真庭蝙蝠と
供犠創貴は箱庭学園とは逆方向に向かっていた。
「きゃはきゃは、悪いな。さっき話した双識って奴が居るかも知れないからな」
理由は蝙蝠の警戒心が理由だが、きゃはきゃは、と全く悪びれる様子を見せず蝙蝠は笑っていた。
普通ならウザったく感じる特徴的な笑い声だが、今は殺し合いの最中。
普通の状況ならまだしも今はその意味合いは変わってくる。
人目を憚る様子も無く笑っていられるのは、底抜けの馬鹿か己の実力に相当自信のあるかのどちらかの現れでしかない。
そして、蝙蝠は後者の方だった。
だが、そうだからと言って協力関係にある者、今回の場合は同盟を結んだでいる供犠だが、は普通ならそれを良いとは思わないだろう。
しかし生憎ながら同盟を結んでいる供犠も供犠で普通の人間ではなかった。
魔法使いを手駒とするような人間だ。
むしろ笑い声に引き寄せられて誰かしら来ないかと思っていた。
それも、敵味方問わずに。
残念ながら誰も現れる様子はない。
「良いよ。どっちにしろ診療所か病院には行きたかったし、渡りに舟って所だ」
「きゃはきゃは、渡りに舟か。舟にゃあんまり良い思い出はねえが……褒め言葉として受け取っておくぜ」
意味も無く笑う蝙蝠を供犠は一瞥したが、呆れたように視線を逸らし、黙々と歩き続ける。
ノリが悪いとばかりに蝙蝠は舌打ちを一つし、しばらくの間は不満げながらも歩調を合わせていた。
しかし段々と目に見えて機嫌が悪くなって行き、不意に身体を軽く屈めると、供犠を掴んで肩に担いだ。
「うおっ!? 何を」
「遅い」
文句を言おうとした供犠の先を制すように、蝙蝠は言った。
遅い、と言うのには無理もない。
供犠の身体の大きさはどう大きく見積もっても所詮は子供の大きさ。
それに対する蝙蝠の身体の大きさは、少なくとも今は、大人の大きさ。
身体の大きさに歩幅が関係無いはずはなく、蝙蝠は供犠に合わせてゆっくりと歩いていたのだ。
それなのに話にも付き合ってくれる様子も無い。
最初は暇なだけだった。
しかし段々と、もしかしたら
零崎双識が追って来るんじゃないかと言う不安が大なり小なり現れ、その結果、さっさと目的地まで移動するために、蝙蝠からすれば足の遅い供犠を肩に担いだのだった。
最初こそ幾らか抵抗を示した供犠だったが、予想以上の、それこそ風のような速さにその抵抗は段々と収まり、言っていた。
「ぼくを担いでこの速さか……」
「おれからすればお前は荷物に入らねえぜ? きゃはきゃは」
特に誇る訳でもなく、当然のことのように蝙蝠は答えた。
一体どれほどの修業を重ねれば子供一人を担いでも平然と、しかも速く走る方法を身に付けられるようになるのだろうか。
其処に到るまでの過程は文字通り、想像を絶する世界の話だろう。
風を感じながら供犠は思わず、小さく呟いていた。
「……少しあんたを見縊ってたかも知れないな」
「きゃはきゃは。真庭忍軍十二頭領が一人、真庭蝙蝠さまを舐めんじゃ……」
「あ、ストップ」
何やら自慢げに言い始めた蝙蝠の言葉を遮るように、供犠は言った。
「あ? すとっぷ?」
しかし、意味が理解できていないらしく、そのまま走り続ける。
「止まれって意味だ!」
「ああ、そうか」
供犠が慌ててそう言うと、今までの速さを完全に無視するように、ピタリと足を止めた。
「うわっ!?」
供犠が思わず叫ぶ。
