≪赤き征裁≫、≪死色の真紅≫、≪疾風怒濤≫、≪一騎当千≫、≪赤笑虎≫、≪仙人殺し≫、≪砂漠の鷹≫、≪嵐の前の暴風雨≫、などなど。
彼女は様々な名前で呼ばれている。
その中でも彼女、
哀川潤を最もよく表している言葉がある。
裏の世界に、暴力の世界に、身を浸す存在ならば、知らぬ者は決していないだろう名が。
誰もが彼女を、こう呼び恐れ慄くだろう。
誰もが彼女を、こう呼び逃げ惑うだろう。
誰もが彼女を、こう呼び泣き叫ぶだろう。
誰もが彼女を、こう呼び震え忍ぶだろう。
誰もが彼女を、こう呼び嘆き狂うだろう。
誰もが彼女を、こう呼び忌み嫌うだろう。
誰もが彼女を、こう呼び畏れ敬うだろう。
たった一つの名。
哀川潤にのみ許された名。
『普通』からは程遠く、総合力に秀でた『特別』でも届かず、一点特化に特化を重ねた『異常』でもなお足りない。
無論、『過負荷』などと言う生易しい物である訳もなく、『悪平等』などと言う名の存在でもある訳がない。
哀川潤を表し得る言葉は一つしかない。
それは――――
砂漠の一角で、二人は遭遇した。
いや、遭遇したと言うのは相応しくない。
ポケットに手を突っこんだまま歩いていた哀川潤が、砂漠の中を一人で歩く、何処か眠そうな男を偶然見付けたと言うのが正しいのだが。
「おーい」
それに何の躊躇いもなく声を掛けた所で気が付いた。
此方を向いたその、眠そうな男が差している刀が血に濡れている事に。
しかしやはり何の躊躇いもなく、その男へと近付いて行く。
その男も男で近付いて来る哀川潤の存在に気付いたようだが、特に気にする様子もなく歩き続け、そして、それなりに距離を開けた所で、どちらとも言わずに足を止めた。
「……一応聞くけどあんた、もう人殺したか?」
どちらも黙ったままお互いを観察し合っていたが、哀川潤がそう聞いた。
男は何も言わずに、眠そうに刀の柄を掴んだ。
それだけでも十分、とまでは行かなくともそれに近い答えになっているはずだ。
それでもなお、哀川潤は無遠慮に近付く。
近付こうとした。
――しゃりん。
唐突に、音が一つ鳴った。
はらりと哀川の目の前を、幾つかの髪が束となって落ちて行く。
赤い髪。
間違いなく、それは、哀川潤自身の赤い髪だった。
暢気に頭に手を伸ばす哀川潤を尻目に、男は二歩ほど後ろに下がり、刀の柄から僅かに手を離した。
「――――来るなら斬る」
ぽつりと呟くように、一言言った。
だがその一言はかなり現実味を帯びた一言だった。
何と言っても何時の間にか髪を斬った事。
更には人間を斬り捨てるのに対して躊躇いがない事。
それは良くも悪くも血に濡れた刀が証明していた。
男の言った一言。
それに頷く。
「なるほど――分かった」
理解したように頷いた、
「『言葉』ではなく『心』で理解できた!」
時には、哀川潤の足が、男の肩に、当たる寸前だった。
一瞬にして、男の左肩に蹴りを入れようとしていた。
「っ!」
突然、と言うより咄嗟に、男は衝撃を逃がす為だろう、後ろへと跳んだ。
蹴り、蹴られる事によって、お互いの距離が開いた。
だが同時に、男の方は驚いた表情を見せていた。
恐らく、予想よりも遥かに蹴りの威力が低かった事に対して。
哀川潤はにやりと笑う。
「でもそんなん心意気じゃ駄目だなァ……斬ると思った時は! 既に行動を終わってる――それぐらいの粋じゃなきゃこのあたしは倒せないぜェー!」
何処ぞの悪役辺りが言いそうなセリフ。
それにしてもこの哀川潤、ノリノリである。
対して男は、無言で刀の柄に手を置いた。
眠そうだったものなど既に、影も形もない。
その目に宿る物は、「来るなら斬る」と言う生易しい物ではない。
