堕落の果て、害悪の跡地にて ◆mtws1YvfHQ


 二人の娘が竹林の中を歩いていた。
 その足取りは非常に遅い。

「うにー、足がー」

 と、蒼い髪をした娘が言った。
 その娘の名前は玖渚友。かの、世界を牛耳っていると言っても過言ではない玖渚機関のお嬢様であり、ほんの少し前までそこから絶縁されていた存在。

「うー、そう言われても困りますよぅ」

 一緒に歩きながら背中を押したり励ましたりしているもう一人の、ニット帽を被った娘。
 その娘の名前は無桐伊織。一般家庭で生まれ育った極平凡な娘だった。
 だったのだが、今は紆余曲折を経て裏の世界で殺人鬼と呼ばれる零崎一賊の末娘になっている、元平凡な娘。
 そんな、一緒に居る事自体が奇跡のような二人は、とある所を目指していた。
 その場所の名前は、

「しかし見えてきませんね、その……斜道って人の研究施設」

 斜道郷壱郎の研究施設。
 天才だった男の、堕落し切った男の、末路とも墓場とも言える場所。
 そんな場所になぜ二人が向かっているかと言うと、それは至極簡単な理由からだった。
 ネットカフェのパソコンはまるで役に立たない。
 なら幸い近くにあって、そしてもっと良いパソコンのあるはずの斜道郷壱郎の研究施設に行こう。
 もしかしたら何かしらの情報を手に入れられるかも知れないし、運が良ければネットもつながってるかも知れないから。と。
 しかし地図で一マス程度しか離れていない場所にかなり時間が経った今でも着けていない。
 理由はある。
 玖渚の足が遅い上に、かなりの回数休憩を挟んでいるからだ。
 伊織が押してもなかなか進めず仕舞い。
 もう数えるのが億劫と言えるほどのそれを繰り返し。
 そのせいか伊織はぼぅっとし始めていた。
 ぼぅっと。
 ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、
 ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、
 ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、
 ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、
 ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと休憩を挟み、ぼぅっと背中を押し、ぼぅっと大鋏を出し、ぼぅっと口に銜えて、ぼぅっと、ぼぅっと、

「お、見えて来た見えて来た」

 と、嬉しそうな玖渚の声を聞いて、伊織は正気を取り戻す。
 慌てて口に銜えていた大鋏――≪自殺志願≫――を仕舞い、何事もなかったかのような顔をする。
 幸か不幸か玖渚は一度も振り返らなかったおかげで、その事にはまるで気付いていないようだった。

「あ、ああ。へぇー、あれですか。あれが――」

 《堕落三昧》の研究施設。だった場所。



「うにうに。興味深い物がいろいろあるんだね。ん? パスワード? プロテクト? 無駄無駄ぁー」

 今の玖渚友を表すには、一言では決して足りないだろう。
 だからと言って、言葉が幾つあっても足りるか分からない。
 と、格好良く言ってみるが、正直な所そうとしか言いようがないのだ。
 とりあえず、凄い。
 見るからに、凄まじい。
 訳が、分からない。
 どうやっても、真似出来ない。
 いやいやいや、この程度ではとてもじゃないが足りはしない。
 凄い。
 見事だ。
 狂ってる。
 素晴らしい。
 凄まじい。
 有り得ない。
 考えられない。
 恐ろしい。
 普通じゃない。
 非常識だ。
 どうなっている。
 などと、言葉を並べ立てた所で、書き立てた所で、掻き集めた所で、足りはしない。
 それはもう人外魔境と言って良い領域の話だった。
 そんな領域の所業を、元貧弱一般人である無桐伊織に手伝える事がある筈もなく、時々様子を見るために覗く以外には隣のコードやらケーブルが広がる隣の部屋で一人優雅に紅茶タイムと洒落込むしかない。
 それが伊織の現状。
 紅茶以外にも、置いてあったクッキーやらビスケットやらの茶菓子を齧りながら時間を潰す。
 ちなみにちゃんと茶菓子は玖渚の近くに置いておいたので問題はないはず。

