米志誠 べいしせい
?-913
唐末・五代の武将。
楊行密の部将。沙陀部の人。当時、
朱瑾の槊(槍)、米志誠の弓射が全軍で並び称された。
安仁義が叛くと、
王茂章とともに潤州で安仁義を捕らえた。しばらくして都押牙となる。行営都指揮使となる。楚を破って功績があり、
柴再用とともに劉崇景を破り、秦寧軍節度使となった。
朱瑾が徐知訓を殺すと、米志誠は十騎を従えて天興門に行き、朱瑾の居場所を訪ねて、朱瑾が死んだことを聞いて引き換えしたため、
徐温に幇助を疑われて誅殺された。『九国志』に伝がある。
史料
『九国志』巻二 呉臣伝 米志誠
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最終更新:2024年05月23日 18:07