もっと壮絶な、「絶対に斬る」とでも言うような気迫。
理解したのだろう。
警告の為に髪だけを斬ったように、その借りを返す意味と同じ警告の意味を込めて、刀を掴まない左の肩をわざわざ狙って軽く蹴った事を。
男の目の前にある哀川潤の存在が、「来るなら斬る」程度の物では届かない、「絶対に斬る」でもどうか分からない、そんな存在だと言う事を。
何よりも、たった一度の気が向いたからした警告に命を救われた事を。
「ヒッヒッヒ――」
「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」
哀川潤は一瞬だけ笑いはしたものの、互いに無言で対峙する。
お互いに借りを返すと言う意味では既に、対峙する必要性は無くなっている。
しかし対峙する。
明確な敵対関係はないにも関わらず対峙する。
男はどうなのか分からないが、哀川潤は物凄く楽しんで対峙する。
強くて積極的までは行かないが、強い奴に出会えた事。
目にも止まらぬ速さで髪を斬る。
暴力の世界で蠢くプロのプレイヤーの中でも、ここまで極端に行き着いた者はそう居ないだろう。
閃光の一つも見せない居合いの技。
目を凝らしても見えるかどうかと言うそれに、興奮していた。
「――――名前」
「あん?」
沈黙を保っていた。
だがそれを男が破った。
「名前、何て言うんだ?」
「なんで聞くんだ?」
「殆ど忘れかけてたんだが、ある奴から遺言を預かっててな……伝える奴かの確認だ」
恐らくそれ以外にも意味はあるだろう男の言葉。
哀川潤は笑う。
少なくとも決して良い笑顔の分類には入らない、凶悪な笑顔を浮かべて笑った。
「哀川潤だ。ちなみに、上の名で呼ぶ奴は敵だけだぜ――それであんたは?」
「宇練銀閣だ――哀川」
男、宇練が呼んだのは、哀川潤の上の名。
まだ敵対するに足る理由がなかった筈の二人が、この時、完全に敵対した。
苦手意識があった訳でも、同族嫌悪があった訳でも、憎悪関係があった訳でもなく、何と無く敵対した。
上の名を聞き終えて、哀川は動く。
嬉しそうに動く。
名前を聞いても逃げないでいてくれる敵に向かって、何十にも、何重にも、先程髪を斬られた経験ととりあえず勘を合わせて適当に作った見当を元に宇練の居合いの間合いギリギリと思う辺りでフェイントにフェイントを重ねに重ねた上で、
「――――――――!」
突っ込んだ。
居合いの名は、零閃。
宇練家に伝わる、一瞬で斬り終えている居合いの技にして、ある種居合いの極地。
それを、最初に髪を斬られた時に、それを、見た筈なのに正面から突っ込んで来る哀川に対して何の異常も感じない程には、宇練は暢気ではない。
何か策がある。
当然のようにそう思いながら、自信を持って宇練は構える。
絶対の自信。
斬れぬモノなど何もないという自信。
それこそ、「斬ると思った時は! 既に行動を終わってる」、と思えるだけの自信を持って。
迎え待つ。
「――――零ッ」
刀の間合いに入った。
決して抜け出せない、決して逃がさない、決して斬り損ねない所まで這入った。
確信と共に、抜く直前、哀川の姿は消えた。
かに見えた。
しかし宇練は視界の上端、視界の上で、赤い何かを捕えていた。
一気に後ろに跳びずさり、上を向くと同時に、
「閃!」
鞘走りの音。
――しゃりん。
少し強引に斜め上に向けて零閃を放った。
その時にはもちろん、既に一刀両断を終わっている。
空中の物を一瞬で斬り終えていた。
一瞬で。
それ故に気付くのが遅れた。
一瞬で。
斬った確信があった故に気付くのが遅れた。
速過ぎたが故に何を斬ったか気付くのに遅れた。