「しかし《害悪細菌》とは……」

 ここに居たって言う人は随分と物騒な人だったんですねぇ、などと一人呟く。
 今更ながら今居る場所は、《堕落三昧》斜道郷壱郎と共に研究を行っていた玖渚の友人の一人、《害悪細菌》兎吊木垓輔の居たと言う場所だった。
 元とは言え、そんな場所を勝手に使っている今現在。
 セキュリティー関連が全く動作していなかったここを使うと玖渚が言った時に伊織が、

「大丈夫なんですか、勝手に使っちゃって?」

 と聞けば、

「だいじょーぶだいじょーぶ」

 と、返された。
 一緒に世界を股に掛けて遊んだ仲だから。と。
 仲間だから。と。
 《仲間》だから大丈夫。と。
 嬉しそうに、愉しそうに、まるで自慢の玩具を見せびらかす子供のような笑顔で、玖渚友は言ったのだった。

「…………ひーまー」

 伊織は足をバタつかせてみる。
 手持無沙汰にただ待つだけと言うのは、色々と辛い物があるのだ。
 終いにはコードやらでごちゃついている床の上を転がり始めた時、

「――――あ、そうだ」

 ふと暇を潰す方法を思い付いた。
 早速伊織は玖渚の居る隣の部屋に顔を覗かせる。
 玖渚に特に変わった様子はない。

「玖渚さーん?」
「んー? なーに、舞ちゃん?」

 玖渚は一切手を止めずに返事をした。
 しかし全く作業速度が落ちる様子もない。
 僅かに伊織は「凄いな~」などと思いながら、

「ちょっくらこの建物の中を探検して来ますね」
「んー……? そう。行ってら……っとちょっと待って」
「はい?」

 伊織が聞くも、「ちょっとねー」とだけ言って、俄かに手の動きが加速する。伊織は軽く首を傾げも、玖渚には説明する気がないようだ。
 一先ず、ただ待つ。
 そして大した時間も経たずに、

「うに、完了なんだね」
「なにがですか?」
「セキュリティーを復帰させた。これでこの建物の玄関はロックされた感じだね」
「……そんな便利なのがあるなら最初からしましょうよぅ」
「そう言われても困るよ。忘れてた訳じゃないけどうっかりってやつだよ、うん」

 そう言って少し苦そうに笑って、


「まあ、これでなにか異常があれば警報装置ががんがん鳴るから飽きるか警報が鳴るまでは好きにしてて良いよ?」
「あいはい分かりました」

 言うのに適当に答えると、伊織が顔を引っ込めて扉を閉めようとした。
 その時、思い出したように玖渚は口を開く。

「そう言えばここって屋上があるから、もしかしたら何かあるかも知れないよー?」
「へぇ……そんじゃそこらも見てきます」
「うにー」

 今度こそ扉を閉めると、伊織は歩き始めた。
 単純明快。暇潰しの為に。
 部屋を出て、エレベータのボタンを押す。
 動く様子はない。
 首を傾げて、思い出した。
 《害悪細菌》の兎吊木垓輔と言う人が分解したんだと。
 それでもこの施設を見て回る事はつまり、

「全部歩きですかぁー!」

 そう言って頭を抱えても、今更何の意味のない事だった。



 凄まじい勢いでそのパソコンの画面は移り変わって行く。
 それはそれ以上の侵入を止めようとするプログラムが大半であるが、紙でも裂くように易々と、髪でも切るように易々と、神でも貶めるように易々と、破られて行く。
 しかしその多くは、玖渚友にとっても、無桐伊織にとっても、重要な事はない。
 箱庭学園にあるパソコンとでも繋がっているらしく、『特別』に『異常』に『過負荷』などなど箱庭学園に関する情報ならば幾らでも手に入る。
 しかし、それ以外が無い。
 地図も見付からない。
 参加者表も見付からない。
 だからもしかしたら居るかも知れない、いーちゃんや零崎人識の情報が見付からない。
 もちろん首輪の情報も見付からない。
 多少関係ありそうな所では、天才を量産しようとしている感じの事は見付かった。
 しかしバトルロワイヤルについては、未だに何も見付からないのだ。

