顧彦朗 こげんろう
?-891
唐末の群雄。豊州(内蒙古自治区)の人。
顧彦暉の兄。天徳軍節度使の下級将校となり、節度使
蔡京の元で昇進した。
黄巣の乱がおこると、長安奪還戦に加わり、右衛大将軍となった。光啓三年(887)剣南東川節度使・検校太保・同中書門下平章事に任じられたが、剣南西川節度使
陳敬瑄に任命の節を奪われ、以後両者は争った。
王建が四川の地で破竹の進撃をすると、顧彦朗と王建は旧友であったから支援した。
大順二年(891)卒。弟の顧彦暉が継いだ。『新唐書』に伝がある。
列伝
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最終更新:2026年09月07日 22:49