斬ったのは人間ではないと気付くのが遅れた。
「……な!?」
「オラァ!」
秒にしてもほんの一秒か、多くて二秒程度。
何を斬ったか気付き、驚愕する宇練に、斜め下から何かが突き刺さった。
無意識に口が開くが、何も入って来ない。
それでも震える体を無理矢理動かし、視線を下に向け、何があったのかと見る。
そこには、頭をめり込ませた体勢のままの、
「――――」
「ぐ……ァ、哀」
哀川潤がそこにいた。
見えるのは後頭部ぐらいの物だったが、それでも理解するには十分だった。
負けた。
あっさりと負けた。
「……川――」
そう理解しながら、宇練の意識は消えて行く。
急速に消え行く意識の最中、宇練はただ、思う。
これでゆっくりと眠れるのか。
「――じゅ、ん」
そう思った。
「…………ふぅ」
哀川潤は息を吐きながら首を軽く回した。
ありとあらゆる名で呼ばれる彼女。
彼女にこそ相応しい名が、一つある。
唯一。
≪人類最強≫。
最強の名を冠する彼女。
だがそれはあくまでも人類と言う範疇である。
銃に撃たれれば、人は死ぬ。
頭を砕かれれば、人は死ぬ。
血が無くなれば、人は死ぬ。
火で焼かれれば、人は死ぬ。
土に埋もれれば、人は死ぬ。
当り前の事だが、人は死ぬ。
だから何時かは、彼女も死ぬ。
と言うか、身体が真っ二つにされれば、≪人類最強≫でも死ぬのだ。
故に、間もなく放たれる居合い抜刀、宇練銀閣の零閃は、鬼門に近かった。
だから、と言う訳ではないが少し小賢しい手を使ったのだ。
目立つ物を上に放り投げ、そちらに気を取られた隙を突く。
それは見事に成功した。
拾い上げた物は、
「あーあー」
上の服だった。
≪人類最強≫に不可能は殆どない。
神技的な速さで上の服を脱ぎ、上に放り投げて自分は地面スレスレを走る事など造作もないのだ。
ちなみになぜ上に投げたのが服だったかと言えば、手近にある物で、目立つ物だったからと、次いで己の姿を見え難くするのにも一役買うだろうと思ったから。
赤と言う目立つ服を着ていたので、それが無くなっただけでも目に止まり難くなる可能性と、肌色と砂の色がお互いに似ているから多少なりとも見え難くなるとも考えて。
それは物の見事に成功を納めた。
咄嗟に宇練が哀川が何処にいるかを判断したのは、眼の上端で捉えた赤で、結果、一刀両断されたのは服だった。
どちらも目に止まっていたら、普通に考えれば二分の一の確率。
しかし哀川は気付いていなかったが、正直な所、もっと危険な橋だった。
零閃は別に、一瞬に一回だけ刀を抜いて納める技ではない。
一瞬で五回抜いて納める、通称、零閃編隊・五機と言うとんでも技まであったのだ。
更に言えば、斬刀と血の二つさえあれば一瞬で十回斬り終えている大技、通称、零閃編隊・十機と言う技まで。
だから勝てたのは偶然と言って良い。
いや、実の所を言えば偶然と言っては悪い。
今回の戦い、実は過去に、宇練銀閣が負けた時の筋を若干ながら辿っていたのだ。
鑢七花と言う男と戦い、正面から零閃を避けられ、蹴り飛ばされ、上から攻められ、散った。
正面から蹴られた。
これが奇しくも宇練の脳裏に刻まれていた敗北の記憶を刺激し、無意識に上への警戒心を強めた。
運も実力の内と言えば十分実力の範疇だが、偶然だけでは決してなかった。
しかしそれでも代償はちゃんとある。
「真っ二つか……」
横に真っ二つに斬り裂かれた服。
丁度、真ん中辺りで斬られた服。
着ればヘソ出し、着ずはブラのみ。
しばらく真っ二つにされたそれを眺めながら、どうするか悩んだようだったが、選んだのは、ヘソ出し。
