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お約束の大切さは一度なくなってみないとよくわからない

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お約束の大切さは一度なくなってみないとよくわからない ◆Yue55yrOlY



歴史を感じさせる古ぼけた木製の湯口から、無色透明な熱い湯が溢れだす。
傾斜が付いた玉砂利の道を通って流れ落ちた湯が、まるでミニチュアの滝のように湯船に叩きこまれると
水流が砕けて飛沫が舞い、もうもうと白い湯気が湯殿に立ち昇る。

浴室の内装は一部天井が破れ壁も半壊しており、ほとんど露天風呂とも言える風情であったが、それでも屋内は屋内。
凍えるほどにまで冷えた外気温に抗するように、玉石が敷き詰められた湯船の辺りには一メートル先も見通す事が
出来ないほどの白くうっすらとした湯けむりが、立ち消えもせずに籠っている。

しかし、そこに一陣の微風がそよぐ。
外界から流れ込んだ風が、僅かに湯気という白きヴェールを剥がすと、広い湯船に一人ぽつりと背中を向けて浸かる
細身のシルエットが現れた。
ただ細いというわけではない。
目を凝らしてよく見てみれば、しなやかな野生動物を思わせる引き締まった筋肉の存在に気が付くはずだ。
特に二の腕などにはまったく贅肉が存在せず、同世代の人間ならば思わず嫉妬混じりの吐息をもらすことであろう。
濡れた髪が張り付くうなじから、肩甲骨のラインに沿って曲線を描きながら一滴の雫が伝い落ちる。
人影が動いたのだ。
影は、湯船に浮かぶお盆を手元に引き寄せると、そこに載せられた五つの湯呑に手酌でとっくりを傾ける。
湯の香りに混じり、米から醸造された酒独自の香気がふわりと広がった。

一つ一つの湯呑に、ゆっくりと酒が注ぎ込まれていく。
そうして、やがて全ての湯呑に酒を注ぎ込み、陶器同士の奏でる軽やかな音を都合四つ鳴らし終えると、
影はその手に持った湯呑を口元へと運ぼうと――

「ん?」

したところで、何かに気付いたように“こちら”に振り向く。
と、たちまちのうちに、その表情が不機嫌そうに歪んだ。

「オイイイイッ! 今日びの読者様がそんな二番煎じで騙されてくれるかっつーのっ!
 バレバレだろーがぁ!?
 俺ァー銀は銀でも、かげろうお銀じゃねーんだっ!!
 映すんだったらきっちり女の子のサービスシーンでも映しやがれっ!」

その場には誰もいないというのに、湯を掻き分け、形相を変えて男は……銀時は“こちら”に近付いて来る。
ざばざばと、揺れる湯のせいか画面が歪み、男の姿は次第に像を結ばなくなる。
そしてドアップで何かが映り込むほどの距離まで近付くと銀時は怒鳴る。

「ハイッ! カメラさんちょっと時間巻き戻してェーーーッ!
 番組名は『由美かおるさん、これまで200回以上の入浴シーンお疲れさんっしたァーーーーッ!! 記念スペシャル』
 で、お二人さんあとよろしくぅーっ!
 キュキュキュキュキュッ! キューッ!!」

タイトルコールと共に“こちら”に向かい、ビビシッと銀時は指を突きだす。
すると、徐々に周囲が暗くなっていき

――――暗転。




川のせせらぎのような音が、絶えることなく流れている。
その正体は贅沢に、そして潤沢に湯船に供給される源泉掛け流しの湯の奔流である。
憩いの一時を演出する風流な調べに、しかしこの温泉客が気付く事はない。

麻痺毒に犯された己が肉体を癒す間も、同行者の安否を気遣っているのか。
その特徴的な眉毛は焦燥に歪み、今にも湯船から飛び出しそうな――

『イヤ、戻りすぎだろォーーーッ!?
 どこまで戻ってんだ!?
 リテイク、カット2ーー!!』


――――再度、暗転。




かぽーん

「はぁー、ごくらくごくらく、ですねぇー」

沙英と向かい合わせに座る少女が、蕩けたような声を出す。
湯船の中で心底くつろいで手足を伸ばす、この少女の名前は関口伊万里。
殺人者たちからの逃避行の際、犠牲となってしまった少年と機械に黙祷を捧げた後、改めて仲間となった少女だった。
一覧して判るように、名簿にそんな名前は載っていない。
その、あからさまに怪しい少女とこうして一緒に風呂に浸かっているのは、別に女同士、裸の付き合いで絆を深めよう
などというわけではなく……この温泉の効能が、麻痺毒に侵された沙英の解毒に効きそうだったからである。

