稀少種(鬼性手) ◆wUZst.K6uE



 場所はD-7、竹取山の中腹。
 竹林の中を音もなく歩きながら、真庭鳳凰は己の弱さについて思考していた。
 鳳凰は、自分が弱いことを自覚している。自覚しているからこそ本来敵対すべき虚刀流とも手を組み、強者との戦いにおいては常に迷わず逃げを選択している。
 忍法にしてもそうだ。鳳凰の使う忍法のひとつである忍法命結びは、いわば強者から力を借り受けるための術である。
 他人の肉体を、才能を、強さを、己が命に結び、使用する技術。
 自身の弱さを知るがゆえに。
 弱さを補い、繕うことにためらいを持たない。
 それこそが逆説、自分の強さでもあると思っている。

 しかし――――

 虚刀流をはじめ、その姉、鑢七実。
 黎明のころに出会った、全身に口を纏った異形の少女。
 建物を素手で破壊して見せた、橙色の髪をした怪物。
 仮に鳳凰がこの先、忍法命結びにより多くの参加者からその「強さ」を奪い、自分のものにしていったとして。

 いったいどれほどの「強さ」を身に纏えば、あんな連中に勝てるというのだろうか――?

 「……いかんな」

 こんな思考に答えなど出るはずがない。獲らぬ狸の皮を数えるほうがまだ有意義だ。
 思い返すに、自分はこれまで思考ばかりにふけっているような気がする。
 この闘いについて、真庭の里について、他の頭領について、自分自身について。
 答えが出ないとわかっていても、堂々巡りになると理解していてもなお、鳳凰は思考を巡らせ続ける。
 まるで義務のように。

 「これもまた、我の弱さといえるのかもしれぬな……」

 自嘲するように鳳凰はつぶやく。
 常に思考ありきの行動。常に理由ありきの決断。
 頭領という組織をまとめるための立場としては、その在り方はむしろ正しいのかもしれない。
 真庭の里には人格破綻者が多い。鳳凰が何も考えずに動くような人間であったなら、真庭の里の凋落は冗談でなく早まっていただろう。
 ただ、もしも自分が。
 虚刀流のように、ただの刀として。
 あの橙色の少女のように、ただの化け物として。
 何も考えず、『ただ、そうであるように』闘うことができたとしたら。

 「……土台、我には無理なことであろうがな」

 これはもう、自分にとって性のようなものなのだろうと思う。
 何の思考も、何の計算もなく行動する自分など、もはや自分とすら思えぬ。その時こそ鳳凰は、本当の意味で弱くなるだろう。
 だからこそ鳳凰は思い、考える。
 自問自答し、堂々巡りをする。

 真庭鳳凰として生き残るために、思考する。

 「我思う、ゆえに我あり――か」

 偶然か否か。
 鳳凰が知るはずもない哲学者の台詞を吐きつつ、懐から方位磁石を取り出す。
 向かう方向は間違ってはいない。このまま歩けば、まもなく目的の場所――斜道卿壱郎研究所にたどり着くだろう。
 歩きながら、次なる目的地について思考を巡らせようとしていた、その時。


 真庭鳳凰は、狐面の男と出会った。



  ◆  ◆  ◆



 「よう――真庭鳳凰」

 その男は、まるで気の置けない親友にでも出会ったかのような、この場にまるでそぐわぬ気軽さで声をかけてきた。

 「ようやく『二人目』か。電話のあいつを加えれば三人目なんだろうが、どちらにせよペースとしては遅いんだろうな……まったく先が思いやられるぜ。まあ何にせよ『始めまして』だ。お見知りおき願うぜ、鳳凰」

 死装束のような白い着流しに、狐の面。
 酔狂な出で立ちのその男は、自分の名も名乗らぬままに、そこまでを一息にまくし立てる。

 「……なぜ、我の名を知っている」

 冷静に問いつつ鳳凰は、目の前の相手を観察する。
 長身だが、体格が良いとも言い難い細身の身体。まるで構える様子もなく、ただ身体の前で腕を組んで立っている。狐の面に隠され、表情はまるで見えない。
 よく見ると男の陰に隠れるようにしてもうひとり、洋装に身を包んだ少女がたたずんでいた。
 不安げなように見えるが、怯えているようにも見えない、曖昧な表情で鳳凰のことを見ている。
 二人とも武器を隠し持っている様子はない。鑢七実のように相手のすべてを見通すことこそできないが、鳳凰とてしのびとしての観察眼はある。
武器を隠し持っていたとしたら、小刀一本でも看破する自信はある。
 武術の心得があるようにも見えぬ。
 そもそも、闘おうという気配そのものがない。

 (ただの素人――――か)

 鳳凰は目の前の二人に対して、そう結論付ける。
 かといって、油断する気など毛頭ない。
 あくまで慎重に、冷静に、冷酷に――――
 観察し、思考する。

 「ふん」

 狐面の男は鳳凰の問いには答えず、ただ小馬鹿にしたような笑いを漏らし、「他の『真庭』は、お前の兄弟か何かか」などと逆に問うてくる。

 「名簿を見た限りでは、たしか全部で四人いたのだったか。早々に二人も脱落していやがるから、正直もう全員くたばっちまったんじゃないかと危惧していたんだが――まあ、とりあえず一人だけでも生きているうちにこうして出会えただけ僥倖といったところか」

