立つ鳥 ◆mtws1YvfHQ


 真庭鳳凰。
 真庭忍軍十二頭領のひとりにして、実質的な頭。
 彼は、彼らしくなく、絶望していた。
 思い悩むのが彼と言えるかも知れない。
 しかしそれでも、たかだか六時間足らずで、参加させられている四人の内の二人が死んでいるのは予想外を通り越して唖然、唖然を通り越して絶望に到らしめていた。
 しかも死んだ二人が問題だ。
 片や、傍若無人がしのび装束を着て歩いているような、それだけの実力を持った真庭喰鮫。
 片や、蓄積され続けた経験と知識、対女性限定の一触即殺の脅威の忍法を持った真庭狂犬。
 少なくとも、こうもあっさりと死ぬような甘いしのびではないはずなのに。

「…………こうもあっさりと」

 歯噛みする。
 死んだ。
 六時間も経たずに。
 あたかもそこらに転がっている枯れ枝のようにあっさりと、その命は消え去った。
 特に惜しまれるのは真庭狂犬の死だ。
 今まで出会った怪物はどちらも、一応女性の範疇に収まっている筈の存在だ。
 であれば、真庭狂犬の忍法狂犬発動が絶大な効力を持っていた筈なのに。
 容易く優勝にまで至れたであろう筈なのに。
 だからこその絶望した。
 しかし、同時に安心もする。
 名簿に書いてある限りの生き残り。
 真庭蝙蝠の存在。
 喰鮫と狂犬の二人があっさりと死ぬほどの戦場を生き残れている事。
 たかだか六時間で二体の化物と出会う戦場の中で生き残れている事。
 これは非常に心強い。
 忍法骨肉細工の事を置いてもなお、心強い。

「………………」

 しかしそれとは別に、心配材料が二つある。
 一つは名簿にある、鑢七実の名。
 空前絶後の化物が、平然と名簿に名を連ねている異常事態。
 既に出会った化け物二人にもう一人。
 それにもっといるだろう化け物を合わせれば一体どれだけの数の化け物が蠢いているのか。
 そしてもう一つ。
 左右田右衛門左衛門の名。

「…………まあ良い」

 それと同時にもう一つある否定姫の名。
 つまり否定姫も居ると言う事。
 ならば否定姫を殺してしまえば、左右田右衛門左衛門の精神を大きく揺さぶる事も可能。
 多かれ少なかれ。
 人質として活用するのも勿論有用であるし、囮としても使える。
 左右田右衛門左衛門よりも速く、否定姫を見付ける。
 逃れ得ぬだろう、今は亡かった筈の友との戦い。
 最後に出会った時は予想通り殺し合うために戦った。
 そして今、死んでいないと分かったらどうなるか。
 殺し合い、戦い合う事は恐らく避けられ得ぬ事。
 実力は互角。
 拮抗している実力に差を付けるには、戦いに勝つためには、遅かれ早かれ、生かすか殺すか、何だろうと否定姫を見付ける事は必要不可欠。

「――我は」

 ならばそれ以外で差を付けなければならない。
 炎刀も勿論その一つとして使えるだろうが、差を付けれる物は多いに越した事はない。
 蝙蝠と出会えればなお良いがこんなにも広大な場所で、偶然、会えるとは思えない。
 勿論、優勝するのは鳳凰自身でなくても良い。
 蝙蝠が優勝して願えば良いとも思える。
 だが、分からない。
 蝙蝠の状況が分からない。
 状況が分からない以上は信頼し難い。
 放送後すぐに既に死んでいる可能性もあり得るのだから。
 少なくとも合流を模索するのならば、生きていると思えるだけの何かしらの痕跡を見付けなければならない。
 しのびである蝙蝠が、何か痕跡を残してると思えないが。
 歩き回るしかない。
 動き回るしかない。
 弱い味方でもなれる者が居れば良いが、強い敵しか存在しないかも知れない。
 強い味方になり得る者が居るかも知れないし、弱い敵が多ければ良いと思う。
 だが、今のままでは分からない。
 それでも、

「我は、勝つ」

 真庭の里を復興する。
 真庭の里のためにも。
 勝って、真庭の里を救う。
 既に終わってしまっていると言ってもいいかも知れないが、それでも、救う。
 そう決心を改め、歩を進める。
 今後の禁止エリアは既に斜線を入れて万が一にも近付かないようにし、死んだ人間には横に線を引いて消し、遅くなっていた足を速める。
 まず手始めに、否定姫を見付けるため。
 どれだけかかろうとも、先に見付けてしまえば良いのだから。



