証を悪くしたところで、協力関係を築く障害になるだけだろ?
 別に一緒に行動しろとは言わないさ、時折電話で情報交換をする程度の繋がりでいい。
 それに、だ」

こほん、と鳴海さんが言葉を仕切り直す。

「あんたを単独行動させるよりは天野の近くにいてもらった方がいい。
 それがあんたの望みだろうし、天野の望みでもあるだろうしな。
 ついでに言うなら、場所を言った時点で撃たれるのだって御免なんだ」

……多分恋人として、という意味じゃなく、ストッパーとして、という意味なんだろう。
確かに由乃なら無差別日記を回収した後、鳴海さんの背中を撃ちかねない。
けれどそれでも、由乃の口撃をひとまず収めることには成功したみたいだ。

「……ふん」

由乃が口を噤んだのを肌で感じ取って、長く静かな溜息をもらす。
目を開けてみれば、鳴海さんが大変だなとでも言わんばかりに苦笑していた。
愛想笑いを返しつつ、頭を下げる。
……何故か知らないけど、この人にはとても親近感を感じる。
由乃の扱いといい、もしかしたら女性関係で相当苦労してるのかもしれない。
だからきっと、仲良くなれると思う。

そして僕は、交換に臨む。
願わくば、無事に終わりますように。


雪輝日記を鳴海さんに渡す直前、念のために僕は歩きながら最後の確認をしておくことにした。
もちろんそれは、予知の内容についてだ。雪輝日記にはこう記されている。



11:40
予定より早く来た鳴海とユッキーが日記の交換をしてるよ。
あんなヤツにもしっかりと立ち向かうユッキーに見惚れちゃった。
雪輝日記を渡したことで申し訳なさそうな表情を私に向けてくれたけど、そんな顔しないでユッキー。
すぐにこの手で取り返してみせるからね。ユッキーの動向は誰にも監視させないんだから!

11:50
乱入してきた二人の男がユッキーを狙ってる!
一人はユッキーたちの動きを糸みたいなもので操ってる。
ユッキーが無理矢理筋肉を動かされて凄く痛そうな顔してるよ。
……こうなるのは分かっていたけど、あの男だけは許せない。
もう一人はそんなユッキーを助けに来たみたい。
見事にユッキーを抱き抱えて糸男の射程距離から逃れたよ。
無事でよかったユッキー。

12:00
件の男がユッキーにやけに馴れ馴れしく近づいて放送を聞いてる。
ユッキー、こいつを仲間にしたいって、どうして?
乗せられちゃ駄目、ユッキーの側にいるのは私だけでいいんだから。

 】





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