「沙英さん。あとで背中の流しっことかしましょうねぇ」
「う、うん……」

整った顔立ちをだらしなく緩ませた目前の少女を見ていると、脱衣場での事が思い出されて、沙英の顔が赤く染まる。
敵の攻撃で、麻酔に掛かったかのように体の感覚すら失った沙英は当然、身動き一つとる事が出来ず……
この少女の介助で服を全て脱がされてしまったのだ。
それも普通に脱がせてくれればまだいいものを、一々こちらの羞恥を煽るように
「うわぁ、沙英さん、脚長くてキレーですねー」
だの、
「とってもスリムで羨ましいです」
などと服を脱がされるたびにスタイルについて無遠慮に論評され、あげくの果てには
「……な、なんだか、お人形さん遊びみたいで興奮してきちゃいましたよ……
 はぁはぁ、沙英さん大人しく脱ぎ脱ぎしまちょーねー」
などと血走った目で言われては、沙英としても到底安らかに体を預ける気になどなれるはずもなく、
この正体不明のふざけた少女に自分を簡単に預けてしまった銀時に、恨みごとの一つも言いたくなったものである。
まぁ、確かに悪い子ではないとは思うのだが……

(ううん、今はそんな事気にしてる場合じゃないんだ、うう、忘れる……忘れれば……忘れろ……忘れて……
 忘れた……忘れよう……忘れな……っ!? いやいや、忘れるんだって……)

この島に来てからというもの、もはや座右の銘ともなった言葉を、沙英は呪文のように脳内で唱え続ける。
一方、そんな風に顔を紅潮させている沙英の様子を見て、関口伊万里こと、結崎ひよのも小首を傾げて声を掛けた。

「大丈夫ですか? 沙英さん。
 湯あたりしそうなら、一旦お風呂から上がったほうが……」
「ん? う、うん、まだ大丈夫だよ。あんまり時間無駄に出来ないし……少しでも早く毒抜きしなきゃ……」

そう、こうしている間にも、ゆのが危険にさらされているかもしれないのだ。
いつもであれば、風呂からあがる頃合いにまで温まっているのだが、まだ体は痺れている。
沙英はわずかに身じろぐと、額に当てた濡れ手ぬぐいを押し上げる。

「そうですか、無理はしないでくださいね。
 私はちょっと失礼して……」

ひよのは湯船から立ちあがると、髪の毛を纏めるために巻いていた手ぬぐいをほどく。
栗色の長い髪をふわりとなびかせて沙英の隣まで移動すると、そのまま風呂の縁の岩盤にぺたんと尻を下ろした。

その動きに釣られるように、沙英はちらりと少女を見上げる。
半壊した壁面から僅かな光が注ぎ込む大浴場の中、薄手の手ぬぐいで無造作に前を隠した裸身が白い稜線を描きだす。
湯から上がって、ホゥと吐息を漏らすその横顔は、幼さと大人びた貌が同居しているようで、あらかじめ同い年だと
聞いていなければ年上なのか、年下なのか判断がつかない不思議な印象を受けた。

「……ねえ、聞いてもいい? なんで偽名なんて使ってるの?」

名簿で参加者の名前が公表されている以上、偽名なんて使ってもすぐバレるし、無駄に信頼を失うだけなのではないのか。
しかも日本人の女の子っぽい名前は現時点でも相当少なくなっているし、放送が入れば更に特定しやすくなるかも知れないというのに。
その沙英の疑問を、ひよのはいたずらっぽく笑って受け流す。

「ですけどそれって、主催側が用意した情報を信用した上での判断ですよね。
 私の名前なんて、そもそも載っていない可能性や、
 この島に存在しない人の名前が載っていて、存在している人の名前が載っていない。
 そんな可能性だってあるのに」
「それは……でも、今までだって名簿に載ってない人と会った事なんてないし、放送でだって……あっ……」

そこまで喋ると、放送もまた、主催側からの情報でしかない事に沙英は気付く。

「……ふふ、嘘ですよ。一つの可能性を提示しただけです。
 実際には私を特定出来る名前が名簿には記されていますし、名前を偽るメリットよりもデメリットのほうが
 大きい事は認めます。
 でも……それでも、私には正体を隠さなければいけない必要があるんです」
「正体を……隠す必要?」

一転、表情を変えて深刻な顔になったこの少女に、どんな秘密が隠されているというのか。
沙英は思わず息を呑み、ひよのの次の言葉を待つ。

「はいっ! それは……最愛の『彼』に心配をかけたくないからなんですよっ!」

「……彼……いるんだ……?」

上気する頬に両手を添えて、気色悪く体をくねらせる少女の姿が、そこにはあった。
そしてそれをどんよりとした瞳で見つめる少女の姿も、そこにはあった。

「ええ、ようやく私の想いを受け入れてくださいまして……『彼氏彼女の関係』だなんて言われると照れちゃいますけど」
「いや、あんたが言ったんでしょうが……」
「そういえば、沙英さんも銀さんといい感じじゃありません?
 あんな風に抱きかかえられちゃって……憧れちゃいますねーコノコノー」
「えっ!? ええー! やめてよー、あんなふんどし男!
 それに……そんな事考えてられる状況じゃないよ……こんな大変な事になってるのに……」
「こんな状況だからこそ、ですよ。
 恋する女の子は無敵になれるんですからっ!!」
「あ、あー、でもさ。心配をかけたくないからって、わざわざ素性を隠したりする事無いんじゃないの?
 そこまでしなくても……」

