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苗璘

苗璘 びょうりん

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唐末・五代の武将。楊行密の部将。天祐二年(905)楊行密と武昌軍節度使の杜洪との戦いで、杜洪の根拠地鄂州を包囲すると、杜洪が解囲のため間道からの永興県襲撃軍を組織した。その際に劉存によって間道の対処のため方詔とともに派遣された。杜洪のもとに派遣された朱全忠の援軍が脱走し、陣営にて間道の兵は強力で、鄂州の兵は弱兵であると語ると、苗璘は強兵を倒せば弱兵は動揺するとし、自ら開道の軍を攻撃して打ち破り、汴兵三百人を捕虜にし、鄂州城下に晒した。乾貞二年(928)楚攻略の軍に参加したが、大敗し捕虜となった。講和により帰還し、病のため卒した。

列伝・史料

『新唐書』巻一百九十 列伝第一百一十五 杜洪
『十国春秋』巻七 呉 列伝 苗璘

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 苗璘(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E8%8B%97%E7%92%98

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最終更新:2026年07月08日 01:56
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