猫の首に鎖 ◆wUZst.K6uE
(時系列――放送前・午前
現在地――エリアE-4)
「殺したほうがいいな、その女」
唐突に、何の前触れもにゃく四季崎記紀が俺に声をかけてくる。
会話の途中でも何でもにゃい、本当に藪から棒といった感じに言うもんだから、正直ちょっとびびる。
ただでさえ頭に直接話しかけるにゃんて気色悪い喋り方しかできにゃいんだから、俺としてはにゃるだけ黙っていてほしいところにゃんだが、こいつは俺の都合にゃんて考えてにゃいみたいにゃ。
俺が黙っていれば勝手に喋るし、俺が何か喋ればその倍以上喋り返す。そんにゃ感じにゃ。
正直うざい。
まあ、こいつの話をそのまま信じるのにゃら(最初は理解できなかったが、何回か聞いてようやく半分くらい理解できたにゃ)、
この刀野郎は元が人間の怪異で、今は意識だけがこの世に残留している存在ってところらしいにゃ。
つまり俺の中にいてできることといったら喋ることと考えることくらいで、そんにゃ奴に一言も喋るなと強要するのはいささか酷な気がすると俺でも思うのにゃ。
俺――ブラック羽川という存在は、ご主人が寝ているときだけ顕現するタイプの怪異だから、こいつみたく宿主の中で意識だけがあるって言う状態がどんにゃ気持ちなのか想像もつかにゃいが。
それでも、同じ人に憑くタイプの怪異として一応同情というか、共感めいたものは感じているのにゃ。
うざいことはうざいが。
俺もたまにゃ同情くらいはするんにゃ。
「おい、聞いてんのか猫。聞こえてんなら返事くらいしやがれ。寂しいじゃねえか、こら」
「…………」
言ってるそばからこれにゃ。
何がうざいって、こいつには俺の考えていることが読めるはずなのに、逐一返事を求めてくるところがうざい。
どんだけ話し相手がほしいんにゃ、こいつ。
「聞こえてるにゃ……で、殺したほうがいいって何のことにゃ? さっきの気色悪い女のことかにゃ?」
西条玉藻を撃退したあと、俺はこいつのニャビゲートで学習塾跡に向かっているにゃん。
単に道筋だけを教えりゃいいものを、合間合間に余計な話を挟んで喋るもんだから、にゃかにゃか目的地に到着できずにいるのにゃ。
場所さえわかっていれば、普段の俺にゃら跳躍一発で到着できるのに。
なぜだかうまいこと全開の身体能力を出せにゃいのがもどかしいにゃ。
「さっきの女は関係ねえ。おれが言ってるのは、
戦場ヶ原ひたぎって奴のことだ」
その言葉に、俺は少しだけ足を止めかけるが、結局そのまま歩く。
走らにゃいのは「急ぐ必要がないなら体力温存しとけ」とこいつがしつこく言うからにゃ。
俺にとっちゃ、思いのままに好き放題動いていたほうがご主人のストレス発散に繋がるから、体力の温存にゃんて考えにゃいほうがいいんだが。
身体能力がうまく発揮できにゃい理由がわからにゃいから、一応従っておくことにしたにゃ。
「名簿に載ってる奴のなかで、お前が会ったことのある人間の記憶だけざっと見せてもらったぜ。
戦場ヶ原ひたぎ。お前の中学時代からの知り合いで、お前の想い人をかっさらった張本人――だったな?」
「…………」
正確には俺じゃにゃくてご主人の知り合いにゃんだが、今の俺はご主人と一体化している存在だし、そこをわざわざ訂正しても詮のにゃいことにゃ。
「できればそいつには、なるべく早い段階でこの殺し合いから脱落してもらいたいところだな。
まあ、すでに死んじまってるって可能性はもちろんあるんだが――もし生き残っている場合、そいつのことをよく知っているお前が直接殺しに行くってのが、おれの考える限り最良だ。
余計な影響を撒き散らされる前にな」
……何を言っているんにゃ? こいつは。
「お前の記憶を見せてもらった限りでの感想だが、その戦場ヶ原ひたぎって女は相当やばい。
せっかくおれの刀の完了具合をじっくりと見定められる絶好の機会だってのに、そんな危険な奴が同じ舞台に立っていたんじゃ安心して見ていられねぇじゃねえか。とんだ予想外だぜ」
「はあ? おい、さっきから言ってることがわけわかんねーにゃ」
あの女が危険? 殺したほうがいいほどに?
俺の記憶のどこを見たら、そんにゃ感想が湧いてくるんにゃ?
「だいたいさっきの女は殺すにゃとか言っといて、今度は危険だから殺せとか、馬鹿にしてんのにゃ?」
俺は馬鹿だが、馬鹿にされたら普通に怒るにゃ。
「まあ聞けよ――西条玉藻に関してはさっきも言ったが、あいつを殺すなと言ったのはおれの息子の対戦相手として相応しい戦闘能力の持ち主だったからだ。
得物も刀っつーか、刃物で統一されてるしな。まぁおれの息子は存在自体が刀というだけで、知らん奴から見たら徒手空拳なんだろうが」
後半はよくわかんねー上に明らかに蛇足っぽいにゃ。
いちいち一人語りを挟む癖はどうにかしてほしい。俺の理解力のキャパを超えるにゃ。
「お前にしたって、戦闘能力で言えばおれの息子の対戦相手として向いていないわけじゃねえ。
いささか反則的とは言ったが、反則手や相性の悪さで折れるほど、おれの息子はやわじゃねえからな。
反則っつーなら、おれの作った完成形変体刀十二本がそもそも反則みてーなもんだしな。伊達にその使い手たちを撃破してねーって話だよ」
「……つまり何にゃ? 戦う相手としてふさわしくねーから、いるだけ邪魔だからさっさと殺せって話かにゃ?」
俺としては珍しく要点だけは理解できたにゃ。
こいつと話してると、話の余計な部分を聞きにゃがす力が鍛えられてしょうがねーにゃん。
「急かすな。そう単純な話じゃねーんだよ、猫。
いいか、そいつが単に弱いだけっつーんなら、別に放置しておいても構わねぇんだ。わざわざ手を下すまでもなく勝手に死ぬような奴だったらな。
だがその女は、どう考えてもおとなしく手を下される側の人間って感じじゃねーだろ」
……もって回ったような言い方は俺にゃ通じねーってことを、そろそろ学習してほしいにゃん。
「そりゃ悪かったな。だがあいにく、刀は真っ直ぐに、語りは婉曲にってのがおれの信条でね。自己証明みたいなもんだと思って諦めてくれや。
――っと、話を戻すが、その戦場ヶ原ひたぎって女は、おれの息子や西条玉藻と違って、これといって戦闘技能めいたものは持ち合わせていないんだろ?
武芸を嗜んでいるわけでもねえし、特出して身体能力が高いわけでもない。そうだな?」
「まあ――――にゃ」
俺の――というかご主人の知る限り、あの女が戦闘能力に秀でてるにゃんて情報は一切にゃいにゃ。人並み以上の運動能力は備えてるみたいだが、せいぜい足が速いくらいのもんだったはずにゃ。
別にあの女とご主人は仲良しこよしってわけじゃにゃいから、はっきりと言えるわけじゃにゃいんだがにゃ。
ご主人風に言うなら、何でもは知らにゃい、知ってることだけ、にゃ。
「それがどうしたんにゃ? 戦闘が不得手だっつーんにゃら、余計に殺す理由にゃんてにゃいじゃにゃいか」
「普通はな。戦闘能力がないってこと自体が脅威って言ってるわけじゃもちろんねえさ。
だがな猫、戦闘ができない、戦闘の手段を持ち合わせていないってのは、逆説『何でもできる』ってことにもなり得るんだよ。
何せ、『手段を選ばない』ってことに対してこれ以上なく開放されているんだからな――下手に戦力を持ってる奴よりよっぽど脅威だ。
一言でいうなら、『何をしでかすかわからない』――ってことだ」
またわけのわかんねーこと言いだしたにゃ。
これは俺の頭が悪いこととは関係にゃいよにゃ?
