安仁義 あんじんぎ
?-905
唐末の武将。沙陀の人。はじめ
李国昌に仕えて辺境にあったが、罪に問われて河南に亡命し、
秦宗権の軍中に属した。光啓三年(887)、馬軍指揮使に任じられた。上役であった
秦宗衡が軍中で殺害されると、
楊行密のもとに逃亡し、楊行密に仕えて騎兵を委ねられ、
田頵の上位に列した。文徳元年(888)
趙鍠を破り、田頵と共に常州の
杜稜を破った。大順年間(890-891)初頭、
孫儒の将
劉建鋒が侵攻してくると、武進で打ち破り、景福元年(892)孫儒を滅ぼす功績の一助をあげ、潤州刺史に任命された。
天復三年(903)田頵と結んで叛乱を起こし、昇州を攻撃した。しかし不利となり、潤州が陥落して捕縛され、広陵の市場で斬られた。『九国志』に伝がある。
史料
『九国志』巻三 呉 列伝 安仁義
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最終更新:2026年07月21日 01:35