何に狂うか何に病むか ◆mtws1YvfHQ


 西条玉藻は狂っていた。
 元から狂ったような人格を持っていた彼女だが、今はそれを超えて狂っていた。
 毒刀の猛毒刀与。
 人を斬りたくなると言う刀の毒に侵されて、更に狂っていた。
 それでも彼女は然程狂っていないように見えた。
 元から狂ったような存在だったが故に、人を斬りたくなる毒の効果が薄かったのかも知れない。
 そんな彼女は今、狂人の意思を持ってとある存在、零崎一賊秘中の秘、零崎人識を探していた。
 己の愛しき獲物の片方を持っているだろうと言う確信とただ好奇心の二つを持って探していた。
 探していたと言っても手掛かりがある訳ではないのでただ無作為に歩き回っているだけだった。
 そんな彼女が箱庭学園の中で放送を耳にしたのは必然だったかも知れない。
 様々な建築物の建ち並ぶそこに足を踏み入れ、迷い歩いていたのだ。
 そんな彼女は一時間後に此処が禁止エリアになる事など知りもしない。
 しかしそれでも人間が減った事だけは朧に理解していた。
 それでもただ人を、あるいは殺人鬼を、探し歩いているだけだった。
 そんな中で、まるで何かに導かれるように彼女は一つの建物に足を踏み入れた。
 なんで踏み入れたか聞かれれば答え辛い。
 しかし強いて上げるとすれば、微かに何かが聞こえたからだ。

「……ゆらぁり」

 と。
 壊れたように。
 病んだように。
 踏み入った場所には、一つの影が佇んでいた。



 江迎怒江は病んでいた。
 泥舟さんのためだったら何だってできるのに、二度目の離れ離れ。
 たった二度、と人は言うかも知れない。
 だがその二度は、彼女にとって何物にも勝る二度だった。
 ただ幸せになりたいと願う少女にとって、たった二度の別れは、身を二つに裂かれるような物。
 辛く、辛く、ただ辛い。
 愛しい人と引き裂かれる事は、ひたすらに辛い。
 そんな彼女が放送を迎えるにあたって、箱庭学園の一角、「木漏れ日」と言う名の植物園に居たのは必然だった。
 なぜならば、泥舟が教えてくれた『荒廃する腐花』の新しい使用方法である植物操作を最も活用できる場所がそこであり、きっと泥舟さんなら私を頼ってそこに居てくれる。
 儚い幻想に縋り付こうとするのも、幸せになりたいから。
 しかしその幻想はあっさりと現実によって否定されたのだが、諦め悪く居続けていた。
 結果、届いた放送は最悪とまでは行かなくとも、今の彼女には最低の物だった。

「なんで」

 ぼそりと小さな呟きに始まり、

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」

 壊れたように口から漏れ出した言葉の数々は、

「ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ」

 淡々と植物園の中を響き渡る。
 なんで、と言う呟きは、悲痛の響きを持って。
 なんで皆、私の幸せの邪魔ばかりするのかと。
 壊れたように。
 狂ったように。
 響きが消えて行く場所に、一つの影が現れた。


「ナンデナンデナンデナンデナンデ」

 淡々と、壊れたレコードから同じ音が出続けるように、同じ言葉だけを吐き続ける江迎怒江。

「――――ぴたり」

 ゆらゆらと、幽鬼の如く不気味に体をゆらしながら、歩いていたが足を止めた西条玉藻。
 病的な少女と、狂気の少女。
 二人の戦いは、狂ったような目と病んだような目との二つが合わさり絡まり、始まった。

「ゆらぁ――――」

 傍から見ていると、西条玉藻が唐突に顔から地面に倒れようとしたように見えた。
 だがそれは間違いである。
 次の瞬間には既に間合いを閉じようと玉藻は駆けていた。
 地面すれすれを、毒刀を引き摺るようにしながら、不吉な金属音を奏でながら。
 速い。
 刀とナイフを持っているのかと疑いたくなるような速さ。
 しかし怒江は慌てず、地面に手を付けた。

