ロシアンルーレット・マイライフ ◆RLphhZZi3Y
カチッ
――――ザ、ザザザザザ
―――――ザザザザザ
――――――ザザザ
―――――ザザザザザ
――――――ザザザ
ナイブズと合流してからの時間は、やたらと時間の流れが遅く感じた。
特にナイブズが娘へ恨まぬことを説いた時から、顕著に時間感覚が鈍くなっていった。
メトロノームの振り子の重りが一番下に設定されていても、今のミッドバレイにはずっと遅く刻んでいるように思うだろう。
正直、火のついたストーブの上にでも座っていたほうがましである。
ナイブズと行動した時間は、それほどまでに心臓に悪い。
全うできるとは考えられない寿命が更に縮まる。
特にナイブズが娘へ恨まぬことを説いた時から、顕著に時間感覚が鈍くなっていった。
メトロノームの振り子の重りが一番下に設定されていても、今のミッドバレイにはずっと遅く刻んでいるように思うだろう。
正直、火のついたストーブの上にでも座っていたほうがましである。
ナイブズと行動した時間は、それほどまでに心臓に悪い。
全うできるとは考えられない寿命が更に縮まる。
比較する自体おかしな話だが、あの星でのナイブズより今のナイブズの方が恐ろしい。
ヴァッシュが生きているのであるのならば、戦闘の場へ向かうことが奴を追う最も簡単な手段だった。
爆発のあった方面に行けと言われたところで疑念はない。
だがもうヴァッシュは死んでいる。
工場へ向かえと命令され、深夜の闘技前に虎口へ立ち寄ろうとするナイブズの意図が掴めなかった。
ヴァッシュが生きているのであるのならば、戦闘の場へ向かうことが奴を追う最も簡単な手段だった。
爆発のあった方面に行けと言われたところで疑念はない。
だがもうヴァッシュは死んでいる。
工場へ向かえと命令され、深夜の闘技前に虎口へ立ち寄ろうとするナイブズの意図が掴めなかった。
そのせいで車を右左折する度に、手のひらがハンドルに引っ付くほど汗をかいていた。
バックミラーにパソコンなる機器の画面を睨み付けるナイブズが映ると、その矛先がいつ自分に向けられるのかと気が気でなかった。
ブレーキに足をかける度に、本当に行き先が工場でいいのか確認したくなった。
唇が震えてねとつき、確認どころか一言発することすら出来なかったのだが。
バックミラーにパソコンなる機器の画面を睨み付けるナイブズが映ると、その矛先がいつ自分に向けられるのかと気が気でなかった。
ブレーキに足をかける度に、本当に行き先が工場でいいのか確認したくなった。
唇が震えてねとつき、確認どころか一言発することすら出来なかったのだが。
二度目の待機に従い、エンジンを止めた。
後部座席にはナイブズが不要と判断し、持っていろと荷が少量残されていた。
服だの何だのとミッドバレイにも必要のない品ばかりだが、一応全部デイバッグに仕舞った。
その中から一つだけ取り上げる。
高級葉巻だ。
後部座席にはナイブズが不要と判断し、持っていろと荷が少量残されていた。
服だの何だのとミッドバレイにも必要のない品ばかりだが、一応全部デイバッグに仕舞った。
その中から一つだけ取り上げる。
高級葉巻だ。
ダッシュボードのシガーライターを押す。しばらく後にポコッと軽快に火種を出してきた。
火を点け車から出た。
キーが差しっぱなしのため、ドアを開けると車内灯がつきピーピーと鳴る。
それだけで辺りが喧しくなったので急いで閉じる。
火を点け車から出た。
キーが差しっぱなしのため、ドアを開けると車内灯がつきピーピーと鳴る。
それだけで辺りが喧しくなったので急いで閉じる。
葉巻にはフィルターがないので、タバコのように煙を一気に吸い込めない。
肺には煙を入れず、口腔で味わって吹き出す。
冷えきっている空気が、ダイレクトに口へ入ってくる葉巻の熱を軽減させる。
もう一度煙を燻らし吐き出すと、ニコチンが脳天に効いて冴え冴えしてきた。
肺には煙を入れず、口腔で味わって吹き出す。
冷えきっている空気が、ダイレクトに口へ入ってくる葉巻の熱を軽減させる。
もう一度煙を燻らし吐き出すと、ニコチンが脳天に効いて冴え冴えしてきた。
両腕を車の天井に乗せ空を仰ぐ。木々の隙間からは陶磁器のような月が覗いている。
終焉に近づいているのを物語るかのように、立ち込めていた雪雲も晴れつつある。
雪雲の残骸に向かい、三口目の紫煙を吹く。
精神安定剤のつもりで口にした葉巻は、望外の効果を現した。
終焉に近づいているのを物語るかのように、立ち込めていた雪雲も晴れつつある。
雪雲の残骸に向かい、三口目の紫煙を吹く。
精神安定剤のつもりで口にした葉巻は、望外の効果を現した。
――逃げよう。
その結論に至った。
ナイブズはいない。
足手纏いの小娘もいない。
レガートもいない。
敵対するような人の気配もない。
ナイブズから、深夜の宴から逃れられる好機は今しかない。
ナイブズはいない。
足手纏いの小娘もいない。
レガートもいない。
敵対するような人の気配もない。
ナイブズから、深夜の宴から逃れられる好機は今しかない。
全ての物事には好機があり、十分か不十分かを判断して乗るかを決める。
ミッドバレイが生きていられたのは、見せかけの好機に結果的に乗らなかったのが大きかった。
ミッドバレイが生きていられたのは、見せかけの好機に結果的に乗らなかったのが大きかった。
今目の前を通り過ぎようとしているのは、見せかけでもデコイでもない、正真正銘好機(チャンス)の神だった。
自分自身のためにフューネラルマーチを演奏せずに済む、これ一度きりの機会。
死の恐怖から逃れられる。
自分自身のためにフューネラルマーチを演奏せずに済む、これ一度きりの機会。
死の恐怖から逃れられる。
趙公明に突き付けられた招待状など、犬にでも食わせて無視を決め込みたかった。
GUNG-HO-GUNSも人外甚だしい集団だが、あれは雷泥らどころの騒ぎではない。
とんだバーサーカーな上、戦闘を楽しめるのならば手段を選ばないタイプだ。
その趙公明に、別の参加者に快楽を取られないようにナイブズ共々唾をつけられた。
GUNG-HO-GUNSも人外甚だしい集団だが、あれは雷泥らどころの騒ぎではない。
とんだバーサーカーな上、戦闘を楽しめるのならば手段を選ばないタイプだ。
その趙公明に、別の参加者に快楽を取られないようにナイブズ共々唾をつけられた。
競技場には恐らく、空中で戦闘をしていた、拳銃でも音を支配しても殺す一手にすら届かない獣も来る。
小娘を人質にとったようにまだ餌を拾っていたのなら、ガサイ・ユノと再会する可能性も捨てきれない。
そもそも既に残り人数が二割程度にまで減っているのだ。
生き残りは相当な猛者だ。
少年探偵や小娘のように保護下に置かれている者、命果報の強運の持ち主が若干名いそうだが、それは数に入れない。