凄まじい速さだったにも関わらず急に止まったため、供犠の身体が蝙蝠の腕から擦り抜け、地面に向かって飛び出したのだ。
しかし、特に慌てずに蝙蝠はそれを宙で掴み、一瞬首が締まったらしく咳き込む供犠を道に下ろした。
しばらく咳き込んでいた供犠だったが、不意に後ろの蝙蝠の脛目指して蹴りを入れる。
「ん、なんだ?」
が、軽く避けられてしまった。
「チッ……いや、別に大した事じゃないよ」
「今舌打ちしなかったか? まあ良いがな。きゃはきゃは」
若干の怒りを込めた蹴りを平然と避けられて思わず舌打ちをした供犠。
それに対する蝙蝠の対応も対応で、実にそっけない物。
別に子供に蹴られた程度、痛し痒し程度だから仕方がない。
避けてしまったのは、ただ反射的に避けてしまっただけでしかなかった。
「それよりも此処で良いのか?」
若干道を戻って、ある建物の前に立った蝙蝠が言った。
そこは目的地である診療所。
供犠は黙って頷き、中へと入ろうと歩を進める。
「……! っと、待て」
しかし、不意に何かに気付いたのか、それを蝙蝠は肩を掴んで止めると、自身は入口の辺りに屈み込んだ。
驚きはしたが、供犠は察しの悪い方ではない。
何も言わず、出来うる限り静かに蝙蝠の近くに寄った。
無言で蝙蝠はある一点を指差す。
丸く、血の跡が一つ。
だが、
「…………まあ、時間は経ってるみたいだし居ないんじゃねーか?」
少し拍子抜けしたようにその跡に伸ばした蝙蝠の指には、血は付かない。
既に固まっていた。
だが、供犠は首を振る。
「いや、念には念を入れよう」
「警戒心が強いなぁ。ま、嫌いじゃねえがな、きゃはきゃは」
笑う蝙蝠だが、その声はかなり抑えている。
供犠の意見を尊重した結果なのだろう。
真面目な顔をすると、
「少し中を見て来てやるよ。おれが帰ってくるまでどっかに隠れてな」
デイパックを供犠に預け、銀の大きな十字架は地面に置いて、入口の扉の前に立ち、首を捻った。
それを見て供犠は思わず額を押さえそうになったが、すぐさま開け方が分かったのか、蝙蝠は扉の軋む音一つ立てる事無く診療所の中へと滑り込む。
供犠はそれを確認して、
「はぁ……」
小さく溜息を付き、重そうに、出来うる限り静かに十字架を引き摺りながら移動を始めた。
移動、と言っても然程の距離は移動していない。
入口からは見えずに、しかし顔さえ出せば入口の状況がすぐ分かる場所が理想的だったので、建物の角を曲がってすぐの所でデイパックを軽く探ってから地面に置き、十字架は壁に立て掛け、供犠はそのすぐ横の壁に凭れ掛かった。
蝙蝠が何時戻ってくるか分からず、何時供犠の目的を邪魔する者が出て来るか分からない。
それまでの間は警戒して損はない、と。
故に、デイパックを地面に置いた時に取り出していた拳銃を後ろ手に、じっと辺りを見据える。
誰か来るかも知れないと、供犠は警戒を怠らないようにしていた。
「………………」
しかし、警戒を怠らないようにとは言っても、同盟相手の蝙蝠が近くに居ると言う油断はあった。
何気なく供犠は自分のデイパックの中を探り、水の入ったペットボトルを取り出した。
それから拳銃を持った手でペットボトルの蓋を回し、水を飲み始めた。
「見て来たぜ」
「ッ!?」
その瞬間だった。
供犠が声を掛けられたのは。
咄嗟に供犠が声のした方を向くと居るのは蝙蝠。
一体何時の間に居たのか、蝙蝠が同じようにペットボトルから水を取り始めていた。
