静寂を切り裂く脆弱な義理策 ◆xR8DbSLW.w


0


理解されてると思ったの?


1


放送が終わった。
現在この鬼ごっこにしては広き、デスゲームにしてはあまりにも狭いエリアには、様々な感情が芽生える。
ある者は、歓喜とする。憎む者が消えたから。
ある者は、哀哭とする。愛す者が失したから。
ある者は、呆然とする。不死身が滅したから。
ある者は、憤慨とする。好敵手が死んだから。

ただ、この場。
「ネットカフェ」と言う空間においてはさほど変わらない。
只管静かな時間が、大して意味もなく流れていく。

ここには、一人の男がいる。
まるで葬式帰りの様な喪服の如き、漆黒のスーツ。
色の濃い黒ネクタイを締めた風貌で、場にいるだけで不吉を撒き散らす――――壮年の男。
ゴーストバスターこと、貝木泥舟の姿がそこにはあった。
目の前には、真っ青、《蒼》で埋め尽くされた画面。
先ほど行われた交渉の内容が未だ画面に残っている。
例えば、

<僕の名前は球磨川禊って言うんだけど、このふざけた催しの情報が何かないかと思って此処に来たんだ>

というのが、まだ深く刻まれている。
………とはいったものの簡単に消去できる方法もあるちゃ、ある。
ただし、それは限られた人物にしかできないであろう。
《仲間(チーム)》、
《一群(クラスタ)》、
《領域内部(インサイド)》、
《集団(メイト)》、
《同士(パーティ)》、
《軍団(レギオン)》。
幾つもの、というより名称不明のサイバーテロ軍団。
その一人、玖渚友
頂上に君臨していた、異常中の異常。
彼女は、確実にこの画面の向こう側に存在していた。
「いた」という過去の言葉で表したのは、ただ単純に過去の話だからで間違いない。
かれこれ30分というもの、彼女からの応答は一向に返って来ていなかった。
とはいっても特別貝木は苛立つ様子もなく静かに待っている。
何しろ、そっちの方が都合は格段に良いから。この詐欺師と言う職業で得た経験論からそう考えていた。
時間を掛ければ掛けるほど相手方にはこちら側に対し罪悪感を生じさせる、と。
だから、彼は静かに一服を入れる。
煙が上がる。
手元にあるコーヒーカップから、モクモクというにはあまりにも頼りない細き煙を上げる。
現在、3杯目となるコーヒー。
砂糖の一つも入っていない、純度100%のブラックコーヒーは彼の不吉さを相極めていて、ただ飲まれる為に存在した。

「…………ふむ」

放送が経過して、約5分と言ったところ。
ようやくといったところで彼は放送後、初めて声を漏らす。
その声色は、いつも通り。
何も恐れることはなく、ただただ平常を保っている。
ただ、何も思うことが無いわけではない。
疑問に思うことと、一先ず安堵に近い表現に似合う感情はあったりする。

「さて、臥煙の忘れ形見はさすがに来てないか。………ならば俺が無理して動く必要もないだろう」

臥煙の忘れ形見。
神原駿河。
ヴァルハラコンビの片割れにして命名者。
その努力型天才的バスケットボールセンスは類稀なるものであり、
弱小とされた直江津バスケットボール部を全国大会にまで押し上げた。
いわばスターと呼べる人種である。
さらには勤勉で人当たりの良い爽やかな女性で通っており、その知名度と人気度は底知れない。
なお、BL好きである腐女子。
もっと言うならば、同性愛者、マゾ、露出狂、欲求不満と中々欲張ったキャラをしていて、
阿良々木暦からは「戦場ヶ原と出会う前に会っていたらきっと付き合っていただろう」とのこと。
どちらにしても、どういう意味でも、もはや叶わない夢というより幻となった言だが、そのような言葉を貰っている。
ただ、彼女が言うには「自分はそれほど面白い奴ではない」。
基本的につまらない奴だ、という価値をもっている。
事実、純粋な変態度で言ったら、暦の方に軍配が上がっていたとしてもおかしくない。

さて、そんな訳で彼女はここにはいない。
ただ、それに見合う何かを彼女自身が持っていなかったからとしか言えないだろう。
物語を動かすべくには役不足。
役不足で、厄不足。
なんにしろ、ここにいないのなら、彼にとっては理由なんて関係なんて無い。
そのいないという事実だけで十分なのである。
変に役を、厄を背負う必要が無くなって、彼は一息ついた。