なんだか妙な方向に話が進んできた事を察知して、沙英は強引に話を元に戻す。

「何言ってるんですか、これでもまだ用心が足りないくらいですよ。
 例えば×印の髪留めとか、そういう目立つ特徴があるような人は悪評バラまかれちゃいますからねっ!」

×印の髪留め。
それを聞いて沙英の心臓がどきっと跳ねあがる。
思わず勢いよく立ちあがると、沙英はひよのの肩を掴んだ。

「悪評って……それ、どういう事?
 ゆのの事、何か知ってるのっ!?」

悲鳴にも似た叫びが浴場内に木霊する。
声を出すと同時に、さーっと血の気が引いたのが判った。
レンズ越しの視界が歪む。
立ち眩み。
あ、まずいと思ったが遅かった。
足下がぐにゃりと崩れる。
言うことを聞かない体を受け止めてくれる、熱く柔らかな肉の感触。
それを感じながら、沙英の意識は暗転した。




「沙英さん、沙英さん……」
「ん……」

ざぁざぁと潮騒の音が聞こえる。
目覚める直前のような、中途半端なまどろみが心地いい。
このまま眠ってしまいたい。
そう思ってしまう心の天秤が、名を呼ぶ声によって僅かに傾く。
吸い込まれてしまいそうな睡魔の誘惑に、少し名残惜しさを感じながら沙英がゆっくりと目を開けると、
二つの膨らみの向こうで、心配そうに自分を見下ろしている少女と目が合った。

意識が急速に回復し、状況を認識する。
体は既に風呂の中から、硬いタイルの上に引きずり出されている。
未だ火照った肌は乾いてもおらず、さほど時が経ったようには思えない。
沙英は、張りのある太腿の上に置かれた頭を起こそうとしたが、そっと肩を抑えられた。

「もう少し、横になっていたほうがいいですよ」
「うん……ありがとう、ごめん……」

再び、ひよのの膝枕の上に頭を預ける。
こんな事では、ゆのを助けるどころの話ではない。
自分の醜態が気恥かしくて、沙英は顔を背けた。
内側から破壊された壁の向こうに見えるのは、和風に整えられた旅館の中庭。
静謐さを湛える池の水面に、白い粉雪がひらひら舞い落ちて、波紋も残さずに溶けて消える。
そんな光景を、沙英はぼんやりと見遣る。
吐く息が白い。
ぐったりと床の上に横たわる身体から熱を奪う、ひんやりした空気が気持ち良かった。

そんな沙英をあまり刺激しないよう、ひよのは言葉を選んでインターネットでの、ゆのの評判を伝える。
そこには作為的な情報もあり、読んだ人がその情報を信用するとは限らないという事も申し添えて。

「そんな……酷いよ。ゆのが……あの子が殺し合いになんて、乗るわけない。
 なんで、そんな嘘つく人がいるの……?」

それでも、心配する後輩の悪評を聞いて、沙英の心は不快にイラだつ。
色々と予想はしていたが、やはり状況は最悪らしい。
そんな状況を生みだした諸々の要因への、持って行き場のない怒りが込み上げて来て、きつく握りしめた拳をタイルに叩きつけた。
手がジンと痺れる。
無力だった。
後輩一人探してあげる事も出来ない、自分の無力さが悔しかった。


震える沙英の握り拳を、ひよのの掌が包み込んで持ち上げる。
思わずひよのの顔を見上げると、思いのほか強く、真摯な視線がそこにはあった。

「諦めたら、駄目です。
 まだ出来る事はいっぱいあるはずですよ。
 ……それに沙英さんは一人じゃありません。銀さんもいるし、私だって手伝っちゃいます。

 まずは、身体を治しちゃいましょう。それと、ゆのさんや沙英さんのお話をもっと聞かせてください。
 こう見えても私、名探偵の助手を務めていたりするんですよ?
 彼女が行きそうな所とか、見当が付くかもしれません」

ぎゅっと包み込まれた手が暖かい。
沙英は少しだけ微笑むと、ゆっくりと起き上がってその手を握り返す。

「そう、だよね。私が諦めたら、そこで『試合終了』なんだよね……
 ありがと、伊万里。
 ちょっと元気出た」

向かい合う二人の少女。
その少女たちの裸身を、急に吹きこんできた今日一番の冷たい風が撫でる。

「「ックシュン!!」」

同時にくしゃみ。
思わず顔を見合わせて笑ってしまう。

「あは、ちょっと湯ざめしちゃいましたね。
 もっかい入りましょうか」

しばらくぶりに浸かる湯は、脚が溶けそうなほど熱く感じた。
ほとんど外気と同等の温度の浴室内の寒さは、あっというまに身体の末端から熱を奪っていたようで、だとすれば
自分より前に、湯からあがっていた伊万里は結構寒かったのではなかったかと、今更ながらに沙英は気付く。