 お互い運がよかったな、鳳凰――と。
 受け取りようによっては挑発とも取れる台詞を、男は言う。

 当然、そんな安い台詞に心を乱されるほど鳳凰は未熟ではない。むしろ後ろにいる少女のほうが、男の不躾な言動に焦ったような顔をしている。

 「我は――我らは、真庭忍軍という」

 鳳凰はあえて男に応じる。

 「尾張幕府に仕える、暗殺専門のしのび集団――それが我らだ。真庭というのは単なる集団名にすぎぬ。名簿に載っている我以外の三人は、我と同じく頭領という立場にいる者たちだ」

 今はすでに里ごと抜け忍になっていることなど、明確な説明はすべて省く。詳しく話したところで、鳳凰にとって得になることなど何ひとつない。

 「ようするに忍者か。なるほど、『頭領』ね。ふぅん…………」

 じろじろと、仮面の上からでもわかるほどに遠慮のない視線を鳳凰へと向けてくる狐面の男。
 向こうもまた、鳳凰のことを観察しようとしているのだろうか。

 「……………………」

 この二人について鳳凰は、ひとつだけ気にかかっていることがあった。
 鳳凰がいままでに出会った相手は、すべて鳳凰のほうから先に相手を発見し、(一人の例外を除いて)すべて鳳凰のほうから能動的に接触をはかった相手ばかりである。こちらから接触を回避しようと思えば、ほとんどの相手は鳳凰の姿すら見ることはなかっただろう。
 この二人は違う。
 向こうのほうが先に気づき、向こうのほうからわざわざ接触を図ってきたのだ。
 いや、先に相手の姿を視認したのは鳳凰のほうが先だったかもしれない。
 しかしこの二人はまるで、鳳凰がこの場所にいることがあらかじめわかっていたかのように、まっすぐ鳳凰のいるほうへ歩いてきたのである。
 自分の名前を知っていたことといい、こいつらには「何か」がある。
 その「何か」を知らぬかぎり、気を緩めるわけにはゆかぬ――そう鳳凰は思った。

 「ところでその、お前以外の『真庭』についてなんだが――」
 「待て、我からも問おう。お前は我の名を知っているようだが、我はおぬしらの名を知らぬ。そろそろ名前をきかせてもらおうか。それから先程も問うたが、なぜ我の名を知っている」

 訊かれてばかりでは割に合わぬ。主導権を握るためにも、鳳凰は毅然と問う。

 「ふん、無意味な質問だな」

 そんな心情を無視するかのごとく、狐面の男はただ嘲笑う。

 「俺の名前など、この場では何の意味も持たん。お前の名にしても同じことだ、鳳凰。
俺としてはたまたまお前の名を知る手段があったから、便宜的にその名で呼んでいるだけに過ぎん。
 俺のことを呼びたければ、お前のほうで適当な記号をつけて好きに呼べばいい。名前とは本来、その程度のものでしかないのだからな」
 「あ、僕は串中弔士です」

 男の後ろで少女が控えめに名乗る。見た目より低い、少年のような声だ。
 男の傍若無人な言動にもはや気が気でないといった様子である。
 どうやら少女のほうは、男と違って常識はあるらしい。

 「……わかった、では名は訊かぬ」

 少し考えた末、鳳凰は譲歩することにした。
 おそらくこの男に迂遠な訊き方は通用するまい。より一層迂遠な言い方ではぐらかされるだけだ。
 ふいに、尾張幕府に仕える二人の鬼女のことが頭に浮かぶ。
 傍若無人な物の言い方といい、小馬鹿にしたような笑い方といい。
 この男はもしかすると、あれらと同じ種類の人間であるかもしれない。だとしたら色々な意味で厄介だ。

 「では代わりに、おぬしの目的を問おう。なぜわざわざ、我のところへ会いに来た」

 『なぜ自分のいる場所を把握していたのか』という質問も言外に含んでおく。重要なのは目的よりも手段のほうだ。
 もしも自分だけでなく、参加者すべての居場所を把握できるような手段をこの二人が得ていたとしたら、それは是が非でも手に入れておきたい情報である。
 それがこの二人のうちどちらかの持つ『能力』によって得られる情報であったなら、鳳凰にとっては願ったりだ。
 その場合、今の自分の『両腕』と同じく、この場で奪い取ってしまえばいいのだから。

 ――この右腕の試し斬りにも丁度良い。

 どちらにせよ、これからこの二人をどうするのか腹の中ではとうに決めている。
 この男が口を割らなかったとしても、今の鳳凰には忍法記録辿りがある。所持品を片端から探っていけば、この二人の持つ情報源も容易に特定できるだろう。
 生かして得になる要素があるとは思えぬ。気まぐれで見逃した結果、後になって足元をすくわれる可能性のほうがむしろ多い。
 今ならば、赤子の手を捻るように殺せる。
 仏心などこの場では無用。
 殺せる相手は、殺せるうちに殺しておかねば――――


 「駄目だな」


 唐突に。
 何の脈絡もなく、狐面の男はそう言った。

 「お前は駄目だ、真庭鳳凰。俺が求めているのは、お前のような奴ではない」
 「…………?」

 言っている意味がわからない。
 発言が唐突で意味不明なのは今までと同じかもしれないが、なんというか、鳳凰に対して本当に何かを残念がっているような感じだ。
 男の口調から、鳳凰はそんな印象を持った。