「例えば、おれの息子が生きた時代には真庭忍軍っつー暗殺を生業とする集団がいた――っていうか名簿にも何人か載ってたっけな。
そいつらは卑怯卑劣が売りっていう文字通りの売り文句を掲げていて、実際に卑怯卑劣な手段をとることに迷いのねぇ連中だ。
そいつらは確かに強いが、しかし行動が予測しにくいかといったらそうでもない。むしろどんな手段を用いてくるか予測するのは非常にたやすい。なぜかわかるか?」
「わかるか」
わかるわけがねーにゃ。
こっちは真庭忍軍にゃんて新しい言葉出された時点でちょっと混乱し始めてるっていうのに。
「なぜなら、そいつらの採る手段ってのが主に戦闘だからさ。
不意打ち、騙し討ちは当然のように使うし、何もかも刃傷沙汰で解決するってわけじゃもちろんねーが、戦闘の優先順位が高いことに違いはねえ。
何しろ連中は、一個一個が確実に戦力を有しているからな。手段を選ぶにはまず能力ありきだ。得意分野で勝負したくなるのが人情ってもんさ」
そのぶん、行動も読みやすくなるがね――と。
自分で納得するみたいに、四季崎記紀は言う。
自分だけ勝手に納得されても、俺にはどうしようもねーにゃ。
「例えがかえってわかりにくかったか? 要するに戦力を持つものは、その度合いが大きければ大きいほど、戦力を用いる以外の手段から否応なしに遠ざかっちまうってことだ。
平和な世の中だってんならまだしも、場所が戦場ならなおのことな。
一定以上の戦力を持つものにとって、その戦力を『使わない』ってのは、これが案外難しかったりすんのさ。
だからこそおれは、誠刀・銓なんていう普通だったら絶対に役に立たないような刀を作ることを思いついたんだからな――
逆に戦力を持たねぇ人間ってのは、使う戦力が最初からない分、それ以外の手段を選択することに抵抗がない。
場所が戦場だろうが目的が殺し合いだろうが、戦闘という手段に捉われず縛られず、自由に手段を模索する可能性を秘めている。
だからこそ行動が読み難い。その上何をしでかすか予測がつかない。
切った張ったの乱戦模様だけを望んでいるおれにとっては、それこそが厄介なんだよ」
「……………………」
にゃんつーか、すげー暴論にゃ気がするにゃ。
単に戦闘が苦手っつーだけでそんにゃふうに警戒されたんじゃ、された側はたまったもんじゃねーと思うんだがにゃ……まして『だから殺したほうがいい』にゃんて暴論の極みにゃ。
それに戦場ヶ原ひたぎは、学校では一応優等生って立場にいたはずで、こんにゃ状況でもある程度冷静な判断ができるくらいの思考能力はあるはずにゃん。
仮にこいつの言うとおり、あの女が戦闘以外の手段を模索したところで、それはせいぜい自分の身を守るための手段とかだと思うにゃ。
「何をしでかすかわからない」にゃんて大仰な言い方をするほど切羽詰った話でもにゃいと思うんだがにゃあ。
俺がそう言うとこいつは「お前なあ……」と呆れたようにゃ、いっそ小馬鹿にしたようにゃ口調で言って、そのまま沈黙してしまったにゃ。
さっきも言ったが、馬鹿にされたら俺は普通に怒る。小馬鹿にされたらもっと怒る。
何に対して馬鹿にされたのかわかんねーから、余計不快に感じるにゃ。
「いやいやいや、さすがにこれに関しちゃおれに非はねえと思うぜ? ここまで話して『切羽詰った話じゃない』なんて台詞が出てくるなんざ、思わず呆れちまっても無理あるめえよ。
勝手に記憶を読ませてもらっておいて何だが、お前本当にあの女の知り合いか?」
だから俺じゃにゃくて、知り合いにゃのはご主人のほうにゃ。
「だとしても記憶は共有してんだからわかるだろうがよ…………
いいか、戦闘能力うんぬんはあくまで『戦いが不得手でも場合によっちゃ脅威になり得る』っていう、ただの前提の話だ。そこ自体は別に重要な話じゃねえ。
おれがやばいっつってんのは、その戦場ヶ原ひたぎの恋人でお前のご主人様の想い人でもある、
阿良々木暦って男が死んだ件についてだよ」
「……………………」
あー……そういうことかにゃ。
確かにこれは、気付かにゃかった俺のほうに非があると言われても仕方にゃいにゃ……というか本当、何で今まで気が付かにゃかったんだって話にゃ。
「お前の主観では戦場ヶ原ひたぎは、お前の主人である
羽川翼が阿良々木暦に想いを寄せていたことをうすうすと、あるいは確信的に知っていたんだよな?
だからこそ知り合ってから間を置かず、鳶が油揚げをさらうように、横から男を見事かっさらっちまった、と。
戦場ヶ原ひたぎ。さながら軍略家にして奇襲兵ってところだな。兵は拙速を尊ぶなんて言うが、性格だけは戦争向きじゃねえか、その女」
「……色恋沙汰と戦争を一緒に語るにゃよ」
「何言ってんだ、恋はいつでも戦争だろ?」
…………。
素で寒い台詞だが、こいつが言うとことさら寒いと感じるにゃ。
こいつの顔も知らにゃいはずの俺ですら、思いっきりドヤ顔してんのが目に浮かぶようにゃ。
でも、確かに色恋沙汰といって馬鹿にはできねーにゃ……何しろ今の俺自身が、その色恋沙汰から生じたストレスの権化なんだからにゃ。
色恋沙汰と刃傷沙汰は紙一重――ってか。
どちらも、切った張ったの世界ってなぞにゃ。
「ともかく戦場ヶ原ひたぎは予想外の早さで阿良々木と距離を縮め、恋仲になった。お前にとっちゃ面白くない話だろうが、ここまではいい。
問題はそうまでして手に入れた男を、これ以上なく理不尽に、しかも永久に奪われちまったっていう、これ以上なくどうしようもない事実さ。
お前にとっては、ストレスの要因である男が消えてせいせいしたことだろうが――
さて。
この事実を踏まえてもなお、切羽詰った話でないと言えるか?
自分の恋人の名前が無慈悲にも放送で読み上げられたとき、戦場ヶ原が何を思い、何を背負ったか。
それを想像してなお、『何をしでかすかわからない』という言い方が大仰なものだと言い切れるか?
単純にぶち切れて暴れるだけってんならまだ可愛いもんだ。
おそらくその女、人を喰うぜ」
人を――喰う?
「お前の言うとおり、その女は冷静な判断能力ってもんを持ち合わせているんだろう。
恋人が死んでもなお、その判断能力はおそらく失われねぇ。むしろ恋人を生き返らせるという目的の下、よりいっそう研ぎ澄まされる」
日本刀のようにな――と、そこだけやたらと感慨深げに言う。
「その女はおそらく、協力者を見つけようとする。戦闘能力を持たない人間にとって、自分の代わりに戦ってくれる人間を味方につけるのは定石だからな――
ただし。
最終的に一人だけが生き残らなきゃいけねぇっつーこの状況で、協力者なんて言葉ほどむなしく響くもんもねえ。
必要がなくなれば――あるいは必要とあらば、その女は躊躇なくその協力者を捨て駒に使うだろうな。
断言してもいいが、その女がすでに誰かしら協力者を得ていたとしたら、一人目はもう生きちゃいねえだろうよ。
最悪の場合、その女自身の手によって――な」
「……………………」
俺はもう、口を挟めねーでいるにゃ。
三行以上の会話は理解できにゃいはずの俺だが、今の話は不思議と頭に入ってくるにゃ。
ひょっとしたら、ご主人が俺の代わりに理解してくれてるのかもしれにゃいにゃあ。
ご主人にとっては、大切なクラスメイトと大切な片思いの相手に関する話だからにゃ。とても聞き逃せるようにゃ話じゃにゃいにゃん。
「おれも伊達に歴史の改変なんて大役を担っていたわけじゃねえからな。刀ばかり作っていたとはいえ、人を見定める能力にだって相応の自負はあるつもりだ。
だからこそ断言する。戦場ヶ原ひたぎは危険だとな。
下手すりゃ、この殺し合いそのものをひっくり返しちまうくらいに。
人を殺しても平気でいられるって感じの女でもねえんだろうが……自己の目的を達成するためなら、そいつは何人でも殺すだろう。
背負った罪悪感ですら――背負った重みですらも、前に進むための原動力と成す。そんな女だ。
おれが一番恐れているのは、その女とおれの息子が接触しちまうことなんだよ。刀として完了したとはいえ、おそらく今は所有者を失って不安定な状態にいるだろうからな。
そこに付け入られて、新たな協力者として白羽の矢をおっ立てられちまったら取り返しのつかねえことになる。いくら完成、完了した刀でも、鉛で固められたとなっちゃあ台無しもいいところだ。
だから――」
戦場ヶ原ひたぎには、早めに死んでもらう必要がある。
そう言ってまた、四季崎記紀は黙る。今度はこっちの返答を待つように。
「……………………」
確かににゃあ。
あの女は確かに、恋人が死んだときにしおらしく泣き崩れるって感じじゃねー気がするにゃ。むしろ静かに暴走するタイプにゃ。
あのゴールデンウイークの後、阿良々木と戦場ヶ原が出会ってから付き合うまでの短期決戦っぷりを知っている俺としちゃあ、あの女が目的をこれと定めた上での行動の速さは、
身をもって思い知らされていると言っても過言ではにゃいにゃ。
それに、あの女が本気で優勝を狙う心積もりにゃら、顔見知りである俺――つまり羽川翼は、当然のこと警戒対象に入っているはずにゃん。
あの女も人を見る目は意外とあるからにゃ――ご主人の「異質さ」について感づいていても不思議ではにゃいにゃ。
だとしたら、戦場ヶ原ひたぎは。
この俺にとっても、殺すべき相手にゃのかもしれにゃいにゃ。