小娘を人質にとったようにまだ餌を拾っていたのなら、ガサイ・ユノと再会する可能性も捨てきれない。
そもそも既に残り人数が二割程度にまで減っているのだ。
生き残りは相当な猛者だ。
少年探偵や小娘のように保護下に置かれている者、命果報の強運の持ち主が若干名いそうだが、それは数に入れない。
強者同士が相討ちになって欲しい願いはある。
だがそれこそが、自分ではもう口に出せない、出してはいけない二文字。
『希望』だ。
絶望は毒、希望はもっと毒だ。
死線へ飛び込んだらその結末は、自分が死ぬか、すがりついたなけなしの希望をぶち壊されるかのどちらかである。
だがそれこそが、自分ではもう口に出せない、出してはいけない二文字。
『希望』だ。
絶望は毒、希望はもっと毒だ。
死線へ飛び込んだらその結末は、自分が死ぬか、すがりついたなけなしの希望をぶち壊されるかのどちらかである。
それでも、少しでも長く生きることに、死を先伸ばしすることに執着がある。
……執着して何が悪いのだ。
行けば確実な死、戻ってもどのみち死。
どちらかのデッドエンドを選ばざるを得ないのならば、好機に乗ってみるのも抵抗として良いものなのかもしれない。
……執着して何が悪いのだ。
行けば確実な死、戻ってもどのみち死。
どちらかのデッドエンドを選ばざるを得ないのならば、好機に乗ってみるのも抵抗として良いものなのかもしれない。
葉巻を噛みすぎ、先端にくっきりと歯形がついた。
地面に落として火を揉み消す。その足は震えていた。
地面に落として火を揉み消す。その足は震えていた。
わかっている。これは完全なる一人相撲なのだ。
『何故おめおめとしているミッドバレイ。
もう二度と好機は現れないぞ』
もう二度と好機は現れないぞ』
天使か悪魔か、それともヴァッシュに憎悪を抱いていたGUNG-HO-GUNSの忠告か。
残り短い命を秤の片側に乗せても、恐怖という分銅が置かれた皿は下がったままだった。
残り短い命を秤の片側に乗せても、恐怖という分銅が置かれた皿は下がったままだった。
早くナイブズの手が届かない、競技場とは真逆へと向かおうと気が急く。
葉巻を懐へ忍ばせ、キーは車に差したまま離れる。
発車の音でナイブズに気づかれないようにしたかった。
発車の音でナイブズに気づかれないようにしたかった。
この選択が自分を生かすか殺すか。
相手のいないロシアンルーレットをしているも同然だ。
相手のいないロシアンルーレットをしているも同然だ。
車から三十メートルほど離れたところで、音界の覇者たる耳が、絶望の音を捉える。
ナイブズとは違うベクトルの、髪の毛すら逆立ち弥立つ恐怖が降ってきた。
ナイブズとは違うベクトルの、髪の毛すら逆立ち弥立つ恐怖が降ってきた。
白濁の風が、今しがたまでいた場所に刺さる。
垂直落下し奇襲をかけてきた黒い巨体を避けられたのは、鋭敏な耳の賢明な判断によるものだった。
咄嗟に避けてから、趙公明が両断した男と同じ道を辿るところだったのだと思考が追い付いた。
もうもうと土煙が立つはずの地面はみぞれで湿っており、巨体の姿を隠してはくれなかった。
垂直落下し奇襲をかけてきた黒い巨体を避けられたのは、鋭敏な耳の賢明な判断によるものだった。
咄嗟に避けてから、趙公明が両断した男と同じ道を辿るところだったのだと思考が追い付いた。
もうもうと土煙が立つはずの地面はみぞれで湿っており、巨体の姿を隠してはくれなかった。
「……楽しめる人間ではあるようだな……」
死神の如き剣を抱えたソレは、ミッドバレイから一切の希望を奪い去った化物そのものだった。
寒夜のせいで化物からは湯気が沸き立ち、好戦的な殺気と共に放っていた。
寒夜のせいで化物からは湯気が沸き立ち、好戦的な殺気と共に放っていた。
「来ないのであればオレから――」
化物の言葉など最後まで聞かなかった。
勝ち目など、頭の隅にもない。
ただ真っ先に、最も適当だと思われる行動を取っていた。
勝ち目など、頭の隅にもない。
ただ真っ先に、最も適当だと思われる行動を取っていた。
サックスのマウスピースをくわえ、肺腑に空気を溜める。
後退、すなわち車へ向かいながら、金管へ息を吹き込んだ。
後退、すなわち車へ向かいながら、金管へ息を吹き込んだ。
ミッドバレイと化物を中心に、無音地帯が広がる。
化物の言葉が途中から途切れた。
声が通らないことに多少の驚きを隠せなかったのか、マイクのテストでもしているように喉を振るわせていた。
音を武器とする者は多くないと踏み、化物にとっては未知の力であろう無音を作り出し時間稼ぎに使った。
音で攻撃するより無音にした方が、状況理解に時間がかかり少しでも長く足止めできるだろう。
おおかた「あーーー」とでも言って無音状態を試していたのだろうが、化物の姿では読み取れなかった。
化物の言葉が途中から途切れた。
声が通らないことに多少の驚きを隠せなかったのか、マイクのテストでもしているように喉を振るわせていた。
音を武器とする者は多くないと踏み、化物にとっては未知の力であろう無音を作り出し時間稼ぎに使った。
音で攻撃するより無音にした方が、状況理解に時間がかかり少しでも長く足止めできるだろう。
おおかた「あーーー」とでも言って無音状態を試していたのだろうが、化物の姿では読み取れなかった。
そして、奴は笑った。
笑ったように見えた。
化物はミッドバレイに、戦闘する価値を見出だしたのだ。
読みは的中したのだが、ミッドバレイがした行為は、手袋を投げることによく似ていた。
笑ったように見えた。
化物はミッドバレイに、戦闘する価値を見出だしたのだ。
読みは的中したのだが、ミッドバレイがした行為は、手袋を投げることによく似ていた。
サックスを吹きながら車へ一散走る。
呼吸の乱れを無音空間の揺らぎにしないように、走る姿とは裏腹に恐ろしく繊細に奏でる。
焦燥と恐怖に駆られながらも、ナイブズからの逃亡には理由ができたといらぬ考えがよぎった。
呼吸の乱れを無音空間の揺らぎにしないように、走る姿とは裏腹に恐ろしく繊細に奏でる。
焦燥と恐怖に駆られながらも、ナイブズからの逃亡には理由ができたといらぬ考えがよぎった。
車の更に先に、工場から出てきたもう一つ影があった。
闇夜で確認しづらいが、まだ少年の域を出ない年の若い男だ。
そいつも何かから追われるように走っている。ナイブズとでも一悶着あったのだろう。
闇夜で確認しづらいが、まだ少年の域を出ない年の若い男だ。
そいつも何かから追われるように走っている。ナイブズとでも一悶着あったのだろう。
だが。
辞めろ。
来るな。
辞めろ。
来るな。
遂にマウスピースから口を離し、大声で叫んでしまった。
「車を……取るなああああああぁぁっっ!!!!」
ミッドバレイとまだ子供にしか見えない男は同時に車へ着いた。
