アットウィキロゴ

安仁義

安仁義 あんじんぎ

?-905
唐末の武将。沙陀の人。はじめ李国昌に仕えて辺境にあったが、罪に問われて河南に亡命し、秦宗権の軍中に属した。光啓三年(887)、馬軍指揮使に任じられた。上役であった秦宗衡が軍中で殺害されると、楊行密のもとに逃亡し、楊行密に仕えて騎兵を委ねられ、田頵の上位に列した。文徳元年(888)趙鍠を破り、田頵と共に常州の杜稜を破った。大順年間(890-891)初頭、孫儒の将劉建鋒が侵攻してくると、武進で打ち破り、景福元年(892)孫儒を滅ぼす功績の一助をあげ、潤州刺史に任命された。天復三年(903)田頵と結んで叛乱を起こし、昇州を攻撃した。しかし不利となり、潤州が陥落して捕縛され、広陵の市場で斬られた。『九国志』に伝がある。

史料

『九国志』巻三 呉 列伝 安仁義

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 安仁義(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E5%AE%89%E4%BB%81%E4%B9%89

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2026年07月21日 01:35
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。