「…………でもにゃあ」
それは、ご主人の望むところではにゃい気がするんだよにゃあ。
あの女が原因で、ご主人が多大なストレスを抱えちまったことは事実にゃん。たった一ヶ月で、この俺を顕現させちまうくらいににゃ。
それでも。
ご主人があの女を恨んだことは、一度もにゃいにゃん。
恋敵として見たことはあっただろうが、恨んだことも憎んだこともにゃい。
真実、ただの一度も。
こいつはさっき「横から奪い去った」にゃんて表現を使ったが、それは正しくにゃい。
あの女は正々堂々、真正面からあの人間野郎に向き合って、想いを成就させたはずにゃん。いーさんにも言われたが、先を越されたのはあくまでご主人自身の弱さが原因にゃ。
だから俺があの女を殺すことは、どんにゃ形であれご主人を救うことにはにゃらにゃい気がするんにゃ。
仮にあの女がご主人を殺そうと目論んでいたとしても、ご主人の気持ちは変わらにゃいと思うにゃ。
ゴールデンウイークのときに、ご主人が誰も殺さにゃかったように。
本気で殺そうと思ったのは、自分自身くらいのもんにゃ。
「……俺が誰を殺すかは、俺自身で決めるにゃ」
だから俺としては、こう答えるしかにゃいにゃ。
「さっきのは俺の知らにゃい、割とどうでもいい奴が相手だったから、お前の言うとおり殺さにゃいでおいてやったが、次からはそうはいかねーにゃ。
お前の都合で動いてやる理由にゃんて、俺には一片たりともねーんだからにゃ」
俺がすでに戦場ヶ原ひたぎを危険視し始めていることは、こいつにも伝わってるはずにゃ。
それでも今は、こいつに同意するのは嫌だったにゃ。少し前、あの戯言野郎にいいように翻弄されたばっかだってのに、そうそう他人の言うことに振り回されたくはねーにゃ。
俺の主人は――ご主人だけにゃ。
「そうかい」
また長弁垂れ流すのかと思いきや、こいつは案外あっさりと引いたにゃ。
「お前に指図する権利がおれにはねえってのは事実だしな。まあ無理強いはしねーさ。
ただしおれの言ったことは、助言程度の認識でいいから記憶に留めとけ。それを踏まえた上で、お前自身で考えて出した結論どおりに動きゃいいさ」
……何か、やけに余裕綽々にゃん。
さっきまでは散々、切羽詰った話であることをアピールしていた癖に。
「案外適当なんだよ、おれは。自由に動ける肉体のねえ身で焦ったってしょうがねえしな。持ちつ持たれつ、お互いゆっくりやろうや」
「何が持ちつ持たれつにゃ…………」
本当、ふてぶてしいやつにゃ。
勝手に人の頭ん中居座ってる奴に、持つもんも持たせるもんもねーにゃ。
「何言ってやがる。おれを取り込んだのはお前自身じゃねーか」
「…………」
むう。
それを言われると黙るしかねーにゃ。
「それにな、猫。おれは今、お前にもうひとつ重要なことを教えてやることができるんだぜ?」
「…………何にゃ」
「話に夢中になってる間に道を逸れちまったみてーだ。正しい道はこっちじゃねえ。いったん引き返せ」
「……………………」
◆ ◆ ◆
無駄に歩かされた挙句、ようやく学習塾跡の廃墟に到着した俺は、そこにいた人影を見て思わず身構えちまったにゃん。
何しろ、数時間前に俺をぶっ飛ばした男が廃墟の前で仁王立ちしていたんだからにゃ。
「…………にゃ? こいつ……」
でも、身構える必要がにゃいことはすぐに知れたにゃ。
辺りに漂っている血の匂いを嗅ぐまでもにゃく、地面に撒き散らされた夥しい量の血液を見るまでもにゃく。
その男が絶命していることは、決定的に明らかだったからにゃん。
「…………立ったまま死ぬにゃんて、実際にできるもんにゃんだにゃ」
見間違えようもにゃい巨躯。
こいつ自身の血で真っ赤に染まったその身体の所々に、鈍器で殴打されたようにゃ傷痕が残されているにゃ。
両肩、脇腹、そして左胸。
暴力的かつ凶悪にゃ、徹底した無慈悲さを感じさせる殴打の痕。
まさに滅多打ち、まさに嬲り殺しって感じにゃ。
「…………結局、名前は聞かにゃかったにゃあ」
船の中で、俺のエニャジードレインを喰らいにゃがら平気で立ち上がり、俺の視覚、聴覚、嗅覚すべてを掻い潜って、武器のひとつも使わずに俺をぶっ飛ばしやがった大男。
そんにゃ圧倒的にゃ力を見せ付けられたにも関わらず、どういうわけか俺は、ついさっきまでこいつのことを忘れかけていたようにゃ気がするにゃ。
こんにゃ図体のでかい相手を忘れかけるにゃんて、俺の頭の悪さを差し引いてもちょっと異常な気がするにゃん。
…………まあ。
死んじまった以上、どうでもいいことだけどにゃ。
にゃははは。
「こいつは…………双刀・鎚、か?」
ずっと黙っていた四季崎記紀が、急に真面目くさった声で言う。
「この傷痕……間違いねえ。俺の作った刀、双刀・鎚による刀傷だ」
「刀ぁ?」
この傷が刀傷って…………逆立ちしてもそうは見えねーにゃ。
鋒打ちだってこうはにゃらにゃいだろうし、何かこう、とてつもにゃく「重い」もんで殴られたようにゃ、破壊的にゃ傷痕にゃ。
「それで正解だ、猫。双刀・鎚ってのは、『重さ』を主眼において製造した刀でな、ちょっとした船なら一隻沈めちまうくらいに重い。
見た目は棍棒っつーか、刃のついていない石刀って感じだからな。斬られた痕はご覧のとおりだ」
船沈めるほどって……そんにゃ刀、誰が使えるんにゃ。
「問題はそこだ。本来なら双刀を扱えんのは、凍空一族っつー人並みはずれた怪力をもつ一族だけのはずだ。
さっき話した真庭忍軍のなかには、忍法足軽って重さを取り除く忍法を使える奴がいるから、それを使えば持ち運ぶことはできる。
ただし重さを完全に取り除いちまうわけだから、武器としては機能しなくなるがね」
重さを取り除くって……もう何でもありにゃ。
「だが一人だけ、例外的に双刀を武器として扱うことのできる人間がこの場にはいる。
鑢七実――おれの息子の姉で、虚刀流におけるもうひとつの刀だ」
息子の姉って言い方がにゃんか不自然にゃ気がするにゃ。娘じゃにゃいのか?
それに、人間が刀ってどういう意味にゃ……?
「鑢七実は見稽古って能力――いやさ才能を有している。その目で見た相手の動き、技術、能力、才能――そういったものすべてを己の内に取り込んじまうっていう途方もねー才能だ。
おれのいた歴史では、七実は凍空一族が暮らしていた集落に単身で乗り込み、その手で全滅させている。
その時に一族の怪力を見取った七実と、こっちの歴史にいる七実が同一のものだったとしたら、双刀・鎚を扱えるのは鑢七実しかいねえ」
…………何か、そいつのほうがよっぽど危険にゃんじゃないか?
「言ったろ、単純な強さ、単純な戦闘能力を持つものだったら、危険だろうがむしろ望むところだ。
それに七実は戦う力こそ化け物じみているが、戦い続ける力、生き残る力においてはむしろ下の下といってもいい。
実際におれのいた歴史では、その脆さゆえおれの息子に敗北しているしな。こっちの歴史でも、そう長くはもたねーと予想するね」
「はぁん……そうにゃのか――」
鑢七実――か。
こいつの話が本当にゃら、そいつは俺の手に負える相手じゃねーにゃ。戦って得ににゃる相手でもにゃいし、見つけたら逃げるか隠れるかするのが正解だろうにゃ。
俺が全く敵わなかったこの大男をここまでボコボコにした奴に、俺が勝てるはずがねーもんにゃ。
にゃははは。
…………。
……………………。
……そういや、こいつと初めて会ったときには白っぽいブレザーを着ていたようにゃ気がするんだが、今のこいつは上着自体着ていにゃい。
荷物がにゃいのはこいつを殺した奴が持ち去ったからだろうが――上着がにゃいのは、こいつ自身が脱いでどっかに置いていったと考えるのが自然かにゃ。
こんにゃデカい奴が着てる服にゃんて、持っていって意味があるとは思えにゃいしにゃ。
あえて考えるにゃら、この大男に勝利した記念に戦利品として持ち去ったとかかにゃ。
どんだけ酔狂だって話だが。
にゃははは。
……………………。
………………………………。
…………あれ?
何で俺は、いちいちわざとらしい笑いを挟んでいるんにゃ?
俺自身でも「無理して笑っている」と思うくらいわざとらしい笑い方を、何で俺はしているんにゃ?
何か、胸の奥がざわざわするにゃ。
もっと言うにゃら。
苛々するにゃ。
「おい、危ねえぞ猫」
「にゃ?」
頭の中の声に、俺はふと我に返る。
顔を上げてその光景を見た俺は、一瞬何が起こっているのかわからず、間抜けたことに棒立ちのまま何の反応もできにゃかったにゃ。
ぐらぁり、と。
目の前に立っていた大男の死体が、俺めがけて倒れこんできたのにゃ。
「にゃ――――にゃあっ!?」
すんでのところで状況を把握し、後ろへと跳び退る。
全力が出せにゃい状態とはいえ、猫としての俊敏さは健在にゃ。ほとんどバック宙するようにゃ勢いで、俺は倒れてくる男を避ける。
――――ズウゥン。
人間が倒れたとは思えにゃい効果音を立てて。
今まで俺が立っていた場所に、大男の身体が豪快に倒れ伏したにゃ。
「にゃ――」正直すげーびっくりした。「何が起きたんにゃ…………」
「死後硬直が解けかけて、身体のバランスが崩れたんじゃねーのか?」暢気な口調で刀野郎が言う。「死んでからだいぶ経ってるみてーだしな」
「死後硬直って…………」
いわゆる解硬ってやつかにゃ?