ちなみに声を掛けられた時、供犠はペットボトルの蓋を持ったまま。
拳銃を持ってはいたが、蓋が邪魔で銃口を向けて引き金を引くなどすぐに出来る状況でもない。
もしも蝙蝠じゃなかったら、と供犠の背中に寒気が走っていたのだが、毛ほど見せず感じさない風に言った。
「どうだった?」
「……驚いてもくれねえのか? まあ良いが。きゃはきゃは」
「余計な事言ってないでさっさと教えろ」
そんな供犠の反応に、供犠の内心に、気が付く事なく蝙蝠は少し残念そうに首を振っていた。
「つれないな――生きた奴は誰も居なかったぜ?」
「間違いなく?」
「間違いない」
蝙蝠は自信満々にそう返した。
それに対して供犠は疑わしげな眼を蝙蝠に向けはしたが、一応同盟関係は結んだままだから大丈夫だろうと思いながら頷き、壁から背を離した。
「それじゃ、使えそうな物を探すぞ」
「おれに命令してんじゃねえよ」
供犠は入口へを向かった。
口では文句を言いながらも、蝙蝠も壁から背を離して自分の荷物を拾い上げると供犠の後に着いて行く。
この時、供犠は蝙蝠の前にいて気付かなかった。
後ろで蝙蝠が、実に意地悪そうに笑っていた事に。
供犠が蝙蝠に勧められるがままにその部屋の扉を開けると、そこは血の海だった。
浮かぶのは死体が一つ。
だが驚く様子もなく、予想通りとでも言うように溜息を付いた。
「驚かねえんだな?」
「「生きた奴は誰も居なかったぜ?」って言ってただろ?」
「あらら、バレてたか。きゃはきゃは」
蝙蝠は悪びれる様子もなく、楽しそうに笑いながら部屋に入り、そこから血の海を一っ跳びに越え、ベットの上に立った。
供犠は呆れ顔で蝙蝠を見たが、すぐに元の顔に戻した。
先程まで後ろで笑っていた蝙蝠が、今はベットの上で真面目な顔をして立っていたからだ。
お互いに見詰め合い、僅かに沈黙が流れ、口を開いた。
「――正直な所、どう思う?」
ここで、何を、と聞くのは愚問だろう。
供犠は何も言わず、何の躊躇いもなく部屋に入り、血の海に足を踏み入れた。
そしてそこに沈む死体に目を向ける。
これでもかとばかりに斬り刻まれた死体。
どれも切り口は見事な物で、素人目にも尋常ではない使い手ではないと分かる。
しかしそれらとは別の、一つの不自然な事に供犠は気が付いた。
「首輪が……」
「そう。ないんだよ」
本来ある筈の首輪がない。
回りを見ても焦げた跡もなく、爆発したと言う事はなさそうだった。
つまり爆発していないと言う事は、殺した相手かその後に来た誰かが持って行ったという事になる。
だが後者は殺し合いが始まって然程時間は経っていない事を含めて考えると、
「殺した奴が首輪を持って行ったって事か?」
殺した誰かが持って行った。
それが一番自然な考えだった。
やっぱりな、とでも言うように蝙蝠は頷き、
「お前なら、どう言う理由で首輪を持って行くよ?」
何と無くと言う風に聞いた。
大して考えもせずに、供犠は答えた。
「首輪を外す方法を探す為に……」
「なるほど。お前の目的はその類か」
「ッ」
蝙蝠がにやりと言った風に笑った。
瞬間、供犠は死体を見ながら舌打ちの一つでもしそうな顔を現したが、すぐに不審げな表情を作り、顔を上げ、にやにやと笑っている蝙蝠の方を向いた。
「何でそう思うんだ?」
「きゃはきゃは。そりゃあおれが聞かれたらこう答えてたからさ――自分がどれだけの参加者を殺したか示す証代わりに取ったんじゃねえか――ってな」