彼が、彼女に固執、気を掛ける理由は、ただ一つの頼み故だ。
頼まれ相手、臥煙遠江。
神原駿河の、母である。
彼は、彼女に憧れの感情を抱いたという。
だからこそ、貝木としては執行すべき頼みと言えよう。
さて、その内容だが。
極めて単純だ。

「娘を気にかけてやれ………か」

貝木は少々思い返したところで、思考を通常に戻す。
眼前の画面に、意識を向ける。

「思い返したところで仕方ないか……」

兎にも角にも。
彼は、確かにその頼みを請け負った。
もはや、叶うかどうかは別として。
ちなみに一向として画面の向こうからは返答は来ていなかった。

「…………」

コーヒーを啜る。
若干の苦味のある味わいが、口の中に広がり、彼を少しばかり落ち着かせていった。

「………やはり薄いな」

先ほどの感想と大差ないことを嘆息気味に呟くと、カップをディスプレイの近くに置く。
これは先ほど貝木が調べた結果なのだが、
ここは、「ネットカフェ」という名称で落ち着いているが、実質「漫画喫茶」と複合化が進んでいる。
その為、一階にはネットカフェとして。二階は漫画喫茶として営業……いや、存在していた。

「………………」

今現在。
彼の状況を整理してみよう。
席は通称ハイスペック席。
通常ならば、オンラインゲームなど行う時に愛用されるやや高性能のPCを置いている個室だ。
それに加え、傍らには徐々に冷えつつあるコーヒーと、漫画の山、十数冊。
いくらか暇であるが、かといって動き回るのも逆に危険と考えこうして静かに漫画を嗜みながら時間を浪費する。
そんな感じ、今の今まで過ごしていた。
そして今も変わらない。

「………………」

ペラリ……。
漫画のページを捲る。
紙と紙が擦りあった音以外何も聞こえない。
それほどまでに、この空間には音が無かった。
PCの作動音も、既に落ち着いている。
何もしていないのだから、この先ほど確認してから数分経ち、今はスリープモードに落ち着く。
そのスリープモードの画面が、蒼いのだから中々趣味が悪い。
まるでエラーを起こしているようだ。
閑話休題。
そうして、今彼が流し読みだが読んでいる漫画、要は最初に手を取った漫画を刊行順に呼んでいるだけだが。
そのタイトルは「ジョジョの奇妙な冒険」。略称「ジョジョ」。
かの人類最強、哀川潤が好む漫画の一つだ。

「………………」

彼は一人の登場人物に目を付ける。
ディオ・ブランドー。後に「DIO」と表記される者。
もう既に、ご存知『吸血鬼』になっていた。

「『吸血鬼』………か」

パタン、と小気味の良い音を立てて。漫画を閉じる。
そして、そのまま本を山の上に重ねた。
本の山は微妙に揺れ、やがて収まり山は再び不動へ戻る。

「さて、阿良々木が死んだか」

貝木の口調は軽い。

『怪異』のはみだし者。
『人間』ののらくら者。
『不死身性』の保有者。死なないが特性の身体。
正しく、言葉通りの意味で、彼はこう呼ばれる人種に一応当たる。

『吸血鬼』―――と。

そんな彼の姿が、脳裏に浮かぶ。
背は低めで、少し長めにされた黒髪に、一本だけ目立つアホ毛と呼ばれるそれ。
少しばかり鋭い目つきに、ニヒルに嗤う姿。
所謂、『正義』に位置するその直向きな姿勢。

「………これは、どういう意味なのだろうか」

けれど、そんな阿良々木も死んだ。
彼には知る由もないことだが、無情にも最初の脱落者。
ただ、それは本来ありえない。
何故なら彼は不死身だからだ。
最初は愚か、最後まで本来生き残るべき存在で間違いない。
少なくとも、貝木はそのようなイメージを抱いていた。

「………ふむ、何かしらの施しを受けたか」

それしかあり得ない。
ただ、「施し」と一言で言っても、内容としては多種多様だ。
貝木の中で思いつくだけで既に数個ある。

例えば、球磨川禊と出遭ってしまった。
彼の力をもってすればもしかしたら『怪異』としての力を失うのは容易なのかもしれない。

例えば、吸血鬼よりランクの高い怪異がこの場に存在してしまった場合。
ただ、この施しを受けた可能性はほぼないと言える。何せ吸血鬼は『怪異の王様』なのだから。

例えば、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードと何かしらの介入でペアリングが切れた。
心当たりで言うのであれば、確かにそれはある。そして起こりゆる可能性は、なくもない。

ともかく、考えるだけならばいくらでも思いつきこそするが、
どれも納得のいく案でなく、決定打に欠ける。
だからこそ、考えても仕方がないだろう。
その堕落しきった様な考えに至った。