それにしたって、何つータイミングで解けやがるんにゃ……俺が目の前に立ったのを見計らったように倒れてくるって、どんだけ間の悪い偶然にゃ。
こいつの声がけがにゃかったら、思いっきり下敷きにされてたところにゃん。
死体に圧殺されて終了とか、本気で洒落んにゃんねーにゃ。
「……………………」
武蔵坊弁慶が立ったままの姿で死んだというあまりにも有名にゃ逸話があるが、あれは一応、医学的にも説明がつく話らしいにゃ。
激しい運動にゃんかで筋肉が極度に疲労した状態で死んだ場合、通常死んでからある程度時間が経過しにゃいと起こらにゃいはずの死後硬直が死亡直後に現れるという現象が起こりうるらしいにゃ。
当然、身体が硬直するだけでバランスがとれるわけじゃにゃいから、どっちにせよ本当に立ったまま死ぬことができるかどうかは疑わしいところにゃんだけどにゃ。
だけどこいつは、実際にそうやって死んでいたにゃん。
俺が一瞬身構えちまったくらいの、鬼気迫るほどの仁王立ちで。
「……………………」
……俺は確かに、さっきまでこいつのことを忘れかけていたにゃん。
それでも、最初にあの船の中でこいつにボコられたこと、それに対してリベンジを誓ったこと。それだけは何故か忘れにゃかったにゃ。
だけどこいつが死んだ今、後に残ってるのは遣り場のにゃい、言いようのにゃい怒りだけにゃん。
俺はその場にかがみこんで、大男の顔を横から覗き込む。
一目で死んでいるとわかる土気色の顔。瞳孔の開ききった、全く光のにゃい両の眼。
何遍見たところで、死人の顔だってことに変わりはにゃいにゃん。
それにゃのに――
「何て、満足そうな顔して死んでやがるんにゃ――」
最期まで戦い抜いた歴戦の戦士みてーに、何かを最期まで守りぬいた英雄みてーに。
無様とは程遠い、見事にゃまでの死に顔だったにゃ。
「…………にゃはは」
俺はまた、わざとらしく笑う。
辺り一面に飛び散っている血の痕からしても、この大男と鑢七実って奴がここで死闘を繰り広げたのは明らかにゃん。
これは勝手にゃ想像に過ぎにゃいが。
きっとこいつは、何かを守るために戦ったんだと思うにゃ。
その対象が人間にゃのか、こいつ自身の誇りみたいにゃもんにゃのかはわからにゃい。
でも、何かを自分自身の確固たる意思で守りきったときにしか、死に際にこんにゃ顔はできにゃいと思うにゃ。
勝ち目のにゃい相手だと、途中で理解したかもしれにゃい。
それでも、逃げることにゃく、一歩も退くことにゃく。
戦って、戦って、戦って、戦って、戦って。
戦い抜いて、死んだんだろうにゃ。
「…………面白くにゃいにゃ」
絶対にぶっ殺すと、そう思っていた野郎の死体を目の前にして。
いい気味だとか、ざまあみろとかいう感情が微塵も湧いてこにゃいのが、言いようもにゃく不愉快にゃ。
「…………おい、刀野郎」
俺はたぶん、初めて俺のほうからこいつを呼んだにゃん。
「こいつを殺したのが、その鑢七実だってのは間違いにゃいのか?」
「間違いねえな」
自信たっぷりに、こいつは即答する。
「自分で言うのも何だが、おれは日本刀に関しちゃ玄人中の玄人だ。ましておれ自身が作った刀となれば、一から十まで、零から億まで手に取るがごとしさ。
偶発的とはいえおれが生み出しちまった刀が、俺の作った刀でつけた傷だ。億にひとつも見間違えようがねーさ」
「そうか、じゃあ――」
何度も言うようだが、俺は馬鹿にゃ。
だから今から、馬鹿らしく間違ったことを言うにゃ。
「その鑢七実って奴をぶっ殺せば、俺はこいつに勝ったってことににゃるよにゃ?」
訂正する。
俺が今、この大男に対して抱いているのは、怒りじゃにゃくて敗北感にゃ。
こいつにリベンジを誓ったとき、俺かこいつかどちらかが死ぬまで負けは決まらにゃいとか思っていたが、それは間違いじゃあにゃかったにゃ。
死んだのはこいつだが。
負けたのは俺のほうにゃ。
そしてその負けを決定付けてくれやがったのは、こいつを殺した鑢七実ってことににゃるにゃん。
……どっちにしろ死ぬようにゃ奴にゃら。
俺がこの手で、殺してやるにゃん。
「やめとけ、馬鹿」
冷ややかに刀野郎が言う。
「勝ち目があるとかねーとか、そんな次元の問題ですらねえ。お前と七実じゃ、まず勝負自体が成立しねえよ。
戦場ヶ原ひたぎが『何をしでかすかわからない相手』なら、鑢七実は『何をしでかすかわかっていてもどうしようもない相手』だ。お前ひとりでどうこうできる相手じゃねーんだよ」
「お前がいるにゃん」
「…………あん?」
「俺一人じゃ無理でも、お前がいるにゃん」
正直、何でこんにゃに鑢七実に――というかこの大男との勝負に執着しているのか、俺自身よくわかってにゃいにゃ。
だけど、鑢七実と直接闘り合わねー限りは、この決定的な敗北感を拭い去ることはできにゃい気がするんにゃ。
そしてこの敗北感をどうにかしにゃい限り。
俺は俺として、前に進めにゃい気がするんにゃ。
「あのな……おれがいたところで、七実に対して何ができるわけじゃ――」
「お前さっき、鑢七実のことを偶発的とはいえ自分が生み出した刀だって言ってたよにゃ? 自分の刀のことにゃら零から億まで手に取るがごとし、そうも聞いたにゃ。
だったら鑢七実に打ち勝つための手段だって、お前が知ってにゃきゃおかしいってことににゃるにゃ。
それともあれか? さっきのは単にゃる大言壮語だったとでも言う気かにゃ? はん、玄人中の玄人が聞いて呆れるにゃ」
この台詞を聞いて、一番驚いているのはたぶん俺自身にゃ。
まさかこの俺に挑発にゃんてスキルがあるとは思ってもみにゃかったにゃ。
「…………言うじゃねえか、猫」
しばしの沈黙の末、刀野郎が諦めたように言う。
口調が微妙に楽しそうに聞こえるのは、俺の気のせいってことにしておくにゃ。
「仕方ねえなあ……そこまで言うんなら、少しくらいは力を貸してやらんでもない。
つってもおれにできることは口を挟むくらいのことだからな。力っつーか、知恵を貸すだけだ。
ただし、おれが逃げろといったら素直に逃げろ。逃げるべきときに逃げねえと、勝てる勝負も勝てねえからな。
それすら聞けねえ馬鹿だって言うなら、おれにはもう勝手に死ねとしか言うことはねーぜ」
「わかってるにゃ……俺だって、別に死にに行きたいわけじゃにゃいにゃ」
……にゃんか、ラスボスとの戦闘を前に共闘するライバル同士みたいにゃノリになっちまったにゃ。
俺から振ったとはいえ、こいつのノリの良さもにゃかにゃか侮れないにゃ……。
「――――さて、と」
ここでこの大男の墓でも作ってやれば、雰囲気的にいい感じの場面ににゃりそうにゃ気はするんだが……俺の身体でこの巨体が収まるほどの穴を掘るのはさすがに重労働すぎるにゃ。
シャベルみたいにゃ道具の持ち合わせもにゃいし、上からただ土をかけるだけでも、シャベルどころかショベルカーが必要にゃ勢いにゃ。
まして素手での作業とにゃれば、日が暮れるどころか夜が明けちまうにゃ。
「……………………」
少し考えた末、俺は自分の髪の毛を一本引き抜く。本当は俺のじゃにゃくご主人の髪の毛だから、勝手に引っこ抜くのはちょっと気が引けるんだが……まあ一本だけだし許してほしいにゃ。
大男のそばに屈みこみ、その腕に軽く触れる。両肩は完全に潰されているが、肘から下は血に染まっている以外は綺麗にゃもんだったにゃ。
「……にしても、ぶっとい腕にゃ」
確実に俺の脚以上はあるにゃ。
こんにゃ腕で殴られて気絶だけで済んだってのは、たぶん手加減されてたからだろうにゃ…………。
まったく、どこまでもむかつく野郎にゃ。
俺はそいつの人差し指に、引き抜いた白髪を結びつける。ご主人だったらもっと綺麗に結べたんだろうが、細かい作業の苦手にゃ俺としては割と上出来にゃ。
「何だそりゃ? 何かのまじないか?」
「……別に意味はねーにゃ。雰囲気っつーか、ただの思いつきにゃん」
強いて言うにゃらマーキングみてーにゃもんにゃ。
こいつをマーキングすることに特段の意味はにゃいんだが……言うにゃれば「俺の獲物は誰にも渡さにゃい」っていう、俺にゃりの意思表明みたいにゃものにゃん。
「……俺が死ぬまで、成仏するんじゃにゃいぞ」
俺はそいつの顔に手を当て、虚ろに開いた両目をそっと閉じてやる。
無骨で大柄にゃこいつが目を閉じて地面に横たわっている様は、まさに戦士の休息って感じだったにゃん。
「見てろよ、大男――お前が勝てにゃかった相手を、この俺が倒してやるにゃん」
鑢七実。まだ顔すら知らにゃい相手ではあるが。
そいつをぶっ倒すことが、俺の新たにゃ目的として追加されたにゃ。
「俺の獲物を横取りした罪は、きっちり償ってもらうにゃ――」
相手が化け物だろうがにゃんだろうが。
もう二度と、俺の獲物は奪わせねーにゃ。
「やれやれ……本当に馬鹿だな、お前はよ」
刀野郎が呆れたように言う。
いまごろ気付いたか、馬鹿野郎。
◆ ◆ ◆
(時系列――放送前・昼 現在地――E-3、学習塾跡の廃墟・屋上)
「思ったより、収穫はにゃかったにゃ――」
学習塾内の探索を一通り終えて、屋上にいったん腰を落ち着けた俺は、デイパックから取り出した携帯食料(黄色いパッケージのあれにゃ)をもさもさと頬張る。
一度水没したせいで箱がふにゃけた感じににゃっていたが、水はすでに乾いているし、中身に影響はにゃいようだから問題にゃしにゃ。
体力的に疲れているわけじゃにゃいんだが、うっとおしい奴が頭の中に住み着いちまったせいで精神的にだいぶ疲労させられたから、昼食がてら屋上で休憩をとることにしたにゃ。
色々と、考えをまとめる時間も必要だったしにゃ。
建物内を探索した結果としてまずわかったことは、前に俺が来たときと大して違いはにゃいってことにゃ。
死体のひとつくらいあっても驚きゃあしにゃかったが――幸か不幸か、血の痕ひとつ見当たらにゃかったにゃ。
あったものと言えば、それは匂いくらいのもんにゃ。
まず、いーさんの匂い。前に俺とあいつが会話した教室に、まだうっすらとあいつの匂いが残されていたにゃ。たぶん俺が去った後も、しばらくここに留まっていたんだろうにゃ。
ていうか、俺が気絶させたんだけどにゃ。
もうひとつが、あの大男の匂い。外にあったあいつの死体は血の匂いがきつすぎてわからにゃかったが、前に船の中で嗅いだ匂いは覚えていたから同定は可能だったにゃ。
俺が去った後、あの大男がこの建物内に入り、そのあとでここを訪れた鑢七実を大男が見つけ、何があったのかは知らにゃいが殺し合う運びとにゃった。
順番に並べるとしたら、だいたいこんにゃ感じだろうにゃ。
ここまでは予想済み。何の違和感もにゃいにゃ。
問題は、もうひとつの匂いにゃん。たぶん若い男の匂いにゃんだが、明らかにいーさんとは別の人間の匂い。
これはどうやら、俺がまだ会ったことのにゃい人間の匂いのようにゃ。特徴的にゃ匂いでもにゃいし、今のところどこの誰にゃのか予想を立てることすらできにゃいんだが。
そして俺の匂い――つまりご主人の匂い以外に女の匂いは残ってにゃかったから、鑢七実はこの建物の中には入っていないみたいにゃ。
外であの男とバトった後、そのままここを立ち去った――ってことににゃるにゃ。
「いーさん、大男、そして誰かは知らんが三人目の男――か」
俺は珍しく、自分自身の頭を使って思考を巡らせる。
この三人目の男、ひょっとして鑢七実の仲間にゃんじゃにゃいのか?