しかし車の鼻先が工場側に向いていたのが災いした。
運転席へ座ったのは子供の方で、ミッドバレイが助手席のドアを開けて子供を突き飛ばそうとした時には、既にエンジンがかかりアクセルが思いっきり踏まれていた。
しかし車の鼻先が工場側に向いていたのが災いした。
運転席へ座ったのは子供の方で、ミッドバレイが助手席のドアを開けて子供を突き飛ばそうとした時には、既にエンジンがかかりアクセルが思いっきり踏まれていた。
☆
「何だよあの獣ハ!!?」
「知るか!!!」
「知るか!!!」
工場を出た途端に獣が襲撃する場に出くわしてしまったリンと、突然駆けてきた正体不明の子供に操縦権を奪われたミッドバレイ。
狭い車内で二人の混乱が錯綜する。
狭い車内で二人の混乱が錯綜する。
運転席へ乗ったはいいものの、リンは運転などした試しは無い。
車を運転する様子を見たことは何度かあった。
それだけだ。
キーを回しギアを動かしてペダルを踏めば動く。
あとは全然わからない。
リンの運転の知識はその程度だった。
車を運転する様子を見たことは何度かあった。
それだけだ。
キーを回しギアを動かしてペダルを踏めば動く。
あとは全然わからない。
リンの運転の知識はその程度だった。
この車は現代日本ではありふれたオートマ車だった。
床に密着するほどアクセルが踏まれていたが、車は動かない。
サイドブレーキが上がったままなのだ。
負荷がかかり、引き絞ったアクセルのせいでエンジンが妙な回転音をしている。
床に密着するほどアクセルが踏まれていたが、車は動かない。
サイドブレーキが上がったままなのだ。
負荷がかかり、引き絞ったアクセルのせいでエンジンが妙な回転音をしている。
「――ッ、南無三!」
好機も何もない。
もはや運否天賦。
ミッドバレイは助手席から、サイドブレーキを降ろした。
もはや運否天賦。
ミッドバレイは助手席から、サイドブレーキを降ろした。
ゾッドの攻撃の寸前で、車は急発進する。
前輪が上がっているのではないかと不安になる発車スピードだった。
自身が車を動かしているにも関わらず、リンは"信じられない物に乗ってしまった"と目を丸く見開いていた。
自身が車を動かしているにも関わらず、リンは"信じられない物に乗ってしまった"と目を丸く見開いていた。
サイドミラーを頼りに、ミッドバレイは無駄だと知りつつもベレッタを放つ。
的は大きいが、弾は掠めただけのようだった。
舌打ちし、ベレッタを腰のベルトへ挟み込む。
舌打ちし、ベレッタを腰のベルトへ挟み込む。
スピードメーターはどんどん上がるが、進行方向先には工場が聳えていた。
ハンドルをほとんど切っていない。
エイトの介護ジェットの体当たりで吹っ飛ばした扉へ一直線に突進する。
ゾッドは追ってくる。
ハンドルをほとんど切っていない。
エイトの介護ジェットの体当たりで吹っ飛ばした扉へ一直線に突進する。
ゾッドは追ってくる。
「ブレーキを踏め! ぶつかる気か!」
「このまま工場内を突っ切ル! というか、ブレーキってどこだヨ!?」
「アクセルの横だ!」
「アクセルとブレーキ一緒に踏んだらどうなるんダ!?」
「壊れるに決まっている……もういい、どけ!」
「もう遅イ!」
「このまま工場内を突っ切ル! というか、ブレーキってどこだヨ!?」
「アクセルの横だ!」
「アクセルとブレーキ一緒に踏んだらどうなるんダ!?」
「壊れるに決まっている……もういい、どけ!」
「もう遅イ!」
焦りと興奮で、ニヒリストのミッドバレイが珍しく怒鳴り散らす。
売り言葉に買い言葉と、リンも声を荒らげる。
押し問答を繰り返している間に、車は工場へ乗り上げた。
売り言葉に買い言葉と、リンも声を荒らげる。
押し問答を繰り返している間に、車は工場へ乗り上げた。
すっとんだ扉は車が充分通れるだけの広さはあった。
火花を散らして工場内の次の扉を抜ける。
運転席側のサイドミラーが扉の枠にぶつかって遥か後ろへ飛んでいった。
火花を散らして工場内の次の扉を抜ける。
運転席側のサイドミラーが扉の枠にぶつかって遥か後ろへ飛んでいった。
ゾッドはまだ来ている。
血の海を横目に、折れて飛んでいったサイドミラーをあの剣で両断して追ってきた。
血の海を横目に、折れて飛んでいったサイドミラーをあの剣で両断して追ってきた。
――ゾッドは闘いに飢えていた。
ガッツと趙公明との戦闘はメインディッシュとして後へとっておいた。
キンブリーはまだ一応手を出さないでおく。
腹は満たされ、武器も調達した今、やることは決まっている。
音を支配し、見慣れぬ鉄の車と鉛の飛び道具を操り反撃してくる。
闘うに値する興味深い相手が見つかった幸運を嬉しく思っていた――
ガッツと趙公明との戦闘はメインディッシュとして後へとっておいた。
キンブリーはまだ一応手を出さないでおく。
腹は満たされ、武器も調達した今、やることは決まっている。
音を支配し、見慣れぬ鉄の車と鉛の飛び道具を操り反撃してくる。
闘うに値する興味深い相手が見つかった幸運を嬉しく思っていた――
いくら通路が広いとはいえ、工場は車が往来できるように設計されているはずがない。
アクセルと、教わったばかりのブレーキを何とか操る。
側面が早くもボコボコになった車が工場を駆け抜ける。
パラパラと、工場が崩壊の予兆を見せ始めた。
アクセルと、教わったばかりのブレーキを何とか操る。
側面が早くもボコボコになった車が工場を駆け抜ける。
パラパラと、工場が崩壊の予兆を見せ始めた。
今まで通路は直線だったが、リンは一瞬ハンドルから片手を放し左を指差した。
「あそこ曲がりたいんダ!」
ミッドバレイが見たのは、車が直角にでも曲がらなければ通れないT字の通路だった。
ただでさえ通るのがギリギリな通路で左に曲がりたいと無茶苦茶を言う子供に、
そして追ってくる化物に、ミッドバレイは心底恨みの念を募らせた。
ただでさえ通るのがギリギリな通路で左に曲がりたいと無茶苦茶を言う子供に、
そして追ってくる化物に、ミッドバレイは心底恨みの念を募らせた。
白濁の剣はすぐ後部まで近づいている。
……今日はどれだけ他人に妥協と迎合をしてきたのだろう。
現状はその選択の余地すら許さない。
現状はその選択の余地すら許さない。
「……限界までアクセルを踏んでから、すぐにブレーキを共に踏め」
「壊れんじゃなかったのカ!?」
「壊れんじゃなかったのカ!?」
答えないミッドバレイに、リンは自分の言った無茶がどれだけ大事なのかを知る。
角の手前でリンはシートベルトを今更締める。
アクセルを踏みつける。
そして高い所から飛び降りたように、両足でペダルをダンッと押し付けた。
アクセルを踏みつける。
そして高い所から飛び降りたように、両足でペダルをダンッと押し付けた。
バルルルルルルルルッ!!
