韋震 いしん
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唐末・五代の官人。字は東卿。雍州万年県の人。初名は韋肇。
朱全忠に仕えて都統判官となる。
昭宗が石門に行幸すると、朱全忠は間道を透って行在に上表させ、昭宗から名を震と賜った。また朱全忠が
楊行密に敗れると、
杜洪・
鍾伝・
王師範・
銭鏐らを唆して、自身を元帥に推薦させ、また鄆州の領有を求めた。昭宗は当初許可しなかったが、韋震は熱弁を振るって目的を達成し、鄆州留後に任じられた。洛陽に遷都すると、河南尹、六軍諸衛副使となったが、病の為、守太子太保で致仕した。朱全忠が禅譲を受けて即位すると太子太傅となり、末帝が即位すると太師となった。『新五代史』に伝がある。
列伝
『新五代史』巻四十三 雑伝第三十一 韋震
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最終更新:2026年08月02日 23:41