鑢七実がこの建物内に足を踏み入れなかった理由も、一緒にいた仲間が七実の代わりに中を調べたからと考えれば辻褄は合うにゃん。
俺が去った後、いーさんと三人目の男が顔を合わせたかどうか定かではにゃいが、少にゃくとも三人目の男のほうがいーさんを見つけた可能性は高いと思うにゃ。
あのとき俺は、いーさんに対して数時間は目覚めにゃいくらいの勢いでエニャジードレインを喰らわしたから(『吸収』を『喰らわす』って表現はどうにゃんだろうにゃ?)、
三人目の男がここに来たとき、いーさんはまだここで気を失っていたか、疲労で休息をとっている最中かのどちらかだったと思うにゃん。
その二人が出会ったとして、その後どうにゃったかまではわからにゃいが。
血の匂いは残ってにゃいから、この場でどちらかが殺されたってことはまずにゃいと思うにゃ。
「いーさんが、三人目の男と一緒にここを出たって可能性は――あるのかにゃ」
殺し合っていにゃいにゃら仲間ににゃったって考え方は、それほど強引ではにゃいはずにゃ。
鑢七実と三人目の男が仲間であるという仮説を真とするにゃら、大男だけが殺されて、いーさんが(少なくともこの場では)殺されていにゃいっていうのは、いーさんを殺す必要がにゃくにゃった、
つまりは仲間ににゃったってことじゃにゃいか?
その場合いーさんは、三人目の男か鑢七実、あるいはその両方と行動している可能性が高いってことにゃ。
言い方を変えれば。
三人目の男は、いーさんか鑢七実、そのどちらかと行動している可能性が高い。
つまり三人目の男を見つけることができれば、俺が探している相手であるいーさんと鑢七実、その両方と会うことができるかもしれにゃいってことにゃ。
「さすがに警察犬とかじゃねーから、匂いを辿るにゃんて真似は無理だけどにゃ……」
室内にゃらまだしも、外に残された匂いは俺の嗅覚じゃ感知しきれねーと思うにゃ。
血でも垂らしにゃがら歩いてくれれば辿れるかもしれにゃいが……いちいち匂いを確認しにゃがら移動するのは結構時間がかかりそうにゃ気がするにゃ。
空ににゃった携帯食料の箱を投げ捨てる。満腹とは程遠いが、とりあえず空腹は満たされたにゃん。
……そういえば俺は、昼より前にこの学習塾跡を去ってから東へ向かって、それからまたここへ引き返してきたわけだが、その間に誰ともすれ違わにゃかったってことは、
鑢七実ご一行(推定)は、俺とは反対の方向、つまり西側に向かったってことにゃのか?
……いや、違う。俺はここに来るまでの間、ポンコツにゃニャビゲートのせいで散々道に迷わされたんだったにゃ。
鑢七実が正常にゃルートを通って東に向かったんだとすれば、俺が道に迷っている間に通り過ぎちまってても不思議ではにゃいにゃ。
要するに、結論。
現時点では、まだ探すあてはにゃいってことにゃ。
「…………俺はいったい、何をやってるんだろうにゃあ」
誰にともにゃく俺はつぶやく。今回はあいつも、何も返さず黙ったきりにゃ。
どうも今の俺は、ご主人の意識とはかにゃり切り離された、ほとんど別個と言ってもいい存在として行動している節があるにゃん。
ゴールデンウイークのときの俺はご主人そのものと言っていい存在だったから、意識の共有とかそういうものすらにゃい、ほぼ完全に一体化した状態って感じだったんだが、
今の俺は意識の共有どころか、ご主人が何を望んでいるのかすら完全に把握できてにゃい状態にゃん。
いーさんにしても鑢七実にしても、そいつらを見つけ出そうとしてんのは俺自身の我儘みてーにゃもんだし、「俺が俺として前に進めにゃい」にゃんて俺が言っていい台詞じゃにゃいはずにゃ。
もちろん、俺の存在がご主人の精神を基盤として成り立っていることに変わりはにゃいから、完全に切り離されてるってことはあり得にゃいんだけどにゃ。
そもそも、俺が何故こうして今も表に出ているのか、そこが未だに納得できてにゃいんにゃ。
刀野郎の言うように、この殺し合いに放り込まれたことが原因ってのは妥当にゃ考えにゃ。
ここまで非常識にゃ状況の中じゃ、俺がいくら暴れたところでご主人の気が休まるにゃんてことはにゃいだろうからにゃ。
ただ今の俺は、ご主人の恋心から来るストレスが顕在化した存在であるはずなのにゃ。だからその元凶たる阿良々木暦が死んだ時点で、「今の俺」はいったん消滅してもいいはずにゃん。
ストレスの原因が別のものに移り変われば、俺の存在もまた別のブラック羽川として生まれ変わるのが平常のはずだからにゃあ。
まあ、俺が引っ込まねーようにご主人が無意識下でブレーキをかけてるって可能性はあるけどにゃ。
今ご主人が目覚めたところで、一般人であるご主人にできることは程度が知れてるにゃん。だから遅かれ早かれ、俺が出てくる運びににゃることは目に見えてるにゃん、
どのみち俺が出てくるんにゃら、いちいち引っ込まずに出たままでいればいい。そういう理屈にゃ。
障り猫がベースににゃっているとはいえ、俺は基本的にご主人の心が生み出したオリジニャルの怪異だから、そのへんは曖昧っつーか、割と融通が利くんにゃ。
俺が引っ込むことをご主人自身が望んでにゃいとしたら、俺がこうして表に出ている理由としては十分成立するにゃん。
ただ、あえてそうでにゃい可能性を考えたらどうにゃるか。
すにゃわち、ご主人の恋心がいまだに完結していにゃいとしたら。
まずひとつ、ご主人が阿良々木暦の死を受け入れきれてにゃいって可能性にゃ。
俺が阿良々木暦の死を知ったのは、一回目の放送であいつの名前が呼ばれたからにゃ。
つまり俺はあいつの死体を見たわけでもにゃいし、あいつが殺されるところを目撃したわけでもにゃい。ただアナウンスで「死んだ」と言われた。それだけにゃ。
『改めて聞くけど、暦君がここにいるって確定してもいいの――?』
……あれはたしか、主催の言葉に嘘があるっていういーさんの仮説を聞かされたときの台詞だったが、それも手伝って、ご主人が阿良々木暦の死を信じきれてにゃいとしたら。
ご主人の中で阿良々木暦が亡き者ににゃっていにゃいにゃら、俺が消えにゃい理由としては一応成り立つにゃ。
でも、この仮説は違う気がするにゃん。
放送のあとすぐにゃら、ご主人があいつの死を受け入れられにゃいのもわかる。あまりに唐突すぎる知らせだったし、意識のほうがついていけにゃいと思うにゃ。
だが今は放送から時間が経ちすぎているし、この殺し合いの無機質さっていうかシステマティックっぷりは、ご主人も十分に理解できてしまっているはずにゃ。
ただ人が人を殺し、人が人に殺されるだけの場所。
そんにゃ中で、死んだ人間の情報に嘘を混ぜることがいかに無意味にゃことであるのか、ご主人に理解できにゃいはずがにゃいにゃ。
正解から目を逸らすことはしても。
正答から目が逸れるほど愚かではにゃいし。
誤答を正当化するほど卑怯でもねーのにゃ。
だから俺とご主人が、阿良々木暦をすでに死んだ人間として認識してるってのは鉄板だと思うにゃ――まあ今の俺がこんにゃこと言っても説得力に欠けるけどにゃ。
そこで、もうひとつの仮説。
こっちはご主人の阿良々木暦に対する恋心が、復讐心、あるいは嫉妬心として昇華されてるって可能性にゃ。
いーさんと出会うまで、俺は阿良々木暦を殺すことを目的として動いていたが、別に俺が直接あいつを殺す必要はなかったんにゃ。
事故でも自殺でも、あいつが消えればそれで解決する問題だったんだからにゃ。
ただし、ほかの誰かが先にあいつを殺したとにゃると、話は違ってくるにゃ。
俺にとって、阿良々木暦はご主人にストレスを与える要因である邪魔者だから今まで考えにゃいようにしていたが、この場であいつが死んだ以上、あいつを殺した人間がいるって考えが妥当にゃ。
その相手に対し、ご主人が抱く感情は何か。
単純に考えるにゃら、怒り、怨嗟、復讐心。
穿った考え方をするにゃら、「自分より先に愛する人を殺された」という、嫉妬心。
これはさっき、俺があの大男の死体を見て思わず「先を越された」と言ったときに思いついた考えにゃ。
ご主人があいつに対して元から殺意を抱いてたってわけじゃにゃいが、「殺す」という唯一無二の行為を他人に奪われたという意識がどんにゃ感情を生み出すかはわからにゃいからにゃ。
『そしてそれは赤の他人が暦君を殺したのと同義となるんだ――』
『だって、「ご主人様」に暦君を殺してもらわなきゃ意味無いじゃないか――』
……これもいーさんの台詞だったにゃ。
的外れだとは思ったし、あのときの話の筋からすると、今検証している仮説とはかなりずれた台詞だったようにゃ気もするが、何か作為的にゃものを感じるにゃ。
……ていうかさっきから、いーさんの言葉が俺の仮説に呼応するみてーにフラッシュバックしてくるにゃ。
何か思考を先回りされてるみたいで腹立つ。
やっぱりあいつはぶっ殺すにゃん。
「…………」
……もしかるすと、俺が鑢七実に対して異様に執着ているのもそこが原因かもしれにゃいにゃあ。