とんでもない吹かし音が出てきた。
アクセルとブレーキを同時に踏むと、安全面の問題でブレーキが優先される。
しかし急に止まる訳ではない。
しかし急に止まる訳ではない。
助手席を抱えフロントガラスとの衝突を避けながら、ミッドバレイはギアをバックに入れる。
次の瞬間、リンの手をはたき落とし、ハンドルを目一杯左へ回した。
タイヤが甲高い悲鳴を上げる。
更にサイドブレーキを引く。
車は一気に横を向き、トランクルームが今まで通っていた通路の右壁にぶつかる。
即座にサイドブレーキを降ろす。
次の瞬間、リンの手をはたき落とし、ハンドルを目一杯左へ回した。
タイヤが甲高い悲鳴を上げる。
更にサイドブレーキを引く。
車は一気に横を向き、トランクルームが今まで通っていた通路の右壁にぶつかる。
即座にサイドブレーキを降ろす。
後部はぐしゃぐしゃになったが、ボンネットはリンが指した通路へ突っ込んでいた。
運転席側の壁には右前輪が三十センチぐらい乗り上げている。
素早くギアをドライブへ叩き入れ、
運転席側の壁には右前輪が三十センチぐらい乗り上げている。
素早くギアをドライブへ叩き入れ、
「アクセルを踏め!」
リンはその通りに思いっきりアクセルを踏みつけた。
ミッドバレイはハンドルを右に切る。
ガリガリとホイールキャップが削れていく。
さっきサイドミラーが取れなければ、引っ掛かって進めなかった。
それほどギリギリの運転をかましたのだ。
バウンドして車は水平に戻った。
ミッドバレイはハンドルを右に切る。
ガリガリとホイールキャップが削れていく。
さっきサイドミラーが取れなければ、引っ掛かって進めなかった。
それほどギリギリの運転をかましたのだ。
バウンドして車は水平に戻った。
「――進行方向、シャッターが閉まってるぞ!」
「ここをブチ抜きに来たんダ!!」
「ここをブチ抜きに来たんダ!!」
直進へと直したハンドルをリンはまた握る。
シャッターが鎮座している袋小路へ、ミサイルのような勢いで突進する。
シャッターが鎮座している袋小路へ、ミサイルのような勢いで突進する。
ミッドバレイは足を突っ張る。
リンに至っては、運転手にあるまじき目瞑り運転をしていた。
リンに至っては、運転手にあるまじき目瞑り運転をしていた。
全てがスローに感じた。
まずナンバープレートがシャッターと対決し、あっさりとぶっとんでいった。
しかし次鋒のバンパーが小さくも穿つ。
一度穴が空いたシャッターは、ボンネットにより破られた。
普段なら耐えられるよう作られたシャッターも、度重なる戦闘により傷んでいたらしい。
ボンネットをくぐらせたシャッターは、フロントガラスを引っ掻き傷だらけにする。
リンが未だに目を瞑っている間に、ミッドバレイは座席を倒し、後部座席へ移る。
しかし次鋒のバンパーが小さくも穿つ。
一度穴が空いたシャッターは、ボンネットにより破られた。
普段なら耐えられるよう作られたシャッターも、度重なる戦闘により傷んでいたらしい。
ボンネットをくぐらせたシャッターは、フロントガラスを引っ掻き傷だらけにする。
リンが未だに目を瞑っている間に、ミッドバレイは座席を倒し、後部座席へ移る。
シャッターに空いた穴の縁が車の屋根を舐め、遂に突破した。
その先には、工場とはかけ離れた景色が待っていた。
寒色で塗り固められている。
大量の水がボコボコ循環する、巨大な水槽が立ち並んでいた。
観光地である水族館の通路は、工場とは比較にならないほど広かった。
しかし巨大な追っ手にも好都合でもある。
寒色で塗り固められている。
大量の水がボコボコ循環する、巨大な水槽が立ち並んでいた。
観光地である水族館の通路は、工場とは比較にならないほど広かった。
しかし巨大な追っ手にも好都合でもある。
非常口のワープ空間の奇妙な気配をリンは感じており、どうにかシャッターを片付けられないか画策はしていた。
こんな形で破るとは想定外だったが。
そしてワープ先が水族館なのも嫌な意味で想定外だった。
周りは大量の水の壁。
何かの弾みでガラスが割れでもしたら、悪魔の実の能力者になってしまった身体では不都合である。
こんな形で破るとは想定外だったが。
そしてワープ先が水族館なのも嫌な意味で想定外だった。
周りは大量の水の壁。
何かの弾みでガラスが割れでもしたら、悪魔の実の能力者になってしまった身体では不都合である。
後部座席に青色の光が落ちる。
ミッドバレイがサンルーフを開けたのだ。
ミッドバレイがサンルーフを開けたのだ。
シャッターの穴からゾッドが追ってくるのが見え隠れする。
まだ逃走劇は終わっていない。
まだ逃走劇は終わっていない。
銃器だけは種類を持っている。
ミッドバレイがディバッグから出したのは、第一放送前に三人を葬ったイガラッパだった。
愛用のサックスの弾を残しておくためイガラッパを構える。
ミッドバレイがディバッグから出したのは、第一放送前に三人を葬ったイガラッパだった。
愛用のサックスの弾を残しておくためイガラッパを構える。
あの巨体がポップコーンのように弾をはじく、嫌なイメージが浮かぶ。
散弾銃ゆえ、一撃必殺の用途ではない。
人間ならまだしもあの獣に対しては、期待できないほど威力が弱いだろう。
散弾銃ゆえ、一撃必殺の用途ではない。
人間ならまだしもあの獣に対しては、期待できないほど威力が弱いだろう。
ミッドバレイは運転席の座席を後ろから蹴り上げる。
「目を開けろ……死にたいのか」
「細目で悪かったナ、もう開けてル!」
「細目で悪かったナ、もう開けてル!」
早く化物を車から引き離し、運転席の子供を殺処分して、より遠くへ逃げなければならない。
刃が大穴の空いた鉄製シャッターを、剃刀が紙でも切るように横一文字に寸断した。
「集中しろっ……」
移動する車での演奏など、ドップラー効果の影響をもろに受けるシチュエーションだ。
キャラバンの音楽隊でもやらない。
こんな悪条件、今後は御免蒙る。
キャラバンの音楽隊でもやらない。
こんな悪条件、今後は御免蒙る。
風を、吸い込む。
――――ッ……
途絶える。
エンジン音、水音、破壊音、全てが消える。
どこまでも静寂である。
神経が倍磨り減ったとはいえ、五線譜にも載っていない音色は、通常と遜色ない働きで相殺していた。
二度目の無音に寸時反応した化物。
その一瞬の隙に、貴重な散弾銃を懸けて引き金を引く。
エンジン音、水音、破壊音、全てが消える。
どこまでも静寂である。
神経が倍磨り減ったとはいえ、五線譜にも載っていない音色は、通常と遜色ない働きで相殺していた。
二度目の無音に寸時反応した化物。
その一瞬の隙に、貴重な散弾銃を懸けて引き金を引く。
ッ!