考えがいたった後、さり気にマウスに触れる。
勿論のこと、スリープモードが解除された。
蒼から蒼へ。
大差ない変化が彼の視界に移った。



正しく、そんなときであった。
一通の返答が返ってくる。


『球磨川禊。貴様はまだその画面の目の前にいるのか』



2


放送前。
斜道興壱郎研究所の一角。
セキュリティが引かれ、堅固な守りともいわないがそれなりの安全性を保つサイコロの中。
二人の少女がこの場にいた。
一人は、無桐伊織
一人は、玖渚友。
売り文句が「残り二人殺人鬼」の片割れと謳い文句が「テロ組織リーダー」である者。
無桐は特徴的なニット帽をいじりながら、彼女はこの部屋の隅っこで寛いでいる。
することがないのだ。
ただ、その一方で玖渚はというとそうはいかない。
顔こそ、笑ってこそいるが、内心は楽しげなそれではない。
ただ、面倒そうに画面を凝視し、休めていた手も再び激しく動かす。
ただ、そうは言ったもののやっていることは球磨川……否、貝木への返答ではない。
一つの情報を。
一度はスルーした情報を今にして開示させた。

画面に映されたそれは、一人の少年。
不吉をばら撒く少年――――――球磨川禊の情報だった。

「うにうに……」

そして時は少々経ち、満を持してコメント打ちこむ。

『球磨川禊。貴様はまだその画面の目の前にいるのか』

そう、先ほどまでのキャラとは程遠い口調で入力する。
画面の端には、三人の情報が同時に開示されている。

球磨川禊と。
―――――黒神めだか人吉善吉の計三名のことであった。

そして、波乱の種蒔きをここに行使する。


3


ちなみに補足をしておこう。
この両名にとって、今回の放送は何ら取るに足らないものだった。
貝木にとって、疑問に思うことこそあるが、自分が生きていればそれでいい。
そういう現金な奴なのだ。
玖渚の方に至っては、

「やっぱいーちゃんがいるの? うに、なら僕様ちゃんも頑張らなきゃね」

ただこれだけである。
あとは精々

潤ちゃんもいるし、《匂宮》も死ぬし《零崎》も何か多いし中々面白いことになってるねぇ。

そんな程度だ。
彼女にとって、世界とは玩具に等しい。
いーちゃん。戯言遣いさえいれば、世界なぞいらない。
だからこそ起きた、テロ事件。
まるで子供の癇癪のように。
不条理で、無責任で、未曾有で、非常識。
駄々をこねた子供は、暴れるのだ。
―――――レベルの違いこそ計り知れないが。

まぁ、だからなのか、このやり取りに置いて両者共々本領を発揮できない訳でもなく、
いつも通り。はたまたいつも以上の力を出している。


では、補足も終わり、
ここから始まる会話劇をお見せしよう。

それでは始まり始まり♪


4


『球磨川禊。貴様はまだその画面の目の前にいるのか』

そう打ってから左程経たずして、直ぐに返答はやってきた。
勿論のこと、相手は貝木泥舟その人だ。

『うん? えーときみは………?』

まず、返ってきたのは戸惑いだった。
しかしそれも当然だ。
何せ、キャラが全然違う状態で返ってきたのだから。

『私か? 私の名前は黒神めだかだ。どうした球磨川、まさかとは思うが私のことを忘れたとは言うまい』

貝木は先ほど彼女、玖渚の名前を聞かなかった。
だから、その名前を聞いても、その真偽はやはり知る術はない。
だが、違和感を覚えることは可能であった。
何故、何ら脈絡なく彼女がここに登場するのか。
違和感バリバリである。

『……ん? めだか?』
『そうだ、黒神めだかだ。箱庭学園第98・99代生徒会長の黒神めだかで間違いないぞ』

だが、その違和感も直ぐに消えることとなる。
疑問をもったところで、解消方法がこちらの駒には登場していないからだ。
無いものを作るなど神の如き行為を貝木は生憎ならばできるはずもない。
だから、流すほかなかった。

一方の玖渚。
彼女が黒神を騙る理由。
その理由は、相手方の『嘘』を晒すため。
『嘘』が何を指すかは、一目瞭然だろう。

『で、どうして君がそこにいるのさ』
『なに、単純なことだ。――――ここにいた少年を殺したからだ』

文字でなら何とでも言える。
貝木がそうしたように、玖渚もそうなった。
嘘も真も、このチャットの様な空間においてはさっぱり分からない。
声も、顔も、性格も。

それにしても不思議なことだ。
当人たちがいないこの場に置いて話が勝手に進んでいるのだから、可笑しさが際立っている。
不毛も不毛で、甚だしいだろう。
まぁ、それでも話はトントン拍子で進んでいくのだが。