俺はご主人のストレスが顕在化した存在だから、仮に俺が自我を持ったところで、それがご主人の意識や感情によって左右されるのは道理だからにゃ。
ともかくこの場合、今の俺が消えにゃいのは当然にゃ。嫉妬にしろ復讐心にしろ、それがご主人の恋心から派生した感情である以上、ストレスの原因としては地続きってことににゃるからにゃ。
つまり、この仮説が正解である場合。
阿良々木暦を殺した人間を俺がどうにかしねー限り、ご主人の恋心は完結しにゃいってことにゃん。
「……とにゃると、これはこれで結構切羽詰った問題かもしれにゃいにゃ」
俺はあの大男への敗北感を鑢七実に転嫁することで代用しようとしているが、ご主人にとっては、阿良々木暦を殺した相手は唯一にゃん。
そいつがほかの誰かに殺されちまったら、ご主人の復讐心にゃり嫉妬心にゃりは、行き場のない感情として俺の中で暴走することににゃる。
その場合、ご主人が元に戻れる可能性はほぼ皆無にゃ。俺の存在はブラック羽川として固定され、行き所を無くしたストレスを糧として永遠に暴れ続けるだけの怪異ににゃるだろうにゃ。
それは、俺としては望まにゃいところにゃ。
ご主人がそれをよしとしていたとしても、今の俺には、それを指をくわえて見ているわけにはいかにゃいにゃ。
あの人間野郎を殺そうとしていた俺が、そいつを殺した人間を復讐のために殺す。
滑稽にゃ話だが、そこにご主人が元に戻る可能性がある以上、そうしにゃいわけにはいかにゃいにゃ。
「阿良々木暦を殺した人間――か」
どうやらまたひとつ、課題が増えちまったみたいにゃ。
課題を片付けるのは、ご主人のほうが得意だろうに――。
――――と。
俺がうんざりしかけた、その時。
『時間になりましたので二回目の放送を始めます――――』
天から降ってきたようにゃその声に、俺の思考は一時停止状態ににゃる。
どうやらようやく――本当にようやくのこと。
時系列が、放送後へと移行するみたいにゃん。
◆ ◆ ◆
(時系列――放送後・真昼 現在地――E-3、学習塾跡の廃墟・屋上)
放送が終了し、白昼の中にまた静寂が戻る。
「…………いつの間にか、こんにゃ時間ににゃってたんだにゃあ」
たぶん、道に迷った時間よりこの屋上で思考を整理していた時間のほうが長かったようにゃ気がするにゃ……。
俺はものを考えるのが得意じゃにゃいから、考察パートに入るとたちまちのうちに時間を消費しちまうみたいにゃ。
ちょっとの休憩のつもりが、とんだ熟考タイムだったにゃん。
俺はその場に仰向けに寝転び、ほぼ真上にある太陽の光を全身に浴びる。猫は日向で丸くにゃるのが常識だが、今の俺は丸じゃにゃく大の字にゃん。
俺は聞いたばかりの内容を、頭の中で繰り返し思い出しにゃがら確認する。
俺に聞き間違いがにゃければ、新たに死亡したのはこの七人らしいにゃ。
……阿良々木火憐。
あの人間野郎の妹――だったよにゃ。
栂の木二中のファイヤーシスターズ、その背がでかいほうの妹。
呼ばれた名前の中で、知っている名はそれだけだったにゃ。それ以外は人づてにすら聞いたことのにゃい名前ばっかにゃ。
あの大男の名も、もしかしたら呼ばれたかもしれにゃいが。
今の俺に、それを知る術はにゃいにゃん。
「……………………にゃおん」
俺は特に意味もにゃく声をあげる。
……やっぱりどうも、ピンと来にゃいにゃん。
阿良々木火憐の名前が呼ばれて、悲しんでいるのか。
戦場ヶ原ひたぎの名前が呼ばれにゃくて、安心しているのか。
それとも、それらと逆の感情にゃのか。
そしてご主人自身は、どう思っているのか。
そういうもんが、今の俺には酷く曖昧で他人事のように思えてしまうにゃん。
わかるのはせいぜい、鑢七実といーさんの名前が呼ばれにゃくてホッとしていることくらいにゃ。こいつらは俺が殺さにゃいと気が済まにゃいからにゃ。
……ご主人のために生み出されたはずのこの俺が、こともあろうに自分の感情を優先させるにゃんて。
何か、俺の設定もブレブレにゃ。
俺の設定「も」って、俺以外に誰がいるのか聞かれても知らにゃいが。
「……ま、そのへんはおいおい考えることにするにゃ」
とにかく、これ以上のんびりしてるわけにゃいかにゃいにゃ。
たった数時間で新たに七人、合計で十三人も死んでいるこの状況。俺の狙ってる奴らがいつ誰かに殺されても不思議ではないにゃん。
阿良々木暦を殺した奴が誰にゃのか調べる必要もあるしにゃ――今のところ、手がかりどころか何のあてもにゃいのが現状だが、何もしにゃいよりはマシにゃ。
今はとにかく、手当たり次第でもいいから動くべきにゃ。
「おい猫、お前自分の荷物の確認はしたのか?」
「……………………」
こいつ……俺が忘れたころに話しかけてきやがるにゃ。
わざとか?
「……荷物にゃら、一応確認はしてあるにゃ」
何か今まで俺が支給品の確認をしていにゃい体で話が進んでたみたいだが、実際は割と最初のほうに荷物の確認は終えているのにゃ。
ただ、その中身が使えにゃいもんだったり使い方のわからんもんだったりしたから、記憶から完全に抜け落ちていただけにゃん。
「服とかは入ってなかったのかよ。ていうかお前、いつまで下着のままでいる気だ。そろそろ何か着ておけよ」
「服にゃんて俺には邪魔なだけにゃ……本当はマッパのほうが一番動きやすいにゃん」
「マッパの女が猫耳つけて白昼堂々歩いてたら危険人物確定だろうが、アホ」
ものすごい正論を出されたにゃ。
あまりに正論過ぎて、返す言葉が見つからにゃいにゃ。
俺はとりあえずあの気持ちの悪い刀以外の、まだこいつに見せていにゃい支給品をデイパックから取り出してみせる。
使えねー道具がひとつ、使えにゃくにゃった道具がひとつ、使い方すらわからねー道具がひとつ。
いちおう説明書きみたいにゃもんが添付されてはいたみたいだが、俺が水没した時にぐしゃぐしゃににゃってたようで、さっぱり読めにゃかったにゃ。
刀とか銃とか支給されても俺は使わにゃいから必要にゃいんだが、使い方もわからにゃい道具ってのは扱いように困るにゃん。
「…………おい、猫」
「にゃん?」
「あるじゃねえか、服」
◆ ◆ ◆
…………まさか本当に服が入っているとは思わにゃかったにゃん。
「ぶはははははははは! 似合うじゃねえか、猫――」
……頭の中で爆笑されるのがここまで不愉快だとは知らにゃかったにゃ。
ていうか、こいつが爆笑するのを初めて聞いたにゃん。
「本当に服にゃんだろうにゃ……これ」
確かに、服らしきものは入っていたにゃん。
「らしき」というのは、俺がそれを見て服だということを認識できにゃかったからにゃ。
普通、服に鎖はついていにゃいと思うにゃん。
「いやー、正直びっくりしたぜ。まさかお前の荷物に真庭忍軍の装束が入っているとはな」
真庭忍軍。
さっきからちょいちょいこいつの話の中に出てくる集団の名前、だったにゃ。
こいつによればこの服は、その集団が着ている戦闘服みたいにゃものらしいにゃ。
名簿によるとそいつらはこの場所にも何人かいるようだったが、幸いにしてまだ一人も出会ってにゃい。できれば最後まで会わずに済ませたいと心から思うにゃ。
これが服だとわかってから、俺とこいつとの間で着るか着にゃいかの押し問答があったことは一応補足しておくにゃん。
結局こいつがあまりにもうるさいから着るだけ着てみるってことににゃったんだが、思っていたより窮屈にゃ感じはにゃかったにゃ。
見た目はかなりアレだがサイズは俺の身体に合っているし、少にゃくとも動きづらいってことはにゃい。機能面だけで言えば、俺向きに作られたって感じの衣装にゃ。
要するに、布の面積が少にゃいってことだが。
鎖があちこちに巻き付いてることを除けば、下着姿と大して変わんねー気がするにゃ。
「いや本当、あつらえたような具合だぜ。連中を知っている奴なら、間違いなく真庭忍軍の一員だと信じて疑わねえだろうよ。さしずめ真庭化猫ってところだな」
「マジで冗談じゃねーにゃ……」
こんにゃもん着て暗殺集団名乗ってる連中の仲間だと思われるとか、かなり本気で嫌にゃ……俺はともかく、ご主人に申し訳が立たねーにゃ。
ていうかこの格好、どう見たところで危険人物確定にゃ。
……まあ、とりあえずこの服に関しては諦めておくにゃ。今はこれ以上無駄な時間使ってる場合じゃにゃいにゃん。
俺は次の支給品を手に取る。
「タブレットじゃねーか、ちゃんと使えるもんも支給されてんじゃねーかよ」
二つ目の支給品は、いわゆるタブレット型端末にゃ。
標準的にゃタブレットってのがどんにゃのか俺にはわからにゃいが、これはまあ標準的なタイプだと思うにゃ。
特徴といえば、裏側に六面体をあしらったようにゃマークがついてることくらいにゃ。
……しかし当たり前のようにタブレットとか言ってるが、たしかこいつ、俺から見て昔の時代で生きていたようにゃことを言ってにゃかったか?