ッッッッッ!
ッッッッッッッッ!!!!!
ッッッッッ!
ッッッッッッッッ!!!!!
作用反作用で身体が振動する。
今――あの時勝てる見込みなどないと絶望させた化物に――弾をくれている。
歯の根が噛み合わないのを抑えなければ、微細な隙ができてしまう。
恐怖がマウスピースに伝わってしまった時が今際となる。
今――あの時勝てる見込みなどないと絶望させた化物に――弾をくれている。
歯の根が噛み合わないのを抑えなければ、微細な隙ができてしまう。
恐怖がマウスピースに伝わってしまった時が今際となる。
化物の、筋肉の鎧へ一斉に弾が向かう。
蠅を払うように、剣の面で一蹴される。
それでも散弾銃は散弾銃だ。
剣の軌道よりもずっと広く弾は拡散する。
剣の軌道よりもずっと広く弾は拡散する。
皮膚に穴が空く。
血液が噴出する。
角は削れていく。
血液が噴出する。
角は削れていく。
化物の追う勢いは止まらない。
ただ多少、本当に多少。
化物にもダメージを負わせられるのだと、銃器の殊能性に安堵する。
ただ多少、本当に多少。
化物にもダメージを負わせられるのだと、銃器の殊能性に安堵する。
相変わらずリンは、車に運転をさせられているような、危なっかしい操縦をしていた。
突然音の消えた世界に白黒していたが、いかんせん前だけを向いていなければならない。
柱形の水槽を避けながら、広いフロアを突っ走っていた。
バックミラーと、音がせずとも皮膚にビリビリと伝わる銃撃の衝撃波で、男がどうにか武器で立ち回っているのがやっとわかった。
突然音の消えた世界に白黒していたが、いかんせん前だけを向いていなければならない。
柱形の水槽を避けながら、広いフロアを突っ走っていた。
バックミラーと、音がせずとも皮膚にビリビリと伝わる銃撃の衝撃波で、男がどうにか武器で立ち回っているのがやっとわかった。
ミッドバレイは残り弾数半分のイガラッパを全弾撃ち尽くした。
迫る化物は、とても満身創痍には見えなかった。
必要のなくなったイガラッパをぶん投げる。
サイドミラーより大きなイガラッパも、剣で金属片の輪切りへと変貌した。
剣の餌食となれば、自分もこうなるのだ。
迫る化物は、とても満身創痍には見えなかった。
必要のなくなったイガラッパをぶん投げる。
サイドミラーより大きなイガラッパも、剣で金属片の輪切りへと変貌した。
剣の餌食となれば、自分もこうなるのだ。
急いでミッドバレイはサックスを手繰り寄せる。
片足は後部座席へ、もう片足は運転席の背凭れへ。
背中をサンルーフの角に固定する。
冷や汗が風で乾いていく。
もう一度。
肺が破裂する限界まで息を吸い続ける。
化物が無音の世界に身構えるのがわかった。
もう無音にするのは効果がないだろう。
片足は後部座席へ、もう片足は運転席の背凭れへ。
背中をサンルーフの角に固定する。
冷や汗が風で乾いていく。
もう一度。
肺が破裂する限界まで息を吸い続ける。
化物が無音の世界に身構えるのがわかった。
もう無音にするのは効果がないだろう。
――――ウァァンッ!!
何とも形容し難い、そしてあらん限りの大きな音が辺りを包む。
耳が揺らぐ。
空気が波打つ。
酸欠になり目が霞む。
息を長く吐き続ける。
耳が揺らぐ。
空気が波打つ。
酸欠になり目が霞む。
息を長く吐き続ける。
一度の息継ぎでまた大量の空気を吸い込み、サックスへ流す。
小さな亀裂音にて、音界の覇者の、全身全霊のソロパートがフィナーレを告げた。
小さな亀裂音にて、音界の覇者の、全身全霊のソロパートがフィナーレを告げた。
分厚い水槽のガラスにヒビが入る。
厚さ十数センチはあろう強化ガラスが、破裂した。
ミッドバレイはガラスと共鳴する音を奏でていた。
ガラスは破壊しても鼓膜は破れない、信じられない技術技巧だった。
厚さ十数センチはあろう強化ガラスが、破裂した。
ミッドバレイはガラスと共鳴する音を奏でていた。
ガラスは破壊しても鼓膜は破れない、信じられない技術技巧だった。
水槽から、怒涛の勢いで水が暴走する。
上下左右、車が通り過ぎた片っ端から水が溢れ出す。
車の形をしたハリケーンでも走っていくかのようだ。
数トンはあろうかという水の固まりがゾッドを襲う。
上下左右、車が通り過ぎた片っ端から水が溢れ出す。
車の形をしたハリケーンでも走っていくかのようだ。
数トンはあろうかという水の固まりがゾッドを襲う。
「――面白いじゃないか」
ミッドバレイの一挙一動が、ゾッドを好奇で震え立たせ、更なる戦闘へ駆り立てている。
足掻けば足掻くほどに悪循環を辿っていたのだ。
足掻けば足掻くほどに悪循環を辿っていたのだ。
車はフードコートの机を撥ね飛ばし、土産コーナーをあらかたぶっ壊し、
にこやかに『またきてね~♪』と合成音で笑うイルカのモチーフを大破させてやっと屋外へ脱出した。
にこやかに『またきてね~♪』と合成音で笑うイルカのモチーフを大破させてやっと屋外へ脱出した。
後ろにゾッドは着いてきていなかった。
月だけが笑っている。
街路樹がさざめいている。
月だけが笑っている。
街路樹がさざめいている。
水族館前の通りを爆走させる。
一刻でも早くゾッドから離れなければ――
一刻でも早くゾッドから離れなければ――
カシン。
小さな金属音が重なる。
後部座席からミッドバレイが、腰から抜いたベレッタをリンの脳天に定めている。
引き金に掛かる指が動かないのは、宙に浮いた左腕が包丁を持ち、ミッドバレイの首に切っ先を当てていたからだった。
後部座席からミッドバレイが、腰から抜いたベレッタをリンの脳天に定めている。
引き金に掛かる指が動かないのは、宙に浮いた左腕が包丁を持ち、ミッドバレイの首に切っ先を当てていたからだった。
リンはサイドミラー越しに睨みつける。
時速は六十キロ。
今リンを殺したら、やはり死体を片付けるまでに車は大事故を起こす。
車を止めさせるための脅しだ。
リンも牽制するように隠し持っていた包丁を突きつけたが、ミッドバレイが死んだらまたゾッドが襲ってきた場合対抗する手段がない。
今リンを殺したら、やはり死体を片付けるまでに車は大事故を起こす。
車を止めさせるための脅しだ。