 「駄目――とはどういう意味だ」
 「だから、お前にわざわざ会いに来た理由だよ。実を言うと、俺はお前を仲間に誘うために遠路はるばる――――いや遠路というほどでもないが、とにかくこうして会いに来たわけだ。
 そして実際に会ってみた結果、お前はどうやら期待外れだということがわかった。残念だが、お前を仲間に入れてやることはできん。時間をとらせて悪かったな、鳳凰」
 「な――――」

 仲間――――だと?
 この状況で、鳳凰に対して「仲間に入れてやる」などと――――。
 ここはむしろ、命乞いをする場面ではないのか。

 「お前が忍者だって聞いたときにピンと来たんだが――鳳凰。もしかしてお前の名は、ほかの誰かから受け継いだものなんじゃないのか。たとえば先代の『真庭鳳凰』ってのがいて、そいつの名前と立場をお前が継承した――とか」
 「……………………」
 図星だった。
 「だとしたら――――何だというのだ」
 「くだらない、と言っている」

 きっぱりと、狐面の男は言い放つ。

 「さっき名前など記号に過ぎないと言ったが、お前はそれ以下だな、鳳凰よ。お前のそれはお前自身の記号ですらないだろうが。
 お前は他人の名前を、役割を、ただ受け継いで――否、続けているだけだ。他人の続きを続けているだけだ。
 そんなどうでもいい物にこだわっている奴に、己自身の役割など果たせるわけがない。他人のために――他人のためだけに、捨て駒か噛ませ犬として果てることが精々だろうな」

 「…………!」
 男の言葉に、鳳凰は初めて――――揺れる。

 「お前が自分の意思で、自分の意志で誰かの代わりをやっているというなら、まだ救いもあったんだがな。その程度の勘違いは、まあ誰にでもある」

 勘違い――だと?

 「俺の見るかぎり、お前はもはやそういうものとして生きることを宿命付けられている存在のようだな。誰かに続き、誰かを続け、誰かに続けさせることしかできない運命、といったところか。どこまでも代用品であり、どこまでも代理品でしかない。実に取るに足らない存在だ」
 「ざ…………戯言を」
 「『戯言を』、ふん。まあ否定はしないな。あまねくこの世に存在する言葉はすべて戯言でしかないのだからな……しかしこれだけは言っておくぜ、鳳凰――」


 「――お前の代わりなど、掃いて捨てるほどいる」


 だからお前は駄目だ――と。
 男は鳳凰の役割を、意志を、存在理由を。
 真正面から、否定してみせた。

 「…………狐さん」

 少年のような声の少女が、心底呆れたという様子で男に言う。

 「初対面の人に向かって、駄目とか言っちゃあ駄目ですよ。失礼じゃないですか」
 「ああん? そう思ったんだから仕方ねえだろうが……言っておくが、別にこいつが能力的に劣等だと言っているわけじゃねえぞ。
 ただこいつには、物語の主たる部分に関わる力が――役割が与えられていないというだけのことだ。どれだけ力が強かろうが、本筋に影響のない強さなど俺の求めるところではない」
 「意味わかりませんよ。とにかく謝ったほうがいいですって」
 「ふん、誤ってもいないのに謝る筋合いなどない」
 「何言ってんですか。うまいこと言ったつもりですか」

 もはや鳳凰は蚊帳の外である。
 会った当初と比べ、明らかに興味を失っているのが雰囲気として伝わってくる。

 突然、数時間前に自分が殺した女の末期の言葉が脳裏によみがえる。


 ――あなたの夢を否定する。
 ――現実しかないと否定する。
 ――否定して否定して否定する。
 ――何も叶いやしないと否定する。
 ――ただ無意味なだけだと否定する。
 ――ご都合主義なんてないと否定する。
 ――今のあなたの思考すべてを否定する。
 ――否定して――否定して否定して――否定して否定するわ。


 あの女が言うのであれば、まだわかる。
 否定が服を着て歩いているような女なのだ。
 しかし――なぜこの男が。
 出会って暇もないこの男が、なぜこうも堂々と鳳凰のことを否定できる……?

 「他の『真庭』――生き残っているのが確か蝙蝠とかいったか。居場所がわかればそいつにも会いに行こうかと思っていたんだが……この具合だと、他の連中も似たり寄ったりの可能性が高いな。ふん、会いに行くだけ時間の無駄か」

 男は今度こそ、挑発としか取れぬ台詞を吐いた。

 「そこまでだ」

 静かな、しかし重く響くような声に、あたりの空気がにわかに張り詰める。
 声に混じる怒気が意図的なものか本心からのものなのか、鳳凰自身にもわかっていなかった。

 「我のみならばまだしも、今の言葉はすべての頭領――ひいては真庭の里そのものを侮辱するものとして受け取らせてもらう。貴様のような行きずりの者にそんな発言を許すほど、我は心優しい人間ではない」

 そうして鳳凰は、ゆっくりと右手を構えて見せる。
 数刻前に付け替えたばかりの、凶々しいほどの力を持ったその右腕を。
 その『強さ』を、見せ付けるかのように。


 「ふん、そりゃ出夢の腕か」
 「――――――――」


 男の言葉に、鳳凰はしばし絶句する。

 「なるほどね。忍者というからどんな忍法を使うのかと思っていたが、他人のパーツを自分の体に接合する術ってわけだ。
 ふん、出夢の奴、早々に死んでいるかと思えば腕まで奪われていやがるとはな。あの『人喰い』がこいつ程度に殺られたとは思えんが、不憫としか言いようがないな」