「未来の技術には意外と明るいんだよ、おれは。ある意味『現代人』以上にな――まあ刀作りと関係のねえ技術に関しては、それほど詳しいわけじゃねえんだけどな」
何のことかよくわからにゃいが、とりあえず俺の中で、こいつに対する胡散臭さが増したことは確かにゃ。
「で、なんで今まで使わなかったんだ? 使い方がわからなかったとかか?」
「いや、そういうわけじゃにゃいにゃん」
ご主人もタブレットを実際に使ったことはにゃいだろうし、人間ベースの怪異とはいえ、もともとは猫である俺が複雑にゃ機械を扱うことができにゃいってのは事実にゃん。
ただご主人は、自分が使わにゃいようにゃものでも「教養として」とか言って使い方だけは把握してるようにゃタイプの人間だから、時間をかければ俺でも使えにゃいことはにゃいと思うにゃ。
ただし。
「たぶんこれ、もう壊れてると思うにゃん」
問題は、俺が一度デイパックごと海中にダイブしちまってるってことにゃん。
当然このタブレットもそのときに水浸しになったわけで、前に荷物を確認した際に「これはもう使えにゃい」と思って早々に使うのを諦めたんだったにゃ。
たしか携帯電話にゃんかが水にぬれた時の対処法として「電源を入れずにバッテリーを抜いて完全に乾くまで放置する」ってのがあったはずにゃん。
だから万が一復活する可能性を考慮して、電源を入れにゃいままの状態で、乾くまで一応持ってだけおくことにしたのにゃ。
バッテリーの外し方は知らにゃかったし、知ってたとしても俺にできるとは思えにゃかったからそのままだったが。
んで、そのまま忘れてたにゃん。
「おい、猫」
「にゃ?」
「これ、防水なんじゃねーのか」
「え?」
「ん?」
「……………………」
「……………………」
俺は黙って、タブレットの電源を入れてみる。
普通についたにゃ。
「……………………」
「……………………なあ、猫」
「…………何にゃ」
「…………いや、やっぱいいわ」
……ここはむしろ、普通に馬鹿にしてもらったほうがよかったかもしれにゃいにゃ。
何かちょっと辛いものがある。
このタブレットは後で操作してみるとして……俺は最後の支給品を手に取る。
三つ目は、鍵付きの黒い箱だったにゃ。
これはもう「鍵付きの黒い箱」としか描写のしようがにゃい物質にゃん。「箱」「鍵」「黒い」以外の要素が一切皆無にゃ。
当然鍵はかかっていて開かにゃい。デイパックの中は全部確認したが、鍵らしきものは入ってにゃかったにゃん。
中身も用途も一切が謎。
文字通りのブラックボックスにゃん。
「鍵はどこか別の場所にあんのかねえ……あるいは何か、錠開け用の道具がないと開けらんねえのかもしれねえな」
「道具があったって、俺にはたぶん開けらんねーにゃ……」
さすがにご主人にもピッキングの知識はにゃいにゃ。
あったほうが問題だとは思うが。
とにかく、これに関しては放置しておくしかにゃいにゃん。
タブレット以外の支給品をすべてデイパックに戻す。今さらだが本当に便利な鞄にゃん。普通の鞄だったら、邪魔だからとか言ってとうに放り捨ててると思うにゃん。
「さて――そろそろタブレットに取り掛かるかにゃ」
もう一度言うが、俺自身に文明の利器を使用する能力はほとんどにゃい。あまり長い文章を俺が書けにゃいように、ご主人にできることイコール俺ができることってわけじゃにゃいのにゃ。
でも、どんにゃ情報が入っているのかわからにゃいこのデバイスを無視するってのは、ちょっと舐めプが過ぎるにゃ。
大丈夫、ご主人の知識を頼りにすれば、時間はかかっても簡単にゃ操作くらいは俺でも可能にゃはずにゃ。
ご主人にできにゃいことをやるのが俺の務めにゃら。
俺にできにゃいことは、ご主人が受け持ってくれるにゃ。
さあ、俺には似合いもしにゃい、情報戦の第一幕にゃ。
「あれ? そういえばこれマウスもキーボードもにゃいのにどうやって入力するんにゃ?」
「そこからかよ!?」
刀野郎が盛大に突っ込みを入れる。
どうやら俺は、頭の中から突っ込みを入れられるという貴重にゃ体験をしたらしいにゃ。
「ああ、そういやタッチパネルってやつだったにゃ、これ。いけにゃいいけにゃい、ど忘れしちまってたにゃ」
「お前……これ以上おれを驚かせるような発言はするなよ…………」
まったく心臓に悪いぜ、と刀野郎。
心臓あんのかお前。
「……とりあえず、ネットに繋いでみるかにゃ」
まずは適当にディスプレイに指を走らせてみる。ふむ、フィーリングに頼るところが多い分、キーボードよか使いやすいかもしれにゃいにゃん。
俺が自力でネットに繋ぐ日が来るにゃんて、あのアロハ野郎でも予想だにしにゃかっただろうにゃ……。
探り探りといった体で、俺はにゃんとかネットに接続することに成功する。
「…………んにゃ? 何だこのページ――」
最初に表示されたページを見て、俺は思わず怪訝にゃ顔をする。
親切にも「
掲示板」とわかりやすく文頭に記された、文章ばかりの無機質にゃページ。
俺はそのページの説明文らしきものを読み、そして念のためもう一回読み返す。
ひょっとするまでもにゃく、この殺し合いのために作られた情報交換用の掲示板らしいにゃん。
「…………主催が用意したものってことでいいんだよにゃ、これ――」
『探し人・待ち合わせ総合スレ』って所の最初にある管理人の書き込みに目を通す。
始めからあった掲示板にゃのかと思っていたが、一番目の書き込みの時間が『一日目 朝』ににゃっているところを見ると、そうでもにゃいみたいにゃ。
もしかすると、一回目の放送のあとに作られたのかもしれにゃいにゃあ。
「情報戦の舞台まであらかじめ用意しておいてくださるとは、何とも粋にゃ話にゃん――」
俺は順番に書き込みを見ていく。
…………この『死んだような人間の目をした男性』って、ピンポイントで思い当たる節があるんだが――あいつのことで間違いにゃいのか?
あいつを探してる人間が俺以外にいるとは、ちょっと意外にゃ。しかも文面から察するに、あの野郎の仲間っぽいにゃん。
まあ、また会えたら伝えておいてやるか。
ぶっ殺した後でにゃ。
「…………あれ?」
この書き込みした奴、管理人か?
そいつがあの戯言野郎を探してるってことは…………まさかこの掲示板、主催じゃにゃくて参加者の誰かが作ったものにゃのか?
「誰か知らんが、とんでもねー奴がいるにゃ…………」
この状況で、こんなもん作り上げる余裕があるとか。
他人ん家の庭に、勝手に自分の家を建てるくらいの図太さにゃん。
呆れにゃがら俺は、指で画面をスクロールさせて(慣れてきてる自分がちょっと気持ち悪いにゃ)書き込みに目を通していく。
その内ひとつの書き込みを見て、俺の目は釘付けににゃったにゃん。
3 名前:名無しさん 投稿日:1日目 昼 ID:xYATEZR1
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その女の名前は
黒神めだかよ
阿良々木暦という名の私の知り合いが殺されたわ
武器を持っているかはわからなかったけど体術にも秀でているから見つけ次第逃げることをオススメするわ
「これは…………」
知り合いの阿良々木暦、という文言。
文章からでも想像できる、冷淡で突き放したようにゃ口調。
ある特定の人間を、嫌が応にも連想しちまうにゃ。
「おお? こりゃひょっとして戦場ヶ原ひたぎか? さすがあの女、使える要素はここぞとばかりに利用してきやがるな」
「……………………」
どうやらこいつも、俺と同じ人間を想起したらしいにゃ。
文面から感じ取れる雰囲気は、普段どおりのあの女と変わらにゃいようにも見える。それがかえって不気味にゃん。
阿良々木暦が死んだってのに、淡々としたこの文章。
他人に注意を呼びかける余裕すら見せているのが、この上にゃく異常に思えてしまうにゃ。
「黒神、めだか…………?」
そいつが、阿良々木暦を殺した人間にゃのか。
黒髪で長髪の女。俺はその特徴を記憶に留める。
思いがけず、課題のひとつが片付いちまったにゃん。
まあ、名前がわかった時点で次はそいつを見つけ出すのが課題ににゃるんだがにゃ。
「その書き込みが真実だとしたら、の話だがな」
刀野郎がまた口を挟んでくる。
「お前もうすうす気付いてんだろ? その書き込みから読み取れる、戦場ヶ原ひたぎの意図をよ」
「……………………」
……そりゃ、俺じゃにゃくても気がつくだろうにゃ。
表向き危険人物への注意を呼びかけているように見えるが、その裏に見えるのは黒神めだかに対する悪意にゃ。
黒神めだかが阿良々木暦を殺したってのが本当か嘘かに関わらず、この書き込みを見た奴にとって、黒神めだかはすでに要注意人物にゃ。
実際にこの書き込みを見た俺にとって、黒神めだかはご主人から阿良々木暦を奪った相手として、殺すべき対象になったわけだからにゃ。
「そういうことだ、猫。そしてその裏で、戦場ヶ原ひたぎは暗躍することだろうな」
俺の思考を読んだらしい刀野郎が、その続きを引き継ぐ。
「黒神めだかはスケープゴートだ。戦場ヶ原ひたぎが自由に動くためのな。
黒神めだかの悪評が広まれば広まるほど、戦場ヶ原のほうは『危険人物に恋人を殺された哀れな一般人』を装うことができる。これほどわかりやすい大義名分はねえな」
「…………」
「言ったろ? これが戦場ヶ原ひだぎの恐ろしさだ。このまま放置しておけば、こいつはどんどん自分の動きやすいように網を張り続けるぜ?