自分を介護する為に我慢してくれていたのだろうか。
その気の使い方に、沙英は亡き親友の事を思い出す。

(変な子だけど……友達に、なれるかな)

肩まで湯に浸かり直して、沙英は自分やゆの、ひだまり荘の仲間たちの事を語りはじめる。
この島で生まれた、新たな絆に僅かに心を満たされて。

ただ、空虚になった心の間隙に、何か別のモノを詰め込みたかっただけなのかも知れないけれど。




「えーっ、沙英さんってプロの作家さんなんですか? 高校生で、現役作家だなんて凄いですっ!
 高校生探偵くらいレアな存在じゃありませんかね!?」
「そ、そーかなー、あはは」

雑誌で恋愛小説を連載してるだなんて、つい喋ってしまったのは口が滑ったのか、この子が聞き上手だったのか。
若干喋り過ぎたかなと思いながら、沙英は苦笑いを漏らす。

先ほどまでお喋りしながら湯船に浸かっていた沙英であったが、よほど強力な麻痺毒だったのか、
その毒は中々抜けきらず、今は再び湯からあがって、ひよのの背中を流していた。

華奢な肩から、括れた腰までの範囲を丹念に手ぬぐいで擦りあげる。
腕を動かすたびに少しビリビリするが、それに眼をつぶれば普通に動けなくもない程度には回復していた。
おそらくあともう少し湯に浸かれば、この痺れも取れるだろう。

「もしかして、そのひだまり荘って、芸術の才能に満ちた人たちが集う場所なんですか?
 トキワ荘みたいな」
「えー、そんな事無いって。ただ、学校に近くて便利ってだけだよ。
 まぁ、宮子は色んな意味で計り知れない奴だったけど……はは……」

軽口を叩くひよのの、泡まみれになった背中を手桶に汲んだ湯で洗い流す。
肌理の整った肌が水を弾いてその姿を現すと、沙英はその背中をパンと叩いた。

「ハイ、交代」

衝撃でぷるっと柔らかげに胸が揺れたのを、少し羨ましく思いながら沙英は椅子の向きを変える。
ほどなくして背中から伝わる、心地よい感覚に身を任せて眼を閉じた。

こうしていると、前にみんなで銭湯に行った時の思い出が脳裏を横切ってしまう。
期せずして、目頭が熱くなってしまい――

「ひゃああああんっ!!」

突然、もたらされた刺激に、沙英は妙な声をあげてしまった。
反射的に眼を見開いて胸のあたりを見てみれば、そこには背中から突き抜けたひよのの手があった。
脇の下に突っ込まれた手ぬぐいが、石鹸の勢いでぬりょっと滑ったのだ。ぬりょっと。

「ちょっ! 伊万里っ! ソコはいいってば……っ!! 馬鹿っ、痺れが……!!
 あっ! くひゃああっ!!」

沙英の抗議もそっちのけ。
ひよのの指がわっしゃわっしゃと弄るように、沙英のほっそりとした脇腹の上を這いずりまわる。
まだ痺れの残る肌の上を、ビリビリと刺激が走りぬけて――

「あ、あはっ、あははっ、コラッ、いいかげんに……しなさいっ!!」

振り向きざまに大上段に構えられた沙英の手刀が、ひよのの脳天に直撃する。
へご、と妙な声を発して、少女は沈黙した。

「ハァ……ハァ……も、もぅ、いきなりなんだって言うのよ……」

涙目で頭を抑えるひよのを、沙英はジト目で見る。

「そ、それはそのぉ……沙英さんが、なんだか悲しそうだったから」

何かを隠すように、わたわたと変化する顔を、真面目な表情に作り変えて。
合掌するように手を胸の前で組むと、ひよのは歌うように語りだす。

「顔を俯けていては一歩踏み出すその先に、何が待っているのかさえ分からなくなってしまいます。
 絶望しか用意されていない運命の中でも、微笑んで前を見る事の出来る人だけが、未来を切り開く……

 ふがっ!」

切々とした調子で語る少女の頬の肉をつまみあげると、沙英はぐぃっと横に引っ張る。
座った目で睨みながら、騙されないぞとばかりに顔を寄せる。

「あんたー……そんな、もっともらしい事言って、また煙に巻こうとしてるでしょー?」

頬から手を離すと、沙英はわきゃわきゃと指を蠢かせえる。
その動きは、とてつもなくいやらしく――
思わずひよのはぞくりと背筋を震わせて椅子から腰を浮かせると、手で胸を隠すようにして脇を締める。
光の反射で、眼鏡の向こうの沙英の表情が見えなかった。

「あ、あはは……沙英さん、ちょっと落ちつきましょうよ……ネ?」
「ダーメ……すっごく、くすぐったかったんだから……覚悟しなさい伊万里っ! お返しよっ!!」

沙英が襲い掛かると同時に、ひよのは脱兎のごとくお尻を向けて逃げ出した。
大浴場を舞台に、今始まる少女たちの鬼ごっこ。
その黄色い歓声が止むには、今しばらくの時間が必要であった……