「……トロフィーか」
「とろふぃー?」
首を傾げる蝙蝠を無視して供犠は舌打ちした。
少し迂闊過ぎた、と。
そして溜息を付いた。
「で、あんたはこれからどうするんだ?」
「あん?」
「もしもあんたの予想通りだとして、ぼくに付き合う気はあるのかって聞いてるんだよ?」
供犠が言うと、蝙蝠は目を細め、顎を擦り始めた。
どうするべきか、考えているのだろう。
いや、考えるフリなのかも知れないし、本当に悩んでいるのかもしれない。
だが、容易く本心を見せる気はさらさらないようだ。
ならばとばかりに、供犠はさり気無い風を装って、自分に言うように小さく呟いた。
「――ぼくとしてはあんたが居た方が心強くはあるんだけど」
呟きを耳聡く捉えたのか、蝙蝠に口元に小さな笑みが浮かぶ。
それに追い打ちをかけるように、更に呟く。
「仕方がないよな、いくら蝙蝠でも無茶は言えないし……」
「きゃはきゃは!」
呟き終えた途端、蝙蝠が大きな声を出して笑った。
供犠はさも驚いたような顔を作ろうとしたが、すぐ目の前に蝙蝠の顔があったためにそれは出来なかった。
思わず息を飲む供犠に、蝙蝠は相変わらず笑みを浮かべている口を開いた。
「おれに無理押しは聞かないと見て同情を誘おうってか? きゃはきゃは、なかなか卑怯な事考えるじゃねえか」
供犠が子供である利点を活かす事も、蝙蝠が大人である欠点を活かす事も、出来ない。
同情を誘う言葉も、奮起を促す言葉も、何も通用しそうにない。
そう思ったのか、あるいはそう悟ったのか、それともそう諦めたのか、供犠はむしろ堂々と言い放つ。
「――悪いか?」
と。
その言葉に対する蝙蝠の反応は、供犠には予想外の物だったかも知れない。
蝙蝠は笑ったまま首を振り言ったのだ。
「いや、効果的な良い手だぜ? 自分の見た目を利用したその卑怯っぷりにゃ感動しそうだ、きゃはきゃは」
見事だと褒めたのだ。
その反応は予想外過ぎたのか供犠は目を丸くした。
が、すぐさま気を取り直すように首を振り、蝙蝠を睨み据え、
「で、どうするんだ?」
聞いた。
その態度が気に入らないと、あるいは気に入ったとでも言うように、口を裂けんばかりに横に広げ、蝙蝠は言った。
「――手伝ってやるよ、条件付きでな」
「条件……?」
実に分かり易く、供犠は顔を顰めた。
それはそうだ。
供犠は今後もよろしくと手を出しているが、掴むも弾くも蝙蝠次第。
同盟関係を続けたいと思う限り、供犠は蝙蝠の要求を飲むしかない。
普通の、適度に距離が開いた状況なら供犠にも多少の交渉できる要素はある。拳銃という要素が。
しかし、無理。
供犠が交渉を有利に進めるのに不可欠な拳銃を取り出す間もなく、目の前に居る蝙蝠が何かしらの行動を起こす。
それこそ神ならぬ身でも分かる事。
だからこそ表に出たのが顰めっ面だった。
その顰めっ面に蝙蝠は愉しそうな笑みを向け言ったのは、
「なに、大した事じゃねえよ。ただ俺が危険だと思ったら勝手に逃げぜ? お前がどんな状況だろうとな」
「他は?」
「ない」
「……は?」
それだけだった。
拍子抜けしそうなほどに普通の要求だった。
いや、当然の事だった。
自分の命と協力者と言う名の他人の命、どちらが大事か聞かれれば誰だってこう答えるはずだ。
自分の命が大事だと。
分かり切った事だったにも関わらず、なぜ蝙蝠がそれを要求したのか?
