ネットカフェで一服 ◆mtws1YvfHQ
ネットカフェ。
個室の中一つ一つにパソコンの置かれた場所に、一人の男が現れた。
その男の名は、貝木泥舟。
自他共に認める詐欺師である。
そんな詐欺師である彼だが、カモを探す為にネットカフェに入った訳ではない。
いや、ある意味で言えばカモを探す為と言える。
貝木にとってのカモは、金を出させるためのカモではなく、使い捨ても効く協力者としてのカモ。
しかし今はカモ探しが目的ではない。
生き残る事、ひいてはそのための情報集めこそが目的。
一度は流していたネットカフェに入り込んだのだった。
そしてそこで貝木の目に付いた物は、死体だった。
滅多刺しにされ、斬り裂かれた死体。
分かり易いほど分かり易いそれは何処から如何眺めたとしても、死体だった。
しかし、
「デイパックは置いたままか……貰って置くとしよう」
貝木は平然と、死体を避けると傍にあったデイパックを拾い上げた。
そしてそれはもはや自分の物であるかのように遠慮なくその中身を確認してから、
「精々有効利用させて貰うか」
呟くと、それっきり死体には一瞥もくれずに更に奥へと入って行く。
そして軽く悩む。
だがまあ「此処で良いか」とでも言うように適当な個室に入り、パソコンの電源を付けた。
パソコンの起動音がネットカフェの中に響くが、気にする素振りもなく椅子に座った。
画面に光りが灯り、貝木がマウスに手を置いた。
「な……!?」
置いただけ。
しかしデスクトップの画面が、何の操作もしていないにも関わらず、青色に、蒼色に、塗り替えられ、塗り潰されて行く。
突然の事態に驚いている貝木を余所に、蒼色に塗り潰された画面に、文字が浮かぶ。
『やあ。貴方はチームの誰かかな?』
「……チーム?」
呆然と呟く貝木を余所に、少しするとその文字は消え、別の文字が浮かぶ。
『残念だけどチームの誰かではないみたいだね。まあ良いや。所で貴方は何の用事でネットカフェに来たの?』
貝木はその文字が浮かんだ瞬間、個室の扉を開け、周囲を見渡した。
もしやとは思っていたが、場所までばれていたと言う事は、誰か居るんじゃないか。
だが実際は杞憂。
今はネットカフェに貝木以外誰も居ない。
しばらく反応がない事を向こうは取り違えたのか、次に浮かんだ文字は、
『心配する必要はないよ。監視ソフトの類の処分は全て済ませて、セキュリティーも一新させた。それこそ私のチームの誰かではない限り新しい監視ソフトを忍び込ませる事は不可能と自負している』
貝木の心配とは別の事だった。
しかしそれ故に貝木はほんの僅かながらであるが、警戒を解いた。
相手が此方の行動を知っていれば、ネットカフェには誰も居ない云々の文字が浮かんで此方の警戒を解こうとする可能性の方が高い。
そう思ったからだ。
貝木は警戒しながらもキーボードを打つ。
『僕の名前は
球磨川禊って言うんだけど、このふざけた催しの情報が何かないかと思って此処に来たんだ』
平然と名前を偽る辺り、貝木は心底から詐欺師と言える。
返事が返ってきたのは、予め答えが用意されていたと思うほどすぐの事だった。
『残念だけど其処には何の情報もない。だけど
掲示板みたいな物は作って置いたから、他の参加者とそれを使って情報交換をすると良い。他には?』
『組まないか?』
何の躊躇いもなさそうに貝木はそう打ち込んだ。
相手がどの様な輩かはこの際考えず、どれ程の役に立ちそうかを考えて、そう打ち込んだ。
まだ第一回目の放送もない現状にも関わらず、既に、一度は誰かしら来る可能性のあるネットカフェのパソコンを占拠した腕前の持ち主を敵に回したくはない。
もっと言えば、先の死体を作り出したのは今、情報交換をしている相手かも知れない。
自分の利益を含めて考え、そう判断し、書き込んだのだった。
今度の返事が返ってくるのには、少し時間を要した。
文字が浮かぶ。
『職業は?』
『詐欺師』
迷わず打ち込む。
相手は此方が何かしらの役に立つ能力を持っているか計って来ている。
ならば嘘は得策にならない。
本物を混ぜた嘘なら突き通せるが、完全な嘘は何ればれる。