「はぁー、沙英さん酷いですよ。笑い死ぬかと思いました……」
「自業自得じゃない……あれ、この匂い……」

風呂上がりの火照った肌を浴衣に包み、並んで廊下を歩く二人の少女は、どこからともなく漂う香ばしい匂いに気付く。
その匂いに誘導されるように進む少女たちは、厨房へと辿り着いた。

ジャッ、ジャッと何かを炒める音がする。
二人と同じ浴衣に身を包んだ、その後ろ姿は……

「おう、お二人さん、お疲れー」
「? お疲れさまです、銀さん。……何を作ってるんですか?」

二人の気配に気付いたのか、振りかえった侍は浴衣姿にエプロンをしており、それがまた妙に似合っていた。
片手に持った中華鍋を勢いよく振りながら、沙英の質問に答える。

「んー? 炒飯だよ。ああ、お前のデイパックの中の食材、勝手に使わせてもらったぞ。
 食えるところで、まともなもん食っとかないとな」
「銀さんって料理出来るんだ……スイーツしか食べない人かと思ってた……」
「私、朝から何も食べてないんですよー。おいしそーですねー」
「心配しなくても、ちゃーんと人数分作ってるから安心しな」
「わぁい、ありがとうございます。料理の出来る男の人って素敵ですよね」

ひよのの称賛に、フッとシニカルな笑みを浮かべて銀時は鍋の中の状態を確かめる。

「よっしゃ、しっかり火も通ったみてェだし……後は味付けして、皿に盛りつければ完成だっ!」

具材の隅々まで火を通して、水分が完全に飛んだ事を確認すると、仕上げの醤油を投入する。
飯の上に注ぎ込まれた醤油が蒸発して、厨房全体に芳しい香りが広がった。
全体をかき回し、しっかりと具材に調味料を馴染ませると、銀時はお玉で飯を掬って皿に手際良く盛り付ける。

「そして盛りつけた炒飯に、あんこを乗っければ完成だァーー!!」

「「なんでだああああああーーーーー!!」」

三つの皿に盛った炒飯の上に、目にも止まらぬ早業で、銀時は缶詰の餡子をこんもりと盛り付ける。
先ほどまで大いに皆の食欲をそそる出来栄えだった焼飯の上に、黒々と粒立った小豆が鎮座する有り様は、
見事なまでに色々なものを台無しにする景観であった。

「あんたさっき完成だって言いましたよねっ!? 二度完成だって言いましたよねっ!?
 どうすんのこれ、誰が食べるの!?」

思わずつっこみを入れてしまう沙英であったが、ひよのは恐る恐る自分の分の皿を手に取ると傍らのテーブルに着席する。

「いえ……大丈夫です。私、食べられます……」
「え!? 正気……いや、本気なの? 伊万里っ!」

ひよのの言葉に愕然となる沙英を尻目に、銀時もまた、自分の皿を手に取るとテーブルに座った。

「はいはい、食べ物の好き嫌いする子は大きくなれませんよー、胸とか」
「くっ!?」

セクハラまがいの暴言を受け、一人取り残された形の沙英に、ひよのは小声でアドバイスを送った。

「沙英さん沙英さん。餡子と炒飯。それぞれ別々に食べちゃえば大丈夫ですよ」

確かに上に乗った固形状の餡子は、別にカレーのように炒飯と融合してしまっているわけではなく別々に食べる事は可能であろう。

(でも、それってなんて苦行……?)

目前の異形の創作料理に戦慄しながらも、それでも沙英の中に用意してもらった食べ物を無碍にするという選択肢はない。
しかたなく沙英も、皿を手にしてテーブルに着いた。

「「「いただきます」」」

三人揃って合掌。
神経質に餡子だけをすくい取って口に運ぶ二人の少女を尻目に、銀時は豪快に餡子乗せ炒飯を掻っ込む。

「しっかし、沙英。お前、額の傷も綺麗に消えてるじゃねーか。
 なんつーか、温泉パワーすげえな。
 ……髪の毛がちょっと残念な感じになってるけど」
「あはは……」
「あとで少し切り揃えておきましょうね、沙英さん」

偶然とはいえ、負傷した直後にこの温泉に舞い戻れた事は幸運であった。
もし、この温泉がなければ沙英の麻痺が一行の今後の行動に多大な影響を与えていた事は間違いないところだ。

「お肌もツルツルになったし、凄くいい湯でしたよ。銀さんも後でどうぞ」
「おお、そうさせて貰うわ。さっき外出たから、結構身体冷えちまったしな」

ようやくトッピングされた餡子を「処理」し終えたひよのは、熱いお茶でそれを流し込んで本題を切りだした。

「それで……どうでしたか?」
「あー、駄目駄目。この辺一帯あらかた家探しされてたわ。ありゃプロの仕事だね」

実は風呂に入る前に、ひよのは銀時に旅館回りの民家で携帯電話を入手してきてくれるよう依頼していたのである。
ゆのの捜索も兼ねて、それを了承した銀時であったが、周りの民家は悉く家探しを受けた形跡が残っており、
それは銀時が舌を巻くほどの手際の良さであった。