「そうか」
供犠は思う。
きっと、後々の禍根を残さないためだろう、と。
お前が危険でおれに危険が迫りそうな時はお前を見捨てておれは逃げる、と。
それを卑怯とは言うまいよ、と。
だから供犠はこう返す。
「構わない――ぼくも逃げる」
何の遠慮もなく。
その答えに満足したのか、蝙蝠は供犠から一歩下がり、
「よし。それじゃ、引き続き頼むぜ?」
そう言って蝙蝠が伸ばした手を、供犠は軽く握った。
そして、供犠はすぐ離すつもりだった様だが、蝙蝠はその手を離れないようしっかりと握った。
供犠は握って離さない蝙蝠の手を見、顔を見た。
「何のつもりだ?」
「きゃはきゃは、なぁについでにお互いの目的をはっきりしっかり言い合いっこといこうじゃねえか」
それが本題であったように、さらりと、何気なく、蝙蝠は口に出した。
俄かにその場に、緊張が走る。
そして、お互いがお互いの目を見詰め合う事、数瞬。
まるではぐらかせないと観念したように、長く、深く供犠は息を吐き、廊下を指差す。
そして、
「断る。大っぴらに言える事じゃない」
蝙蝠の目を見ながら断言した。
きっぱりと。
「――――そうか」
黙る事しばらく。
何か得心のいったような顔をしながら頷き、手を離し、
「そうか……チッ、こりゃまだ信用出来そうにねえなぁ」
声音だけは面白くなさそうにしながら、供犠に指された通り廊下へと向かう。
慌てず、わざとらしく騒いで供犠はその後を追い掛け、廊下で並んだ。
そのまま歩き続ける。
「おいおい、そんな機嫌悪くならなくても……」
「あん? 俺のどこが機嫌悪いって?」
「……はぁ」
「おい、今の溜息は何だ?」
顔は平静のまま、声だけは酷く困ったような雰囲気の供犠。
顔は愉しそうに、声には心にもない苛立ちを滲ませる蝙蝠。
二人とも顔と声が合っていない。
そのまま廊下を歩き、一つの部屋に着き、其処にあった机を挟んで座った。
無言。
廊下での会話を聞いている者が居たとしたら、気まずい沈黙だと思うかも知れない。
「……………………」
「……………………」
無言のまま供犠はデイパックを探り、筆記用具と一緒に、デカデカとA4と40枚と書かれた、紙の入った透明な袋を取り出した。
物珍しそうに首を伸ばす蝙蝠を無視して袋から紙を二枚取り出し、一枚は蝙蝠に渡し、
『ぼくの目的は最初に言った事、それとバトルロワイヤルを壊す事だ。まあ、人探しを今は優先したいがな』
供犠は紙にそう書いて、蝙蝠に見せた。
蝙蝠は片眉を軽く上げたが何も言わず、同じように筆記用具を取り出して紙に書く。
『大層な目的だな。ちなみにおれは最初に言った事以外は生き残りたいだけだ』
そう書き、不意に何か思いついたように更に書き続ける。
『しかし何でこんな回りくどい真似をするんだ?』
『首輪の構造が分からない以上、盗聴器ぐらいあっても何の不思議もないからな。念の為だ。少し遅い気はするがな』
『盗聴器?』
『盗み聞きするための物だと思ってろ』
『へえ。そりゃ便利だ』
そんな物があるのかと言うように書き、
「きゃはきゃは」
不意に笑い始めた。
「ん?」
急に笑い出した蝙蝠に、供犠は訳の分からなさ大半に首を傾げた。
だが、次の言葉で理解する。
「そんな捨てられた子犬みたいな顔すんなって。命乞いさせてからぶち殺したくなっちまうじゃねえか」
「うっ……いや、そんな顔は」
「いやいやいやいやいや、皆まで言うなって。今の所おれとお前は同盟関係、目的が分からなくても行動ぐらい一緒にしてやるよ――いざと言う時に助けるかは別としてな」
つまり蝙蝠はお互い紙に書いている間の、沈黙の間の行動を捏造したのだ。
如何にも供犠が困ったような顔をしていたかのように、蝙蝠があたかもそれを愉しんでいたかのように、お互い本当は何をしていたか分からないように。
言外に匂わせ、想像させる。
説明せずとも分かるように。
「――まあ良い。それじゃ、この建物の中を捜索するぞ」
「はっ、おれに命令してんじゃねえよ」
そうしてお互いに椅子から立ち上がり、いよいよ二人は、死体を発見してしまい出来なかった、診療所内の本格的な探索は始まった。
診療所内の探索を始めてどれだけの時間が流れたか。
