朱敬玫 しゅけいばい
?-885
晩唐の宦官。荊南監軍。荊南節度使
段彦謩と関係が悪化し、
中和二年(882)、段彦謩を殺害して実権を掌握。少尹の
李燧を荊南節度留後とし、さらに
陳儒を荊南節度領府事とした。しかし陳儒は淮南の将軍である
張瓌に幽閉され、張瓌が実権を掌握。朝廷より監軍を解任されて楊玄晦と交替・召還されることになると、罪を問われることを恐れて自ら辞職して荊南に留まった。将軍・富商を脅して巨富と豪華な衣装を貯め込んでいたから、張瓌に襲撃されて殺害された。
本紀・列伝
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最終更新:2026年08月29日 16:41