『殺した………?』
『不思議か? 球磨川。さては貴様、偽物か?』

さて、人間がこうした時、どのような行動を取るのが一般的なのだろう。
相手の素性が知れず、自分の事情もしれず。
その真偽を問われた時、人はどう答えるのが常識的なのだろう。

それは決まっている。
頷くのが、普通である。
群れであろうとする、人間のイエスマン的本質がそこに顕現するのだ。

『別にー。いつかめだかならすると思ってたよ』
『ほう、私のことを理解していると……。それは中々面白いな』

そして、貝木はその一般的な行動に思わず出てきてしまった。
直ぐにコメント打つということを心掛けているのもあるが、ただ単純にどう取ればいいのか、彼自身知らなかったのだ。
だからこそ、本当の意味で正直なコメントを打ってしまう。
………貝木にとってそれは、痛恨のミスだった。

『それにしても球磨川。貴様過去ログを読ませてもらったぞ』
『ん? あ、もしかしてめだかが僕と組んでくれるの?』

これが本物の彼彼女同士だったら、舌が切れてもあり得ないだろう。
彼ら自身、参加している時期が最悪すぎるのだから。
和解は愚か、難解を極めている。
だが、これは、あくまで偽物同士。
何が起ころうと、驚くことはない。

『あぁ、私は是非お前とは組みたくないと思っている』
『ふぅん』

ここで、貝木からしたら不都合以外何でもない一言を。
玖渚は、そんな事を言いだした。


ところで、今さらながら玖渚がなぜこのような態勢を取っているのか、話してみようと思う。
玖渚友が黒神めだかを騙る理由。
それは、戯言遣いと彼女自身を生還させるのに邪魔になるであろうからここで悪い印象で与えなければいけなかったからだ。
邪魔。
先程まで、玖渚は彼女自身のプロフィールを調べた。

[黒神めだか]
所属:箱庭学園
委員:箱庭学園生徒会長
学年:一年
組 :十三組
性別:女

………。

等々と詳しすぎる情報に加え。
彼女は、3分ほどかけた甲斐もあり、とうとう見つけたのだ。

―――――――生徒会執行部の時計塔地下での戦いを。
―――――――箱庭学園主催の生徒会戦挙での争いを。

そう、それは最重要秘密機構とまではいかないが
一応は学園の形を保っている以上こう言った情報はセキュリティを何重にも掛けて保存している。
とはいったものの、今回のこの件。
『バトルロワイアル』を行うに当たって過負荷を使う計画すらも失敗という事態を受け
少々慌ただしいこともあり、このセキュリティの壁も少しばかり緩んでしまったのだ。
この玖渚友。
そんな隙を見逃すほど容易い相手ではない。
容赦なくその個人情報(エリア)に土足で踏み込んで、弄り回す。
結果。
先の情報が飛び込んできたのだ(とはいえ、玖渚レベルの力が無ければやはり不可能なことではあったが)。
そして、やや早回しに45分でこと終わらせるよう見終えたのだった。
これこそ正に、完全記憶能力を保有する彼女ならではの技術と言えよう。

閑話休題。

彼女がこの光景を見たとき。
ふと、彼女はこんな考えに至った。

うーん、いーちゃんってこの《過負荷》ってやつじゃない?

そう、自然と思い至った。
とはいえ、嫌いなわけじゃない。寧ろそんな戯言遣いのことが大好きだ。
しかしそれで災厄が降りかかるとなると話は別。
――――――その災厄は取り除かなければならない。
例えそれが人間であろうとも――――。

戯言遣いに害なす者は全て敵。

彼女の行動理念。
だからこそ、少しでも悪影響を振りまくに越したことはなかった。

まぁ、相手がの球磨川禊相手ならば、話は別だけれど。
生憎そうではないと、玖渚自身は思っていた。
少々ばかり証拠と呼べそうな種も残っている。
というより玖渚が意図的に残させたと言うべきか。

そして、今までに比べたらあまりに遅いタイミングで返答が返ってくる。
客観的から見たら、やはり当然という他あるまい。
しかし、実際に客観的という概念などは存在してなく、あるのは両者の思惑と思想のみである。

『どうしてまた? 味方が増えるのはいいことだと追うけど? 人殺しにしたってさ』
『おいおい球磨川。貴様らは「ぬるい友情、無駄な努力、むなしい勝利」のはずだろ? 味方をおいそれと増やしてどうする』

