馬元贄 ばげんし
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中唐の宦官。大和九年(835)十一月の甘露の変の時点で閤門使であり、四宰相・御史中丞・京兆尹が殺害の混乱の中、
張仲方を京兆尹に任じる宣言を行った。左神策護軍中尉となり、会昌六年(846)三月、
武宗の病が重くなると、光王李怡を立てて皇太叔、権勾当軍国政事に擁立し、武宗が崩ずると即位させた。これが
宣宗で、以後宣宗に重用された。しかし馬元贄が宣宗より賜った通天冠・犀帯を宰相
馬植に贈り、そのことが発覚して馬植は宰相を罷免された。
本紀・列伝
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最終更新:2026年10月12日 23:44