リンも牽制するように隠し持っていた包丁を突きつけたが、ミッドバレイが死んだらまたゾッドが襲ってきた場合対抗する手段がない。
運転席にいるリンが何とか主導権を握っている。
アクセルを踏み続けている限り殺されはしないのだが、逆にガソリンが尽きたらリンの命はそこで終わる。
それを考えたらミッドバレイが有利とも言える。
どんどん加速し続ける車内で、二人は膠着状態になる。
アクセルを踏み続けている限り殺されはしないのだが、逆にガソリンが尽きたらリンの命はそこで終わる。
それを考えたらミッドバレイが有利とも言える。
どんどん加速し続ける車内で、二人は膠着状態になる。
ミッドバレイは浮いた左腕を忌々しく睥睨する。
「……人を食ったような手品だな」
「そりゃドーモ。
立場柄、殺気には鋭くてネ」
「そりゃドーモ。
立場柄、殺気には鋭くてネ」
月の光が通りを照らし――嫌な形の影が車上に落ちる。
開けっ放しだったサンルーフが突然光を遮られる。
開けっ放しだったサンルーフが突然光を遮られる。
「……う、え、カァァァァッ!!!!?」
リンが叫ぶ。
ミッドバレイからは、月の逆光で真っ黒になった影が凄まじい勢いで大きくなっていくのが見えた。
ミッドバレイからは、月の逆光で真っ黒になった影が凄まじい勢いで大きくなっていくのが見えた。
アクセルをベタ踏みする。
低速ギアに切り替わる。
時速九十キロをみるまにぶっちぎる。
低速ギアに切り替わる。
時速九十キロをみるまにぶっちぎる。
工場の発車時とは比にならない急加速で、猛烈なGが二人をシートに押しつける。
いる。
化物が来ている。
振り切ってなどいなかった。
化物が来ている。
振り切ってなどいなかった。
水のアタックは確かに効いていた。
だがゾッドは水が溢れる水槽へ、逆に飛び込んでいた。
巨大な水槽は、水上部分が屋外へ通じているタイプだった。
屋外イルカショーが開催される水族館では、ありふれた設計だ。
そのまま中空へ飛び抜け、空から車が出てくるのをてぐすねひいて待っていたのだ。
だがゾッドは水が溢れる水槽へ、逆に飛び込んでいた。
巨大な水槽は、水上部分が屋外へ通じているタイプだった。
屋外イルカショーが開催される水族館では、ありふれた設計だ。
そのまま中空へ飛び抜け、空から車が出てくるのをてぐすねひいて待っていたのだ。
「這個混帳東西!」
えげつない罵声を母語で漏らし、リンは思わずハンドルを左に切る。
完全なる初心者の失敗をおかした。
完全なる初心者の失敗をおかした。
「馬鹿野郎!」
みぞれも溶けきらない道での急な方向転換に、車は酷いスピンがかかった。
車内はミキサーのようにぐわんぐわんとかき混ぜられる。
左回転だったため、遠心力で二人して右のドアに叩きつけられる。
大通りであったことが功を奏して、電柱にぶつからずに回転が弱まる。
これ幸いにと、くらむ頭を堪えて再びリンは車を走らせる。
車内はミキサーのようにぐわんぐわんとかき混ぜられる。
左回転だったため、遠心力で二人して右のドアに叩きつけられる。
大通りであったことが功を奏して、電柱にぶつからずに回転が弱まる。
これ幸いにと、くらむ頭を堪えて再びリンは車を走らせる。
どうも一回転強、回ったらしい。
さっきの進行方向の丁度九十度左を向いているようだった。
海に向かう方面である。
さっきの進行方向の丁度九十度左を向いているようだった。
海に向かう方面である。
細い路地が行く手に伸びる。
彼方には墨汁でも湛えたようなどす黒い海が見える。
体勢を立て直せない。
彼方には墨汁でも湛えたようなどす黒い海が見える。
体勢を立て直せない。
「くそッ……儘ヨ!!」
Uターンで引き返せない路地をひた走る。
右腕だけで車の尻を振る不安定な走行を繰り返す。
右腕だけで車の尻を振る不安定な走行を繰り返す。
だがふと……リンは一つ、気味の悪いことに気づいた。
無茶苦茶に走らせていたつもりだったが、よく考えてみれば……
無茶苦茶に走らせていたつもりだったが、よく考えてみれば……
車で通ってきた道は龍脈に沿っていた。
ワープの空間が何となくわかるように、無意識に龍脈の上を通ってきている。
ワープの空間が何となくわかるように、無意識に龍脈の上を通ってきている。
むしろ龍脈を通りさえすれば、例え狭い道だろうが通路だろうが、行き止まりや道に迷うことはなかった。
今も龍脈の道しるべに沿っている。
次は右、今度は左と、嫌にナビゲートのように続いているのだ。
ちらりと横を見やれば、細い路地からまた更に枝分かれしている路地はほとんどが袋小路である。
今も龍脈の道しるべに沿っている。
次は右、今度は左と、嫌にナビゲートのように続いているのだ。
ちらりと横を見やれば、細い路地からまた更に枝分かれしている路地はほとんどが袋小路である。
山の奥に入れば入るほどもやがかかっていた感覚も、山を下りたら鮮明になってきている。
『いつもより霞がかっているのは変わっていないが、磨りガラスを一、二枚取っ払った程度に感覚を取り戻している。
島に身体が慣れたのか、それともバラバラ人間になった副作用なのか。』
島に身体が慣れたのか、それともバラバラ人間になった副作用なのか。』
違う。
龍脈の乱れが正されている。
鍵を開けたように、誰かが解放したのだ。
龍脈の乱れが正されている。
鍵を開けたように、誰かが解放したのだ。
誰が。
なぜ。
このタイミングで。
なぜ。
このタイミングで。
だが今はこの破天荒なドライブをどう終わらせるか考える方が優先だ。
どう龍脈から読み取っても、次の角を過ぎた途端にカーブが待ち構えている。
どう龍脈から読み取っても、次の角を過ぎた途端にカーブが待ち構えている。
発車時より随分と速度は落ちているが、このスピードでは曲がりきれるかどうかわからない。
「……なぜ道がわかる」
盛大な舌打ちでミッドバレイは運転席の座席ごと右腕を回し、ベレッタをリンのこめかみに突きつけた。
歯噛みしてリンも首に包丁を押し付ける。
歯噛みしてリンも首に包丁を押し付ける。
ミッドバレイも、小道を猛然と走り続けられる不自然さには疑問を抱いていた。
「オレにはナビゲート能力があるんだヨ!」
大嘘。