『それも、私の様な人間と』

貝木としては、この状況は非常によくない。
やや、というより非常に押され気味だ。
最初、江迎から聞いた話だと、自身の名乗っている「球磨川禊」と、「黒神めだか」というのは極めて相性が悪いらしい。
ただ聞いた話だと、人殺しをしようとする性格には思えなかったのだが、やはりそれは道聴塗説に過ぎなかった。
否定するには、余りにも材料が足りない。
勿論、最初の少女が姿を偽っている可能性は普通に考えて高い。
しかし、それを言及することが、難しかった。
あくまで受動的な態勢を最初に取ってしまった以上、今更組み合うのを強要するのは難しい上に手間がかかる。
それに、一歩間違えれば直ぐに画面の向こう側にいる何者かは、敵に回ってもおかしくない。
………四面楚歌な状況下にいつの間にか陥っていた。
そうこうして、悩んでいる間―――――とはいいつつも実際は30秒にも満たない間だが、返答が返ってきた。

『さて、そろそろその皮を剥いだらどうだ、球磨川を騙る者』

考えるまでもなく、それが意味することは分かっていた。
ばれている、ということだろう。
直ぐに察する。
しかし、そこまで辿りついたのであれば、逆に対策を打てる。
彼だって、何も漫画を読んでいただけではないのだ。
ただまだ打つには早い。
場が整っていないというものだろう。

『おいおい、めだか。人を区別するなよ。「人類皆兄弟」的な今時流行らないよーな生き様をしてんじゃなかったの?』
『いや、区別はしてないぞ。差別をしてるだけだ』

一般的の教養とは思いきって逆の発言を平気でぶち込む。
一周回って、「めだからしさ」というのを醸し出してこそいるが、

『………普通逆じゃない? めだか』

やはり普通に突っ込まれた。
――――が、今回の論点はそこではない。

『ん、まずはその呼び方だな』
『んー?』

そう、貝木が画面の向こう側にいる誰かに向かっての呼称についてであった。
特別、貝木としては特に意識を張った場所。

貝木の考えではこうだ。
球磨川は親交を深めるという意味合いを含めて、相手を「ちゃん付け」しているのだと。
だから、江迎から聞いた話通りで言うと敵であるめだかには、「ちゃん付け」をする必要はないであろう。
そう、読んでしてしまった。――――ご存知の通り、それは深読みに過ぎなかった訳だが。

『その呼び方。鬱陶しくこそあるのだがいつもみたいにめだかちゃんと気安く呼ばないのか、球磨川モドキ』
『別に。パソコンだと一々「ちゃん」って打つのって面倒じゃない?』

ただ、ここで易々と貝木は認めるわけにはいけない。
もっと、正体を明かすのに相応しい舞台は整えなければいけないのだ。

『ほう、その考え方は目から鱗だ。全くもって失礼したな、では次だ』

そして、それは玖渚にしても同じ。
これは次のネタの前座に過ぎないのだ。
舞台を整えるのに、手抜かりはしてはならない。

『何時から僕は尋問されなきゃいけなくなったのさ』

最もだと思われる不満を洩らしつつ、貝木は返答を待つ。
それから10秒。

『尋問については只今をもってからだ。
 ――別にそういったルールである以上これをダメだとは言わせんぞ。――――それで、貴様は何故私を人殺しと納得した』

と、返答が返ってきた。
そう、そうなのだ。
表面的には何気に呟き、僅かな疑念も抱きつつ流されたのだが、結局はそれに尽きる。
少なからず、名簿の無かった当時の報告を考えれば、既に出遭っているという可能性は大いにある。
それだけでも、まだ二つの可能性が見えてきた。
一に、このバトルロワイアル開幕以前に出遭っている可能性。
二に、このバトルロワイアル開幕以後に出遭っている可能性。
しかしそのどちらにしたって、めだかの話題が一回は出てくるはずだろう。
まぁ、とはいえ球磨川が発するめだかへの呼称が分からなかったため、球磨川の口からめだかの名前が出るのは無かったと思われる。
しかし、そうとはいえこうも口調が一致するのは、やはり不自然と思うのに十分だ。
要するに簡単にまとめると、彼。
玖渚から見て画面の向こう側にいる人間は既に箱庭学園事情に詳しい身柄であるという。それも中途半端に。
だが、生徒会の面々や名簿で確認できるところの-十三組でも呼称の関係上ないと思う。もちろんそれがサクラという可能性も否めないけれど。
さすがにそこまでいくと推理のしようがない。
ある事実でのみで辿りつける真実に向かわなければいけないのだ。
兎にも角にも。
そうでなければ、残された可能性と言うものは大幅に減る。
その中で特に現実味があるのは、やはりこれしかない。

