李文通 りぶんつう
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中唐の宗室・官人。郇王
李禕の後裔。その世系は李禕→
李叔良→
李孝協→李思忠→李超成→李澄真→李文通となる。元和十年(815)正月、
呉元済討伐にあたって、寿州刺史の
令狐通の戦意が乏しかったため、宣慰使となったが、そのまま令狐通と交替して寿州団練使に任じられ、兵を率いて敵将の
王覧・
董重質と史蔟岡で戦い、王覧の首級をあげた。翌年三月に敵を固始で破り、𨫼山を陥落させた。九女原を夜襲し、敵陣三十所を皆殺しにし、西北・安陽山に分けて、一万人を捕虜とした。これら
呉元済討伐の功によって散騎常侍・遂州刺史となる。子に
李業がいる。
表・列伝
最終更新:2025年01月23日 13:41