砂を払ってからそれを着ると、何を思ったのか徐にポーズを決める。
「蝶・セクシー!」
しかし残念ながら周りには、倒れている宇練を除いて影も何もなし。
突っ込みも何もない。
どのぐらいの時間が過ぎたかは分からないが、ポーズを辞める。
戯言遣いのような、突っ込む相手が居ないでボケても単純に虚しくなるだけだと分かったからだ。
とりあえず足先で倒れている宇練を軽く触った。
反応はない。
「――おーい?」
声を掛けながらしゃがんで身体を揺するが反応はない。
首を傾げて、宇練の胸に手を当てた。
沈黙。
そして顔に一筋の汗。
「やべえ、心臓止まってる」
【宇練銀閣@刀語シリーズ 死亡】
哀川潤は少し焦ったように呟きながら腕をまくり、肩を回す。
「流石に加減しないとな……一姫みたいに肋骨折っちまったらいーたんに文句言われそうだし」
そして、宇練の胸の上に両手を乗せて、押す。
心臓マッサージは始まった。
あっさりと終わった。
【宇練銀閣@刀語シリーズ 復活】
「復ッ活ッ、宇練銀閣復活ッッ、宇練銀閣復活ッッ、宇練銀閣復活ッッ、宇練銀閣復活ッッ、宇練銀閣復活ッッ、宇練銀閣復活ッッ」
宇練銀閣の止まっていた心臓は、色々と犠牲を払ったものの無事に動き始め、無事に復活。
このような場に来ても、全てを無視したような無茶苦茶さは健在と言える。
いや、戦った相手すらも巻き込む台風のような存在は傍若無人さと言う方があっているか。
意のままにならないと言わず、意を考える暇もないような、酷く激しい暴風雨。
宇練は運悪くそれに巻き込まれたのだ。
そんなのに巻き込まれ、そんな暴風雨に巻き込まれ、安眠など出来る訳もなく、寝れると思うだけ甘かった。
「…………さてと、一人ボケ……じゃなくて冗談もほどほどにして、刀は没収、荷物も没収っと」
何の躊躇もなく宇練の持ち物を奪い取り、その上で、
「よし、連れてくぞ?」
一応声を掛けてから肩に担いだ。
しかし気絶中の相手に声を掛けた所で返事がある筈もなく、実質強制連行でしかない。
もっとも、とある人物をスタンガンで気絶させた上で拉致した事のある哀川潤が、その程度の事を気にする訳もない。
肩に担いでいる宇練の重さを気にも留めず、と言うか重さを感じさせぬ足取りで、早足気味に歩き続けるのだった。
何はともあれ、哀川潤にとっての命の掛かった殴り合いで宇練銀閣にとっての鎬を削る殺し合いは、哀川潤の勝利で幕を閉じたのだった。
≪人類最強≫
それが、哀川潤を表し得る言葉にして、哀川潤にのみ許された名である。
【1日目/早朝/H‐5】
【哀川潤@戯言シリーズ】
[状態]健康、まあまあ満足
[装備]
[道具]支給品一式×3、ランダム支給品(1~6)、首輪、血濡れの刀@不明
[思考]
基本:バトルロワイアルを潰す
1:とりあえずバトルロワイヤルをぶち壊す
2:いーたん、
玖渚友、
想影真心らを探す
3:積極的な参加者は行動不能に、消極的な参加者は説得して仲間に
4:東に向かう、(骨董アパートを目先の目標)
5:とりあえず宇練を持ってく
[備考]
※基本2の三人は居るだろう程度で探しています。本当かどうかは放送待ち
※基本3の積極的はマーダー、消極的は対主催みたいな感じです
※道具の中にある首輪の存在には気付いていません
※まだ刀は使える状態です
※想影真心との戦闘後、しばらくしてからの参戦です
【宇練銀閣@刀語シリーズ】
[状態]気絶中、肋骨数本骨折
[装備]
[道具]なし
[思考]
基本:因幡砂漠を歩き、下酷城を探す
1:流れに身を任せる
2:斬刀を探す
[備考]
※気絶中
最終更新:2012年10月02日 08:43