馬嘉運 ばかうん
?-645
初唐の官人・儒者。滑州白馬県(河南省滑県)の人。若くして出家して『中論』『十二門論』『百論』の三論に通じたが、還俗して儒者となり、貞観年間(623-649)初頭、
越王東閤祭酒となったが、白鹿山に退隠した。貞観十一年(637)
太学博士・
弘文館学士に任じられ、
孔穎達らが『五経正義』を撰述すると論難したため、詔によって重修されることとなった。
崇賢館学士・東宮侍講・国子博士を歴任した。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2025年12月01日 01:32