未だに二人は使えそうな物を探している最中、
「おーい」
蝙蝠が同じ部屋で探索をしていた供犠に声を掛けた。
丁度、供犠の方は置いてあった机の中を漁っていただけだったので顔を向ける。
そこには足元に十字架を置いて、物珍しそうにナース服を手に持つ蝙蝠が立っていた。ちなみに大きさは小さめ。
何でそんな物置いてるんだ、と内心で疑問に思いながら、
「そうだな……一部の人間が好む服、って所かな?」
とりあえず供犠は適当な事を言って机の探索に戻った。
対して、そう聞いた蝙蝠はと言うと、
「……………………」
しばらくの間、ナース服を持ったまま立っていた。
何時まで経っても持ったままだでいる蝙蝠に、流石に不信感を抱いた供犠が目を向けると、蝙蝠は愉しそうな顔をしていた。
供犠に、電流走る。
圧倒的、悪寒。
「おい……」
「ちょっと着替えて来る」
「どうし――!? おい、待て! 待て!」
着替えて来ると言って、蝙蝠はデイパックを置いて、ナース服を持って走り出した。
悪寒。
供犠には走った悪寒。
念の為、蝙蝠の姿を説明しよう。
ジャージを着た針金細工のような印象のあり、手足の異様に長い、男。
男。
男である。
そしてナース服は女性用の服である。
しかも蝙蝠の持って行ったナース服は小さめ。
小さめのナース服。
これだけで恐ろしい未来が見えるようだ。
その未来を止めるために、供犠は走った。
しかし、遅い。
蝙蝠の体格と供犠の体格の差が、決定的に出てしまった。
無情にも、供犠の見ている前で、蝙蝠は一室へと入って行き、扉が閉まった。
急いでドアノブを掴もうとしたが、その前に、ガチャリ、と音がした。
その音を無視して掴んで回すが、鍵が締まっている。
歯軋りをし、供犠は扉を叩き、叫ぶ。
「開けろ蝙蝠! 馬鹿な真似をするな!」
「きゃはきゃは、おれからのちょっとした土産だ。安心して受け取れって」
「受け取りたくない! だからやめろ! 今すぐ出て来い!」
無情にも、蝙蝠の返事はない。
ドアノブを引っ張ってもビクともしない。
扉を叩いても何ともない。
反応などありはしない。
「くっ……!」
思わず供犠は呻いた。
このままじゃ見たくもない壮絶で凄まじい物を見る羽目になる、と。
「……逃げるか?」
あまりの焦りにそんな考えすら供犠の頭の中に過った。
だが、遅過ぎた。
ガチャリ、と金属音が鳴り、扉が開く。
思わず、供犠は、顔を向けてしまう。
そして見た。
ナース服を着た、華奢な、髪の長い白髪の女を。
「――――――は?」
出て来たのは、白髪の女だった。
針金のような男ではなく、白髪の女。
男ではなく女だった。
しばらくの間はその女を眺めていたが、供犠は一先ず扉を閉め、背中で抑える。
「おい、何しやがる!」
扉の向こうから女が一生懸命扉を開けようとしているようだが、供犠で抑えられる程度の力しかない様子。
だが、それすら無視して口元近くに片手を持って行き、呟く。
「あ……ありのまま今起こった事を話すぞ!
『蝙蝠がナース服を持って部屋に閉じこもったと思ったら出て来たのはナース服を着た女だった』
な……何を言ってるか分からないと思うがぼくも何が何だか分からない。
頭がどうにかなりそうだった……
実は女だったとか入れ替わりトリックだとかそんなチャチャなもんじゃあ断じてない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
「なに言ってんだ」
何時の間にか扉から離れてしまっていたらしく、普通に女は出て来た。
供犠は咄嗟に距離を離す。
それを見て、女は笑った。
「きゃはきゃは」
と。
まるで蝙蝠のように、特徴的に。
ここで供犠は、何かに思い至ったように、驚いたように、苦々しそうに、呻くように、顔を顰めた。
「お前、まさか……魔法使いだったのか?」
「……魔法使い?」
「惚けるな。属性は「肉」、種類は「変態」。そんな所だろ?」
「――――なに言ってんだお前?」
自信あり気に言う供犠に、嘘偽りない心の底からの本心を、その女が、いや、蝙蝠が言った。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
微妙に気まずい空気が流れる。