 ……………………。
 忍法命結びを――見抜いている?
 実際に、この腕を繋ぐところを見られていたのか?
 それはない。あのときに限らず、自分は常に周囲の気配に注意を向けている。近くに誰かがいたとしたら――いや、仮に遠眼鏡を使ったのだとしても、その視線に気付かぬほど鳳凰の感覚は温くない。
 だとしたらたった今、この腕を見て理解したというのか。
 たとえこの男がこの右腕の持ち主と見知った関係だったのだとしても、その腕が今、鳳凰の右腕として機能しているというこの現象を、こうも当たり前のことのように。

 我の――――俺の忍法を。
 まるで、取るに足らないものであるかのように。

 「しかし鳳凰。お前、そんなふうに他人の腕を体に引っ付けて、まさか新しい強さを手に入れた気になっているんじゃあるまいな。
 そりゃあいくらなんでも滑稽だぜ。いくら自分の体に他人の体を付け加えたところで――いくら自分の身体を放棄したところで、それは匂宮出夢という他人の強さであって、お前の強さではない。
 虎の威を借るってんならまだしも、虎の腕を自分に引っ付けて歩く狐なんぞ喩え話にも笑い話にもならん」
 「……………………い、」
 「捨て駒は捨て駒らしく、噛ませ犬は噛ませ犬らしく、おとなしく己の役割に甘んじておけ。運命は受け流すものであって、逆らうものではない。お前も頭領を名乗るのならば、先に逝った仲間たちを見習ったらどうだ。

 そいつらのほうがよっぽど、己の『運命』を享受したと言えるぜ」


 「いい加減にしろ!!」


 鳳凰はついに激昂した。
 まるで自分らしくもなく。
 計算も思惑も、恥も外聞もなく、ただ叫ぶ。

 「黙って聞いていれば『運命』などと! そんな妄言に我が付き合うとでも思うか!
 貴様が我の――我らの何を知ってそんな口を利く! 真庭の名は貴様のような愚か者がやすやすと侮辱してよいほど軽いものではない! 役割だ記号だ物語だと、繰り言を連ねるのも大概にしておけ!!」

 なぜ自分がこんなにも激怒しているのか、自分自身でもわからない。
 こんな狂人の言うことなど、すべて戯言と聞き流してしまえば良いはずなのに。
 なぜこうも、こんな男のこんな言葉が。
 なぜこんなにも、俺の内側を侵食する――!

 「そう怒鳴り散らすなよ、鳳凰。大の大人がみっともねえ。まったくそんなことだから――」

 言い終わる前に、鳳凰は跳んでいた。
 男との距離を、一歩分の跳躍で一気に詰める。
 そしてその長い右腕を、まさかりのように大きく振りかぶって――――

 「――――そんなことだから、お前は弱いんだ、鳳凰」


 男の脳天へと、力任せに振り下ろした。



  ◆  ◆  ◆



 「…………っ!?」

 振り下ろした――つもりだった。
 狐面の男は、相変わらず平然と鳳凰のことを見ている。立っていた場所から微動だにしていない。
 いや、微動だにしていないのは狐面の男だけではない。
 鳳凰の右腕もまた、振り上げた状態のまま動いていなかった。
 正確に言うなら、動かせなかった。

 「な…………何をした」
 「『何をした』。ふん、何もしてねえよ」

 男はまた、小馬鹿にしたように笑う。
 右腕はすでに、狐面の男の頭上にある。このまま振り下ろせば、男の頭部はこの世から消え去るだろう。
 しかし鳳凰がどれだけ力をこめようと、まるで空中に縫いとめられたかのように、右腕はぴくりとも動かない。
 予想外の事態に、鳳凰は動揺する。

 「どうした、その『腕』を使わないのか? せっかく死人から掠め取った右腕だろうが。試せよ」
 「く――――っ!」

 ならばと、今度は左腕を振り上げる。
 鳳凰の手刀は人間の身体を裕に切り裂く。こんな無防備な相手ならば、左腕だけでも十分こと足りる。
 はずだった。

 「…………!? な…………っ!?」

 びくん、と。
 どれだけ力をこめても動かなかったはずの右腕が、今度は勢いよく動き出す。
 鳳凰の意思と無関係に、痙攣するようにがくがくと。
 とっさに左手で右腕を押さえつけるが、まるで震えが止まる気配はない。
 あまりのことに、鳳凰は反射的に後ろへと飛び退き、狐面の男をにらみつける。

 「貴様――何をした!」
 「だから何もしてねえよ。俺はな」

 欠伸でもしそうなほど余裕綽々に、狐面の男は言う。

 確かに――この男が何かをした気配はなかった。この至近距離で何か仕掛けようものなら、どんな微細な動作でも見逃すはずはない。
 ならば、後ろの少女の仕業か?
 男の言葉に気を取られている隙を付いて、少女――串中弔士が何かしたとでも言うのか。
 それも考えられない。男との会話に気を引かれていたことは否定しないが、それでも少女への注意を怠っていたわけではない。
 実際、少女は男の後ろで「何が起こっているのかわからない」というふうに困惑の表情を浮かべている。
 どちらにせよ、こんな現象を引き起こすほどの『何か』を仕掛けたのだとしたら、自分がそれに気付かぬはずがない――!