二の場合。
バトルロワイアル開幕後に、球磨川と箱庭学園生徒に出遭ったという可能性。
黒神めだか。人吉善吉。阿久根高貴。日之影空洞。宗像形。黒神真黒。江迎怒江。
そにいずれかに。もしくは複数と上手くやって情報を聞き出したのだろう。

と、なると―――だ。
何故、画面の向こうの少年は球磨川禊ではなく―――――第三者だ。

玖渚の意見は、以上だ。
ほぼこれで確実だろうと考えている。
伴って、現実もそう大差ない。

『それこそ特別意味はないよ。こんな場に呼び寄せられたら、人がどうなるかなんて目に見えて分からないものだろう』
『残念だったな、球磨川モドキ。こんな異常事態。貴様との争いの一件以来日常的に行われていたことだろう?』
『……?』
『庶務戦の一件を経て、私は人の死には少々ばかり耐性は付いたぞ』

そう、真実味を帯びた言葉には必然と強制力が生まれる。
どんな言い訳もある程度は跳ね返せることが可能となるのだ。
虚言は無効と。
妄言は削除と。
戯言は無策と。
真実の前には、ご都合主義な詭弁は例え事実であろうと無意味とされる。

結果。
その後いくつかのやり取りを経て、貝木が入力する言葉は―――。

『――――ッ!』
『こんなネット環境でそんな事を打つだなんて中々趣があるな、、まぁいい』

わざとらしい入力と華麗なるスルー。
纏めると、貝木には反論の余地がない。
どちらにとっても何とも都合よく進んでいった。
勿論のこと、「どちらとも」というからには貝木もそこに含まれる。

『で、つまりは何? 僕は偽物だと』
『あぁ、そうだ』

即答。
なんと言ったところでやはり不自然ではないのだが。
ただ、貝木はここで終わるわけではない。
この時を待っていた。
黒神―――玖渚が組みたくない宣言を済んでから。

『うん、認めるよ』

策とは。
常に張るのが大事なもの。

秘策とは。
いざという時の切り札だ。

奇策とは。
常識に思い及ばないこと。

この場合の貝木は、秘策を行使する。
その秘策。
余りにも使い古されて、逆に価値を取り戻した方法。
それは。

『―――――ということで改めまして。戦場ヶ原ひたぎです』

二重重ねの嘘。
随分と古典的で、相当に初歩的なテクニックだ。
今ではそう言う意味合いの強い、寧ろ詐欺師では縁が無くなり始めた技術である。

道化師は一度信用を失えば、それを元に戻すのに相応の苦労が必須だ。
二度目の嘘は愚か、重ねれば重ねるほど猜疑心は相手を犯す。
もはや信用を取り戻すなんて夢物語もいいところになってしまう。
だからこそ、本来嘘は一発勝負という気持ちで挑まなければならない。
否、そうしなければ逆に取って食われてしまうのだ。
だからこそ、詐欺師は二重重ねの嘘は簡単に発してはならない。
最悪の場合、詐欺がばれて警察に連行されるというが絵面が見える。

しかし貝木はこの場合。
それを逆手に取った。
いや逆手、と言えるほど上等な手段ではないが、その身の分を自覚したうえでこの方法を試みる。
普通、人は自ら苦手とする分野に行きたがらない。嫌いとする作業を行うことは少ない。
そんな事は一々言うまでもない。
だから人は無意識にしてもそういう選択肢を排除している。
それは、第二者ととしても同じ。

この場合で言う二人で言おう。
詐欺師、貝木泥舟はハッカー、玖渚友を事情は考えず現状だけを考慮して嘘に塗れた勧誘をした。
しかし玖渚はそれを論破することに成功する。
恐らく、いや十人中十人その時点で玖渚からは信用を失って話し合いも碌に通じないだろう。
ただこの場合、先に貝木は「詐欺師」という正直な意見を言ったのが辛うじて幸いした。
そう、詐欺師がそこまで危険を起こして。今回相手が強力なハッカーであろうと分かっていた上で
嘘を付き続ける理由がはっきり言うと無いに等しい。この際無いと断言しても間違いではならないであろう。
――――玖渚も、そう言う可能性を考えていないこともなかったが、それこそごく僅かな可能性で済ませていた。
だから頭が回るのに少し時間がかかってしまう。