「そう……ですか。複数の携帯があれば、ネット世論の形成が出来たんですけど……
 ちょっと遅かったみたいですね」

その言葉を聞いて、沙英も落胆気味の溜息をつく。
あらかじめ、ゆのをネットで擁護したいなら、複数の携帯を使って世論を傾けなければ意味がないと聞いていたからだ。
今更、擁護の意見一つを出した所で読んだ人の疑心暗鬼を煽るだけだと。

「とりあえず、お二人もネット情報に目を通しておいていただけますか?」

ひよのが差し出した携帯のディスプレイに、まずは探偵日記が表示される。
そこに示されたモンタージュ写真に、銀時が反応する。

「ん? こりゃあ、さっきの三人組の内の一人じゃねーか。使ってきたのは、鞭じゃなくて矢だったけどな。
 まぁ余裕ぶってやがったし、様子見ってわけかい」
「銀さんたちを神社で襲撃してきたって言うチームですか。
 かなり危険なチームみたいですね……」
「一人は工場からの攻撃でやられちまったみてェだけどな……あそこに、まだ味方とか居たのか?」
「それが、状況とかゴタゴタしてて、よく判らないんですよ。そんな攻撃が出来る人はいないはずなんですけど……
 直前に侵入者とかいたみたいで、私たちもバラバラに動いていたもので」
「……まぁ、今からあそこに戻るってわけにもいかねーし、無事を祈るしかねーわな……」
「……」

銀時とひよのの会話に、遅れて餡子の処理を終えた沙英も加わる。

「もう一人は、ロビンさんだった……あの人が殺し合いに乗ったって言う事は、あの後、何かあったって事ですよね。
 ヴァッシュさんと、あの男の子は大丈夫なのかな……」
「ヴァッシュって……この人ですか?」

沙英の発言に反応したひよのが、デイパックから手配書をひっぱりだす。
そこに描かれた能天気な男の容貌は、二人の知る「トンガリ頭」の物で……

「え……これ、ヴァッシュさん……」

WANTEDと、大きく見出しの付けられた手配書に書かれた情報は以下の通り。

ヴァッシュ・ザ・スタンピード
推定年齢24歳
出身地不明
住所不定
レブナント・ヴァスケス伯殺害およびG級器物破損容疑で指名手配中――
賞金額 生死に関わらず600億$$!!

備考――平和主義者


$$という金銭単位が沙英にはよくわからなかったが、それでもとんでもない額である事だけは確かであったし
殺害という二文字が酷く目を奪った。
あの時、別れてしまった三人の内、一人はゲームに乗り、もう一人は人殺しの賞金首で、そんな二人に任せた少年はどうなったのかわからない。
果たして、この事態をどう判断すべきなのか。
沙英は呆然としてしまい……銀時に肩を叩かれて気を取り戻す。

「まぁ俺のダチにもお尋ね者とかいるし、そういう評判よりも、俺らはこの目で見た事を信じようや」
「銀さん……」

二人のやり取りを見守りながら、ひよのは携帯を操作してみんなのしたら場へとアクセス。
新たな情報がディスプレイ上に映し出される。

「ちなみに、今のサイトの管理人さんとは、もう連絡が取れなくなっているんですよ。
 しばらく前にメールしたんですけど、返事がこなくて……
 だから今、メインで動いている情報交換の場はこっちになりますね」

ヴァッシュと関係深げな、ナイブズとLegato Bluesummers。
デパートで敵対した、妲己という女について。
沖田総悟ミリオンズ・ナイブズについて。
そして錯綜するゆのの情報。

この島で起こっている様々な情報を、一気に頭に詰め込まれたところで、ひよの自身も未確認だった最新の情報を見てみる。
ネーム欄は珍しくデフォルトの設定にはなっておらず、麗しき貴族“C”からの招待状と書かれていた。
――視聴開始。



「「「……ウゼェーーー!!!」」」


映像を見終わり、あまりのウザさに全員でテーブルに突っ伏す。
とはいえ、これはこれで捨て置けない情報だった。
神の手の者が、競技場で殺し合いをしようと持ちかけてくる理由……。
その理由という奴に、ひよのは心当たりがあったからだ。

「C.公明……名を偽るような工作でなければ、趙公明、でしょうか」

ひよのは、大きな戦いが起こった場所にも何かの意味があるのではないかという、鋼の錬金術師の推論を二人に伝える。
すなわち、神の手の者が競技場を次の戦場に指定した事自体に何かの意味があるのではないか? という事である。