 「くっくっく――怒ってやがるな、出夢の奴」


 愉快そうに笑う男の後ろで、少年のような少女が訝しげにたずねる。
 「狐さん、これは……?」
 「死霊が荒ぶってやがるんだよ。出夢の奴、誰に殺されたのかは見当もつかんが、やはり無念だったのだろうな。
 こんなわけのわからない場所で死んだ上に、どこの馬の骨とも知れん奴に自分の『強さ』の象徴でもある腕を、片方だけとはいえ勝手に奪いとられたんだ。そりゃ怒るさ。
 あまつさえその腕を向けたのが、こともあろうにこの俺だからな。右腕一本分の怨念でも馬鹿にはできん。このくらい暴れさせてやらんと鎮まらないだろうな」

 淡々と言う狐面の男とは対照的に、鳳凰の混乱は増すばかりである。


 ――し……死霊? 怨念だと?


 「ば……馬鹿な、そんなものが、」
 「『そんなものが』、ふん。ありえないとでも言いたいのか、鳳凰。そもそもお前のその右腕を引っ付けている忍法は、死霊の力を借りるための術ではないのか。
 お前が今までにどれほどの死霊をその身体に宿してきたのかは知らんが、お前自身がそれに無自覚というのは罪深い。憑り殺されても文句は言えんな」
 「…………っ!!」

 男が喋る間にも、右腕の暴れる力はますます激しくなる。肩口から引き千切らんばかりに、縦横無尽に跳ね回り、のたくり回る。
 左手の力だけでは、もはや押さえつけることもままならない。
 右腕一本を制御することも出来ないという事実が、鳳凰にこの上ない屈辱感を与える。
 ならば――――。

 「ならば、切り落とすまで!」

 左手による手刀を、今度は自分の右腕へと狙いをつける。
 どうせ、腕の代えなど自分にとってはいくらでも利くのだ。
 かつて奇策士と虚刀流の前でそうしたように、手刀の型に構えた平手を、右の肩口あたりへと振り下ろす――!


 「無駄だ」


 その言葉が発されるのとほぼ同時、鳳凰にとって信じられないことが起こる。
 狐面の男の言う通り、無駄だった。
 鳳凰の左手は、鳳凰の右手によって受け止められていた。
 切り落とされるはずだった右腕が、まるでそれ自体が意思を持っているかのように、鳳凰の手刀を受け止めたのだった。

 「な――――あぁ!?」

 驚愕を隠す余裕すら、もはやない。
 無理もないだろう。今までありとあらゆる部位を己の身体と交換してきた鳳凰にとっても、自分自身の腕に攻撃を受け止められた経験など皆無である。

 (死霊――そんなものが、本当に、この右腕に、)

 だが鳳凰には、驚愕する暇すら十分に与えられなかった。
 突如、左手に激痛が走る。
 岩をも握りつぶす力を持ったその右腕が、その怪力をもってして、つかんだ左手を握りつぶし始めた。

 「ぐ――あああああああああああああああああああああああああっ!!」

 あまりの激痛に、鳳凰はのたうち回る。
 普段の鳳凰であれば、片手をつぶされる程度の痛みなら平然としていたかもしれない。
 しのびとして拷問の鍛錬は当然積んであるし、なにより自分の腕を自分で切り落として平気でいられるようなしのびなのだから。
 しかし今の鳳凰にとって、痛みの大きさは問題ではない。
 奪い取ったはずの右腕が、意思を持って自分を襲っているという事実。
 その信じがたい事実が、鳳凰の冷静さを完全に失わせていた。

 「あ、ぐ、が……! ぐ、ぎいいい、いい!」

 もはやまともな悲鳴をあげることすら叶わない。
 傍から見れば滑稽としか言いようがない光景だろう。自分の右腕で自分の左腕を握りつぶそうとし、その苦痛に悶え苦しんでいるというのだから。

 「見ちゃいられねえな」

 嘆息しながら、狐面の男は一歩前に出る。
 そして静かな、しかしよく通る声で言った。



 「おとなしくしろ、出夢」



 まるで、呪文のようなその声を聞いたかのように。
 鳳凰の右腕が、ぴたりと動きを止め、
 その『中身』が抜け落ちたかのごとく、重力にしたがってだらりと垂れ下がる。

 「はぁ……はぁ…………っ」

 呼吸が乱れ、心臓が早鐘のように打つ。
 鳳凰もまた、中身が抜けたかのように呆然としていた。
 右腕はもとの通り、自分の意思で動かすことができるようになっている。しかしもう、この腕を自分のものとして見ることはできなかった。
 たかが腕一本が、まるで化け物のように見える。
 この男が、この右腕を止めたというのか。こうもあっさりと、ただの一言で。

 「無様だな」

 いつのまにか、狐面の男は鳳凰の目の前に立っていた。仮面の奥の瞳で、鳳凰をじっと見つめてくる。
 上から下へ、見下すように。

 「噛ませ犬が人喰いを飼いならそうなど、滑稽至大も甚だしい。己が弱さを計れぬほど未熟というわけでもあるまい。弱者が強者をその身の内に取り込むという矛盾について、もう少し考えを巡らせるべきだったな、鳳凰」
 「だ……黙れ、」
 「その腕の持ち主はな、すべての弱さを放棄して強さだけを極端に求めた、いわば強さの権化のような存在なんだよ。化物の腕だ。お前ごときには、とてもじゃないが使いこなせる代物じゃねえよ」