 そう、決意を改めたのは何時だったか。
 何とも無しに入った場所。
 地図ではレストランと書かれた場所に入り込んで早々、いた。
 もういた。
 あっさり見付けた。
 ちょっと早過ぎるだろう。

「――――――」

 外に比べて涼しいな、などと内心で思いながら否定姫のいる方を見詰める。
 幾つもある柔らかそうな座席の、しかも壁際の一つに座りながら、地図や名簿を机の上に広げ、

「…………すぅ……」

 あろうことか、突っ伏して眠っていた。
 鳳凰は半分呆れ、半分驚き、しかしそれでも気配を殺しながら近付く。
 何らかの偶然が働かない限り起きるとは思っていないのだがそれでも念には念を。
 起きられて暴れられても厄介だ。
 何が支給品として配布されているか分からない分、尚の事。
 そう思いながら、炎刀を見る。
 素人だろうとこれを他の者に持たれていたとしたら、そしてこれの正体を知らずに相対していれば。

「――我とて、危うい」

 実に危うい。
 死んだとしても何ら可笑しくはなかった。
 ゆっくりと片腕を振り上げる。
 後々面倒もあるし、殺してしまおう。

「…………う……ん?」

 中、不意に、否定姫が顔を上げた。
 寝惚け眼の否定姫と、目があった。
 振り上げたままで止める。
 否定姫が何も持っていない事は分かっている。
 少なくとも、何かを取り出すような動作をした瞬間には振り下ろせる。

「否定姫、で間違いはないな?」
「うん? …………ああ、そうだけど誰?」
「真庭鳳凰」

 目を擦っていた否定姫の動きが、名乗った途端に止まった。
 傍から見ていても分かる程にすっと目が細まったかと思うと、体を起こした。
 それなりの覚悟が出来ているようだった。
 寝起きでありながらこうも肝が据わっているか、と思わず舌を巻くが表には出さない。

「始めまして――で、どうするつもり?」
「殺す」

 人質にするという選択肢もある。
 殺すか人質として使うか悩む所ではあるが、こう言う時は反応を見るのが一番良い。
 殺されたくないのであれば、扱い易い人質として使えるだろう。
 そう、頭を巡らせながら言った。

「じゃ、せめて痛くないようにしてくれる?」

 あっさりと答えは返って来た。
 そして言葉通り、何時殺されても良いと言う風にも見える。
 微かな驚きを禁じ得ない。
 覚悟が出来ていると見えてはいたが、あっさりと言えるほどとは思ってもいなかった。
 蝙蝠のような意味でではないが、命乞いの一つぐらい聞く気はあったのだが。

「――これから殺されるにしては随分と冷静な」
「それなりの場所は潜って来たからね……怨み辛みを買ってる自覚ぐらいあるわよ。例えば」

 微かに笑いながら、

「あいつにあんたの暗殺を命じた事、とかね」

 言い切った。
 まさか何を言っても殺されないと思っている訳ではないだろう。
 それでも見事、鳳凰自身を前にしながらそう言い切った。
 何時でも腕は振り下ろせる。
 否定姫が何かをしようとしていない事は分かっている。
 それなのに。

「――ふ」

 気が付けば、思わず小さな笑いを漏らしていた。
 否定姫。
 今は亡き奇策士とタメを張れるほどに、意地が悪い。
 恐らくこちらが悩んでいる事などお見通しなのだろう、と思う。
 読み切った上での挑発か、いや案外偶然での挑発か、そこまでは分からないがそれでも味方に置きたいという誘惑が、微かに襲ってくる。
 そしてそれすらも読まれて、読んでいるのか。

「殺しても良いけど、何かあるんだったら起こして頂戴」

 わたしは眠いのよ。
 そう言って、否定姫は机の上に突っ伏した。
 鳳凰は何も言わないで腕を振り上げたままでいる。
 殺す気になれば、すぐにでも殺せるように。

「……ところで」
「――なんだ?」
「優勝する気?」
「そうだ」
「否定する」

 面倒臭そうに。
 面白くなさそうに。
 憂鬱であるかのように。
 それでいて、当然のように。
 否定姫は言葉を紡ぐ。
 鳳凰の夢を否定する。

「――あなたの夢を否定する。
 悩んでいるようだから言ってあげる。
 けど、否定する。
 わたしは決して肯定しない。
 あなたの夢、希望に何の意味もないと否定してあげる。

 現実しかないと否定する。
 否定して否定して否定する。
 何も叶いやしないと否定する。
 ただ無意味なだけだと否定する。
 ご都合主義なんてないと否定する。
 今のあなたの思考すべてを否定する。