「ふーん……まぁ、それが本当ならヤベー所には近付かなきゃ大丈夫って事か」
「いえ、そういう訳にもいかない筈です。
 “彼ら”が私たちに特定の場所で殺し合いをさせたいなら、なんらかの方法で私たちの行動を誘導してくる筈です。
 それは禁止エリアによる誘導だったり……誰かの大切な人を人質にして誘き寄せたり……
 あるいは、ここの地下のようなトラップを仕掛けてくるかもしれない」

人質という言葉に沙英の肩が震える。

「そう、それは私たちだって例外ではありません。
 ここで手をこまねいていても、いずれは動かなければいけなくなる時が必ず来ます。
 沙英さんたちは、次に教会に行ってみるつもりなんですよね?
 でも、私の推理では、おそらくそこにゆのさんはいません。待っていれば合流出来るという事もないと思います。
 ……私は、ここにゆのさんがいると考えます」

ひよのがテーブルの上に広げた地図の一帯を、指で指し示す。
島の北西にある市街地。
今いる南東の市街地とは、逆位相の場所である。

「旅館から、教会に向かったと考えるには、彼女の目撃例が多すぎるんです。
 もっと人の多い場所……市街地などの施設にいると、考えるのが妥当なのではないでしょうか。
 距離の問題は……例のトラップでいくらでも説明がつきますし」
「でも、ゆのは朝まで間違いなく、この旅館にいたはずなんだよ!?
 人が多い所って言うなら、むしろこっち側にいるんじゃないの!?」

あまりにも根拠に乏しいひよのの推理、いや暴論に、たまりかねて沙英が疑問の声をあげる。
だが、ひよのは沙英の疑問に直接答えず、銀時の方を見る。

「……この掲示板の情報に、デパート付近は凄い事になってるってありますけど、銀さんたちもデパートの
 戦いには参加したんですよね? どんな様子でしたか?」
「戦車で大暴れした奴がいたからな……そいつは死んだみてえだけど、火災でひでェー事になってたぜ。
 さっき山のてっぺん……神社から眺めたら、デパートがぶっ壊れてやがったし」

デパートが破壊された事は、沙英も気付いていなかったのか。驚きの声が上がる。
一方、ひよのはその証言を聞いて一人頷いた。

「ゆのさんが、わざわざそんな危険な方へと移動すると思いますか?
 誰かに連れ去られて……という可能性もありますが……それでもデパート方面はもう禁止区域にも
 設定されています。そちらの方向に向かうという事は考えにくいんです」

なおも納得しかねるといった様子の沙英を制するように手をあげると、ひよのは更に言を紡ぐ。

「いえ、あえてぶっちゃけて言ってしまいましょう。
 私は、この島を『神の指す盤面の上』だと考えています。
 その観点から見てみれば、ゆのさんという『駒』をこちら側に配する必要性は、もうほとんどない筈なんです。
 神が私たちを競技場側に向かわせたいというのなら……彼女は必ず、あちら側へと向かうはずです」

ひよのが語る奇抜な論理に、銀時と沙英は言葉を失う。
彼女の語るそれは、言ってしまえばこの島では人ではなく、神の意志こそが人を動かすという事だ。
その論理を受け入れてしまえば、神への抵抗など全て無意味だという事になってしまう。

「ですから……この辺りを探索して無駄に時間を失うよりも、一刻も早く向こう側へと移動する事を私は提案します」

だが、自分の論理をよどみなく言い切る、少女の瞳に宿る輝きを見て銀時は理解する。
この少女が、まるで諦めてなどいないということを。

「なるほどねぇ。どうせ指し示めされた方向にしか動けねぇなら……
 神さんの想像もつかねえほどぶっとんだ勢いで、動かされる前に先に動いちまえって事か。
 おもしれーじゃねーの」

銀時はニヤリと笑みをこぼした。
あえて死中に活を求める。
武士道にも通じるその考えは、侍の心にも火を着ける。

「はい。穴だらけの論理である事は認めます。
 あの人が聞いたら、鼻で笑うかもしれません……
 ですけど、過程はともかく、結論には結構自信があるんですよ?」

「……わかった。
 どうせ他に手掛かりなんてないんだし、その伊万里の論理。私も信じてみる……
 でも、具体的にはどうするの?
 また、地下から飛び降りてみる?」

ひよのの論理を受け入れた沙英が、具体的な今後の方針を問う。

「いえ、沙英さんも一応教会に行ってみたほうが安心出来るでしょう?
 教会で待ちあわせをしている方々に心配をかけないよう、書き置きでも残しておく必要もあるでしょうし……」

白い指が、地図上をついっと滑る。
その軌道は、旅館を発して教会を経由し、博物館で止まる。

「私はここに一回行った事があるんですけど、実際に使えそうな小型船とかも置いてありました。
 ここで船を回収して、海からこちらの市街に入りましょう」

博物館から再び動いた指が、海を渡って水族館を指し示す。

「とりあえず、ここを目標とするという事で……いかがでしょう?」

ひよのの立案した具体的な方針を聞いて、銀時は席を立つ。

「よっしゃ。んじゃ、それでいこうや。
 俺のデイパックの中に、その辺の衣料品店から根こそぎ持ってきた服が入ってっから、着替えとけ。
 俺ァーちょっと風呂入ってくるわ」