 鳳凰は、自分の中身がどんどん削り取られていくのを感じていた。

 ――何だ、何だ、何だ、何だ。
 この男は――『これ』はいったい、何だ。

 この世すべてを冒涜し尽くしたかのような、この男は。
 この世すべての最悪を体現したかのような、『これ』は。
 虚刀流よりも、自分以外の頭領よりも、あの橙色よりも。
 ひょっとしたら、あの鑢七実よりも。
 奇異で、奇怪で、奇矯で、稀少なる――種。

 この男に出会ったとき、自分が始めに何を訊くべきだったのか今更のように痛感する。


 おぬしは――いったい何者なのだ。
 どうして――貴様のようなモノが存在しているのだ。


 自分の中身が、心が、軸が、存在が。
 自分のすべてが、この男に呑み込まれていく。
 呪われたように。 取り憑かれたかのように。


 これでは、これではまるで。
 この男こそ、まるで死霊のようではないか――!


「狐さん」少女が遠慮がちに男の袖を引く。「そろそろ行かないと、山火事がこっちに……」

 少女が言うのを聞いて、鳳凰はあたりに漂う微かなきな臭さにはじめて気付く。
 少女の示す方向を見ると、竹林の隙間からわずかに見える上空に、うっすらと靄のような煙が立ち上っているのが見えた。

 「おっと、だいぶ近づいてきやがったな。火の手はまだまだ遠いようだが、煙に巻かれては敵わん。行くぞ」

 そう言って男は、鳳凰に背を向ける。
 鳳凰のことなど、すでに眼中にないといった風に。
 もはや、一片の興味すらないといった風に。

 「ま――――待て、」

 這いつくばったまま、まるで懇願するかのように手を伸ばす。
 止まったはずの右腕がまた震えだす。いや、右腕だけではない。もはや全身が、壊れた玩具のようにがたがたと震えている。
 追い縋ろうにも、膝が震えて立ち上がることすらできない。
 自分の中の、この空洞はいったい何だ。
 自分の軸になっていたはずのものが、丸ごと抜け落ちてしまっている。

 俺の何を盗んだ。
 俺の何を奪った。

 行くな、行かないでくれ――――


 「ついて来たいってんならついて来てもいいぜ、鳳凰」


 振り返らぬままに、狐面の男は言う。

 「兵隊くらいには使ってやる。正直、猫の手も借りたい心地なんでな――その右腕も、俺に向けるってんならともかく、俺のために使うというのなら言うことも聞くだろうしな。
 お前があくまで生き残ろうと言うんであれば、俺がこれから見る物語、その一遍くらいは垣間見させてやっても良い。
 ただ言っておくが、俺を殺そうってんなら無駄だからやめておけ。お前が俺を殺せたとしたら、最初に殺そうとした時点ですでに殺せていたはずだからな――」


 「お前に俺は殺せん。これはもう、運命として決定付けられた事項だ」


 愕然とする。
 男の言葉に、ではない。平素であれば戯言と鼻で笑って聞き流していたはずのそんな言葉を、当たり前のように受け入れている自分に――である。

 そして同時に、鳳凰は安堵していた。

 ついて来てもいいと言われたことに対して。
 使ってやると豪語されたことに対して。
 そんな言葉に、どうしようもなく安堵してしまっている自分がいる。


 我は、俺は、自分は、我らは――――
 いったいこれから、どうすればいいというのか。


 そして鳳凰は、またも思考の渦に陥る。
 全身の震えは、いつのまにか治まっていた。



【1日目/昼/D-7】
【真庭鳳凰@刀語】
[状態]精神的疲労(中)、左腕負傷、思考能力低下
[装備]炎刀『銃』(弾薬装填済み)、匂宮出夢の右腕(命結びにより)
[道具]支給品一式×2(食料は片方なし)、名簿×2、懐中電灯、コンパス、時計、菓子類多数、輪ゴム(箱一つ分)、ランダム支給品2~8個、「骨董アパートで見つけた物」、首輪×1、真庭鳳凰の元右腕×1
[思考]
基本:優勝し、真庭の里を復興する
 1:狐面の男についていくかどうか考える
 2:本当に願いが叶えられるのかの迷い
 3:今後どうしていくかの迷い
 4:見付けたら虚刀流に名簿を渡す
[備考]
 ※時系列は死亡後です。
 ※首輪のおおよその構造は分かりましたが、それ以外(外す方法やどうやって爆発するかなど)はまるで分かっていません
 ※「」内の内容は後の書き手さんがたにお任せします。
 ※炎刀『銃』の残りの弾数は回転式:5発、自動式9発
 ※支給品の食料は乾パン×5、バームクーヘン×3、メロンパン×3です。
 ※右腕に対する恐怖心が刷り込まれています。今後、何かのきっかけで異常をきたすかもしれません。



  ◆  ◆  ◆



 「ちょっ、めっちゃこっち見てますよあの人――」

 歩きながら振り返ると、今まで話していた妙な服装の男の人(しのびだと言っていたけれど、しのび装束にしても前衛的すぎる)が、ものすごい形相でこちらを見ていた。
 膝をついている状態とはいえ、いちど人間離れした速さで飛び掛ってくるのを間近で見ているだけに、今にも襲い掛かってきそうに思えてしまう。