 じゅくり。

「ナンデ」

 と、怒江が触れた地面が音を立てて、腐り果てた。
 そしてそれから一瞬の間を置いて地面が、否、世界が変貌する。
 蠢き波打ち鳴り響き。
 蠢動し流動し鳴動し。

「ナンデ」

 植物の、根が、枝が、葉が、幹が、乱れ、暴れ、壊れ、破れ、狂い果てたように、病み切ったように、四方百八十度と言わず八方三百六十度から、

「皆、邪魔を!」

 玉藻へと襲い掛かる。
 三百六十度。
 上下左右に前後全てを含んだ文字通り全方位からの殺到。
 物量による奔流の如き圧倒。
 しかし果たして玉藻はどうしたかと言うと、

「――ぁり!」

 怒江に向かって走っていた事をなかった事にしたように、後ろへと飛びずさり、斬り裂く。
 あたかも膨大な重量を持つ筈の刀とナイフが分裂しているかのように俊敏に動き回り、後方から圧殺せんとした植物群を斬り裂いた。
 無理に跳んだ所為で玉藻は地面に倒れた。
 しかしそれでも、後方に跳んだ判断は正しい。
 斬り抜けたと思った数瞬の後、先程まで、あるいはあのまま走り抜けようとすれば玉藻が居たであろう場所は後方よりも遥かに多いその他からの植物によって押し潰された。
 前方の植物の質量が圧倒的に多かったのは、怒江の無意識な自己防衛の表れか。
 後方の植物は退路を断つ目的よりも、牽制の方の意味合いの方が強かったのか。
 どちらにせよ、あるいはどちらでなかったとしても、玉藻は斬り抜けた。
 怒江にとっては不幸な事に、斬り抜けられてしまった。
 押し潰したと思ったまま、斬り抜けられてしまった。

「ナンデナンデナンデナンデナンデ! 皆皆皆皆皆! 邪魔ばかり邪魔ばかり邪魔ばかり邪魔ばかり邪魔ばかりっ!」

 怒江からは植物が邪魔で玉藻が倒れたなど見えないし、音も犇めく音で聞こえない。
 植物と植物が更に絡まり合う。
 中に居るだろうと思いながら、相手の原形すら留めまいと蠢く。
 しかしそれはあくまでも、相手が中に居ることが前提での行動。
 質量を持って押し潰したと思って、油断していた。
 見えないけれど潰したと思って、油断していた。
 あろう事か地面に手を付いたまま、油断していた。
 そして怒江は、

「私が」

 声を震わせ、俯いた。
 それに合わせて植物の動きも止まる。
 しかし全くと言って良いほど関係無い。
 この場合に関係あるのは、下を向いてしまった事だけだ。
 最早何の植物が絡み合っているのか分からない塊の横をすり抜け、前屈み気味の玉藻がそんな怒江に向かって走る。
 地面を引き摺られている刀が不気味に輝く。
 恐ろしいほどに毒々しい輝きを見せる。

「私が幸せになっちゃぁ――っ?!」

 音に気付き、俯いていた怒江が顔を上げたが既に遅く、

「――きりころされてくださいよぅ」

 それ以上の反応の隙を与える間もなく、凶刃が、振り抜かれた。
 鮮血。
 血が散る。
 刀を振り抜き、その重量に従って少し歩いていた玉藻が呟き、

「……きりころされて?」

 首を捻った。
 自分の言った事に疑問を抱いたように、首を捻った。
 その後ろで怒江は、恐る恐る顔へと手を伸ばす。
 口元から斬り裂かれた頬から、思い出したように血が噴き出し、その手を濡らす。
 手が血で濡れ、その血が腐り始め、微かな腐臭が漂い始める。
 幸いにして斬り裂かれたのは頬だけだった。
 右の頬だけが口元から大きく斬り裂かれただけで、命は残っている。
 顔を上げた時に口が若干開いていた事、玉藻の腕の位置が低かった事。
 この二つが幸いして、歯や骨は斬られていなかった。
 血が止まりさえすれば命に別状はないだろう。