銀時は厨房の片隅に干していたらしい、自分の服をひっつかむ。
そして風呂場で飲むつもりなのか、お盆の上に酒器を用意すると厨房を出て行った。

「ありがとーございまーす。
 わぁ、この花柄のトップス、可愛いですねぇ。沙英さん、どう思います?」
「って、はやっ。ちょ、ちょっと待ってよ伊万里っ」

あれだけ語っていたのに、いつのまに平らげたのか。
ひよのの皿は既に空になっており、銀時のデイパックの中から服を選びだしていた。
沙英は慌てて冷めた炒飯を口に詰め込むと、ひよのの元へと移動する。
サイコロ状に切り分けられた焼き豚の欠片を噛み締めると、口中に肉汁の味が染みわたった。

(ゆの……今、どうしてる?
 私が行くまで、誰かあんたと一緒にいてくれる人がいるといいんだけど……)

「ほら、沙英さんに、このスカート似合いそうですよ」
「わっ、短い短い。この寒いのに、それはないって」
「えー。せっかくそんなに綺麗な脚してるのに、出さなきゃ損じゃないですかっ」

同世代の少女との、なにげないやりとり。
ゆのとも再び、そんなやりとりが出来る事を沙英は願った。




天から白い粉雪が落ちてくる。
吹けば飛びそうなほどふわふわとしたそれは、まるでタンポポの綿毛のようだった。
先ほどから持続的に降り続ける雪に薄化粧を施された街は、白粉を塗りたくったように白く染まり
侍がひっかけるように着た、黒い革のジャケットとのコントラストが映えた。

「おーい。沙英ちゃーん? 伊万里ちゃーん?
 まーだでーすかー!?」

風呂から上がったあと、ムルムル温泉とマーキングされたミニバンを入口に回し、さきほどからこうして
待っている銀時であったが二人とも中々出てこない。
女の支度って奴は、なんでこう時間がかかるんだとボヤきながら、白い息を吐く。

(ウチの神楽ちゃんだったら、出かけるなんつったらまっさきに飛び出してくるんだがなぁ。
 いやいや、それはそれで問題ありか……帰ったら、そろそろ女の子の嗜みって奴を教えてやらねぇと)

取りとめもなく考えていると、入口からではなく、旅館の脇からひよのの姿が現れた。
肩に少しだけ雪を載せた大きめのパーカーに、お気に入りらしきイルカのTシャツ。
デニムのパンツから伸びる白い生足が、活発な印象を与える。

「いや、活発っつーか……それ、寒くね?
 あと沙英は? 一緒じゃねーの?」

「フフフ、普段からミニスカで鍛えてるジョシコーセーを舐めちゃいけませんよ。
 ポイントは毛糸のパンツですね、見えない所で努力するのが乙女の嗜み……
 って、何言わせるんですかぁーー!!」

「テメーが勝手に喋ったんじゃねーかああああーーっ!
 …………ッ!?
 ノリツッコミにつっこんじまったーー!?」

ボケ役を自任していた自分が思わずツッコミを入れてしまった事に、銀時は頭を抱えて悔しがる。
ツッコミ役の不在が招いた危機に、銀時は今後のパーティーバランスの変化を予感する。
沙英のレベルも上がってきたとはいえ、果たして二人のボケに適切な突っ込みを入れられるのかと……

「ちょっと中庭のほうを散歩してきたんです。
 でも、銀さんが車の運転出来るなんて助かりました。
 これなら放送までに水族館に着けるでしょうか。海が時化る前に移動しておきたいですからね」
「……」

そんな会話をしていると、ようやく沙英が玄関でローファーを履いて出てくる。

「あ、いたいた。伊万里。これ、頼まれてたロビンさんの似顔絵」
「ありがとうございます……って、なんですか? その格好! 裏切りましたねっ!?」

ひよのが糾弾した沙英の格好は、深い葡萄色のセーターにジーンズ。
そしてその上に宝貝の鎧を着けたスマートなコーディネートだった。
ちなみに、頭には帽子を被っている。

「いや、別に裏切ったりとかしてないし……」
「私だけ生足出してたら馬鹿みたいじゃないですかっ!?」
「だから、やめておけって言ったじゃない……あれ、銀さん車運転するんですか?
 お風呂にお酒持ち込んでませんでした?」
「飲ーんーでーまーせーんー。持ち込んだお酒は、全部スタッフがおいしく頂きましたー」
「な、なにいきなりキレてるんですか……飲んでないなら別にいいですけど……」

銀時の態度に少し不審を抱きながら、少女たちは、暖機中のミニバンへと乗りこんだ。
次いで運転席に乗り込む銀時であったが、その胸中には、わずかばかりの運転への不安があった。

(車の運転か……久しぶりだけど、まぁ大丈夫だろ。まずは……ギアをドライブに入れるっ!! んだったっけ?)


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