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欧陽通

欧陽通 おうようとう

625-691
初唐・武周の官人・書家。武則天の宰相(任691)。潭州・臨湘(湖南省臨湘県)の人。字は通師。欧陽詢の子。高宗武則天の2朝に仕えて、奉議郎、行蘭台郎から中書舎人、殿中丞をへて、渤海開国子に封ぜられ、司農卿、判納言事にいたったが、張嘉福武承嗣を皇太子に擁立する事件に反対して殺された。書は幼少のころから刻意家風を学び、さらに勁健な書風を作り出した。その書体を父に対して小欧陽体とよんでいる。作品には「道因法師碑」「泉男生墓誌」が現存する。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。

列伝

『新唐書』巻一百九十八 列伝第一百二十三 儒学上 欧陽詢
『旧唐書』巻一百八十九上 列伝第一百三十九上 儒学上 欧陽詢 子通

参考文献
『アジア歴史事典』2(平凡社,1959)

外部リンク
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』欧陽通
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%A7%E9%99%BD%E9%80%9A

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最終更新:2026年03月01日 03:26
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