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韋安石

韋安石 いあんせき

651-714
武周・盛唐の宰相(在任700-705、705-706、709-710、711)。北周の名将韋孝寛の曾孫で、その世系は韋孝寛→韋津韋琬→韋安石である。韋叔夏の弟。明経科に貢挙し、乾封県の尉に調任され、蘇良嗣に見出され、武則天に推薦されて膳部員外郎に抜擢された。并州司馬、徳州・鄭州刺史を歴任。久視元年(700)文昌右丞となり、さらに鸞台侍郎同鳳閣鸞台平章事(宰相)、兼太子左庶子、侍読となった。武則天の寵愛を受けた張易之張昌宗武三思の専横に対抗した。神龍元年(705)宰相を罷免されたが、同年中に復職して同三品、中書令、兼相王府長史に遷り、鄖国公に封ぜられた。睿宗が即位すると、太子少保を授けられ、郇国公に改封され、また侍中、中書令となり、開府儀同三司に昇進した。朝廷の宰相の多くが太平公主に取り込まれる中、太平公主の与党となることを拒んだ。尚書右僕射兼太子賓客、同三品に遷ったが、宰相を罷免され、東都留守となった。妻の薛氏が、娘の急死が婿の李元澄が寵愛する婢によるものだと思い込み、婢を笞殺してしまい、以降、相次いで弾劾されて左遷された。子に韋陟韋斌がいる。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百二十二 列伝第四十七 韋安石
『旧唐書』巻九十二 列伝第四十二 韋安石

外部リンク

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』韋安石
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%8B%E5%AE%89%E7%9F%B3

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最終更新:2026年01月26日 02:53
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