「次の角で死ぬカモ」
これは大体合っている。
「なら……ナビになれ」
車を正面から見た者がいたら、状況が理解できないだろう。
ミッドバレイがギアとサイドブレーキ、ハンドルの三点を、後部座席から腕を伸ばして操ろうとしている。
カバーしきれないハンドル動作をリンが右手で補完する。
ミッドバレイがギアとサイドブレーキ、ハンドルの三点を、後部座席から腕を伸ばして操ろうとしている。
カバーしきれないハンドル動作をリンが右手で補完する。
何より、互いの凶器は互いを向いたままだった。
ハンドルやギアを握る手が震えていても、凶器を持つ手にはブレも迷いもなかった。
ハンドルやギアを握る手が震えていても、凶器を持つ手にはブレも迷いもなかった。
「右へ曲がる大きいS字カーブ、そのすぐ後にまた右に折れル連続コーナーダ!」
これを抜かないと、確実にゾッドに追い付かれる。
「今の速度は」
「八十キロダ!」
「左へ切れ!」
「八十キロダ!」
「左へ切れ!」
すかさずリンはハンドルを回す。
が、素人の手前、回し過ぎる。
回し過ぎるのを見越して、ミッドバレイはハンドルを必要以上に回転させるのを食い止める。
が、素人の手前、回し過ぎる。
回し過ぎるのを見越して、ミッドバレイはハンドルを必要以上に回転させるのを食い止める。
軌道をふくらませ、左のガードレールに擦り寄るほど近づく。
直ぐに右へ切り返す。
止まることなく、カーブの外側から内側へ真っ直ぐ突き抜く。
ちょうどS字の中心部を真っ直ぐつっ走る状態だった。
最初のカーブをクリアする。
直ぐに右へ切り返す。
止まることなく、カーブの外側から内側へ真っ直ぐ突き抜く。
ちょうどS字の中心部を真っ直ぐつっ走る状態だった。
最初のカーブをクリアする。
短い直線路が次のカーブへ入る前に伸びている。
「フルパワーで加速しろ!」
カーブを抜けるためではない。
ゾッドを少しでも振り切ろうとの足掻きだった。
ゾッドを少しでも振り切ろうとの足掻きだった。
エンジンが咳を吐いている。
アクセルのレスポンスが悪い。
車の寿命が短くなっている。
ガソリンの有無に関わらず、ベレッタの弾がリンの頭蓋骨を貫く時が近づいている。
アクセルのレスポンスが悪い。
車の寿命が短くなっている。
ガソリンの有無に関わらず、ベレッタの弾がリンの頭蓋骨を貫く時が近づいている。
二つ目のカーブへ飛び込む。
カーブの内側へ車を引き寄せていたが、恐ろしい悪路だった。
みぞれどころか、雪がまだ溶けきっていない。
カーブの内側へ車を引き寄せていたが、恐ろしい悪路だった。
みぞれどころか、雪がまだ溶けきっていない。
ギャギャギャキキィーッ!
ハンドルを左へ回した。
左へ曲がれるように車の右半身が浮かせられたのはいいが、肝心の左のタイヤ二つが横滑りする。
左へ曲がれるように車の右半身が浮かせられたのはいいが、肝心の左のタイヤ二つが横滑りする。
水と雪が飛沫になり、轍を残す。
二人はまた右のドアに体当たりをすることになった。
二人はまた右のドアに体当たりをすることになった。
ミッドバレイはサイドブレーキを引き上げた。
後輪にブレーキが掛かる。
地面に触れている左後輪を軸に、前車体もほんの数センチか浮く。
左回転のドリフトの余韻を受け、コンパスが回るように車体が向きを変える。
後輪にブレーキが掛かる。
地面に触れている左後輪を軸に、前車体もほんの数センチか浮く。
左回転のドリフトの余韻を受け、コンパスが回るように車体が向きを変える。
ドスンと機体が落ちた頃には、車の鼻先が進みたい方向へ向いていた。
サイドブレーキを戻し進ませる。
最後のカーブへ差し掛かる。
――が、道路中央に突然白い柱が立った。
化物が持っていた白濁の剣だった。
二人の進行方向へ投擲のように剣を投げたのだと認識した瞬間。
逃亡してきた全てが台無しになった。
逃亡してきた全てが台無しになった。
リンが剣を避けようと必要以上にハンドルを切り、それがガードレールに接触する結果となった。
ギアもサイドブレーキも動かしていられなかった。
車はきりもんでガードレール外へ弾き出される。
ギアもサイドブレーキも動かしていられなかった。
車はきりもんでガードレール外へ弾き出される。
ドアが飛ぶ。
ライトが飛ぶ。
フロントガラスが砕け散る。
銃声が轟く。
血が流れる。
ライトが飛ぶ。
フロントガラスが砕け散る。
銃声が轟く。
血が流れる。
全開のままのサンルーフから、ミッドバレイが先に放り出される。
宙に投げられている中で見たものは、バラバラになって車外へ脱出したリンと、未だきりもみ回転し続ける車だった。
リンの左手と左二の腕には大穴が空いている。
急ハンドル切りでベレッタはこめかみから外してしまったが、浮いた左手に押しつけることはできた。
跳弾覚悟で手のひらど真ん中を吹き飛ばしたのだ。
どこをどう通ったのか、跳弾はリンの二の腕を貫通させていた。
リンの左手と左二の腕には大穴が空いている。
急ハンドル切りでベレッタはこめかみから外してしまったが、浮いた左手に押しつけることはできた。
跳弾覚悟で手のひらど真ん中を吹き飛ばしたのだ。
どこをどう通ったのか、跳弾はリンの二の腕を貫通させていた。
左肩からは掠めた包丁による血が吹き出し、右肩は二度に渡るドアへの強打のせいでひどく痺れている。
横腹からコンクリートに落下した。
ごきりと肋骨から嫌な音がする。
傷みを感じる間もなくバウンドし、次は背中が擦れていく。
背広に穴が空き、シャツが剥き出しになったところでまた跳ねる。
それでも目はリンを追う。
最適な道を選ぶ能力を持つと言う子供が左半身を真っ赤に染めながら向かったのは、
確かに安全であろう、化物では入れない大きさの地下下水道出口だった。
横腹からコンクリートに落下した。
ごきりと肋骨から嫌な音がする。
傷みを感じる間もなくバウンドし、次は背中が擦れていく。
背広に穴が空き、シャツが剥き出しになったところでまた跳ねる。
それでも目はリンを追う。
最適な道を選ぶ能力を持つと言う子供が左半身を真っ赤に染めながら向かったのは、
確かに安全であろう、化物では入れない大きさの地下下水道出口だった。