「なんで?」
「………………いや」
「ずたずたじゃなくて」
「…………いや」
「なんできりころす?」
「……いや」
「なんで?」
「いや」

 沈黙が二人の間に降りた。
 玉藻と怒江の体が不気味に振動し始める。
 目玉が尋常ではない速度で動き回る。
 何かを理解しようと動き回る。

「いぃいぃぃいぃィィイィイィィィイィイ」
「――……じぎぎざざざぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 そして、

「イィィィイイヤァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアよくも!」

 怒江は絶叫し、

「荒廃した腐花狂い咲きバージョンタイプマンドラゴラ!」

 少し距離を取ってから、再び手を地面に触れさせた。
 植物が、波打つ。
 それらは根も葉もなく組み合わさり絡まり合い繋がり合い、ただ無数の塊に、否、無数の人の形をした塊に変わり果て、

「     !」

 無言の雄叫びと共に、呻き続ける玉藻へと群がる。
 だが、一手、あるいは一歩、遅かった。

「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎあ、ずたずたにしたうえできりころせばいいか」

 玉藻は納得したように頷き、

「ずたずたにきりころされてくださいよぅ」

 壊れたように、狂ったように、玉藻は、笑みを浮かべた。
 襲い掛かる人の形が無数で腕の数は数多。
 対して、玉藻は一人で腕が二本。
 この差は武器があった所で埋められる物ではない、はずだった。
 刀が地を這い、ナイフが宙を滑る。
 二本の腕が四本に、四本から八本と、更に増して増して増して、残像を持つほどの速度で駆け廻る。
 そして、駆け廻った後には、

「――うそ」

 バラバラに斬り刻まれて跡形も無くなった植物が、地面に落ちた。
 玉藻の刀が黒く輝く。
 そして、怒江に向かって駆ける。

「ひ、ぃっ荒廃する腐花狂い咲きバージョンタイプ柵!」

 その瞬間。
 怒江が躊躇いなく叫ぶと、玉藻と怒江の間の地面が不気味に盛り上がり、脇にあった木々花々が狂い咲き、ツタとツタが連なり絡まり結合し、巨大な数メートルはあろうかと言う植物の柵が出来上がった。
 玉藻は勢いのままに刀を振るい、次いでナイフも振るう。
 弾かれこそしかったが、、木材を鉋で削るが如く、大して斬れていない。
 向こう側まで斬り開くには時間が掛かりそうだ。
 この隙を付いて更に植物が玉藻を襲い掛かる。
 事は、なかった。
 そのまま怒江は、逃走した。
 玉藻から走って逃避して行った。



「嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる
 嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる
 嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる
 嫌われる嫌われる嫌われる嫌われる」

 一時怒りに我を忘れたものの、恐ろしさの余り逃げ出した、逃避した江迎怒江の思考は、

「嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない
 嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない
 嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない
 嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない
 嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない
 嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない
 嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない嫌われたくない」

 口から漏れ出す言葉以外の何物も含んではいなかった。
 怒江は病んでいる。
 だがそれだけだ。
 貝木泥舟に対して盲目的であったとしても、泥舟との間を邪魔する相手には神経質だったとしても、それ以外に対して同じ訳ではない。
 頭は一応周り、考えもきちんと纏まる。
 不幸にも。
 頬から血が流れて服に染み込み地面に垂れる程の出血と口の中まで血の味がする事実、それに顔を横切り引き裂くような痛み。
 顔を、口元から頬に掛けて斬られた。
 その事実をあっさりと考え、認識してしまった。
 そんな顔をしていると思い、気付いてしまった。
 だからこそ。
 こんな顔じゃ、嫌われる。
 だけど、嫌われたくない。
 そんな思いに支配されていた。
 幸せになりたい。
 だけどこのままじゃ嫌われる。
 幸せに、なれない。
 嫌われないにはどうしたらいいか。
 無意識的にか意識的にか、足は自然と動く。
 自然と、傷を治療する為の施設へと足が動いていた。
 泥舟を捜すよりも前に、治療する為に。
 仕方がない。
 幸せになりたい、と思う彼女を誰が責められようか。
 しかし、幸せになりたいと言う焦りに限らず、焦りは重要な物を見落とさせる。
 例えば。
 服から滴り落ちる血、とか。



