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米志誠

米志誠 べいしせい

?-913
唐末・五代の武将。楊行密の部将。沙陀部の人。当時、朱瑾の槊(槍)、米志誠の弓射が全軍で並び称された。安仁義が叛くと、王茂章とともに潤州で安仁義を捕らえた。しばらくして都押牙となる。行営都指揮使となる。楚を破って功績があり、柴再用とともに劉崇景を破り、秦寧軍節度使となった。朱瑾が徐知訓を殺すと、米志誠は十騎を従えて天興門に行き、朱瑾の居場所を訪ねて、朱瑾が死んだことを聞いて引き換えしたため、徐温に幇助を疑われて誅殺された。『九国志』に伝がある。

史料

『九国志』巻二 呉臣伝 米志誠

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 米志誠(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E7%B1%B3%E5%BF%97%E8%AF%9A

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最終更新:2024年05月23日 18:07
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