 「本当に大丈夫なんですか、狐さん。あの人放っておいたらまた襲ってくるかもですよ。危険じゃないんですか」
 「しつけえな、大丈夫だっての。さっきも言ったが、あいつはもう俺を殺すことも傷つけることもできん――まあ、お前はどうかわからんが」
 「危険じゃないですか!」
 鬼かこの人。

 「だから僕は、会いに行くのなんてやめようって言ったんですよ……」

 狐さんの持つ首輪探知機に『真庭鳳凰』の名前が表示されたとき、僕はわざわざ会いに行く必要なんてないと何度も進言したのだけれど、狐さんはどうしても会いに行くと言ってきかなかった。
 真正面から会いに行くのはさすがに危険ではないかとも言ったが、まるで聞く耳持たずだった。馬耳東風とはこのことだ。
 ほどなくして出会った真庭鳳凰さんは、最初はなんとなく話の通じそうな人に見えた。
 服装こそ奇抜だけれど、物腰は落ち着いている感じだったし、こちらの質問にも真摯に答えてくれていたし、正直今でも「実はいいひとなんじゃないか」という期待を捨てきれずにいる。

 暗殺専門のしのびというのは、嘘じゃなさそうだけれど。
 右腕を振り上げて飛び掛ってきたときには、本当に殺されるかと思った。
 自分が狙われたわけじゃないのに、ちょっと走馬灯が見えた。
 それくらい明確な『殺意』だった。

 山火事の煙について狐さんに教えたのも、相手が錯乱しているうちにこの場から離れようという、僕なりの助け舟のつもりだったのだが。
 その直後に「ついて来たければついて来てもいい」などと狐さんが言ったときには、漫画よろしく前のめりにずっこけそうになった。
 お前は何を言っているんだと、危うく本気で突っ込むところだった。ついでに本気でどつくところだった。
 禁止エリアのときといい、危機管理能力ゼロかこの人。

 「…………」

 しかしあれは、どこまでが真実だったのだろうか。
 あのときは場の雰囲気に圧倒されて違和感を持つ余裕すらなかったけれど、冷静になった今では、狐さんの言っていた話の大半が、相当信じがたいものだと思えてくる。
 右腕の怨念だとか、死霊が荒ぶっているだとか、そんな荒唐無稽な話を(そもそも誰かの右腕を自分にくっつけて使っているという話がすでに荒唐無稽だけれど)
 すんなり受け入れられるほど、僕はオカルティックな思想の持ち主ではない。

 では、あの現象はなんだったのだろうか。
 あの冷淡そうな男の人を、あそこまで取り乱させた、あの現象は。

 「…………もしかして」

 もし何の根拠もなく、ただの想像だけであの現象に現実的な説明をつけるとするなら、僕にも一応仮説めいたものは立てられる。
 もしかして狐さんは、あのしのびの男の人と話しながら、何か暗示のようなものをかけていたのではないだろうか。
 捨て駒とか噛ませ犬とか、思えば相手を怒らせるためとしか思えない言葉の数々に、僕は終始落ち着かない思いをさせられていたけれど――
 あれが単なる挑発や牽制でなく、あのしのびの人に対する何かしらの暗示だったのだとしたら。


 ――ふん、そりゃ出夢の腕か。


 狐さんがなぜ、あの腕の持ち主(?)について知っていたのかは僕には知る由もないけれど、あの現象を狐さんが意図的に誘発させたのだとしたら、契機になったのは間違いなくあの言葉だろう。
 表情少なだったしのびの人が、あの言葉を聞いたとたん目に見えて動揺するのが僕にもわかった。

 その腕は自分の物ではないと。
 その腕は自分の力ではないと。
 繰り返し、念を押すように言われて。
 結果あの人は、自分の腕に恐怖したのだ。
 自分のものにしたはずの腕が、他人のものであると理解させられたという、恐怖。
 その恐怖が、思い込みが、本当に右腕を自分のもので失くさせたのだとしたら。
 死霊でも怨念でもなく、あの人の恐怖そのものが無意識のうちに右腕を暴走させ、自分自身を襲わせたのだとしたら――。

 根拠はまるでないけれど、無理矢理に現実的な説明をつけるとしたらこんなところだろう。
 死霊も怨念も、すべてが口からでまかせでした、と。
 自分でも拍子抜けするような、実につまらない解答。
 そう思うと、本当に死霊の仕業なんじゃないかと途中まで信じていた自分がなんか馬鹿みたいだ……
 でもそれを言うと、ただの口からでまかせにあそこまで錯乱していたしのびの人がさらなる馬鹿と言っているみたいで、口に出すのは少々はばかられる。

 でも、だとすると。
 本当にあの現象が、すべて狐さんの意図するところだったとしたならば。


 この人は、何の武器も使わず、何の武力も用いず、ただの言葉だけであの男の人を屈服させたということになる――!