今のところは黒神めだかだけで済んでるようだが、下手すりゃ今度はお前が新たな生け贄だ。よく知っている人間ほど、あの女にとっては利用しやすいだろうからな」
「…………」
「黒神めだかを殺しに行くのはいいが、それはおそらく戦場ヶ原の思う壺だと思うぜ。
あの女からすれば、黒神めだかの口を永遠に封じてもらえる上に、新たに誰かを『危険人物』として据える絶好の口実となるわけだからな。
これでわかったろ? 戦場ヶ原ひたぎが、本当はどんな人間だってのか――」
「黙れよ」
自分でも引くくらい、それは冷たい声色だったにゃ。
どうやら俺の設定は、修正不可能なほどにブレまくってるらしいにゃ。
この俺が。
ご主人のために動くことしかできにゃいはずのこの俺が。
戦場ヶ原ひたぎを侮辱されたことに対して、怒りを感じてるっていうんだからにゃ。
「お前があの女の、何を知ってるっていうんにゃ――」
確かに俺は、ご主人の記憶を通じて戦場ヶ原ひたぎのことを知っている。
でもそれは、本当に知ってることだけにゃん。
特に「今の」戦場ヶ原ひたぎに関しては、俺は未邂逅と言っても過言ではにゃいにゃん。
阿良々木暦を失った今のあの女を、俺は何も知らにゃい。
何にも知らにゃいし、知ってることもにゃいにゃん。
だから今の俺が、こいつに言えることはただひとつにゃ。これはあの時――この場所でいーさんからご主人に関して説教めいたことを言われた時にも言ってやるべき言葉だったにゃん。
――会ったこともにゃい人間を、自分の裁量で好き勝手に語るにゃよ。
戦場ヶ原ひたぎが今、何を思い、何を背負い、何を患っているのか。
想像するだけじゃ、足りにゃいんにゃ。
実際に会って、見て、話して。
あの女をどうするか、決めるのはそれからのはずにゃ。
『――案外近くにいるかもね。ヒントはここから東だ。それ以上は教えないよ――――』
…………またここで、いーさんの台詞がフラッシュバックしてくんのか。
あの戯言野郎、本当に不愉快極まりにゃいにゃ。
そういや俺が東に向かおうとしてたのは、いーさんのあの言葉がきっかけだったにゃあ。
阿良々木暦の知り合いが、ここから東にいたっていうあの情報。
その知り合いってのが戦場ヶ原ひたぎである可能性は低いし、今もまだ東にいる可能性はさらに低い。
いーさんのあの言葉が真実である可能性はそれよりずっと低いにゃん。
「……でも今は、頼れる情報がそれくらいしかにゃいにゃ」
この上にゃく癪だが、いーさんの情報を当てにするほか、あの女を探す方法が思いつかにゃいにゃ。
俺は地図をデイパックから取り出して広げる。
いーさんの言ってた誰かがあの時にここから東にいたとしても、今はだいぶ移動してるはずにゃん。
スーパーマーケットより東に移動したと仮定して……今の俺の現在地がここだから、お互いに会いに行くとしたら…………。
「…………ここにするかにゃ」
地図をしまい、もう一度タブレットに指を走らせる。
ただでさえ文章を書くのが苦手にゃ俺がタッチパネルで文字を打つってのは、相当手間のかかる作業だったにゃ。
俺は四苦八苦しにゃがら、何とかひとつの文章を完成させる。
あとはこれが俺からのメッセージであることを、あの女に理解させる必要があるんだが……ご主人の名前をそのまま打つのはさすがに軽率過ぎるにゃ。
「…………」
考えた末、打ち込んだ文章の後ろにひとつの単語を付け加える。いろいろ考えたが、これしか浮かばなかったにゃ。
『待ち合わせ』と『目撃情報』のどっちに書き込むか少し迷ったが、待ち合わせが目的の書き込みってことで『待ち合わせ』のほうに決める。
もう一度だけ文章を見直して、俺は『書き込む』のボタンをプッシュしたにゃん。
4 名前:名無しさん 投稿日:1日目 真昼 ID:bASTOHfm
ランドセルランドで待ちます 委員長
「……………………ふう」
ちゃんと書き込まれてるのを確認し、いったんタブレットの電源を落としてデイパックにしまう(電源を落とすまでがまた一苦労だったにゃ)。
この書き込みを見て、あの女がのこのこ現れるにゃんて思ってにゃい。
俺にしたってこのランドセルランドって場所に馬鹿正直に出向いて、デートの待ち合わせよろしくぼさっと待ちぼうけてる気は毛頭にゃいにゃん。
ただ、やれることはやっておかにゃいとにゃ。
戦場ヶ原本人じゃなくても、戦場ヶ原ひたぎを知っている誰かがこの書き込みを見てランドセルランド付近に足を運ぶかもしれにゃいしにゃ。
それが黒神めだかにゃら見っけものにゃ。
あの書き込みの内容が嘘だったとしても、あれを見た時点で俺の中では「阿良々木暦を殺したのは黒神めだか」って先入観がすでにできあがっちまってるにゃん。
だからどっちにしろ、黒神めだかと相対しねー限り、俺の問題のひとつは解決しにゃいのにゃ。
いーさん、鑢七実、戦場ヶ原ひたぎ、黒神めだか。
……何か、課題が一気に増えちまったにゃあ。
その上、俺の目的とご主人の目的がごっちゃににゃって、ややこしくて仕方ねーにゃ。
馬鹿にゃ俺には重すぎる現状にゃ。
それでも俺は、やるしかねーにゃ。
いーさんはご主人を負け犬呼ばわりしたが、少にゃくとも俺は犬でも馬でも鹿でもにゃい、猫にゃ。
鎖につながれた、飼い猫にゃ。
設定がブレようが、俺自身の課題が山積みだろうが。
どうあれ最後は、ご主人のために動くしかねーのにゃ。
「ははは、あんまり気負いすぎて自滅すんなよ、猫」
「……………………」
……とりあえず現時点で一番ぶち殺したいのはこいつにゃ。
だいたいこんにゃ奴がいつまでも頭の中に居座ってたら、ご主人にとっても悪影響が――――
「…………ん?」
あれ?
何か見落としてにゃいか? 俺。
「…………おい、刀野郎」
「ん? どうした猫」
「俺が消えて、ご主人の人格が元に戻ったとき、お前はどうにゃるんにゃ?」
ご主人の中に蓄積されたストレスがすべて解消されれば、役目を終えた俺はいったんご主人の中に引っ込む形ににゃるにゃん。
そうにゃった場合、俺とは別個の怪異であるこいつはどういう扱いににゃるんにゃ?
「さあ、どうだろうなあ?」
……何かやたら含みを持った感じで、こいつは言う。
「何せ、こんな形で誰かの肉体に入った経験自体が全くないんでね。正直どうなるのか、おれには見当すらつかねーな」
「……………………」
……何か、すげー嫌な予感がするにゃん。
こいつもしかして、ご主人の身体を乗っ取ろうと画策しているんじゃにゃいのか?
確かこいつを取り込んだとき、『どうして意識を失わないのかわからない』みたいにゃことを言っていた気がするにゃ。
あれはつまり、普通だったら意識を失うか、よくても精神を何らかの形で侵されちまうって意味じゃにゃいのか?
俺が今こいつとこうして話せてるのは、俺が怪異だからにゃん。もし俺が消えたあと、こいつだけがご主人の中に残るんだとしたら、人間であるご主人の精神が無事で済む保障は全くねーにゃん。
最悪の場合、ご主人の意識そのものがこいつによって完全に上書きされちまうって可能性もあるにゃん。
そうにゃったら、ご主人の精神を基盤として成り立っている俺は存在自体が完全に消滅し、二度とこの世に現れることはできにゃくにゃるにゃ。
俺自身はどうせいつか消えてにゃくにゃる仮初めの存在だから消えたって別に構わにゃいんだが、ご主人の意識が消滅しちまうってのは論外にゃ。
しかもその場合、ご主人を消滅させる原因を作ったのは、エニャジードレインでこいつをご主人の肉体に取り込んじまった俺自身ってことににゃるにゃ。
やべえ。
戦場ヶ原ひたぎや黒神めだかより、こっちのほうがよっぽど火急の用にゃ。
可及的速やかに解決すべき要件にゃ。
「おいおいどうした? 急に黙っちまって」
すっとぼけたようにゃ刀野郎の言葉。
無言でたたずむ俺に対し、こいつは最初に話したときと同じ調子で、こう言ったにゃ。
「まあ、仲良くやろうぜ、子猫ちゃん」
…………おいおいおい。
ひょっとして俺は、とてつもにゃく厄介にゃものを抱え込んじまったんじゃねーのか?
【1日目/真昼/E-3 学習塾跡の廃墟、屋上】
【羽川翼@物語シリーズ】
[状態]ブラック羽川、四季崎記紀と一体化?、体に軽度の打撲、顔に殴られた痕、騙された怒り、強い敗北感
[装備]真庭忍軍の装束@刀語
[道具]支給品一式(食料を除く)、携帯食料(4本入り×4箱)、毒刀・鍍@刀語、 タブレット型端末@めだかボックス、黒い箱@不明
[思考]
基本:ストレスを発散する
1:ランドセルランド近辺を主に探索する
2:鑢七実、いーさん、黒神めだかを探し出して殺す
3:戦場ヶ原ひたぎを見つけ出して話を聞く
4:四季崎記紀を消し去る方法を調べる
[備考]
※化物語本編のつばさキャット内のどこかからの参戦です。
※全身も道具も全て海水に浸かりましたが、水分はすべて乾きました。
※阿良々木暦がこの場にいたことを認識しました。
※四季崎記紀がいた歴史についておおまかには聞きましたが、四季崎がどの程度話し、羽川がどこまで理解したかは後続の書き手さんにお任せします。
◆ ◆ ◆
やれやれ、大体うまくいったみてえだな。
こいつはどうも、自分の目的に対するやる気みたいなものにムラがあるようだったからな。
少しくらい「怒って」くれたほうが、おれとしては都合がいい。
戦場ヶ原ひたぎをダシに挑発した甲斐があったぜ。
身体を乗っ取ることについてこんな早く勘付かれるとは思わなかったが、まあいい。
戦場ヶ原ひたぎに、鑢七実に、黒神めだか――か。
まったく、どいつもこいつも、話を盛り上げてくれそうで仕方がねえぜ。
おれの刀がどうなってんのか気になるところではあるが――
とりあえず今は、こいつのやりたいようにやらせておくか。
せいぜいおれのために駆けずり回ってくれよ、子猫ちゃん。
【四季崎記紀@刀語】
[状態] ブラック羽川と一体化?
[装備]
[道具]
[思考]
基本:息子(鑢七花)がどうなったのか見てみたい
1: 他にはどんなおもしろい奴がいるのか会ってみたい
2: 今は羽川翼のやりたいようにやらせておく
[備考]
※新真庭の里で七花と戦った後からの状態です。
※ブラック羽川を通じて羽川翼の知識や記憶を見られるようです。
※ブラック羽川の体を完全に乗っ取れるかは不明です。
支給品紹介
【真庭忍軍の装束@刀語】
羽川翼に支給。
ブラック羽川に合わせて作られたオリジナルの装束。白猫をイメージして作られている。
【タブレット型端末@めだかボックス】
羽川翼に支給。
漆黒宴決勝で鰐塚処理がゲームの記録を取るのに使用していたタブレット。
ネットに繋げる以外に何ができるのかは今のところ不明。
防水仕様らしい。
【黒い箱@不明】
羽川翼に支給。
鍵の付いた黒い箱。
詳細不明。
最終更新:2013年05月15日 23:07