どちらも何も言わない。
と言うか言えないまま、時間は流れ、供犠が先に口を開いた。
「……本当か?」
「ああ。ちゃんとした忍法だぜ?」
「そうか……いや待て。忍法?」
「おうよ。忍法骨肉細工って言うな、きゃはきゃは」
最後に蝙蝠が笑い、再び会話が途切れた。
忍法骨肉細工について知らない人に説明しよう。
忍法骨肉細工とは、衣装と頭の中こそ変えられない物の、姿形に声色に到る何から何まで自由自在に作り変えて他人になり済ます事の出来る忍法の事を言うのだ。
姿のみならず声までも。
中身以外は完璧に。
真似たい相手をじっくりと観察する事によって、筋肉組織から声帯、骨格から頭蓋骨の形、髪の色から肌の色まで。
瓜二つになる事が出来るのだ。
普通ならありえないの一言で終わるだろう。
普通なら信じられないの一言で終わるだろう。
普通なら出来る訳がないの一言で終わるだろう。
しかし現実変わってしまうのだ。
ここで、普通の人間なら現実を疑うかも知れない。
「名前から察するに、自由自在に身体を弄れるのか?」
だが、幸いにしてか不幸にしてか、供犠は知っている。
魔法と言う存在を知っている。
不可解で不可思議な事象を知っている。
有り得ない事があると知っている。
だから、動じない。
「その通り…………あ、一応言っておくがおれでもこれが女用だって見りゃ分かるから女の姿になったんだぜ?」
理解したか、と言いたげに、裂けんばかりに口元を横に広げて笑った。
女の姿で笑った。
中身は同じだと嫌でも理解させるように、笑っていた。
当然の事だ。
そう思いながら、供犠は聞く。
「……なるほどな」
「おうよ。それでどうだ? お前の為にわざわざ姿変えて着てやってるんだぜ?」
「……念のために言っておくが、ぼくが言ったのは一部の人間が好むだ。ぼくが好きだとは言ってないぞ?」
驚愕の表情を浮かべる蝙蝠を見て供犠は、同盟を組むべきじゃなかったんじゃ、と本気で悩む始めた。
そんな供犠の悩み顔を軽く流し、むしろそれを見て笑みを浮かべて蝙蝠は続ける。
「照れるな照れるな。ちなみにおれのもう一つの名前は『冥土の蝙蝠』っつってな、あんまりにも接待好きだから付いた名前だ」
「何をどう勘違いしている。それに余計な世話だ……って言うか何でその名前でナース服着てんだ」
「?」
一瞬、躊躇いはしたが堪え切れず、供犠は突っ込んだ。
だが訳が分からない様子で首を傾げる蝙蝠にそれ以上言わず、供犠はただ溜息を付いて目を逸らした。
偶然目に入った時計を見て、もう随分時間が経っている事に供犠は気付いた。
それを見て、まだ溜息が出そうだ、と供犠はひっそりと思ったのだった。
【1日目/早朝/F‐5診療所内】
【供犠創貴@りすかシリーズ】
[状態]健康
[装備]グロック@現実
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(0~1)、銃弾の予備多少、耳栓、A4ルーズリーフ×38枚、書き掛けの紙×1枚
[思考]
基本:みんなを幸せに。それを邪魔するなら容赦はしない
1:蝙蝠と行動
2:りすか、ツナギを探す
3:このゲームを壊せるような情報を探す
4:蝙蝠の目的をどう利用して駒として使おうか
5:診療所の中の使えそうな物を持って行く
[備考]
※九州ツアー中からの参戦です
※蝙蝠と同盟を組んでいます
※蝙蝠が自分の姿を真似出来るかはどうかの考えにはまだ至っていません
【真庭蝙蝠@刀語】
[状態]健康、とがめに変身中
[装備]ナース服@現実
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~2)、エピソードの十字架@化物語、諫早先輩のジャージ@めだかボックス、書き掛けの紙×1枚
[思考]
基本:生き残る
1:創貴と行動
2:双識をできたら殺しておく
3:強者がいれば観察しておく
4:危なくならない限りは供犠の目的を手伝っておく
5:診療所の使えそうな物を持って行く
[備考]
※創貴と同盟を組んでいます
※現在、変形できるのはとがめ、零崎双識、供犠創貴、阿久根高貴、元の姿です
最終更新:2011年11月21日 18:36