 否定して――否定して否定して――否定して否定するわ」

 突っ伏したまま、顔すら上げず、言うだけ言うとそれっきり、

「おやすみ」

 そう言い残し、何も言わなくなった。
 何時の間にか寝息が聞こえ始める。
 否定姫が寝てしまったようだ。
 眠かったのだろう。
 力を抜いて、腕を降ろした。



 ――否定する。

 耳の中に、その言葉が響く。
 何故こうにも否定ばかりしてくる相手しか居ないのだろうか。
 死んだ魚のような目をした男。
 否定され、悩み、悩んで、決意を改めた。
 はずなのに。
 二度目は否定的な否定姫。
 否定されて否定されて否定された。
 生き残って夢を叶えると言う夢を、否、希望を否定された。
 それでも。

「我は、生き残る」

 生き残る。
 叶うか分からなくとも。
 そうするしかないのだ。

「しのびは生きて、死ぬだけなのだから」

 強がりでしかないと分かっていても呟く。

 ――否定するわ。

 空耳だと分かっていても、思わずレストランの方へ振り返っていた。
 しかし後ろに否定姫の姿はない。
 何処か暗澹としたレストランが見えるだけだった。
 前に向き直り、歩き直す。
 立つ鳥跡を濁さずとは行かないが、せめて行き続けよう。
 飛ぶ羽が奪われれば足で、足をもがれれば体で。

「我は迷えど、止まらぬ」

 泥の中だろうと、決して止まらない。
 奈落の底だろうと、決して停まらない。
 地獄の底辺だろうと、決して留まらない。
 絶対に。

「――さて、まずは……」

 如何しようか。
 影から狙うも良し。
 陰から誘うも良し。
 蔭から見るも良し。
 翳から捜すも良し。
 選り取り見取りとは行かない。
 しかしそれでも選択肢は十分ある。
 味方を作るにしろ、敵を見るにしろ。
 時間があるかは別問題だが。

「ふむ」

 如何しようか。

【1日目/朝/G-8】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]健康、精神的疲労(小)
[装備]炎刀『銃』(弾薬装填済み)
[道具]支給品一式×2(食料は片方なし)、名簿、懐中電灯、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、ランダム支給品2~8個、「骨董アパートで見つけた物」、首輪×1
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:北へ向かう
 2:本当に願いが叶えられるのかの迷い
 3:今後どうしていくかの迷い
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません
 ※「」内の内容は後の書き手さんがたにお任せします。
 ※炎刀『銃』の残りの弾数は回転式:5発、自動式9発
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。



 レストランの中は静かだった。
 誰も居ないかのように、静かに水滴の音だけが一定の調子でし続ける。
 その中で否定姫は相変わらず突っ伏していた。
 いや、相変わらずと言うのも変な話だ。
 誰も来なければ永遠に突っ伏し続けるだろう。
 机から床に滴り落ちる血。
 真っ赤な血は否定姫の首から流れ出していた物。
 鋭利な刃物で斬り落とされたような首の断面と、なくなった首輪。
 そして、机の上に置かれた頭。
 首から溢れる筈の血は弱々しく零れるだけだ。
 既に血を流し尽くしたかのように。
 凄惨な現場。
 非業の死。
 その筈なのに、置かれた否定姫の顔に苦しみの色は見えない。
 眠っているかのように穏やかで、涼やかだった。
 血で染まっているのにその亡骸も綺麗だ。
 殺されている筈なのに、丁寧に扱われていたと疑いたくなる程に綺麗な物。
 真庭鳳凰にも何か思う所があったのかも知れない。
 かつての友人への多少なりの引け目か、最後の願いを果たす位の義理か、それとも別の何かか。
 しかし殺された。
 人質にする気が起きなかったのか、出来なかったのか、それとも別の何かがあったのかまでは分からない。
 だが、真庭鳳凰が左右田右衛門左衛門を敵として戦わざるを得ないと思った時点であるいは。
 この終極は、辿り着かざるを得なかった物か。
 この終局は、到らざるを得なかったのかも知れない。
 この終曲は、鳴りを潜める事は出来ずにあったのだろう。
 速いか遅いかの違いに過ぎない。

 否、本当にそうだったのだろうか?

 分からない。
 しかし本当か否かなどと言うもしものそれは、あり得たかもしれないありえない事。
 意味もない。
 事実ではないのだから。
 水滴の音がし続ける。 
 レストランの中は静かだった。



【否定姫@刀語 死亡】


何に狂うか何に病むか 時系列順 静寂を切り裂く脆弱な義理策
何に狂うか何に病むか 投下順 静寂を切り裂く脆弱な義理策
骨倒アパートの見るものは 真庭鳳凰 人喰い鳥
悪意の裏には善意が詰まっている 否定姫 GAME OVER

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最終更新:2012年10月02日 13:04