『………それは本当の知識か』

それも相まって、当たり前の話だが、玖渚に戦場ヶ原ひたぎの情報は少なからず今は無い。
情報の海に潜って行けば、箱庭学園の生徒の如く、個人情報が潜んでいるかもしれない。
だが今回席をはずすとこの空気を一旦崩すこととなる。
加え、一旦彼女は本当に用事があったとしても席を既にはずしている。
次、まだ時間として30分と経たない内に席をはずすのは逆に貝木に猜疑心を与えることとなる。
それは駄目だ。
そんなことになったら、黒神めだかの印象が劣悪なまでに最悪というものから転落してしまう。
決して黒神めだかに味方を増やさない、戯言遣いに害を与えさせないために自分優位という姿勢を壊しては、ならなかった。
それ故に、深く追いこみすぎ敵の罠に掛かるなど言語道断。

ならば情報が足りていない以上、これ以上の相手の正体を弄るのは危険で無意味だ。

相手の起死回生策だとしても、わざわざ乗じる必要性など玖渚にとってはない。
黒神めだかの善吉曰く「信じることしか知らない」特性がまだここにきて助かったと言うべきか、少なからずは補助的な役割を果たしただろう。
無論、貝木自体がそれを知っているかは別としての話なのだが、話を流されるのは貝木にとっては好都合には変わりないのでスルーする。

『そうよ。私がこれ以上嘘を吐いて好都合はないわ。ここで正直に話をした方がまだ信じられるというものでしょう』
『随分と打算的な考えだな』
『嘘吐きな詐欺師と言うものは大抵そんなものよ』
『………それは言えてるかもしれんな』

咄嗟に玖渚が思い浮かべたのはやはり戯言遣いその人。
言い返す言葉もない。
……と思い返して思いを止める。

「――――って、いーちゃんはもう歩み始めちゃったんだよね」

そう、呟き。
一人で成長し始めている戯言遣いの背中を思う。

「まっ、それでも僕様ちゃんはいーちゃんのことは大好きだけど」

しかしその子供らしさの残るも無垢そうな声色ではっきりと小言ながら宣言する。
そんな玖渚が中途半端に悶々とする気持ちに気付き始めたころ、画面の向こう側。
貝木泥舟から一つの返答が返ってきた。

『ところで、黒神さん。ここいらで情報交換でもしないかしら』

その提案は、唐突だった。
玖渚自身も予測はできても予想はしなかっただろう。
なにせ一度嘘がばれて、大抵――――いや、少なくとも玖渚はこの画面の向こう側の人間に信用は置いていない。
疑心でいっぱいと置き換えたって差支えない。
そんなこと態々口に出すまでもなく、常識の範囲内だ。

しかしこの男、貝木泥舟は見事に裏切ることをした。

『おい、貴様。貴様は己の立場を弁えているか?』
『言われなくても弁えているわ。一度嘘を吐いて信頼関係に置けない間柄ってことでしょう』

さらりと平然に告げる。
玖渚としては拍子抜けする結果となった。

『………いまいち貴様の意図が掴めんな』
『じゃあ考えてみて頂戴、黒神さん。私は既に信用を失ってるわ』
『あぁ、そうだな』
『―――で、そんな私の言を貴方は十中八九疑うでしょう』
『恐らくな』
『ならば話は簡単よ。疑えばいいだけじゃない』

あんなに忙しく動いていた玖渚の手が一瞬止まる。
こいつは何を言っているのだろう、そんな顔で画面を見つめる。
するとそれに呼応するように次の文が打たれていた。

『別に信用しなくてもいいけど、貴方も嘘でいいから形だけでも情報交換しましょう、ということよ』
『それに対する貴様のメリットと、私のメリットは』

それ以前に、何故このような思考に至ったのか。
単純な話であった。
彼は、同盟を決することは不可能と考えると、下手な足掻きは止めようと決意した。
理由は、これ以上話して下手すると自らのボロをうっかり、
いやその辺りに抜かりはないので彼自身の予期せずボロが彼女に伝わるかもしれないからだ。
貝木は、既にこの段階に至るまでのやり取りで相手は途方もないほど頭脳明晰な「異常者」というのは良くも悪くも理解できて。
だから自らでは完璧だと思っても、その壁の穴を見つけ出すかもしれない、そのように思考に自然と成りえた。

『そうね、じゃあまずは貴方のメリットから言いましょう』
『……何だ』
『貴方のメリットは簡単よ。論理的に推理さえできれば貴方は私の持ちえる知識の断片を得ることができるわ』
『………どういう意味だ』