【一日目/早朝/D‐4】
【江迎怒江@めだかボックス】
[状態]身体的疲労(大)、出血(中)、口元から頬に大傷(半分口裂け女状態)、ヤンデレ化
[装備]無し
[道具]無し
[思考]
基本:泥舟さんとの恋を邪魔する者は問答無用で殺す
 1:顔の傷を治療する
 2:球磨川さんを殺す
[備考]
※『荒廃する腐花 狂い咲きバージョン』使用できるようになりました。
※西東診療所か診療所のどちらかを目指しています。



 西条玉藻が柵を斬り抜かずに乗り越えた時には、既に江迎怒江は影も形もなかった。
 それを残念がるそぶりを微かに見せたものの、歩き始めた。
 怒江が逃げて行ったと思しき方向へと歩き始めた。
 植物が道を遮り、視界を横たわる明らかに不信な群生地帯。
 それを気にする様子もなく乗り越え、斬り捨て、たまにある植物で出来た怒江の偽物を斬り倒して、ゆらゆらと建物の外へ向かって、

「ゆらぁ、り……?」

 歩いている最中に、異様な物が現れた。
 硝子張りの壁。
 それが綺麗に腐り落ちていた。
 人一人が歩いて通り抜けられるだけの大きさの穴を開けて。
 ぎょろりと目玉を動かして周囲を見渡し、また歩き始める。
 その足取りは実に適当見溢れるそれだが、目玉だけは常に周囲を見渡していた。
 獲物が近くにいる事は分かっているのだから。
 それ程歩いていない内に、

「ぴたり」

 玉藻の足が止まった。
 運良く箱庭学園を抜け出したから、では勿論ない。
 動きが止まったのは、血の跡を見付けたからだ。
 血。
 分かり易い、誰かの痕跡。
 その行く先へに向けて、歩き始める。
 血の跡を追って、動き始める。
 誰の物かも知れない血の跡を追って、狂戦士は行く。
 その先の相手を、■■■■。
 目的はそれだけ。
 血の先に居るのが江迎怒江だろうと零崎だろうと関係ない。

「ゆらり――――ゆらり」

 どちらにしろ、■■■■。
 変わりはない。
 人間だろうと鬼だろうと、狂戦士の前では変わりない。
 過負荷だろうと異常だろうと、狂戦士の前では変わりない。



【1日目/早朝/D‐4】
【西条玉藻@戯言シリーズ】
[状態]身体的疲労(小)、毒刀・鍍による発狂状態
[装備]毒刀・鍍、エリミネイター・00@戯言シリーズ
[道具]支給品一式×2、ランダム支給品(1~3)
[思考]
基本:あてもなく、ぷらぷらする。が、もう一本の方も欲しい
 1:血の跡を追い掛ける
[備考]
※「クビツリハイスクール」からの参戦です。
※追い掛けている血の跡は江迎怒江か零崎双識のものです。


傀 コヨミモノ 物 ガタリ 語 時系列順 立つ鳥
傀 コヨミモノ 物 ガタリ 語 投下順 立つ鳥
冒し、侵され、犯しあう 江迎怒江 この世に生きる喜び -Theory that can be substituted-
冒し、侵され、犯しあう 西条玉藻 つばさゴースト

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最終更新:2012年10月02日 13:03