もしかしたらばれないかも知れないが、命が掛かっているのだからしない方が良い。
他人の命なら良いが、自分の命は大事だ。
『信用していいのかな?』
『普段だったら嘘を混ぜて信用して貰う所だけど、今回はそっちに任せるよ』
貝木は思う。
此処で危険なのは間を開ける事だと。
本心を打ち込んでいる。
そう向こうが見なければ、組める可能性が格段に落ちるかも知れない、と。
だから今、書きこんだ言葉には意味がある。
前もって詐欺師と名乗っているにも関わらず、信用しろと言うのは無理がある。
だが、詐欺師と分かっている相手が何かしらの事を弄する以前に、判断を任せると言ってきたらどうか。
詐欺師なのに詐欺を弄さない真摯さ。
詐欺師なのに詐欺を使わない真剣さ。
真摯と真剣。
この二つを相手に見せているように見せかけた上で、判断を任せる。
何一つ話術を含んでいないように見せて、詐欺の入り込む隙間もないように見せて。
料理の味を調えるように『普段だったら』どうするかまで書き込んで。
相手に全て、自分の判断のみで決まると思わせて、実際は貝木の有利になるように、キッチリキッカリ丁寧に丁重に小細工を詰め込んだ上で、相手に判断を任せる。
しばらくの間は、返事がなかった。
『少し用事が出来たから、答えは少し待ってくれる?』
『良いよ。待ってる』
反射的にそう打ち返していた。
貝木は相手の言葉を正面から受け取った訳ではない。
返事を考える時間、返事を用意する時間が欲しいのだと考える。
なぜ時間が欲しいのか。
考える時間が欲しいからだろう。
どうするか考える時間が欲しいからだと。
詐欺の基本は相手の判断を鈍らせる事だ。
甘く囁き判断を狂わせる、急を称して判断の時間を与えぬ、などと方法は実に様々だ。
だが貝木はそれを取らない。
考える時間が欲しいと言う予想があっていれば、組むと言う考えが頭の中にあると言う事。
そこを急かすのは愚の骨頂、とまでは行かずとも得策とは言い難い。
一番良いだろう選択は、じっくりと待つ事だ。
待てば待つだけ待たせたという罪悪感を持つだろう。
向こうが断ればその罪悪感は更に増す。
その時には、何らかの情報を引き抜くための交渉もし易くなる。
返事が浮かばぬまま、蒼から元の画面に戻ったのを確認し、貝木は立ち上がって個室から出た。
そのまま何も無かったように、本棚にある漫画を一冊、置かれたティーカップとティーバックに小皿、そしてこれまた置かれたポットから湯を注ぎ、死体を迂回して個室に戻った。
扉を閉めて、少し機嫌良さそうに椅子に腰を下ろすと、カップからティーバックを抜いて小皿に乗せる。
そして紅茶を一口。
「……薄い」
ティーバックを入れ直し、とりあえず持って来ていた漫画を読み始めた。
貝木は待つ。
パソコンの画面が蒼に変わる時を、蒼から来る返事を、紅茶を飲みながら、詐欺師には似合いそうにない一時を過ごしながら。
【1日目/早朝/D‐6ネットカフェ】
【貝木泥舟@化物語】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2~8)、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、貴重品諸々、ノーマライズ・リキッド」(「」で括られている物は現地調達の物です)
[思考]
基本:周囲を騙して生き残る
1:ネットカフェで休憩しつつ返事を待つ
2:怒江はとりあえず保留
[備考]
※貴重品が一体どういったものかは以後の書き手さんにお任せします。
※取得した鍵は、『箱庭学園本館』の鍵全てです。
とある場所に、忙しなく手を動かしていた手を、今は止めていた。
玖渚友。
《死線の蒼》と呼ばれる少女。
蒼い、いや、今は青い少女は歩いていた。
警報が止んでからそれなりの時間が経っている。
にも関わらず返って来ない仲間の元へ。
場所はもう分かっているので問題はない。
「うにー、早く返事してあげなきゃなのにー……舞ちゃん遅いー」
少し面倒臭そうに、玖渚友は言いながら歩いていた。
最終更新:2012年10月02日 08:40