現実の方では、怪訝そうな表情を玖渚は浮かべる。
一方貝木の方は、すっかり営業がとなり、淡々と文字を打っていく。

しかしここで無言で立ち去るにはこんな情報を残している。
一に、第一回放送以前に球磨川禊と、それとは違う箱庭学園生徒と出遭っていること。
二に、戦場ヶ原ひたぎという少女を約第一回放送までに出遭ったことのある者。
この二つだけで個人を特定できるのに苦労をそこまで掛ける必要もないだろう。

『じゃあ聞くけど貴方は、一から全く新しい怪談噺をものの十秒程度で考えつけるかしら?』
『恐らく無理だろうな、まず被っていない類の妖怪を探すのに一苦労するであろう、それに妖怪を怖い風に描写するなど並々ならぬ手間だな』
『――――つまりそれと同じよ』
『……あぁ、成程な』

それだけではない。
この画面の前にいる相手は、ネットカフェ玄関に在った人間を殺したほどの人物かもしれないのだ。
ならば、見つかり次第「貝木泥舟」と言う厄介者が駆除されてもおかしくない。寧ろ自然な流れと言ってもいい。

『そう、例え私がここで嘘を吐こうとしたところで
 一からそんな現実味の帯びた話を考えるのは不可能であり、残念ながら真実を交えた会話になるでしょうね』
『そうなると、私がその話を聞いた後に普通だったら考えられない様な事や
 もっている知識を比べて不可解な部分を取り除けば真実に近い回答を得れるということか』
『そういうこと。それで仮に情報交換が成立するとなると貴方も私もノイズ交じりであろうが情報を手に入れることが可能であるわ』
『―――しかし私にそんな自らの情報が漏洩されるのかも知れぬのに話に乗る必要はないだろう?』

だから。
彼は、相手の弱みを少しでも握って、そのような可能性を減らす作業へと移行した。
例え貝木が失敗しても、元々狙われているかもしれないという立場から狙われるという立場に変わっただけであり、貝木にとってそう大差ない。
博打に似た賭けではあるが、負けてもいいのなら賭けないことはないだろう。

『ならば、貴方は私に負けを認めることになるのね』
『なぜそうなったか聞かせてもらおう』
「何でそんな思考になったんだよ!」

と、ここで玖渚は思わず現実世界とリンクしながら文字を打つ。
先ほどから彼女は驚いてばかりである。
――――当然と言えば、当然だが。

『簡単よ、たった一詐欺師である私相手に怯えを隠せない相手なんて経過がどうであれ負け犬以外の言葉が無いじゃない』
『………いいだろう。乗った。ではまずは貴様からだ。言いだしっぺであろう?』
『問題ないわ。精々私の真実の情報が導き出せるといいわね』
『誰に口を聞いておるのだ。私は箱庭学園第98・99代生徒会長、黒神めだかだぞ? 甘く見るものではないな』

すると、長い間照らし続けた光は、二人のほくそ笑んだ顔を照らし出す。
次の瞬間、ログは勢いよく流れだした。



そして、時間は刻々と過ぎていく。
流された情報には、何が含まれていたのだろうか。
それを知るのは、今はまだ二人だけであった。



【1日目/朝/D‐6ネットカフェ】
【貝木泥舟@化物語】
[状態]身体的疲労(小)
[装備]
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(2~8)、「箱庭学園の鍵、風紀委員専用の手錠とその鍵、貴重品諸々、ノーマライズ・リキッド」(「」で括られている物は現地調達の物です)
[思考]
基本:周囲を騙して生き残る
1:情報交換する
2:怒江はとりあえず保留
[備考]
※貴重品が一体どういったものかは以後の書き手さんにお任せします。
※取得した鍵は、『箱庭学園本館』の鍵全てです。
※言った情報、聞いた情報の真偽、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします。



【一日目/朝/D-7斜道郷壱郎の研究施設】
【玖渚友@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]
[道具]支給品一式、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:いーちゃんに害なす者は許さない。
 1:情報交換する
 2:舞ちゃんに護ってもらう。
 3:いーちゃんとも合流したい。
 4:ぐっちゃんにも会いたいな。
[備考]
※「ネコソギラジカル」上巻からの参戦です。
※箱庭学園の生徒に関する情報は入手しましたが、バトルロワイヤルについての情報はまだ捜索途中です。
※めだかボックス、「十三組の十三人」編と「生徒会戦挙」編のことを凡そ理解しました。
※言った情報、聞いた情報の真偽、及びそれをどこまで理解したかは後の書き手さんにお任せします。


立つ鳥 時系列順 騙物語
立つ鳥 投下順 騙物語
ネットカフェで一服 貝木泥舟 交信局(行進曲)
今まで楽しかったぜ 玖渚友 交信局(行進曲)

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最終更新:2012年10月02日 13:05