☆
銀時と沙英がデパートから安全に離れる時に使ったような、妙に、いや不自然にきれいな下水道だった。
嗅覚を通りて過ぎて眼球や舌を刺激する、腹の底からむせかえる臭いがしない。
下水道らしいのは、汚水の流れに所々ゴミが引っ掛かっている点ぐらいだ。
光のない下水道を、リンは壁に手を当て頼りにしながらひた走る。
その壁にすらぬめりがない。異様なまでにきれいだった。
嗅覚を通りて過ぎて眼球や舌を刺激する、腹の底からむせかえる臭いがしない。
下水道らしいのは、汚水の流れに所々ゴミが引っ掛かっている点ぐらいだ。
光のない下水道を、リンは壁に手を当て頼りにしながらひた走る。
その壁にすらぬめりがない。異様なまでにきれいだった。
下水道は何キロも伸びていた。
真っ暗闇を下水道が続くだけ走る。
真っ暗闇を下水道が続くだけ走る。
遠くへ。
とにかく遠くへ。
早く水辺を離れなければ。
早く化物から離れなければ。
その一心だった。
とにかく遠くへ。
早く水辺を離れなければ。
早く化物から離れなければ。
その一心だった。
音が反響するコンクリート造りの下水道で、足音が途絶える。
走れど走れどするはずの音がしない。
地面を踏みしめているのかが曖昧になる。
光が無い、音が無い、声が出せない。
闇の果てに置き去りにされたようだった。
左腕の傷みだけが正気を保たせる。
地面を踏みしめているのかが曖昧になる。
光が無い、音が無い、声が出せない。
闇の果てに置き去りにされたようだった。
左腕の傷みだけが正気を保たせる。
今はどこを走っているのだ。
自分は何をしているのだ。
どうしてこんなことになっているのだ。
自分は何をしているのだ。
どうしてこんなことになっているのだ。
あの男が狙っている。
狙われている。
狙われている。
狙われている!
狙われている。
狙われている。
狙われている!
「 ッ!」
ちくしょウッ! そう叫んだつもりだった。
右足に灼熱を感じた。
穴が空いたと直感的に思い、手を当てたその次の瞬間には大切な大切な部分が欠けていた。
右足に灼熱を感じた。
穴が空いたと直感的に思い、手を当てたその次の瞬間には大切な大切な部分が欠けていた。
べちょり。
そう聞こえた気がしただけで、血が飛び散り、桃色の肉が落ちる音は消し去られた。
見えすらしなかった。
見えすらしなかった。
眼前にリンの知らない、幻の皇帝の背中が見える。
年をとったランファンに似た女が仕えている。
シンの民族を束ね、正しい政治を治める。
理想の皇帝の姿。
年をとったランファンに似た女が仕えている。
シンの民族を束ね、正しい政治を治める。
理想の皇帝の姿。
これは、誰なんだ。
そこはオレの席だ。
どいてくれ。
振り返った皇帝の顔は。
そこで頭にノイズが走る。
何がいけなかった。
どうしてこうなれなかった。
どうしてこうなれなかった。
『オレの役目は皇帝ニ――』
ああ。
仲間というルールを。
破った時点で。
皇帝になる運命は。
否定されて。
新しい因果が。
決まってしまったのか。
エド。
フー。
ランファン。
――グリード。
『……オレが本当に欲しかったのは……何だったんダ?』
最後に。
さぁ力を振り絞れ。
狙撃者は近いぞ。
あの男はオレを殺した時にこの身体をどうするか?
予想しろ。予測しろ。
腕を伸ばせ。
そして掴め。
強く掴め。
死んでも離すな。
さぁ力を振り絞れ。
狙撃者は近いぞ。
あの男はオレを殺した時にこの身体をどうするか?
予想しろ。予測しろ。
腕を伸ばせ。
そして掴め。
強く掴め。
死んでも離すな。
人の道から外れたなら外れたなりに。
やることがあるだろう?
やることがあるだろう?
暗闇から、更なる暗闇へ落ちていった。
☆
服がズタズタでも。
右半身が腫れても。
肩の傷が痛んでも。
肋骨が骨折しても。
右半身が腫れても。
肩の傷が痛んでも。
肋骨が骨折しても。
「……生きているな……」
その一言に尽きる。
分厚い土とコンクリートの壁に阻まれ、化物は下水道に入って来られなかった。
逃げられたのだ。
化物から、そしてナイブズから。
分厚い土とコンクリートの壁に阻まれ、化物は下水道に入って来られなかった。
逃げられたのだ。
化物から、そしてナイブズから。
目の前には、蜂の巣になった名前も知らない子供が転がる。
もはや用済みの人間だった。
ベレッタを残り弾数全てぶちこみ、その殆どを食らった子供は当然のように事切れていた。
蹴り上げ、死体を下水道へ落とす。
浮きもせず、汚泥にまみれて沈み流されていった。
ベレッタを残り弾数全てぶちこみ、その殆どを食らった子供は当然のように事切れていた。
蹴り上げ、死体を下水道へ落とす。
浮きもせず、汚泥にまみれて沈み流されていった。
ランタンをかざし、辺りを確認する。
よく見るとすぐ真上に、下水道からマンホールに繋がるかぎ梯子が伸びていた。
下水道に入ってから痛む身体をどうにか動かし、しばらく移動し続けていた。
ここは今どの辺りにあたるのだろうか。
このまま歩いて立ち入り禁止区域に知らずに入りたくはない。
よく見るとすぐ真上に、下水道からマンホールに繋がるかぎ梯子が伸びていた。
下水道に入ってから痛む身体をどうにか動かし、しばらく移動し続けていた。
ここは今どの辺りにあたるのだろうか。
このまま歩いて立ち入り禁止区域に知らずに入りたくはない。
とにかくここを上がっておきたい。
梯子に軋む手を掛ける。
梯子に軋む手を掛ける。
――――――ザザザザザザ
―――――ザザザザザザ
――――ザザザザザザ
―――――ザザザザザザ
――――ザザザザザザ
プツッ
時系列順で読む
投下順で読む
| 171:狂い咲く人間の証明 | ゾッド | 171:人生は大車輪 |
| 171:狂い咲く人間の証明 | ゾルフ・J・キンブリー | 171:人生は大車輪 |
| 171:狂い咲く人間の証明 | ミッドバレイ・ザ・ホーンフリーク | 171:人生は大車輪 |
| 171:狂い咲く人間の証明 | ミリオンズ・ナイブズ | 171:人生は大車輪 |
| 171:狂い咲く人間の証明 | リン・ヤオ | 171:人生は大車輪 |