 「……それこそ、荒唐無稽か」

 そんなことが本当にできたとしたら、それは死霊なんかよりずっと恐ろしくて非現実的だろう。会って間もない人間を、思いのままに操るなんてこと。


 ――この僕でさえ。
 ――誰かを『支配』するのに、少なからず時間は必要だというのに。


 「…………」

 無言で歩く狐さんのうしろ姿を、僕はただ見つめる。
 訊いたとしても、この人はきっとまともな答えなど返してはくれないだろう。
 そんなことは、どちらでも同じことだと。
 いつもの調子で、曖昧にされるだけだ。

 「結局のところ、真相は藪の中か……」
 竹藪のなかだけに、なんつって。
 ここは藪じゃなくって、竹林だけどね。
 …………。

 しかしあのしのびの人――鳳凰さんはこれからどうするつもりなのだろう。
 狐さんは「ついて来てもいい」と言ったが、あんな仕打ちを受けておとなしくついて来る人がはたしているんだろうか……
 いや、暗示をかけたというのは単なる僕の想像だし、見ようによっては狐さんがあの『右腕』から鳳凰さんを助けたようにも思えるし……ある意味こちらに貸しがあるようにも取れる。
 狐さんの数々の暴言を差し引けば、の話だが。

 「もしかして最初から、あの人を仲間にするつもりでいた……とか?」


 ――お前に俺は殺せん。これはもう、運命として決定付けられた事項だ。


 「あれも本当なのかなあ……」

 死霊の次は運命と来たもんだ。
 あれもやっぱり口からでまかせの可能性が高いと思うけど……でも、その言葉が僕の想像通り、ひとつの『暗示』として鳳凰さんの意識に浸透していたとしたら、話は別だ。
 事実、あの人は狐さんを殺せなかった。
 あそこまで肉薄してなお、傷ひとつつけることも叶わなかった。
 もしかしたら、本当に。
 本当に鳳凰さんはこの先、狐さんに害をなすことができないのかもしれない。
 まるで――呪いのように。

 だとしたらあの人――鳳凰さんにとっては、狐さんに従うことこそ正しい選択だといえるんじゃないだろうか。

 絶対に勝てないと、絶対に適わないとわかっている相手ならば。
 いっそ、その下に身をおくべきだと。
 その人のために、命を懸けるべきだと。

 「まあ、勝手な言い分だけどね……」

 あの人が味方についてくれるのなら、それは確かに心強い。
 狐さんも僕も、戦闘能力について言えば皆無に等しいし、暗殺専門のしのびとだというあの人ならば、十分すぎるくらい戦力になってくれるだろう。

 正直、ついて来られたら怖いけど。
 滅茶苦茶怖いけど。

 だけど同時に、それはそれで面白いと思ってしまっている自分がいる。
 「面白きこともなき世を面白く」――それが狐さんの座右の銘だそうだけど、僕にも少し、その思想がうつってしまっているのかもしれない。


 この囲われた世界を、面白く生きることができたとしたら。
 それはきっと幸せなのだろうと、僕は思う。


 歩きながら僕はもう一度だけ、後ろを振り返った。



【1日目/昼/D-7】
西東天@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]拡声器(メガホン型)@現実、首輪探知機@不明、チョウシのメガネ@オリジナル×12
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~1)、マンガ(複数)@不明
[思考]
基本:もう少し"物語"に近づいてみる
 1:弔士が<<十三階段>>に加わるなら連れて行く
 2:面白そうなのが見えたら声を掛け
 3:つまらなそうなら掻き回す
 4:気が向いたら<<十三階段>>を集める
 5:時がきたら拡声器で物語を"加速"させる
 6:電話の相手と会ってみたい
[備考]
零崎人識を探している頃~戯言遣いと出会う前からの参加です
想影真心時宮時刻のことを知りません
※展望台の望遠鏡を使って、骨董アパートの残骸を目撃しました。望遠鏡の性能や、他に何を見たかは不明
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前が表示される。細かい性能は未定


【串中弔士@世界シリーズ】
[状態]健康、女装、精神的疲労(小)、露出部を中心に多数の擦り傷(絆創膏などで処置済み)
[装備]チョウシのメガネ@オリジナル、三徳包丁@現実、中華なべ@現実、虫よけスプレー@不明
[道具]支給品一式(水を除く)、小型なデジタルカメラ@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、
   食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、懐中電灯@不明、おみやげ(複数)@オリジナル、「展望台で見つけた物(0~X)」
[思考]
基本:…………。
 1:今の所は狐さんについていく
 ?:鳳凰さんについて詳しく知っておくべき?
 ?:できる限り人と殺し合いに関与しない?
 ?:<<十三階段>>に加わる?
 ?:駒を集める?
 ?:他の参加者にちょっかいをかける?
 ?:それとも?
[備考]
※「死者を生き返らせれる」ことを嘘だと思い、同時に、名簿にそれを信じさせるためのダミーが混じっているのではないかと疑っています。
※現在の所持品は「支給品一式」以外、すべて現地調達です。
※デジカメには黒神めだか、黒神真黒の顔が保存されました。
※「展望台で見つけた物(0~X)」にバットなど、武器になりそうなものはありません。
※おみやげはすべてなんらかの形で原作を意識しています。
※チョウシのメガネは『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』で串中弔士がかけていたものと同デザインです。
 Sサイズが串中弔士(中学生)、Lサイズが串中弔士(大人)の顔にジャストフィットするように作られています。
※絆創膏は応急処置セットに補充されました。



ナイショの話 時系列順 マイナスパイラル
ナイショの話 投下順 マイナスパイラル
人喰い鳥 真庭鳳凰 神隠し(神欠し)
それは縁々と 串中弔士 神隠し(神欠し)
それは縁々と 西東天 神隠し(神欠し)

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最終更新:2013年03月24日 12:11