「……うにうに」

 困ったように呟く。
 もしかしたら、バトルロワイヤルに関する事は回線で繋がれていない、パソコンや書類などにあるのかも知れない。そう思ったのだ。
 もしそうだとすれば玖渚は如何にも無力だ。
 情報の入ったパソコンが目の前にあれば別だが、情報の入ったパソコンと目の前にあるパソコンが繋がっていたら別だが、そのどちらでもない限り玖渚は無力だ。

「もうちょい詳しく調べてみようかなー…………でも、もしかしたらぐっちゃんの力が必要になってくるかもしれないかな?」

呟いた。
 式岸軋騎、《街》、『蠢く没落』。
 《仲間》で唯一パソコンなしの屋外活動も十分出来る式岸軋騎。
 その力が必要かも知れない。
 そう思うと、玖渚の今まで青かった瞳の色がすぅっと、蒼色に変わり、

「うふふ」

 口元を吊り上げると、小さく、笑った。



「ほんぬぅ!」

 屋上に行くための場所に蓋のようになっていた物をずらし、何とか無桐伊織は屋上に出た。
 まだ辺りは暗い。
 伊織は一息付き、屋上の上を転がろうとして、思いとどまった。
 周りに柵がないから下手したら屋上から地面に向けて没シュートしかねないからだ。
 ぶぅー、と口先を尖らせる。

「柵があってこその屋上でしょうよぅ」

 若干理不尽な事を言いながらゆっくりと屋上を見渡す。
 一応何かあるかも知れないからと言われて屋上に来たのだから、探して置かないと来た意味が微妙にない。
 が、暗くて見え辛い。

「…………何もなさそうです」

 とりあえず何も無い事にした。
 そしてぶらぶらと縁からそれなりに離れた所を歩き始める。

「へえ、ここって他よりも少し低いんだ」

 外からじゃ気付かなかったなぁー、と言いながら歩き回る。
 そんな最中に、何かを蹴り飛ばしてしまった。

「うん?」

 目を凝らして近くをよくよく見て見ると、黒くて小さな何かがあった。
 小さく首を傾げる。
 暗いからどうにもよく分からない。よく見えない。

「――ふぅむ」

 危うく何やらよく分からないが見付け損ねる所を、運良く見付けられた。
 しかしまだ何かあったら困ると思って周りを見渡してみる。
 が、まあ何もなさそうな雰囲気。
 と言う事にして伊織は黒い物体を他の支給品も入っているデイパックの中に放り込んで、屋上から明るい下の階へ移動する。
 その際に屋上に通じる蓋を閉めるのも忘れずに。


【一日目/黎明/D-7斜道郷壱郎の研究施設】
【無桐伊織@人間シリーズ】
[状態]殺人衝動が溜まっている
[装備]『自殺志願』@人間シリーズ
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)、謎の黒い物体
[思考]
基本:玖渚さんが終わるまで適当に時間を潰す。
 1:玖渚さんのボディーガード。
 2:とにかく、人識くんと合流したい。
[備考]
 ※時系列では「ネコソギラジカル」からの参戦です。
 ※謎の黒い物体が何なのかはまだ分かっていません。

【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:今は調べられるだけ調べる。
 1:舞ちゃんに護ってもらう。
 2:いーちゃんと合流したい。
 3:ぐっちゃんにも会いたいな。
[備考]
 ※「ネコソギラジカル」上巻からの参戦です。
 ※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイヤルについての情報はまだ捜索途中です。



[備考]
 ※無桐伊織と玖渚友は斜道郷壱郎の研究施設の二階の血文字は知りません。恐らく別の研究施設の二階です。
 ※無桐伊織と玖渚友のいる建物で何かあると警報装置が響きます。


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知られざる英雄(知られた英雄) 投下順 時、虚刀、学園にて
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最終更新:2012年10月02日 08:33